女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第四話  神官服と神託魔法

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 無心に畑を耕していると、時間が経つのを忘れてしまう。
 鍬を振り下ろす。
 程好い感触が手に伝わる。
 春であれば、それだけで笑顔になってしまうのだが、今日は違う。
 夏真っ盛りの炎天下だ。
 所々土で汚れた白い神官服の裾で、額から流れる汗を拭う。袖を飾る金糸の刺繍が少し解れるが、どうせ中央教会からの支給品だ。

「アリスに頼んだ神官服、できたかしら」

 パンドラがデザインした災害の巫女の神官服を、アリスに作ってもらっているのだが、普通の神官服と違うので裁縫に慣れているアリスも苦戦している。

「いいかげん、この神官服暑いわ」

 分厚い生地で全身を覆う神官服。真夏の畑仕事の天敵だ。
 しかし、規則で巫女と巫女に仕える神官は、中央教会指定の神官服か、仕える神が指定した神官服を着なくてはいけない。暑くても。

「無駄な規則が多すぎる」

 こぼしているうちにまた汗が一滴。
 長い黒髪が顔に張り付く。
 さすがにこの長い前髪を切りたくなる。しかし、腰まである後ろ髪は良いとしても、顔の上半分を覆い隠すこの前髪を切ってしまうと、人と目を合わせて話さなければいけなくなるので切りたくない。
 別に人見知りというわけではない。初対面の人と打ち解けるのに、若干の時間が必要なだけ。人見知りではなく、煩わしいだけだ。仲が良い人とはちゃんと目を見て話す。最近では、故郷のカロッテ村にも来ていた行商人のおっさんとはちゃんと話せている。それ以外だと……国からの支給金を届けに来る騎士……は、目を逸らしてしまう。話が長いし、ネチネチと嫌味を言うだけなので、目を逸らして話を聞き流している。

「やっぱ、前髪は必要か」

 目を逸らしているのがバレないようにするためには必要だ。
 一息ついて、社のすぐ側を流れる川から引き入れた池をぼんやり眺める。中島へ渡る丸太橋は、ぼんやり過ごすのに丁度良い場所だが、今は頑張りすぎてる太陽神の御陰で日向真っ只中だ。

「ユニちゃーん! できたよー!」

 声に振り向くと、真夏の清涼剤こと幼馴染みにして災害の巫女に仕えるたった一人の神官であるアリスが、見慣れない服を着て小走りで駆けて来る。

『巫女服キター!』
「うるせー」

 アリスに言ったわけではないが、勘違いされて幼馴染みを傷つけたくないので小声で言う。

「あのね、ユニちゃん。女神様に言われてた服、完成したんだけど、これで良いのかな?」

 そう言って、クルッと回る。

「……」

 同性なのに見蕩れてしまった。

『ね? 正解でしょー?』

 こればかりは女神に同意せざるを得ない。ちょっと悔しいけど。
 アリスが着ている神官服は、東域の島国、この寝殿造りがある国の神官服らしい。
 上半身は白衣、下半身は緋袴。どちらも西域では一般的ではないので聞き慣れないし見慣れない衣装だが、パンドラの反応を聞く限り、彼女の指示通りにできたみたいだ。

『アリスちゃんの金髪と巫女服って、結構合うわねー。どうよ。ちょっと神秘っぽくなって、アリスちゃんに手を出そうって野郎が減るんじゃないかなー?』
「いや。逆効果じゃね?」

 アリスの大きな胸が、強調されているようにも見える。これは世の男性の目に毒だろう。

『履物にも拘りたいけど、今はブーツでも良いかー』

 パンドラから聞いた話だと、東域の人は草で編んだ草履という靴を履いているらしい。その草履という履物は脱いだり履いたりが楽にできるらしく、土足厳禁の寝殿造りの社に住んでいる彼女達にとっては、この巫女服よりも興味がある。いや、あった。
 今のユニには、草履よりも目の前の巫女服を着た天使の方が重要だった。

(やべー。エロいことしたい。オッパイ揉みたい! 脱がしたい!)
『うはー。オッパイ揉みてー! 脱がしてー!』

 女神と同じことを考えていた。
 少し不快だが、目の前に天使を生み出したのは間違いなくこの女神の功績だ。ちょっと悔しいけど、素直に礼を言おう。

「パンドラ、ありがとう」
『ん? なに? 今、写真撮ってっから、ちょっと待ってねー。あ、ユニ、アリスちゃんから目を逸らさないでー』

 おそらく、この女神に礼を言うのは最初で最後だろう。最後にしたい。
 パンドラが言うには、神託の巫女が巫女として覚醒する前から、担当の神は、神託の巫女が見聞きしている景色でしか人間界を知覚することができないらしい。他の景色も見れるらしいが、ユグドラシステムへのアクセス申請がどうとか、面倒な手続きがどうのこうのと長話になったので、聞き流したから詳しくは知らない。

