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お嫁さん騒動編

 一周年記念 困った貰い物です

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「なーんか皆外に出ちゃったな。他の皆が動いてくれるから俺の仕事もないし、とりあえず荷物整理でもして過ごそうか」
 
 全員の見送りをした後、風見は屋敷の自室に戻ると机を前にこれからの大仕事を思ってため息を吐いていた。
 
 机の横――そこは下手にスペースなんかが空いていたために、いらないと言っておいたのに無理やり押し付けられた贈り物の品々が山のように積んである。
 例えば高級な酒。その他には希少と言われる鉱石やこちらでは最新の技術の粋を集めた望遠鏡、名工が手掛けた銀細工や陶器の器など。
 変なところまで行くと学業ギルドの若き研究者がまとめた自分の論文なんかもある。
 
 いつかは整理しないとなぁと思いつつも手を出す暇がなく、放っておいたらもう机も上回りそうな量まで膨らんできたので無視できなくなってしまったのだ。
 引っ越し直後の荷物の山にも似たそれを前にしてはやる気が出ない。一人でこれを片すなんて精神的にも辛すぎた。
 
 なので彼はちらと視線を投げ、ベッドでふて寝しているリズに声を掛けてみた。
 
「なあ、リズ。片付けを手伝ってくれないか?」
「はんっ、私が知ったことか」
「えー……」
 
 久方ぶりにツンとしたつれない返事だ。
 きりきりと悔しそうに歯噛みしている彼女は「グレンめ……グレンめ……」と恨みがましく繰り返し、彼に見立てた枕を叩いていた。
 
 彼女の予定では、初舞台でおどおどする年少組の前で颯爽と太刀を振るい、その背には羨望や憧憬の視線を一身に浴びるはずだったのだろう。
 それが断られた結果、今日はやることもなくなってこんなところで転がっている始末である。もはや誰のベッドだか判らない。
 
 それにしても安上がりな欲望というか、しょうもない拗ね方というか。風見としてはコメントに困る具合であった。
 
「どうせなら気分転換に手伝ってくれないか?」
「なんで私がそんなことをしなきゃならん。大体、シンゴは優柔不断だ。働かせたいなら、しろと道具に命令すれば済む話じゃないか。奴隷はそういう甘えが許される立場ではないんだ」
 
 と、似たようなことをグレンに言われて反論できなかったのだろうと風見は判断した。
 彼女もそれを看破されると判っていたのだろう。この言葉も下手に視線を遣られないようにと枕に顔を埋めたままであった。
 
「それにお前は珍しく休日なんだろうが。わざわざ周囲が配慮して作ったんだから休むのがお前の仕事だ。仕事の怠慢をするな」
「なーんか変な言い分だけど確かに……。まあ、それも追々だな。休日じゃないとこれの整理は出来そうもないんだよ」
「面倒なことだね」
「面倒だから手伝って欲しいんだって」
「断わるよ。そんなことをする気分じゃない」
 
 彼女は枕をぼふりと被って頭を隠し、面会謝絶だ。
 猫の手も借りたいということわざがあるが、こんな犬は最初から当てにならないから猫に望みを託したのだろうか?
 
 タダでは動きそうもないその様子に、風見はため息をつく。
 
「じゃあ何か気に入ったものがあったら持って行っていいから。な?」
 
 一向に動く気配がなかった彼女に歩み寄り、そう告げた。
 
 するとわざとらしく無視しようと顔を背けていたのに犬耳がぴくりと反応した。枕の隙間でぴくぴくっと揺れている。
 彼女はそのまま顔を向けると横目で風見を見、さらにその肩の向こうにある献上品の山を見る。そこには酒なども含まれているのをこの瞳はしかと認めていた。
 
「ほら、さっさと終えてさっさと休もう」
「……、」
 
 垂れている腕を引き、起き上がらせてみれば抵抗はしなかった。「たく、しょうがないね」なんて言いつつも尻尾だけは僅かに反応し始めている。これが本心なんだろう。相変わらず判りやすい感情バロメーターだ。
 
 手始めに二、三本の酒瓶を拾い上げた彼女はコルク越しにすんすんと鼻を鳴らせてソムリエの真似事をしていた。
 
「それにしても、そこらの店では見もしない酒がごろごろしているね。シンゴはこれらを並べるだけで店を開けるんじゃないかな?」
「他人にもらったものは大切にしなきゃだし、売りさばくのはダメだろ。それに捨てるのもはばかられるから溜まっちゃうんだよなぁ」
 
 そう言ってみたのだが、彼女からはジト目を向けられる。
 意味ありげな視線に「なんだよ?」と問いかけると彼女はぽいと何かを放ってきた。
 
「ふーん。こういうのもかな?」
 
 それは引っ越し用の段ボールほどの包みである。風見は危うくそれを落としそうになりながらもなんとか受け取った。
 
 中身はすでにない。
 だが送り主の名はまだ張り紙が残っている。
 これの送り主は奴隷商のコルトだ。いつもご贔屓にありがとうございます。つきましては風見様がお持ちの奴隷管理に役立つものを送ります――というものだった。
 
 あの少年は見た目に似合わず、商品は商品、物は物、奴隷もまた然りとえげつない思想をしていた。
 彼が言う奴隷管理といえば、人を道具やお人形として仕立て上げるのに役立つ物と考えて間違いないのだろう。
 
