女神様は黙ってて

高橋

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一章 パンドラ

第八話  戦の巫女

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 長い金髪をたなびかせ、胸の前で手を組んで目を伏せる少女が祈りの言葉を呟く。

「勇敢に戦い死んだ者達よ。先に戦死者の館で酒宴を楽しんでいてくれ」

 閉じていた目が開き、意志の強そうな瞳が正面を見据える。
 それだけで一枚の絵画になりそうだ。が、彼女の今の姿をカンバスに描くような物好きはこの場にはいない。
 それは、彼女が纏う服が豪奢なドレスではなく、装飾の少ない銀色の鎧なのが原因ではない。
 原因は周囲だ。
 彼女の周りでは煙が立ち上り、濃密な血の臭いが充満していた。そして彼女の周囲には無骨な騎士たちが跪いていた。
 先程まで戦場だった場所で、暢気に絵を書く物好きはいない。

「巫女様。完勝ですな」

 跪く騎士たちを掻き分けるように、戦場にはにつかわしくない派手な服を着た中年の太っちょがハンカチで口元を押さえ、周囲に香水を撒きながら少女に近寄る。
 太っちょのきつすぎる香水の臭いに少女が顔をしかめる。あと数ヶ月もすれば帝都北の山脈からの季節風が吹いてくれて、太っちょの不快な香水の臭いを拭き流してくれたのに、と、思ってもしょうがない考えを首を振って払う。

「臭くて敵いませんな」

 内心で「お前がな」とだけ思っておく。

「ガレイア卿。故国の為に戦死した将兵に対して、あまりな物言いです」

 少女は、ガレイア卿と呼ばれる太っちょの嘗め回すような目を見ないで言う。

「ふん。国を守る力もないくせに我が軍の侵攻を妨げるお飾りの軍と、女神様の威光がありながら戦死するような愚か者共には過ぎたお言葉ですな」

 少女が太っちょを横目でキッと睨む。

「ギーリム・ルクサ・ガレイア伯爵。私と私の騎士団が帝国に弓引かぬように監視するのが、貴公の職務だ。勇敢に戦って死んだ者達を愚弄するのは貴公の職務外だ。あまり内職が過ぎると、私も昔から隠していた内職をしたくなる」

 側の地面に突き刺していた愛剣を引き抜き、剣身に着いた血を一払いして、目の前に持ち上げる。

「昔から、そなたのような贅肉を見ると、削ぎ落としたくなるんだ」

 そう言って横目で見る少女の目は、妖艶な光を放っていた。
 ついでとばかりに、周囲で跪く騎士たちですら咄嗟に剣を抜き放ちそうになるレベルの殺気を太っちょに叩き込む。
 鈍そうな太っちょでもさすがに感じたようで「ヒッ」と一声上げてその場で腰を抜かしてしまった。
 剣を鞘に収め、へたり込んだ太っちょを一瞥してから踵を返す。
 急遽用意された仮設の幕舎に入ると、タイプの違う二人の美形騎士が略式礼で迎えてくれた。

「ガレイア卿がなにかやらかしましたか?」

 年若く線の細い方の美青年が問う。

「いつものヤツだよ。スイル」
「あんな大喰らいの役立たずなど、斬り捨てればよいでしょう」

 性格を表すかのような真っ赤な髪のワイルドな青年の言葉に、少女は困ったような笑顔を向ける。

「クルツ。あまり巫女様を困らせるな。あれでも正規の観閲官として派遣された軍人だ。それに、伯爵だからな。死者への冒涜くらいなら簡単にもみ消すよ」

 スイルと呼ばれた美青年が、ワイルドな青年であるクルツを嗜める。
 しばし見た目が対照的な二人の騎士が睨み合う。
 沈黙を破り吐き捨てるようにクルツが。

「観閲官などと、ただの監視役ではないか。それこそ死人に口はないのだから、あの道化殿の首を」

 道化殿というのは、常に派手な服を着ているガレイア伯爵の、第七騎士団での渾名だ。

「やめよ」

 年端も行かぬ少女の一言に二人の青年が姿勢を正す。

「二人が私の身を案じているのはわかるし嬉しく思うが、私は帝国の騎士だ。帝国と女神様のためであれば喜んでこの首を差し出す。しかし、いくら皇帝陛下といえども、証拠もないのに謀反を疑うようなことはないだろう」

