女神様は黙ってて

高橋

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三章 ユニ

第十話  女神様は黙ってて

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 コロニーの人口太陽が薄っすら明るくなる時間、テレーゼ・ブラウンフェルスは、缶ビールをグビグビやりながらネットニュースをチェックしていた。
 ふと窓の外の曇り空を見る。
 視線をモニターに戻し、別窓に天気予定を開く。このコロニーは冬季に入っている。天気予定では午後から雪が降るらしい。
 どうりで寒いわけだ、とリモコンを手に、視線はモニターのまま部屋の温度を上げる。

(また、映画プロデューサーのセクハラか。二十年くらいの周期で流行るわね。これの前の流行りは、芸能人の不倫だっけ? こういった強い者いじめは、鬼の首を取ったような爽快感を味わえるから、周期的に流行るのよね)

 ネットニュースにも流行り廃りがある。

「あ、そだ。そろそろ、ブログ炎上させないと」

 自分のブログに書き込む内容を吟味して、爆弾を投下。
 本日の爆弾は「私は巫女だから、貯金がなくなっても中央教会に所属するだけで生活費をもらえる」だ。
 暫し放置。

「お、食いついた。ふぃーっしゅ! これで、アフィ収入ガッポガッポ」

 職を失ったサラリーマンや、就活中の学生が食いついた。
 このまま放置してもそれなりに炎上しそうだ。否定6に賛成4が一番長く炎上する。
 少しだけガソリンを投げ込もう。
 ガソリンは「巫は生まれながらの勝ち組」でいいか。

「……うん。いい感じに燃えた」

 否定が8くらいになったが、今回は長く燃やすつもりはないので、これくらいでいい。

『それ楽しいの? 自分のブログでしょ? 自分の日記を人に見せてボロカスに言われるのって、楽しい?』
「ユニさんだって、自分の日記を後世の人に見られてボロカスに言われてるよね」

 人類がまだ地上に住んでた頃、この女神がやらかした魔素溜まりの中心近くにある社で発見された『災厄の巫女の日記』は、一部の神学者に衝撃を与えた。衝撃を与えすぎて、数十年の論争の後、黙殺され、外典として中央教会で厳重に管理封印することになった。

『まさか、千年以上経って、自分の日記が発見されるとは思わないじゃない? 好き勝手不満を書き綴ってたのが明るみに出るとはね』

 担当神への不満に始まり、当時の貴族や幼馴染の悪口。他の神の悪口など、神に仕える者が書いたとは思えない内容だ。当たり前に外典として扱われ、中央教会で厳重に封印されている。現在は、神託の巫と上位の神職者にしか公開されていない。

『だからって、魔書みたいな扱いは止めてほしいかな』
「そりゃあ、災厄の巫女が書いた日記だからね。碌に読みもせずに悪書認定されても不思議じゃ、お? こいつ消火作業すんなよな」

 折角炎上したのに、テレーゼの擁護をするヤツがいるので別垢で叩いておく。ついでに、特定の化粧品の商品名もシレっと紛れ込ませる。

「……よし。悪は滅びた」
『正義の神が、マゾの神になりたいって言い出す御時世だからね』

 その原因は、他ならぬこの担当神だということをテレーゼは知っているが、面倒だし世界から正義が失われようがどうでもいいので聞き流した。

『てか、炎上しちゃったら、広告収入なんてもらえないんじゃ?』
「平気。別垢のコメで、こっそり化粧品とエステの名前を紛れ込ませてるから」
『それって、広告になるのかな? 逆効果じゃないの?』
「私の垢だったらね。別垢でやってるのはガソリン投下だから。炎上を喜んでる連中は、自分と同じ意見のヤツが言ってる商品名に、否定的な意見を持たない。自分の意見は正しいと思ってるような連中ばかりだから、同調しながら商品名を滑り込ませてやれば、記憶の片隅に残るのよ。昔、ユニさんが言ってた通りね」
『私? なんか言ったっけ?』
「”自分は賢いと思ってるヤツは騙しやすい”」
『ああ、言ったわね。軍神は騙しやすかったけど、王国の方は、本物の馬鹿だったから騙されなかったわ』
「それで火炙り? お? また消火作業? 誰だよこいつ。馬鹿なの? もう少し燃やしとかないと、話題にならないじゃない」
『テレーゼちゃんも火遊びには気をつけてね』
「リアルに燃やしに来るヤツは、警察に任せるよ、っと、これでよし」

 実際、アフィリエイト収入で生計を立てるようになってから、殺人予告を数回受けているが、その度に警察に丸投げしている。
 頭の中にため息が聞こえる。
 担当神が呆れるようなことを言っただろうか、と首を捻る。

「ん?」

 玄関の鍵をガチャリと開ける音に、少しだけ顔を向ける。

(ああ、あいつか)

 この家の鍵を持っているのは、テレーゼと彼だけだ。テレーゼが部屋にいる以上、今鍵を開けたのは彼か空き巣だけだろう。
 予想通り、リビングに入ってきたのはユーシス・ナカハラだった。

「おつー」

 背を向けたまま、顔だけ向けて挨拶する。

「お前、また炎上させてんのかよ。しかも、消火しようとしたら、フルボッコにされるし。これ、お前の別垢だろ?」

 馬鹿の正体はユーシスだった。

「今日もご飯作りに来たの? それとも、プロポーズ?」

 ユーシスが「ぐっ」っと言葉に詰まる。
 結局、あの真夏の日、ユーシスはヘタレた。
 ヘタレた結果、妥協案として「結婚を前提にお付き合いする」という、どっちつかずな位置に落ち着いた。
 そして、今現在もヘタレ続けているので、今日もプロポーズはないだろう。
 自分のブログの火力を調節しながら横目でネットニュースを斜め読みしていると、なんとなく興味を惹かれた見出しを詳しく見る。

