女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第六話  神様の知らない世界

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 ユニもアリスとお風呂に入るのは久しぶりだ。
 脱衣所でユニに背を向けて服を脱ぐアリスの背中をガン見する。前髪で隠れてわからないがその目は血走っていた。さすがのアリスも、この目を見たらドン引きするだろう。
 下着も全て脱いで、生まれたままの姿になったアリスの背中に抱きつきたい衝動に駆られるが、下唇を血が出るほどに噛んで自制する。

『素晴らしいわー。天界でもこんな光景を拝めない』
(そうでしょうとも)
「『私のここ○ンがフル○起するわ!』」

 女神と巫女の叫びがハーモニーを奏でた。

「えっと……ユニちゃんも入るのよね?」

 自分の肩越しに問うアリスに、サムズアップだけで答える。
 籠からタオルを手にして、前を隠しながら風呂へ素早く入り扉を閉める。そのアリスの背中を見送りながら、ゆっくり自分の服を脱ぎ始める。アリスの下着に手を伸ばしかけたが、もう一度唇をかんで自制する。

『巫女によってはー、側仕えの神官に服を脱がせてもらうんだけどねー』
「私の理性がもたん」

 その場で襲い掛かる自信がある。

「あっつ!」

 扉越しに、アリスにしては珍しい大きな声が聞こえた。

『なーるほどー。そこで足止めするために”温度高めにして”ってアリスちゃんにお願いしたのねー。策士よのー』

 普段アリスは、自分で風呂を沸かして、お湯があったかいうちに素早く風呂に入っている。まだ王都で暮らしていた頃の話だが、たまには熱いお湯に入りたいだろうと、アリスが入る前に薪を追加しておいたら、そんなに熱くなっていないのにアリスの肌が真っ赤になっていた。そのことから、アリスは熱い風呂が苦手とユニは知っていた。

「その隙に服を脱いで扉を開ければ、熱さに身悶えするアリスを観賞できる!……あれ?」

 勢いよく扉を開くと、期待していた絶景はなく、真っ赤な顔をしてアリスが湯船に肩まで浸かっていた。

(これはこれであり)
『ありね』

 女神と意見が一致した。
 タオルで体を隠すことなく、堂々とした態度で扉を閉め、掛け湯をして湯船に入る。
 二人で入ると少しばかり狭く感じるが、個人宅にある湯船として考えたら十分な広さだ。そもそも、一般家庭に湯船はない。

『ユニー、私の知らない世界をありがとー。ここが天国かー』
「天国ってあるの?」

 中央教会では、天国に行くために善行を積みなさい、と教えている。

『ないわよー』
「え? ないの?」

 中央教会で散々言われていたので、あるものと思っていた。

「え? ないの?」

 中央教会で真面目に勉強していたアリスも驚きだ。

『正確に言うと”あった”だねー。天国に行くための基準ってー、最低ラインでも厳しくってさー。もう何千年も天国に行けた人間がいないからー、なくしちゃったー。維持費も結構かかるしねー』
「え? 遊園地的なとこなの? てか、金の問題?」
『お金じゃなくー、維持するためのエネルギーだよー。遊園地みたいにアトラクションがあるわけじゃなくてー、ただ、なにもない空間でダラダラ過ごしていいよってだけー』
「それ、神様の言う休眠期間じゃないの?」

 言い方が少し違うだけで、内容は同じに聞こえる。

『そだよー。あまりにも退屈で清廉な魂達が発狂するんだー。それを見て、私達の休眠期間の内容が決まったんだー』
「いやいや。神様にとっての拷問を、天国って言っちゃダメだよ」
『私達もー、最初はそれがご褒美になると思ってたんだよねー。ところが、天国に来た人間の魂が、もう、バッツンバッツンと弾けるもんだからー、さすがに”これ違くね?”って思って中止にした頃には、天国に来れるような善人がいなくなってたのー』

