女神様は黙ってて

高橋

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二章 グナー

第十三話 吉田晃の相談

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 恋愛相談が一番多いのは十二月だが、二番目に多いのは、卒業式を来月に控えた二月だ。
 三年生の卒業が目前になる二月も末になると、駆け込み相談とでもいうような、愛知と廊下ですれ違った時に、突発的に相談するようなケースもある。

「男に壁ドンされてもな」

 死後硬直真っ只中の目をした愛知は、坊主頭の同級生に壁ドンされていた。

「あ、いや。そういうんじゃなくてだな」

 慌てて離れる坊主頭。

「ああ、わかってる。恋愛相談だろ? 普通に呼び止めればいいものを、すれ違いざまに、腕を引っ張られて壁ドンされるとは思わなかったな」
「すまん。ちょっと、聞いてほしいことがあって」
「ん? 相談じゃなく?」
「ああ。……いや、相談だな。恋愛相談に乗ってほしい」
「そ。じゃあ、場所を変えようか」

 昼休みの二年の教室が並ぶ廊下で、坊主頭より頭一つ身長が低い愛知を壁ドンしていたら、周囲から視線を集めるのは当然だ。主に腐った視線を。

「屋上は、寒いな。一番近い空き教室は……四組の隣が空いてたな」

 愛知はそれだけ言って、坊主頭の意思を確認せずにスタスタ歩き出す。
 空き教室は物置として使われていたが、都合よく鍵はかかっていなかった。

「座って……と言いたいけど埃が凄いな。いつから掃除してないんだ?」

 室内には椅子と机が積み上げられていたが、その上には埃も積み上げられていた。

「しゃあない。立ったままで聞かせてもらうよ」
「あ、ああ。その、だな」
「野球部の吉田君、だったよね? 吉田晃君。二組だっけ?」
「アキラじゃなくコウだ」
「ああ、ごめん。コウ君、ね」

 坊主頭の吉田は一つ頷く。が、そこから、斜め下の床の一点を見つめるだけになった。

「えっと、日時を改める?」
「いや! 待ってくれ!」
「……ひょっとして、相手は同性?」

 吉田の肩がビクンとなる。

「知り合いの同性愛者と、同じ匂いがしてね」

 ここにはいない才人の名前は、出さない。

「そ、そうなのか。やっぱ、愛の巫女にはわかるのか」
「巫覡な。まあ、同性愛者は男女問わず、愛の巫覡をやってると結構会うから、もう、珍しくはない。だから、吉田君が誰に告白しようと思っていても、それほど驚かないよ」
「そうか。それなら、その……だな」

 坊主頭でガッチリとした体格の少年がモジモジしているのを見て、げんなりする。

「まさか、俺じゃないよね」
『私は愛知が受けでも有りです』

 合いの手感覚で言ったら、女神が激しく反応した。

「グナー。黙れ」

 突然の「黙れ」発言に、吉田が状況についていけず、呆然とする。

「ん。すまん。女神がアホなことを言ったから黙らせただけ。続けて」
「あ、ああ。その、笑わないで聞いてくれるか?」
「内容によるけど、理由もなく笑ったりはしない」

 恋愛相談をしていると、なぜその人が好きなのか理由がわからない人が多い。まあ、恋で盲目になっているだけなのだが、多くは理由がわからないから、相談する際に「笑わないでほしい」という要求はよく聞く。中には本当に笑える相手もいたりするが、それを噛み殺す精神力を愛知は身につけている。とはいえ、某研究所で保管している、魔獣のホルマリン漬けに恋をした研究者の相談は、怖くて笑えなかった。

「四組の中田、なんだ」
「同じ野球部の? 中田……涼だっけ?」
「ああ。その、やっぱ、おかしいか?」
「マイノリティではあるけど、最近では珍しくもないんじゃない?」
「そっか。よかった。お前に言ってもらえると、なんか安心するよ」

 それは、愛の女神に認められたという意味で受け取ったのだろうが、実際には、グナーと愛知の意見が一致することは、それほど多くない。しかし、それを知らない吉田に説明して、がっかりさせるのも悪いと思ったから黙っておいた。

「ほんじゃあ、神託魔法を使うから、許可は……前に別件の恋愛相談で貰ってたな」

 いつもの”相性チェック”で相性を見て、相性が良ければ告白を勧める。告白の日時は”明るい家族計画”で調べて、最適な告白の演出を手助けする。告白をする勇気がないようなら”告白アタック”も使う。
 いつものパターンだ。
 幸い中田の許可も以前貰っていたので、この場でいつものパターンを始められる。

