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4巻

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   第一章 本番に向けた準備です


 ラダーチの街に着いたあと宿屋を訪れた風見ら一行は、宿の主人に案内され、旅館最奥に位置する一番良い部屋に通された。
 ふすまで仕切られた四部屋は美しい庭園に面しており、魚が泳ぐ池や手入れされた松、ししおどしなどが見える。絨毯じゅうたんのように広がるこけの匂いが体にじんわりと染み入り、水音やししおどしが刻む一定のリズムは、心をゆったりと落ち着かせてくれる。
 実に見事な日本庭園だ。確かに自慢していいだろう。
 リズとクイナはこういった場所は初めてのようで、和室の丸窓を興味深げに見ている。造形への関心ではなく、こんな場所に窓がある! 腰かけられるぅ! という犬猫の好奇心であったが。
 風見も普段なら感嘆の息を禁じ得なかっただろうが、今出るのは重いため息のみだった。

「ううーん……。シルバーゴーレム。上級の無機物モンスターが相手か……」

 対応策をまとめるために持っているペンは、一向に進まない。
 そもそも、この鉱山の街ラダーチにやってきたのは、ゴーレムから魔石を得るためだ。
 鉱石をえさにでもしているのか、一部の鉱山ではゴーレムのような無機物系モンスターが発生するらしい。園芸や農業をしていると、求めてもいないのに害虫が発生するのと似たようなものだ。
 だがゴーレムからは魔石という武具の素材が手に入るため、それを逆手に取った産業も発達してきた。この街もその一つで、銀細工とゴーレムの魔石で強化した武具の販売が主産業らしい。
 竜の巣という難易度が高いダンジョンに挑むために戦力強化が必要だった風見たちも、そういった武具を手に入れるためにこの街にやってきたのである。
 しかし、ここに来て一つの問題が浮上した。どうも銀山にシルバーゴーレムが侵入し、住み着いてしまったそうだ。ただのゴーレムよりもずっと強いそれのせいで、採掘とゴーレム狩りという二大産業がとどこおっているらしい。
 人間より何回りも大きな、動く金属塊だ。当然、生半可な相手ではない。竜に相当する強敵だと聞き及んでいる。

「ただのゴーレム相手だと思って、安請け合いしちゃったかなぁ……」
「風見様、それはもう言っても仕方がないことだと思います。ドリアード様は私たちの命を救ってくださいました。その交換条件のようなものですし、なにより、この街に住む人たちを見捨てられません」

 部屋の真ん中に置かれた座卓の向かい側に座り、クロエは言う。
 命の危機の際に、ゴーレム退治を条件に助けてくれたドリアードを思い出し、風見はため息をつく。

「それはそうなんだけど……クロエ、なんか目が生き生きしてないか?」
「そんなことありません。人々の期待から来る重圧とこれからの苦難に押し潰されそうです」

 クロエは首を振って答える。
 けれどその実、苦難上等! と目が輝き、人々が英雄を求めるこの状況に興奮を抑えられない様子なのはどうしてだろう。上気した肌といい、瞳といい、危ない性癖の持ち主のようにハアハアとしているところといい……あらゆるところが微妙に怖い。これからを考えて胃が痛む風見とは真逆だ。
 未だに和窓でじゃれている二匹の亜人を含め、風見の悩みを共有してくれる人はいないらしい。

「心持ちはさておき、実際、シルバーゴーレムをどうやって倒す? 重い、硬い、力強いの三拍子が揃った代表格で、しかも鉱山内部に居座ってる。使える手も限られるんだぞ?」
「大丈夫です。風見様に不可能はありません。今までだってそうだったではないですか!」
「あのな、クロエ。俺にだってできないことはたくさんある。できることとできないことは慢心せずに把握していた方が身を助けるもんなんだよ。それにそもそも俺は――」
「なあ、シンゴ。この茶葉はどれくらい入れるものだ? 緑だけど大丈夫なのか?」
「そこの自由人、今はシリアス中です。ちょっとおすわりしてろ」

 自分はあくまで一般人なのだとクロエに再認識させようとしたところに、お茶缶を持ったリズが割り込んできた。どうにも得体が知れないと感じているらしく、疑わしげに茶葉をくんくんといでいる。
 今は無理と追い返そうにも、彼女は缶を風見の顔にぐいぐいと押し付け、「お前しか知らんだろうが」と催促してくる。このまま無視してもしゃべっていられそうにない。狼の亜人である彼女だが、こんな時は構ってくれないと悪戯いたずらしてくる猫に思えて仕方がなかった。
 しかもそうして難儀をしているとクイナまでやってくるではないか。勘弁してほしい。