「ユニちゃんの神官服もできたよ」

 アリスの言葉に折角逸らした顔をアリスに向けると、頭の中でクソ女神の喝采が聞こえる。
 ユニも年頃の女の子なので、可愛い服には興味がある。自分が似合うかは別として。
 興味があるのですぐに着替えたいのだが、先程まで畑仕事をしていたその手は土で汚れていた。
 差し出された巫女服に、手を伸ばしかけて引っ込める。

「あ。じゃあ、お風呂に入ってきて」

 見た目が可愛いだけではなく、空気も読める天使。
 内心でパンドラも見習ってほしいと思う。

『ユニも見習ってほしいねー』

 また同じことを考えていた。思わず舌打ち。

「ユニちゃん?」

 自分に対しての舌打ちと思ったのか、アリスが悲しそうにユニを見上げる。

「違う。パンドラに対する舌打ち」

 慌てて言い訳するが、アリスの表情は曇ったままだ。

「女神様にも舌打ちしちゃダメだよ」
(女神か! もう、アリスが女神なんじゃね?)
『あれ? この子、女神なんじゃね?』

 女神の声に、また舌打ちしそうになるのを飲み込む。

「ともかく、お風呂に入っちゃうね」
『一緒に入ろうって誘いなさい』
(ダメです。襲いたくなるから)

 王都の中央教会では、時間が合えば一緒にお風呂に入っていたが、ついついアリスのおっぱいを揉んでしまう。そのたびに怒られていたが、懲りずに毎回揉んでいた。

(ん? アリスの巨乳は私のおかげか?)

 昔から歳の割には大きかったが、この三年でかなり大きくなったような気がする。
 女神がなおもしつこくお願いするけど、無視して風呂場へ。
 雑に服を脱いで、洗濯籠へ放り投げる。金糸が解れる原因は、汗を拭くからではなくこの扱いが原因かもしれない。

『ユニってオシャレに興味ないのー?』
「人並みにはあると思う。けど、わざわざ窮屈な思いはしたくない」

 中央教会指定の神官服は、とにかく窮屈。しかも、階級が上がるほど布が厚くなり枚数も増える。夏なのに。
 ユニが着ていたのは、最上位である神託の巫女用の神官服だ。
 といっても、本当はこの上にさらに五枚ほど着なければいけないのだが、公式の場でもない限り着る必要はないと言ってアリスと同じ見習い神官用の神官服を着ていたら、アリスが怒られてしまった。面倒な議論の末、妥協点として、公式の場以外は今脱いだ神官服だけで過ごすことになった。
 それでも暑苦しいが、フル装備の六枚重ねだと、立ってるのもしんどいくらいの重量になるので、一枚で良いというのは、ユニ寄りの妥協点だろう。

『これでようやく、だっさい神官服とお別れねー』
「ファッションってよくわかんないけど、服が軽くなるのはありがたい」
『もう少し着飾ろうよー』
「服なんて、暑さ寒さを凌げて、隠すべき場所を隠せればいいのよ」

 と言っておきながらも、可愛い服に興味はある。王都にある中央教会の支部にいた時は、町で可愛い服を見つけて立ち止まりはするけど、自分には似合わないだろうから、立ち止まるだけで手に取ることもしなかった。

『もう少しー、女の子としての幸せを求めてもいんじゃない?』
(この、戦乱の世に生まれた巫女が?)

 少なくとも、いつ攻めてくるかわからない隣国がいる限り、着の身着のままで逃げられる服装にしておきたい。可愛い服は走りにくそうだ。
 浴室の扉を開けて、湯船のお湯の温度を確認。

(さすがアリス。丁度良い温度)

 貴族の家なら風呂炊きの専門職がいるけど、この社はユニとアリスの二人しかいない。必然的に、一人が入っている時はもう一人が風呂の裏で釜に薪をくべて温度調節をしなければいけない。これをユニがやると、大体温度が高すぎて、アリスの白い肌が真っ赤になってしまうのだけど、アリスは毎回絶妙な温度をキープしてくれる。中央教会で勉強した結果と本人は言っていたが、同じく中央教会で巫女としての職務を詰め込まれたユニは、そんな勉強をした記憶がない。

「神官と巫女では、勉強内容が大幅に違うみたいね」
『巫女は職務の知識を詰め込むだけー。神官はー、神学や礼儀作法の他に、巫女を機嫌良く過ごさせるための技能を叩き込まれるのー』
「アリスは昔から私をご機嫌にさせてくれる」
『だから、ユニの側仕えに選ばれたんじゃないー?』