 嫌な予感を抱いてリズを見てみれば、やはり。
 
「こういうものも置いておくなんて趣味が悪いね。使うつもりのだったかな?」
 
 ひょいとリズが持ち上げるのは大人のおもちゃと言うべきものであった。イソギンチャク系の魔物か何かの触手なのかぐにぐにとしている。
 彼女はそれに対して睥睨し、さらには風見にまでその視線を飛び火させていた。
 
「い、いやっ、そんなつもりはないからなっ……!?」
「私かな。クイナだったかな。どちらにせよ、お前の奴隷と言えるのは少なかったか。使う前には捨てられなかったと?」
「そんな予定はないっ!」
 
 半目で冷たく見遣るばかりだった彼女はそれをぽいと背後に放り投げる。
 あれがクロエの目に留まった日には良くも悪くも大騒動になりそうなために風見は慌てて回収していた。
 
 と、そんな間にリズはまた別の物を手に広げていた。
 今度は向こう側が透けて見えるほど薄い生地のガーターベルトであった。呆れた様子の彼女はまたぽいと――しかもさっきとは反対側に投げて風見を煩わせる。
 
「こ、こらっ。お前はまた……!」
「知らんよ。見せたり、使わせたりして困るものなんぞ放置しておくな」
「ちがっ……! 俺のせいじゃないっ。それにこういうのはこっそりと誰かが楽しむには良いものなんだろうから悪いとは言えないからな……!」
「……ヘンタイか」
「俺も道具も無実だっ!」
「判った、言い直すよ。このスケベめ」
「くっ……! 正常な男はスケベなもんなんだよ……!」
 
 リズにとって価値がないものは扱われ方がぞんざいであった。
 コルトからの贈り物一式は言うに及ばず、壺や皿も含めていらなそうなら放り投げる始末であった。
 ヘッドスライディングでキャッチして回っていては埒があかない。風見は早々にリズを捕まえると新たに手にしていた品も没収した。
 
「もういい……。お前はやっぱりじっとしていてくれ……」
「そんなことを言ってシンゴはどうせ何も捨てられんだろう? ほら、こんなものもいるわけがないだろうが」
 
 次に持ち上げられるのは金の刺繍などが緻密に入ったローブだ。
 古来の民族衣装に近いもので、現代でもちらほらと正装として認められる。日本で言うなら着物のような代物だが十二単のように重く、風見が着ると二人羽織りをしているように見えてしまうので着たことはない。
 
 しかし着る着ないは別として、箱からむんずと掴み出して散らかしてしまうリズはやはり適任ではなかった。
 ダメったらダメと、きつく言いやる。
 すると彼女はしち面倒臭そうな顔を向けてきた。
 
「……シンゴが手伝えと言ったんだろうが」
「言ったことには言ったけど、限度があります」
 
 私が知ったことかと視線をくれる彼女は不満が大有りな顔だ。
 けれど彼女はもうこれ以上の議論なんて不毛と思ったのだろう。手元にあったコルトの贈り物の一つを手に取るとこう言った。
 
「はいはい、もういい。判ったよ。ならもう手出しはしない。ほら、お前が言う無実の道具を活用してやる」
 
 かしゃんかしゃんと彼女が手早く両手首につけたのは手錠であった。これで満足かと視線で語った彼女はそのままソファーに座り込む。
 それにしても一体、風見にどういう趣味があればこういうものを役立てると思ったのかコルトには小一時間は説教をしてやらねばならないだろう。
 
 と、風見が頭を押さえる最中もリズは早くしろと言わんばかりであった。
 いつまでも処分に時間を掛けていてはまた文句を言われそうだと観念した風見はとりあえず実用できるものと実用できないものに分け、後者は倉庫にしまった。
 なんなら本当にリズが言ったように売りさばき、懐の足しにでもしてしまうべきかもしれない。
 
 そうして結局のところ風見は一人でこの品々の選別と運搬をすることとなった。
 荷物の移動を終え、一息ついた風見が部屋に戻ると、
 
「遅い」
 
 酷い出迎えの声だ。
 未だに手錠付きの彼女はベッドに寝るにも寝られず、不機嫌そうにソファーに座っていた。早く外せと掲げられる手錠の鎖がじゃらりと音を上げている。
 
「え……? 俺は鍵なんて知らないぞ?」
 
 風見としてはそんなことを求められても困るばかりだ。部屋はすっかり綺麗になっているし、何より鍵なんて見た覚えもない。
 
「そんなはずはないだろう。あの箱ごともう詰め直して持って行っていたじゃないか」
「いや、それでもそんなものはなかったって。大体それ、鍵穴が見えないぞ……?」
「……、」
 
 金属の音ばかり立てるそれは表を見ても裏を見ても――。確かに彼が言った通り、鍵穴らしきものは見つからない。
 何かを言おうとしていたリズもこれでは息を鎮めて手錠を見つめるしかなかった。
 
 最初から開錠の予定なんてないかの如く、つるりとしている上に頑丈そうな手錠である。風見もリズも、見れば見るほどそう思った。
 どうすると問いたげな視線を向けられても彼は困って頭を掻くしかないのだった。
 
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