女神様は黙ってて

高橋

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三章 ユニ

第九話  散歩

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 本社ビルの外に出て、わずか三歩で後悔した。

「暑い」

 夏は好きでも嫌いでもない。が、今すぐにでも嫌いになりそうだ。
 シリンダー型コロニーの内壁。コロニーでは地上と呼ばれる階層にまで登ると、シリンダー中央の人口太陽に近づいたからか地下より暑いような気がする。

(まあ、ビル内は冷房が効いてるからなんだけどね)

 鬱陶しそうに空を見上げると、長細い人口太陽が作る陽炎越しに反対側の内壁の町並みが見える。

「天気予定では、今週はずっと亜熱帯の夏を再現するそうだ。あ、来週は亜熱帯の雨季だってよ」
「水の無駄使い」

 以前もこのコロニーではスコールを再現していたが、水が貴重な資源である宇宙コロニーで、短時間とはいえ水を大量に使用するスコールは、住民に大変不評だった。

「まあ、それは同感だな。今のコロニー長は、環境省に金を使ってるから、次の選挙までこんな感じが続くんだろうな」

 半年前に選挙した結果だから、しばらくはこのままだ。

「ユニさん。議会に疫病ばら撒いて」

 暑さで茹った頭が搾り出した名案だ。

「ここのコロニー軍のテロリストに対する基本方針は、サーチアンドデストロイだそうだ」
「巻き込まれないように気をつけないと」
「俺がな」

 ユーシスも暑さにうんざりしているのか、面倒臭そうに答える。

「それで? 資料整理課になにか用があったの?」
「ん? ああ……用があったのは、その……お前だ」

 ユーシスが顔を赤くして言う。

『おお。クソ生意気なヤツが、こういう可愛い反応するとハンクを思い出す』
(誰だよ)
「その……地上から戻ったら、お前が左遷されたって聞いて……」
『いや、ハンクはこんな美形ではなかったか?』
(誰か知らんけど、きっと、ユニさんから迷惑を被った人だろう)
「なにがあったか知らないけど、その……元気出せ、よ」
『年のせいか最近、生きてた頃の記憶が曖昧なんだよな』

 女神がタイミング悪く喋りだしたので聞こえないが、励まされたのだろう。ちょっとホッコリして少しだけ暑さを忘れる。

「あー、なんつうか、あれだ。もし、もしも仕事辞めたいんなら……その……」

 ユーシスはなにかを覚悟するように深呼吸して、テレーゼの肩をつかみ、ユーシスの方へ向かせる。
 しばし見詰め合い、ユーシスがゆっくりと口を開く。

「俺とけっ『まあ、ノルンの長女に頼めば、過去の記録を見れるからいいけど』

 女神の声でユーシスの言葉は掻き消された。

「「……」」

 見詰め合ったまま返事を待つユーシスと、前後の会話からなにを言いたかったか察してはいるものの、勘違いだったら恥か死んでしまうのはテレーゼだ。

(でもまあ、好みではないけど、もう一度ナカハラ君から言ってくれるなら、してもいい、かな?)

「「……」」

 沈黙に耐えられなかったのはテレーゼ。

「女神が五月蝿くて聞こえなかった」

 気まずい沈黙は続く。

『あれ? なんか大事な話してた?』

 女神以外の間で。

「その……うちの女神がごめん」

 テレーゼが「うちの飼い犬がごめん」的なトーンで謝る。
 勢いに任せてもう一度同じことを言おうとしたのか、口を開きかけたユーシスをテレーゼが手で止めた。

「ちょっと待ってね」

 ユーシスはまだなにか言いたそうにしている。
 独り言ではないことをわかりやすくしようと空を見上げて喋ろうとして、人口太陽を直視してしまい顔を顰める。

「ユニさん。ちょっと黙っててね」
『え? 私、邪魔?』
「うん。邪魔。黙っててくれないと、私……”勤勉の巫女”って名乗るよ」
『ごめんなさい。黙ります』

 どうにかしてテレーゼをニートにしたい女神は、テレーゼの言葉に素直に従った。

「ん。では、ナカハラ君。どうぞ」

 当然「どうぞ」と言われて続けられる胆力は、ユーシスにはない。

「……お前、本当はなにを言ったか聞こえてただろ」
「聞こえてはいない。推測はできるけど」
(安定した生活のために結婚するのも一つの手だし、こいつ顔はいいからな)
「なら」