 普通、巫女の側仕えは中央教会の司祭か助祭が勤める。しかし、ユニの側仕えは、助祭ですらない見習いのアリス。
 本来、巫女の側仕えは人気の役職だ。神官にとって花形の役職だ。なのに災厄の巫女の側仕えは不人気で、なりたがる者が一人もいなかった。災害を司る女神という、人に害しか及ぼしそうにない神。そして、顔の上半分が前髪で隠れて表情が読めない巫女。この組み合わせに、進んで近づこうとする者は、中央教会ではアリスしかいなかった。
 幼馴染みゆえの気安さと、アリスが生来持ち合わせる世話好きが、ユニの側仕えに推薦される要因となった。
 災厄の巫女の側仕えに、見習いでしかないアリスが選ばれたのは必然だろう。

(なるほど。中央教会の神官も、たまには良いことをしてくれる)

 中央教会での毎日は、怠け者のユニにとって地獄のような日々だった。朝起きてお祈り。朝ごはんを食べてお祈り。午前の勉強が終わってお祈り。昼食前にお祈り。昼食後にもお祈り。午後の勉強が終わってお祈り。夕飯前にお祈り。夕飯を食べ終わったらお祈り。寝る前に長ーいお説教とお祈り。そして、お祈りの度にパンドラの下ネタ。なぜかは知らないけど、お祈りされると下ネタで返したくなるそうだ。照れ隠しだとしたら、やめてほしい。
 あんな毎日をあと数年繰り返さなければいけないのなら、実家で毎日土いじりをしていた方が万倍もましだ。そのまま村のガキ大将の家に嫁いだとしても、今なら許容範囲と言えただろう。
 もう、そんな未来は来ないけど。

「ふう」

 庶民には高級品の石鹸を泡立てる。歳の割りに貧相な体を洗いながら、嫌な気分を頭を振って振り払う。

『まーた、故郷を思い出したのね?』

 空気を読まないで下ネタを放り込むくせに、こういう時は空気を読める。
 髪をガシガシと乱暴に洗って、頭からお湯を流す。
 湯船にゆっくりと浸かると「ふぇ~」という、なんだかよくわからない声が漏れる。中央教会で、湯船にお湯を張って入るスタイルのお風呂に出会ってから、湯船に入る際は毎回この声が漏れてしまう。

「ユニちゃーん。湯加減、どう?」

 外から聞こえるアリスの問いに「んー」とだけ答える。それだけでも、言いたいことは伝わる。

『ダメ亭主みたい』

 失礼なことを言われた気がするが、お風呂の気持ち良さに免じて今なら全て許せる。

「それより、パンドラには神託魔法を教えてもらいたい」
『あー。前にも言ってたわねー』

 なぜか、この話題になると乗り気ではなくなる。

『神託魔法ってねー。私の力を借りてなにかしらの奇跡を起こすんだけどー、巫女の中には、自分の力と勘違いして慢心するヤツもいるらしいからさー』

 奇跡を起こして民に礼を言われるのは、借り物の力で奇跡を起こした巫だ。一度や二度であれば勘違いしないだろうが、それが続くと、自分の力と慢心して民に対して傲慢に振舞うようになる。そして周囲から疎まれ、最後は恨まれる。そうなると、巫が天寿を全うする確率は極めて低くなり、担当の神はペナルティを喰らう。
 パンドラ曰く、よくあるパターーンらしい。

『だからねー。多くの神は最初に神の威厳を』
「ねーよ」

 言ってから内心で「しまった」と思うが、事実だからしょうがない。本音を言えば「こいつ今更なに言ってんの?」と言いたいが、パンドラは拗ねると面倒なのでグッと堪えておく。

「パンドラ?」

 反応がない女神に問いかける。

「パンドラさーん?」

 反応がない。

(拗ねた?)

 危うく「めんどくせー」と、ぼやきそうになる。以前に言った時は、一週間ほど、寝ているユニにパンドラ自作の謎ソングを歌われたので気をつけるようにしている。

「パンドラちゃん?」

 やっぱり反応がない。
 これは、敬語を使わないといけないのか?
 しかし、この女神に敬語を使うのは、嫌とまでは言わないが、できれば使いたくない。

「女神様?」
『ユニはー……私のこと、嫌いなの?』
(やっべ! うっぜ!)

 想像以上の鬱陶しい問いが帰ってきた。

「嫌いではない。けど、好きかと問われたら、好きではないと答える」

 正直に答えてみた。

『……ぐすっ』
(泣いちゃった?)