 そして、最近になって維持するエネルギーの無駄遣いと言われるようになり、天国は閉鎖されたそうだ。

『やっぱー、無計画に箱物を作るべきじゃないよねー』
「ローランド王国でも、先王が命令して、未だ作り続けてる庭園があるんだけど、あれみたいなもんなのかな?」

 中央教会の教えでは、人間は神を模して作られたらしい。だから、神と同じ失敗をするのだろうか。

「じゃあ、ヴァルハラもないの? 戦死者の館だっけ?」
『ヴァルハラって飲み屋ならあるよー。多分ー、戦神の誰かが人間に教えたのが伝言ゲームで間違って広まったんじゃないかなー? ちなみにー、ヴァルハラのお勧めはスジ煮込みー』

 純粋な存在を汚してみたいという欲求から、天国を信じていたアリスに、今の話を伝えてみる。

「そっか、ないんだ」
「え? それだけ?」

 思ったよりドライな反応だった。

「うん。教会で教わった話はなんだか胡散臭くて、話半分で聞いてた。あったらいいな、くらい?」
『中央教会では、腹黒いことで有名な法王も天国に行ったことになってるからねー』
「てか、なんでパンドラがそんなこと知ってるの?」
『ユニが授業中に居眠りしてると、視覚情報は閉ざされちゃうけどー、聴覚情報のリンクは生きたままだからねー』

 ユニに代わって、授業を聞いていてくれたようだ。

「そんな便利な睡眠学習があるなら、もっと早く教えてよ」

 パンドラの親切は、ユニの怠惰で台無しになった。この巫女に、女神の慈愛は伝わらないようだ。

「そういえば、パンドラっていつも私とリンクしてんの?」
『うん。神によっては、日に数回しかリンクしないってのもいるけどー、ユニの言動が面白いから、常に見ていたいし聞いていたいのー』
(笑わせるようなことしたかな?)
『人見知りで人嫌いを自称してるくせに寂しがり屋とかー、もう可愛すぎよ』
「今はアリスがいるから寂しくない」

 常に見守っている女神に、嘘を言っても無駄なので本心を言ってみる。

「ユニちゃーん」

 笑顔の天使に抱きつかれた。
 ユニの薄い胸に当たる珠玉のクッション。

『うらやま!』

 今日はパンドラへのご褒美のつもりだから、もう少しサービスしても良いかもしれない。

「パンドラ。アリスに触りたい?」
『愚問!』
「気に入らない返事だわ」
『ごめんなさい。触りたいです。揉みたいです。吸いたいです。ここ○ンを挟みたいです』

 なんだかんだで付き合いが長くなったユニも、女神の本心にちょっと引く。

「ん。じゃあ、交代する?」
『いいの? ほんと? 嘘だったらペストばら撒くよ!』
「ほんじゃあ、神降しを要請する」
『受理する』

 パンドラの一言と共に、ユニの意識がなにかに引っ張られる。
 真っ暗な空間に精神体だけがフヨフヨ漂っている。神降ろしの実験で経験済みだが、あまり気持ちの良い感覚ではない。

『うっしゃー! 揉んだらー!』

 元気の良いパンドラの言葉が、ユニの声で聞こえる。
 意識を向けてみると、ユニの体が見ている映像がユニの精神体に流れ込む。
 ワキワキさせながらアリスに詰め寄るユニの手と、突然口調が変わった幼馴染みに怯えるアリス。

「ほどほどにね」

 女神が暴走しそうな気がしたので、一応言っておく。

『だいじょーうぶ! アリスちゃんを堪能するよー! てか、前髪邪魔!』

 なにをもって大丈夫なのかわからないし、余計に不安になった。
 前髪をかき上げたのか、視界が開ける。

「アリスの処女幕破ったらぶっ殺すよ」

 最重要のこれだけは伝えておく。
 神の命よりも重い。

「あと、前髪切るなよ」

 ユニの対人障壁である前髪も、神の命より重い。

『え? 神様ですか? パンドラ様ですか? え? どうし、ひっ! ちょっ! 胸!』

 パンドラによるアリスへのセクハラが本格的に始まった。

(さて、私はどうしよう)