「リズ団長、ローブみたいなこれは一体……?」
「シンゴに聞け。みんな歴代のげいが教えた文化なんだろう? こいつは本場の人間だよ」

 クイナは部屋の隅に置かれていた服を手に近付いてくる。
 旅館に備え付けの服といえば当然、一つしかない。

「話し中だというに……。それは浴衣ゆかただよ、浴衣。着てから帯で締めるんだ。バスローブって言えば伝わるか? あんまりしないけど、本来は下着をつけないで着るものらしい」

 クイナが持っている浴衣を受け取り、広げてどう着るかを見せてやる。
 それにしてもこの浴衣、いやに白くて肌着並みに薄い生地をしている。形や慣習は伝わったものの、染めの技術までは再現しきれなかったのだろうか。

「クイナも着てみたいんだったら帯くらい巻いてやるけど、どうする?」
「い――、いらないっ! このくらい自分で着れる! そうやって触ろうとするな、へんたいっ!」
「なんでそうなるかな……」

 何気なく答えただけだというのにクイナは浴衣をひったくると、リズの後ろに隠れてしまった。
 どうやら彼女は『着てみたいか?』を『目の前で脱ぎ脱ぎしましょうね』的な意味と取ったらしい。誰も素っ裸になれとは言っていない。とんだ濡れ衣である。
 さきほどまでのシリアスな空気は完全になくなってしまった。竜種相当の相手なら策は不可欠だというのに、どうもまともな議論はできなさそうだ。

「それほど深刻に考える必要はないと思います。確かに高位のゴーレムは強敵ですが、風見様にはそこまでの相手ではないかもしれません。今までだってそうでした」

 いつもは安全な方策を選ぶクロエでさえ、これである。風見はひとしきり頭を掻くとため息を吐いた。

「あのな、クロエ。話は戻るけど、そこが違うんだ。俺は万能じゃないし、英雄でも勇者でもない。まして相手は石や金属。生物ですらない無機物だ。生き物の火鼠ひねずみやヒュドラとは話が違うんだぞ? はっきり言って今回の相手に関して俺はあまり力になれないと思うんだ」

 クロエは英雄と呼ばれる過去のマレビトと風見を同一視して、盲目的になる傾向がある。
 しかし風見はあくまで普通の人間なのだ。腕っぷしもリズやクロエには到底敵わない。唯一の得意分野は生物に関することだけなのだと、さとすつもりでゆっくりと語る。
 それでも彼女は首を振った。意外なことにそこにあったのは盲目的な笑みではない。

「いいえ、違わないんです。彼らはスケルトンとよく似ています。だから風見様ならきっと大丈夫だと思うんです」
「そんなまさか。大体、スライムが操る骨人形と自律制御の土巨人じゃ違いすぎるだろ?」

 そう言って風見は思い出す。以前、スケルトンにはヒュドラの洞窟で遭遇したはずだ。
 スケルトンはいわゆるアンデッドとは違う。遺骸のどこかに隠れたスライムの亜種が骨をマリオネットのように動かす魔物であり、生物だった。だがゴーレムは土くれの巨人で無生物だ。サイズ、素材をはじめとしてどこも似ていない――はずである。
 ……いや、そう決めつけるのは早計なのだろうか? 例えばスケルトンが骨のマリオネットなら、ゴーレムは土の――

「そんなことより、休める時は休みましょう! この旅館には温泉があるそうです。戦闘や長旅の疲れもありますし、まずはそこでいやされませんか?」

 引っかかるものを感じた風見はいつもの癖で考え込もうとしたのだが、クロエがそれをさえぎる。
 緑茶の苦みに顔をしかめていた犬も、やっぱり和窓が気になる猫もこのワードに耳を立てた。

「おんせん……? 噂には聞いたことがあるね」
「変なニオイだけど、あったかくてなんか気持ちいいって聞いたことがあります……!」

 風呂は貴族のみの娯楽であり、水浴びや濡れタオルがせいぜいの身では縁遠いものだったのだろう。クロエのみならず、二人も珍しく乗り気である。
 まあ、確かに考えるのは一息ついてからでも遅くないだろう。
 せっかくだし、と風見も納得すると、四人は例の浴衣ゆかたを持って浴場に向かうことにしたのだった。