 当代の皇帝は暗愚で有名だ。偉大な先帝の血を受け継いだとは思えないほどの愚帝っぷりと宮中で噂されるほどだ。

「わざわざ疑われるようなことをする必要はないよ」

 スイルはともかく、クルツはまだ不満があるようだ。それでも、巫女の言うことだからか不承不承頷く。
 一応納得した二人を見て少女も頷く。

「それでは報告を」

 クルツはまだ納得し切れていないのか腕を組んだままだが、スイルが手早く地図を広げて簡潔な報告をする。
 その報告を聞きながら、自分で紅茶を入れ上座の椅子に座る。タイミングを計ったかのように、座ると同時に報告が終わる。

「つまり問題なし、と」

 スイルが困ったようにため息をつく。

「部下が苦労して集めて纏め上げた報告を、一言で済まさないで下さい」
「ま、俺達の第七騎士団が相手ではしょうがないだろう」

 実際、今回の戦は兵数の上では相手の方が多かったが、士気と錬度では帝国軍が格段に勝っていた。一当たりで敵の士気が挫けるほどに錬度にも差があったので、「お飾りの軍と女神の威光がありながら戦死する愚か者」という道化殿の言い様も、不愉快だし認めたくはないが、あながち的外れでもなかった。
 油汗塗れの不快な顔を脳内から追いやりながら紅茶を一口。
 紅茶を入れる技術は、公爵家令嬢としての花嫁修業で唯一身についた技術だ。料理や裁縫より剣を振る方が性に合ったらしく、花嫁らしい修行はほぼ全て途中で投げ出すか教師が匙を投げるかだったが、紅茶だけは剣術修行の後の一杯を楽しむために上達した。まあ、単純に軍隊のような時間に厳しい生活を好んでいたので、時間と温度で味が変わる紅茶は、彼女にぴったりな趣味だったのかもしれない。

「あとは王都だけか。王都を落とせば後顧の憂いを絶てるな」
「まだ北西に憂いがありますがね」
「腰抜けの第三騎士団が海峡を挟んで睨み合っている所か。俺達に任せれば、すぐに終わるものを」
「ああ、それな。あそこの団長は私の婚約者でな。スイルは会ったな。彼は私以上の戦功を上げたら結婚すると言ってしまったからな、私が彼の手柄を横取りするようなことをするわけにはいかないんだ」
「あの御仁ですか。あそこの戦況報告を見る限りでは……いつになるやら」

 スイルが首をフルフルと横に振る。

「それよりも、王都攻めだ。ここを落とせば次は東征が待っている。気を抜かずにいこう」
「やはり、和平は成りませんか?」

 スイルの問いに深いため息を返す。

「うちの連中がやらかしたというのが、致命的だったな」
「あいつら姫様の邪魔しやがって、もっかい焼き入れて」
「よしなさい。クルツが全員病院送りにしたじゃないですか。まだ、退院していない者もいるんですよ?」

 脇に寄せていた資料の束を捲り、その中の一枚を少女に差し出す。

「そうなると、ローラント王国との戦争に、この巫女が出てくる可能性があります」

 少女の後ろから大柄なクルツが、資料を覗き込み鼻で笑う。

「ずいぶん貧相な巫女ですな」

 そこには、一人の陰気な少女の姿絵と少女に関する情報が書かれていた。

「なんでこんなに前髪長いんだ?」
「さあ? それより気になるのは彼女の出身です」

 クルツも気づいたのか眉を顰める。

「よりによってカロッテ村か」
「同じ巫女であれば、帝国の正義を説けば味方になってくれるかもしれない、と思ったが……」
「無理でしょう。あいつらのせいで、彼女は両親を喪っています」

 一部とはいえ第七騎士団の暴走で死んだのだから、騎士団長である少女の責任だがそれは指摘しない。

「ふん。こんな根暗なガキなど、簡単に首を刎ねれそうだがな」
「待て。それはやめろ。自分の命で神託魔法を使われたら面倒だ」
「なら剣で脅せば」
「クルツがやると、追い込みすぎて生きるのを諦めてしまうかもしれない」