 パンドラのご褒美タイムを見学しながら考える。神降しをするのは二度目なので、精神体になるのも二度目だ。前回はすぐに体に戻してもらったので、今回は精神体がどうなっているのか見ようとして……失敗する。
 そもそも目という概念がないみたいだ。手を持ち上げて手を見ようとしたのだが、手という概念もないようで、手に該当する部分が動いた感覚もない。

(できる事は、パンドラのセクハラを見学するだけか)
『パンドラさん。聞いてらっしゃるのかしら?』

 ユニの体を使って発しているパンドラの声でも、アリスの声でもない、聞いたことのない女性の声がした。

(誰だ?)

 声がした方へ意識を向ける。向けたつもりだが、どうも、向いているのかどうか自分では把握できない。自分をはっきりと把握できていないのに、精神体が声の方向へ引きずられる感覚だけは、はっきりとしていた。

「パンドラさん。仕事中に寝ないで下さいな」
(なに? 耳に聞こえた?)

 今の声は、自分の耳に聞こえた声だ。

「パンドラさん?」

 意識していなかったが、目を閉じていたのか。ゆっくりと瞼を開く。

「スクナビコナ殿からの伝言を、って、聞いていますの?」

 声がした後へ振り向こうとして、前髪がないことに気付く。

(パンドラが、切った?)

 一瞬、パンドラへの殺意が芽生えたが思い直す。
 あの神は頭の悪そうな喋り方をするが、ユニが本当に嫌がることはしない。そのパンドラが、ユニのA○フィールドである前髪を切るなどありえない。
 手を目の前に持ち上げようとする。

(動きが鈍い)
「パン、ドラ」

 声も上手く出せない。

『今忙しー』
(これってまさか……パンドラの体?)

 動きの鈍い腕を動かし、ゆっくりと胸に手を当てる。
 明らかにユニより大きい。が、アリスほどではない。

(やっぱり。これって、パンドラの体だ。てか、ほんとに巨乳だったんだ)

 胸の大きさで確信するのは癪だ。舌打ちしようとしたが、やはり体が上手く動かない。

(パンドラは私の体を上手く動かすのに……ああ、前に神降ろしした時に言ってたな)

 神と人間ではスペックが違う。
 神にとっては、人間の肉体を動かすのは簡単だ。手加減すれば。
 精神体を、肉体を動かすための動力と仮定した場合、神にとって低スペックである人間の体は、手加減すれば普通に動かせる程度のものだ。精神体の性能を最大限に活かすことはできないが、それなりの反動を気にしなければ、人間の肉体の限界を超えることも可能だ。もっとも、反動で肉体が砕ける場合もあるけど。
 対して、人間の精神体が神の肉体に入った場合は、その逆になる。
 高性能すぎる肉体の性能を一割も引き出せないどころか、普通に動かすこともできない。ユニは気付いていないが、首を動かしたり腕を動かして胸を触るという動作も、人間の精神体でできる動作としては破格である。
 偏にユニとパンドラの相性の良さが成せる業だが、パンドラはともかく、ユニは認めないだろう。

「パンドラさん?」
(さっきから、うるさいな)

 なんだか偉そうな女性の声に眉をひそめる。

「そもそも、神に睡眠は不要でしょう。そのような暇があるのなら、神の威光で現世を照らしなさいな。まったく、これだから、災厄の女神なんて呼ばれるんですよ」
「うる、さい……な」

 上手く動かせないのは変わらないが、それなりにパンドラの体を動かすコツを掴んだユニが、声の主に顔を向ける。

「うるさいってあなたね……」
「つぅ」

 声の主は凄い美人だった。……多分。
 ユニの視界には顔に靄がかかったような人が立っていたのだが、顔をよーく見ようとすると頭がズキンと痛む。それでも”なんとなく美人が見えたような気がする”という曖昧な認識だけが残った。
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