    †


 庭園の風景を楽しみながら渡り廊下を過ぎると、木の塀で囲われた別棟がすぐに現れた。塀の向こうには湯気が立ち上り、硫黄いおうの香りも風に乗っていく。そんな古風な温泉宿の情緒に酔っていると、その先に見慣れた赤と青の、『ゆ』の字が書かれた暖簾のれんが待っていた。
 こういうところもちゃんと伝わっているらしい。

「じゃ、上がってから部屋でな」
「いえ、すぐにでもお会いできるかと」
「……?」

 意味深に呟いたクロエは理由を言わないまま、暖簾のれんの先に消えてしまった。
 覗いたら噛み殺す! と牙をいて威嚇いかくするクイナを見送りながら首を傾げた風見は、まあいいかと思い、男性用の脱衣所に入った。
 すのこが敷かれ、棚にはカゴがいくつも並んでいる。この光景を見るのは久しぶりだ。

「ほんっとうに懐かしいなぁ。というか就職してからは仕事が忙しかったし、家族旅行以来か?」

 普段はクロエをはじめ周囲に常に人がいるし、しかも彼らにかしずかれたりするので堅苦しいことこの上ない。こんな時くらいは羽を伸ばそうと、風見はうきうきとした気分で風呂場へ突入した。
 平たい石の間を漆喰しっくいで埋めた床。石を並べて作られた綺麗な浴槽。しかも先客は一人もいない。これら全てを独占し、くつろいでいいのだ。

「温泉は心のオアシスだよなぁ。さて、掛け湯でもして早速……ん?」

 しかし、ガララッと。湯煙で隠れた反対側で戸を開ける音がした。
 立ち込める湯煙の向こう何人かのシルエットが見えた気がした瞬間、風見は無言で回れ右をして脱衣場へ戻る。嫌な予感がしたのだ。

「やっぱ帰ろう。即帰ろう。ご飯を食べたあとでゆっくり入る」

 何も見なかったし、聞かなかったことにした。だが、その背後に一つの影が忍び寄る。

「おやおやぁ? 帰ってしまうのかな」

 後ろから首に絡まってくる腕。背には、ぷにゅっと柔らかいものが触れている気がした。しかもそれは肌と肌が触れ合う、生の感触である。大きすぎず、小さすぎもしない。その手頃なクッションを挟み、引き締まった肢体が背中にぺったりと圧し掛かってくる。
 ……じわりと伝わる温もりが非常にヤバい。どういう構図なのか頭が理解するだけで鼻血が出そうな気がした。
 そうして動悸・息切れを発症しそうな彼を、狼少女がにたにたと見つめる。

「ほらほらどーした。せっかく一緒の場所だったのだから入ろう? クロエが言っていたが、こういう場では裸の付き合いとやらをするものらしいじゃないか」
「いやな、タオルを忘れたから取ってくるだけなんだ。それまで女子で楽しんどくといい。不測の事態で遅れることもあるかもしれないけど、すぐ戻ってくる予定だから」
「気にするなよ、ご主人。奴隷の犬っころになんなりと命令するといい。濡れて困っているのなら舐めて乾かしてやるさ」

 リズはつやっぽい声で誘惑してきた。だまされてはいけない。彼女はこうして動揺する相手を見るのが好きなだけで、言葉どおりの奉仕をする柄ではないのだ。
 甘い声に惑わされたが最後、赤ずきんのおばあちゃんのように取って食われるのがオチである。
 風見は毅然きぜんと振り払おうとした。けれどそんな彼にリズはもう一言浴びせてくる。

「ああ、それともシンゴは女の裸もまともに見れない小心者かな? ふむ、読めたよ。今まで手を出さなかったのはそういうことか。なら仕方がない」
「ははっ……。お前は言ってはならぬことを口にした」

 そんなことを言えば全国の男性諸君は黙っちゃいない。風見は首に絡んでいた手を解くと、余裕顔のリズに向き合う。当の彼女は浴衣ゆかたを羽織っていた。
 まあ、素直に裸でいるはずはない。こんなオチであるとは予想していた。
 それでも帯を締めていないので前が全開だ。肢体の多くは隠れていないし、胸の盛り上がりはほぼ見える。けれど風見が目を引かれたのはそこではなかった。