「うん。相性もいいし、多分、成功するレベルだな。てか、お互いに友愛ではなく、性愛が強いな。どうやら、中田君も、そっちの気があるみたいだね」

 ドキドキしながら聞いていた吉田の表情が、パーッと明るくなる。

「そ、そうか。成功しそうか」
「うん。今日の部活終わりでいいかも」

 これも、いつものパターンに則った”明るい家族計画”で見た結果だ。

「告白する勇気はある?」
「……わからない。けど、がんばってみるよ」
「今まで相談に乗った同性愛者の話だと、上から行くんでも下手に出るんでもなく、真っ直ぐ相手と向き合って、誠心誠意、自分の気持ちを伝えるのが一番上手くいくみたいだね。ま、その後上手く付き合い続けられるかはわかんないけど、俺なら”人生長いんだし、お試し感覚でもいいか”くらい力を抜いて告白するかな」

 言外に「目が血走ってて怖いから落ち着け」と伝えたつもり。

「わかった。やってみるよ」

 吉田は、爽やかな笑顔で礼を言って、足取り軽く去った。

『年齢イコール彼女いない歴の童貞にしては、良いアドバイスだったと思いますよ』
「今日は、言葉の棘が鋭すぎない?」

 綺麗な声の女性に言われると、なんだか開けてはいけない扉を開きそうになる。

『もう少し引き伸ばして、馴れ初めを聞き出してほしかっただけです』
「俺は恋愛相談をしているのであって、恋バナをしているわけではないよ」
『神であれ人であれ、いつの時代であっても、女の子は恋バナが大好きなんですよ』
「さいですか」

 面倒なことになるので「女の子と呼べる年齢ではない」と、指摘する気はない。が、相槌のトーンに出てしまったらしく、グナーの機嫌が少し悪くなる。

『愛知が好きな、あの災厄の巫女ですら、恋バナが好きだったんですよ』
「へぇ」

 正直、過去の巫の成したことには興味はあるが、個人の趣味志向にはあまり興味がない。

「そういえば、大陸の西の方にある、あのでかい魔素溜まりって、災厄の巫女が神託魔法で作ったって本当なの?」
『ええ、本当ですよ。自分の命を使った神託魔法の結果です。ただし、神託魔法だけじゃなく、日食などの色々な要素が加わって、あの結果ですけど』
「数百年前? もっと前からか? かなり昔からあるけど、あれって、消えるの?」
『あと、百年ちょっとで消えますよ。当時より狭くなってますし、そのおかげで、例の日記が発見されたわけですしね』
「大陸の方じゃ、あの魔素溜まりで生まれた魔獣の被害が、ひどいんだってな」
『時々、都市部でも被害が出てるそうですね。小型種の多くは警察でも対処できますが、大型種になると軍隊が必要になります』

 その点、大和皇国は先達の努力によって陸生魔獣は完全に駆逐されている。いるのは海生魔獣だけなので、沿岸部以外で魔獣の被害が出ることはない。

「結局、人類の敵は魔獣なんだね」
『魔獣を作ったのは人類なので、人類の敵は人類では?』
「今の歴史の教科書は、魔獣は悪魔が作ったことになってるけど?」
『人類が認めたくない歴史は、真実にはなりませんから』
「神様的にはどうなの? 人類のその”臭い物には蓋”的な対応は」
『そんな子供じみた反応も含めて、私達、神は人類を愛おしく思っているのですよ』

 慈愛に満ちたその声に「そういえば、こいつ女神だったな」と思い出す。

『まあ、世界的に見ると、魔獣の犠牲になる民間人と、人間同士の戦争で巻き込まれて死ぬ民間人。年間の犠牲者数は、どちらも同じくらいなんですよ』

 同じ人類として耳が痛い話だが、そんなことより、そんなことまで把握しているという神っぽい話に「やっぱ女神なんだ」と改めて思う。

『しかし、そんな愚かしい数字を指摘しても、人類が戦争をやめることはないんですよね』

 聞く者に、申し訳なさを刷り込むその愁いを帯びた声に「うん。女神だ」と確信し始める。

『大丈夫です。どんなに愚かでも、私達は人類を愛しているんですよ』

 愛知は「間違いない。愛の女神だ」と確信した。

『そんなわけで、吉田君のアフターサービスは万全です』
「ん?」
『具体的に言うと、振られた場合は、愛知が付き合っちゃいなさい。私の持てる権能を全て使ってでも、素敵な薔薇を咲かせて』
「黙れ腐女神」

 確信は気のせいだった。
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