 ユーシスの反論を皆まで言わせずに手で制する。

(ここで男を見せてくれれば、妥協できる)

 結婚は妥協と打算の産物。

「推測できても、ナカハラ君の口から聞きたい」
(実家は金持ちだし、引越し公社の期待のホープ。よく考えたら良物件じゃない)
「てか、推測できたんなら、なんでそんな無表情でいられるんだよ」

 ユーシスには無表情に見えるが、テレーゼと付き合いの長い友人達が見たら「珍しく赤面している」と言うだろう。

(ハズいから早く言え)

 内心、ドキドキして待っている。女神からは、ワクワクした感情と悪戯心が伝わる。
 大丈夫だろうとは思うけど、念のため上を向いて。

「マジで邪魔しないでよ」

 釘を刺しておく。

「ん」

 両手を「どうぞ」と、差し出して促すと渋い顔をされた。

『がんばれー』

 女神の小声が聞こえる。邪魔をするつもりはないようだ。

「……あの……マジで?」

 ユーシスが、テレーゼの肩に添えていた手を離して頭を抱え込む。

(もう一押しか?)
「ここでヘタレるかどうかが分水嶺」

 言葉で追い込む。

「どうしてもか?」

 ユーシスは、この期に及んでまだ抵抗を続ける。

「どうしても、よ」

 議論の余地なく切り捨てる。

『テレーゼちゃん、楽しんでる』

 女神に小声で指摘された。事実、楽しんでいるから反論はしない。

「「……」」

 ジリジリと日差しに炙られながら、根気良く待つ。

「「……」」

 額から流れる汗が、鼻を通り口に入る。

「「……」」
『いや、なげーよ』

 小声のツッコミにも反応しない。

「「……」」

 ユーシスの視線が彷徨う。

「「……」」

 汗でシャツがくっついて気持ち悪い。

「「……」」

 暑さでボンヤリした目でユーシスの視線を追うと、テレーゼの胸に辿り着く。

「「……」」

 下着が汗で透けている。

「おい」
「む。すまん。その……日陰に移動しないか?」
「いや、ここで。……煩悩に勝とう?」
『無理でしょ』

 頭の中で、女神のツッコミと、飲み物を啜る音が聞こえる。

(冷たいビール飲みたい)
「おま……」
「期待してる」

 テレーゼの平坦な声で言われても、説得力はない。

『あ、パンドラ。今、面白いのが見れるよ』

 小声で主神を呼ぶ女神は無視。

「その……」

 さすがのイケメンも、テレーゼの冷めた目と暑さに追い込まれて、汗で顔がビチャビチャになっている。
 ポケットからハンカチを取り出して、ユーシスの汗を拭いてあげる。

『それ、わざとだろ』

 当然、狙ってやった。

「あ、う……」

 狙い通りに、顔を真っ赤にして挙動不審になった。

『ん? ああ、そうそう』

 女神が誰かと会話しだしけど、小声のままなので注意しない。

「あざとすぎるぞ」

 ユーシスの非難する声に力はない。
 ポケットにハンカチを仕舞い、もう一度、手で「どうぞ」とする。

『んー、どうだろ。ここでヘタレるのもこの子らしさだけど』

 主神と話してるにしては、気安過ぎるような気もする。

「あー、だから、だな……その……」

 語尾と共に視線も下がる。

『うん。ダメっぽいね』

 女神は諦めたようだ。

「その……ブラウン、いや、テレーゼ!」

 ガバッと顔を上げて、テレーゼと目を合わせる。

『お? いくか?』

 覚悟を決めたユーシスが口を開く。

「俺と『そこで押し倒しちゃえよ!』
「ユニさん! 五月蝿い!」

 ユーシスの心が折れた。
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