「ここはこれを着て入れということらしいね。クロエが言わなかったら私たちも気付かずに入っていたところだったよ。……ん、どうした?」
「いや、傷痕が……」

 それこそリズが恥ずかしがるくらい、舐めるように凝視してやろうかと思っていたのだが、その意気は掻き消えた。原因は彼女の体に刻まれた無数の傷痕である。
 きめの細かい褐色の肌を多くの傷痕が横断しているのだ。大きさは十センチくらいのものが多いが、中にはそれ以上のものもある。胸、下腹部、腹側部、腕、脚……大きいものでも数えれば十、小さいものは数えきれない。
 急に冷めてしまった風見に、高ぶっていたリズも興を削がれたのか、ぽりぽりと後頭部を掻いた。

「キズモノはお嫌いかな?」
「いや。それだけリズが誰かの盾になっていた証拠だろ。大切なのはそこだ。嫌いなわけない」
「回避が上手いね。戦闘でもそれくらいできるなら八十点をやったところだよ」

 リズは悪戯いたずらをする気が失せてしまったらしく、そのまま大人しくきびすを返した。それと入れ替わるようにクロエがひょいと顔を覗かせる。
 ちなみにクイナは湯気の向こうでリズに捕獲され、湯船の中へタッチダウンを決められていた。
 に゛ゃぁぁぁー!? と悲鳴が旅館に木霊こだまする。

「あっ、す、すみませんっ。まだお着替えの最中でしたか!?」
「いや、浴衣ゆかた着用だとは知らなくてな。タオルを巻いただけでいいかと思った」

 臆病な小動物のように引っ込んだクロエは、顔を赤らめながらも風見に視線をやり続けている。
 それはそれで気まずい。風見は「着替えるから先に入っててくれ」とクロエを送り出し、脱衣所に戻って浴衣に着替える。
 どうやら部屋にあったのは、湯浴み用のものだったようだ。よく見てみると浴衣ではなく、滝行に使う白い衣や幽霊が着る死装束っぽくも見えてきた。

「しかしこれ、大丈夫なのか……?」

 多分に透けそうなのだが……と、不安に思いながらも浴場に行く。
 そこではリズがクイナに後ろから抱き着いて「うしゃしゃしゃしゃ!」とまだ楽しそうにやっていたが……スルーしておいた。何か悲鳴も聞こえた気がしたが、女の子同士なら好きにたわむれていればいい。風見としては何も問題がない。

「温泉の中では暴れるなよー?」
「ほら、シンゴもああ言っているだろう? クイナ、大人しくするんだ」
「そんなのむりですっ。むりぃっ! ふあっ、助け――たすけれぇぇぇーっ!!」
「ごめん、それは無理だ」

 必死に伸ばされたクイナの手に向かって言うと、彼女の顔が絶望に染まっていった。それがなんとも嗜虐心しぎゃくしんをそそる、いい顔なのである。リズがああやってもてあそぶ理由がわかった気がした。

「風見様、お隣に失礼させてもらいます」
「ああ。ご自由に」

 まったりと温泉につかっていると、視界の端に白い脚線美が入った。どきりと心臓がはねる。見ると湯につかったクロエがふっと微笑んでくる。


 映画のワンシーンのようだが、それを素でこなせてしまう彼女の器量は恐ろしいものだ。
 胸元を隠すように押さえていたが、その腕さえ挟めてしまいそうな膨らみを持つ双丘は何ともなまめかしい。行衣のえり元に見える谷間も大変悩ましい兵器だ。
 視線を逸らしがちになりつつも、風見はついつい見比べてしまう。
 どうやら、クロエ>リズ>>クイナの序列のようだ。

「……頑張れ、クイナ」
「うるさい死ねぇっ!」
「はっはっはー。クイナに言われても全然辛くない。むしろご褒美ほうびだ」

 そんな風に笑っているとクロエが急に立ち上がった。なにやら表情が黒い状態で凍結している。

「クイナ。それはそうと、先日から風見様への礼を失していませんか?」
「ふんっ。こんなのにはこれで十分だもん!」
「あはは、言うね。シンゴ、感想は?」
「思春期なんてこんなもんだろ。クイナの好きにしてくれればいい」