 その場合、自分の命を対価に使ってしまう可能性がある。

「災厄の巫女になにができるのかわかれば、やりようがあるのだがな」

 空になったカップの底を眺めながら、少女が呟く。

「女神様はなんと?」
「ああ。聞いていない。今はリンクが切れている」

 戦の途中でなにかあったのか「リンクを切る」と言われ、しばらくしてリンクが戻ったが、また、なにかあったのか一言残して切れてしまった。

『呼びましたか?』

 頭に重石を乗せたような感覚と共に聞こえた声に、少女がカップを机に置き、姿勢を正して胸の前で祈るように手を組む。
 その姿に状況を察した二人の騎士が、少女の正面に並び膝をつく。

『ああ、構いません。楽になさい』
「は。ありがとうございます」

 いつもより少し活舌が悪いように聞こえるが指摘することなく、自分の内側から聞こえる声に頭を下げてから、組んでいた手を膝へ乗せる。

『それで? なんの話ですか?』
「はい。災厄の巫女の話をしておりました。彼の者の神託魔法は、どのような効果があるのかと」

 自分が鍛えた騎士団だ。それを知っておけば、対策を立てられるし必ず勝てる。そう思っての質問だったが。

『ああ。あの者ですか』

 女神は興味がなさそうだ。

「災厄の巫女、えっと……」

 資料は見たが、巫女の名前は見逃していた。

「ユニです」

 スイルが頭を下げたままサポートしてくれた。

「ユニ、なんというのですか?」
「平民ですので家名はありません」
『その者には大したことはできません。災害の女神では、信仰心を集めることはできませんから。精々、つむじ風を起こす程度ですわ』

 少女に向けて話すこの女神の声音にしては珍しい、吐き捨てるような、見下すかのような言い方だ。

「女神様? なにか、ありましたか?」
『なにもありませんわ。ただ、先程、神降ろしでその巫女が天界に来て、少し話をしただけです』
(神降ろし? 使っても天界に行けるものではないはず)
『あろうことか、このわたくしに意見する無礼。不愉快ですわ』
(神に意見を? そんなこと、許されるはずない)

 女神に確認したわけではないけど、少女の基準では、これはありえない話だし、少女の担当神はそれを許さないだろう。おそらく。これも確認していない。恐れ多くてそんなことはできない。
 それをしたユニという少女の絵姿をもう一度見る。
 そのような豪傑には見えない。

『思えば、暴走したとはいえ彼の者の故郷を滅ぼしたのは、わたくしの意に沿っていたのですね。さすがはわたくしの巫女ですわ』
(あれは……いえ。女神様がそう仰るのなら、あれは正しかったのです)

 資料の出身地の欄に書かれる”カロッテ村”という文字から目が離せない。
 あれは自分のミスだった。それほど信頼していない騎士に、分隊長を任せて単独行動を許可してしまった。ただの盗賊退治とはいえ、信頼できる騎士に任せていれば、あのようなことにはならなかった。いくら前線で手が離せないからといっても、分隊長を任せられるような信頼できる騎士は他にもいたはずだ。人選が面倒だったからといって、自ら手を挙げた者になにも考えずに任せたのは自分の怠惰だ。
 だが、女神はそれを正しかったと言う。無辜の民が死んだのに。
 少女の頭になにかが引っかかる。

『それで? 王都攻めはいつになりそうですか?』

 女神の質問に少女の違和感が霧散する。

「は。三日後には王都の包囲が完成します」

 敗残兵の追撃は順調だから、包囲してから降伏勧告を出して、最短で三日ほど待てば無血開城となるだろう。どんなに粘ってもあちらに援軍は来ないのだから、持っても一ヶ月。それでこのボルト王国は滅びる。王族の生き残りの処分は派遣される代官に任せれば、自分達は秋になる前に帝都へ戻れるだろう。
 本来の予定であれば秋までかかる予定だったが、相手が思いの他簡単に総力戦に出てくれたのと、思いの他簡単に瓦解してくれたので、予定より早く終わりそうだ。

『ならば、包囲が完了次第、攻撃を開始しなさい。わたくしの巫女に弓引くということは、天に唾するのと同じです。屠ってしまいなさい』

 その言葉に少女がゾクッと身を震わせる。
 それは恐怖によるものだったが、少女は武者震いと勘違いした。

「は。全力を尽くします」

 そう言って、胸の前で手を組み女神への祈りを捧げる。
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