 とはいえ、パンドラの声を初めて聞いた成人式の日に、「心を読めるわけではないから嘘をつかないでくれ」と言われたので、パンドラに対しては嘘は言っていない。
 一息吐いて、どうしたものか考える。

「優しい嘘があるのは知ってるけど、パンドラに対しては必要ないでしょ?」
『なんでー?』

 鼻を啜りながら問う声には、女神としての威厳が全く無い。

「私は、パンドラに対して嘘は言わない。本音しか言わない。それがパンドラの望みでしょ?」

 追加すると「喋るのが面倒なことも言わない。喋ると面倒になることも言わないようにしてる」だ。

『そう言ったけどー。オブラートー』

 オブラートがなにか知らないので、キョトンとする。

『もっとこう、言葉を選んでよー』
「ごめん」

 選び損ねたのはユニなので、素直に謝る。

『大体ユニはー、神様を敬う気持ちが足りません。他の巫女を見てみー。そりゃあもう、朝から晩まで祈ってばかりだよ』

 以前、友愛の巫女に会ったが彼女は担当神とタメ口だった。お祈りもテキトウだった。
 指摘すると面倒なので流す。

(ああ、”他所は他所。ウチはウチ”って言いたい。てか、祈ったら下ネタで返すヤツに祈りたくない)
『体も貧相だしー。チッパイでメカクレっ娘の需要が高まるのは、数百年後だよ? いや、二千年位後かな? 生まれるのが早いってー』
(なんの話かわからないけど、馬鹿にしてるんだな? てめーの自称Eカップ引き千切ってやっから、人間界に下りて来い)

 わからないなりに、イラッとする。

『フレイアんとこの巫女なんてー、すんげータユンタユン揺れんだよー。あ、アリスちゃんの方が大きくて、マジ天使だけどねー』
(私も豊穣の神の巫女が良かったよ。タユンタユンじゃなくていいから、交代してほしい。あと、女神が人間を天使とかゆーな。アリスは天使だけどな!)
『アリスちゃんとお風呂に入ってくれないしー』
(それは私の理性がもたん)
『アリスちゃんのおっぱい揉んでくれないしー』
(こないだ、それで怒られたばかり)
『ユニのおっぱいは小さいしー』
(それは今関係ねーよ)
『根暗だしー。人見知りだしー』
(どっちも否定できねーな!)
『将来的にミネルヴァみたいに行き遅れそうだねー。絶対、処女拗らせるよー』
(神が”絶対”とか言うな。本当になるだろ)

 そう思いながら、まだ見ぬ戦を司る女神へ密かに親近感を覚える。

『そもそもさー、その前髪はなんなの? そんなんで視線を誤魔化したってー、ユニが人の話を聞いてないのは誤魔化せてないんだよ?』
(え? まじで? バレてんの?)
『だから王都で”怨霊の巫女”って呼ばれるのよー』
(え? そんな呼ばれかたしてたの?)

 知りたくなかった。

『そりゃー、国王もこっそり一目見て”会う必要はない”って言うわよー』
(それも知らない)

 この国の王は、自国に生まれた災害の巫女の人となりを知るために、こっそり平民のフリをして会いに来たのだが、幽霊みたいなユニの姿を一目見て、すぐに踵を返して王宮へ戻った。

『王子もー、自分の婚約者にって名前が出たからー、物陰からこっそりと見ただけで”無理”って言うしー』
(まじで? 玉の輿、逃してたの?)
『そんなんだからー、中央教会の連中に”ハズレ巫女”って呼ばれんのよ』
(それは聞こえてた。てか、あんたも”ハズレ女神”って呼ばれてたよ)

 聞こえていたけど、改めて言われると精神がグリゴリ削られる。
 拗ねさせてしまったから大人しく聞いていたが、なんだかイライラしてきた。

(もう、我慢する必要なくね?)

 女神にしろ巫女にしろ、我慢が足りない。

『はー。こりゃ、モテないよねー。私の巫女は生涯独身かー』

 頭の中でなにかが切れる音がした。

「うっせークソ女神! こっちだって好きで一人でいるんじゃねぇんだよ! つか、てめぇだって一人だろうが! 旦那がいた? 神魔大戦で死んだ? 何年前の話だよ! うんな、うん千年前の話してんじゃねぇ! そんなんだから、てめぇは合コンで盛り上げ役しかできねぇんだよ! 良い男神がいない? ちげぇよ! てめぇが男神から女として見られてねぇだけなんだよ!」

 言い始めたら止まらなくなった。
 その後、アリスが慌てて止めに入るまで、この程度の低い悪口は続いた。
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