 風見はクロエから露骨に視線を外して言った。その前に風見に感想を求めたリズも同様である。二人はクロエが漂わせる黒いオーラを察知していたのだ。

「よくありません。少しばかりお話が必要だと思います」

 そうして見ぬふりをしていると、リズの膝の上にいたクイナは間もなく魔手に掴まれた。

「えっ、へっ……?」
「あちらでお話ししましょう。湯冷めしないうちに終わりますから」

 まだ何事か理解していない様子のクイナは後ろ襟を掴まれ、ずるずると脱衣場へ引きずられていく。どうやら説教部屋はあちららしい。

「リズ、シルバーゴーレムにはどうやって対抗しようか?」
「ふむ。とりあえずクイナを抜きにして考えた方がいいかもしれないね。風呂から上がったら、ちゃんとそれを踏まえて話し合おうかな」

 助け船を出すという選択肢は二人にない。あの状態のクロエのとばっちりを受ける方がよっぽど怖いからだ。
 直後、断末魔のようなクイナの叫びが聞こえてきたが、二人は耳を塞いでやり過ごすのだった。


    †


 部屋に戻ってからは予定どおり明日の戦闘会議である。
 温泉でほくほくとなり、そんな気分ではないとぼやき始めたリズの首根っこを掴んで座らせる。クロエは座卓を挟んで彼女の向かいに座り、目を輝かせながら正座で待っていた。
 立場上、風見は議長席だ。残るクイナは驚くべきことに彼の膝の上にいるのだが、小動物のように縮こまっている。先ほどの影響なのは明白であり、周囲もあえて触れない。
 風見はまずクロエに意見を求めた。
 枢機卿すうききょうやマレビトを守る白服は、依頼があれば魔物退治をすることもあるらしい。その関係で彼女は以前、金属製のゴーレムとも交戦したことがあるそうだ。

「そもそも、どう戦うんだ? 動く金属塊ってだけでも、まともな武器は通じないだろ」
「ゴーレム種は総じて攻撃と防御に特化していますが、知覚したものにまっすぐ襲いかかる程度の知能しかなく、素早さも人と同等です。なので高所から突き落としたり、攻城兵器をぶつけたりするのが通常の対処法です。もし真っ向勝負を挑むなら、竜種の牙や爪、鬼やユニコーンの角のような上級の素材を用いた付加武装を使いこなす律法士が数人は必要かと」
「……」

 クロエが至って真面目に話している間、リズは、風見の膝の上でがたがたと震えているクイナを、じぃーっと見つめていた。
 気になるのはわかる。クロエの話を聞きつつも、風見もチラチラと視線をやってしまう。
 脱衣場で何があったのか知る由もないが、風呂上がりに再会した途端にダッシュで飛びついてきた彼女は、風見の服の裾を握りしめ、ずっとこの調子だった。生死に関わるトラウマを刻み付けられた猫もかくやという様子である。
 恐らく、クロエが手出しできないのは風見だけイコール彼の膝は安全圏という論理なのだろう。
 心配で何度か「大丈夫か?」と声をかけたが、その度にびくっと震えるので、もうそっとしておくことにしたのだ。少々不憫ふびんだが、時間が解決してくれるのを待つしかない。

「武器も使い手も一級じゃないとダメってことか。でも、クロエなら大丈夫じゃないのか?」
「残念ながら私の付加武装は、お付きという役目柄、防御に特化しています。かわしたり受け流したりは得意ですが、攻撃については他の白服を頼っていたので力不足でしょう」
「うーむ。なら、リズはどうだ?」
「無理だね。そもそも私は奴隷だから付加武装なんて持ってない。普段はただのサーベルを律法で強化しているだけだよ。まあ、それでもただの鎧くらいなら両断できる。一般のゴーレムみたいに強化された土石の体もまだ斬れると思う。だがシルバーゴーレムは材質の差で無理だ。薄っぺらい刃を金属塊にぶつけてもへし折れるだけだろう? 私が付加武装を使って初めてぶつかりあえるんじゃないかな」

 地属性の律法は土砂や金属を操ったり、硬くしたり、切れ味を上げたりする術だ。
 同様にゴーレムも、己の素体の強化と操作を行っているらしい。魔法で強化された『金属塊』を切り裂くなら、魔法で二重に強化した『剣』でないと攻撃力不足。そういう話である。
 一応クイナにも聞いてみようかと思ったが、彼女はクロエの視線から逃げようと脂汗あぶらあせたらたらでうつむいたままだ。まだまだ復帰は見込めそうもない。
 そもそも、玄人くろうとのリズやクロエでさえ力不足なのだ。地という相性の悪い相手に、クイナの雷属性の律法ではどう考えても望み薄だろう。
 ざっとした意見が出終わったところで風見はある事実に気付き、眉をひそめた。

「……え。これってつまり、手詰まりじゃないか?」

 ただ交戦するだけならともかく、撃破できるだけの戦力はない。
 鉱山内に居座ってるので、高所から突き落としたり、攻城兵器を使ったりする手も取れないし、同格以上の存在であるアースドラゴンのタマもその巨大な体ゆえに手の出しようがない。しかも相手は無機物。生物の専門家である風見がいつものように知略で手伝うことも不可能だった。
 するとリズはため息をつく。その顔はまたかと呆れ半分、彼がそういう人間だと認めているの半分の様子だ。

「ほんと、シンゴは悩むのが好きだね。もしかしなくとも、どうすればこの街の全員が笑顔で助かるかを考えているだろう?」
「そりゃ当然だろ。シルバーゴーレムをなんとかできても鉱山が潰れましたとか、誰かが戦闘で大怪我を負いましたなんて笑えないじゃないか」
「そうだよね。そう言うと思った」

 うんうんと頷いた彼女は、お前はそれでいいんじゃないかなとらしくない相槌あいづちを打つ。いつもは甘いだのと現実的な説教をしてくるところだが、今回はクロエと同じように頷くばかりだ。

「なんだよ。何か文句があるのか?」
「いや、ないよ。シンゴが悩むのはそこだけでいいと思う。そういう理想を現実にするのがお前の仕事で、私たちはそれを助ける兵隊なんだから。それに今回のことは私たちの責任だ。オーヴィルたちから守りきる力がなくて、ドリアードに助けられた。その埋め合わせにシルバーゴーレムを倒すことになったんだから、最低限は私たちでなんとかするさ」
「はい、そのとおりだと思います。風見様を守るお役目を頂いたというのに、このようなことになるなんて恥ずべきことです。申し訳ありませんでした」

 風見の身を守る責任を負っていたのはこの二人だ。それができなかったのは慢心や浅慮、力量不足からであると、彼女たちは真摯しんしに反省していた。

「仲間なんだからそういう失敗は補い合えばいいだろ。変に負い目を感じて危ないことをする方が問題だ。気持ちはわかるけど、そういうことなら俺は強権を使ってでも反対するからな」

 そこだけは譲れないと語気を強くして言う。
 二人もそう言われることはわかっていたのだろう。こくりと頷いた。

「名誉挽回というのもありますが、もちろん虚勢ではありません。確かにシルバーゴーレムは能力だけを見れば竜種に勝るとも劣らない強敵です。しかし、条件さえ合えば倒しやすい魔物の代表格でもあります。地形を味方にできるリズのような術者との相性は抜群なのです」
「そういうことだね。別に無理なんかしない。シルバーゴーレムを倒すだけならいつかのヒュドラみたいに落盤で生き埋めにしてやればいいんだ。クロエがおとりで、私が崩落させる係。それで事足りるし、端でやれば鉱山へのダメージも少なくて済むさ」

 物事を難しく考えすぎだと、リズは頭を指で叩く。

「でもそれじゃあ最悪、鉱山が崩落する危険もあるし、二人も危ないじゃないか」
「多少はね。仮にも竜種相当の敵なんだからリスクはある。だが、時間を掛けて策をろうしてもロクなことはないと思うよ」
「どういうことなんだ?」

 まだ言っていない情報があるのだろうかと思い、風見はそれを問いかけた。

「ゴーレムのような魔物は、とても増えやすいんです。まるで虫みたいに数を増やしていきます。スケルトン、ゴーレム、あとは古戦場で見られるリビングアーマーなど、ちょうど風見様が無機物系とおっしゃっていた魔物たちですね。これらには共通点があります」
「風呂の前に言ってたやつか。俺もそこが気になってたんだよ。一体、何が同じなんだ?」
「結論から言うと、これらは全て生物ということです。例えばゴーレムは確かに土や金属の体躯をしていますが、それを動かす中身が存在します。考えてもみてください。そうでもなければ街の花壇や、鍛冶屋の材料からゴーレムが発生してもおかしくありません」
「え、生き物……なのか?」
「はい、生き物です。風見様の得意分野ですね」

 仕組みが想像しきれない風見は半信半疑なのだが、クロエの頷きは確かなものだった。


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