「お。大和皇国系の汚職で、議員がごっそり逮捕だって」

 議員だけでなく民間にも逮捕者が出ているようで、ずらっと並んだ名前の中に知ってる名前を見つけた。

(あのハゲも逮捕されたんだ)

 テレーゼが左遷された原因の人物だ。かつての上司が汚職の内部告発が近い内にあるとか言っていた。あれからテレーゼが引っ越し公社を退職し、数ヶ月経つ。

(ようやく動きがあったのか)
『ああ。テレーゼちゃんがニートになった原因か』

 女神からは「収入があるから厳密にはニートにはなりきっていない」なんて言われていたが、言ってることがコロコロ変わる女神なので、あまり気にしない。

「あまり思い出したくない顔ね」

 テレーゼの呟きに、ユーシスが後から覗き込む。

「ああ、その件か。公社でも何人か事情聴取を受けてるヤツがいたな」

 続けて挙げる名前は、聞き覚えのない名前ばかりだった。

「知らない名前ばっかだ」
「一人同期もいたんだけどな」

 言われてもう一度名前を聞いたが、やっぱり心当たりがない。

「そう。それより、おなかすいたわ」

 思い出せない名前をいくら考えても時間の無駄だ。思い出すのを綺麗さっぱり諦めて、自分の三大欲求をユーシスに要求する。
 女神からは「ユーシス君には、素直になった方がいい」と言われたので素直になったのだが、そのユーシスには不評だったようで顔を顰めた後、なにかを諦めたような顔になってため息をついた。

「明日からまた地上だから、とりあえず……そうだな、三日分作っておけば大丈夫か」

 後半は、テレーゼに背を向けて台所に向かいながら呟く。

「で? 今日の朝ごはんは?」
「ん? 食べるのか?」
「うん。食べてから寝る。昼過ぎまで」
『うちの子が、こんな立派なニートになって……』

 女神が感慨深そうに言う。
 育ての親が嬉しそうなので、少し気分が良くなる。
 ニュースの続きが気になるわけではないけど、することがないのでなんとなく読んでみると、有名な議員が何人か逮捕される中、一番の大物議員は免れたようだ。コメント欄を見ていると、検察の不甲斐なさを好き勝手に言ってる連中が多い。

(一番上を切り捨ててしまえる組織はないわな)

 ”蜥蜴の尻尾切り”はあっても”蜥蜴の頭切り”はない。

(検察にそこまで期待するのは酷でしょ)
『まあ、検察であれ警察であれ、巨悪を討ちたいと思ってるのは現場レベルだけだしね。上の連中は、迂闊に手を出したら自分に飛び火するってことを理解してるから、切りやすい尻尾しか切らせてくれないでしょ』
「うん。正義の神が、マゾ神になりたいって言ってるご時勢だから、しょうがないよね」

 テレーゼの声が聞こえていたのか、台所でユーシスがため息をつく。
 女神とそんな話しをしながら、しばらく他のニュースも斜め読みする。そうしていると、ユーシスに呼ばれたので食卓に着く。

「いただきます」
「ん。召し上がれ」

 テレーゼが買ってあげた、リボン付きのエプロンを椅子の背もたれに掛けて、ユーシスも椅子に座る。
 米と焼き魚と味噌汁という、大和皇国スタイルの朝食を箸で食べる。ユーシスが作る朝食はいつも大和皇国スタイルなので、半年ほど付き合っているテレーゼもすっかり箸に馴染んでいた。

「うん。さすが私の嫁。美味い」
「旦那なら外で働けよ」
「家から出なくても、それなりの収入はある」

 さっきの炎上でも、それなりの収入にはなる。

「俺より稼いでんなら嫁と呼ばれてもいい」
「がんばる」

 言葉とは裏腹に、目にやる気はない。
 公社の月給は、元社員であったテレーゼも知っている。国連傘下の組織だけあって、平社員でもそれなりの給料をもらえる。

「そか……けど」

 ユーシスがポケットから掌サイズの箱を取り出し、テーブルに置く。

「俺は、がんばらないでほしい」

 箱の蓋をユーシスが開けると、予想通り指輪が入っていた。

(うん、まあ、実家の資産を考えたら小振りなダイヤだけど、引越し公社の社員としては少し大きい、かな?)
『んー。ちょっと無理しちゃったかな』

 女神の評価は違うようだ。

『テレーゼちゃんは知らないだろうけど、ユグドラシステムでユーシス君の行動を見てたら、彼、実家を勘当されちゃったみたいよ』
(それって、私と付き合ってるから?)
『ユーシス君のママは、テレーゼちゃんの存在が気に入らないみたいね』

 割とショックだ。思った以上に凹む。
 ユーシスの実家から嫌われているだろうことは、ユーシスとの普段の会話の端々から察してはいた。それでも、縁を切られるほど嫌われているとは思っていなかった。

『まあ、さすがに家名まで取り上げられるこたぁないけど、実家を追い出されて、少し前からやっすいアパートで一人暮らししてるのよ』

 自分とのことをそこまで考えていてくれたのかと、感動して言葉を失う。

「俺は、がんばってるお前に惹かれたけど、がんばってないお前も……好きだよ」

 会社を辞めた当初は、耳にタコができるほど「働け」と言っていたユーシスの口から、こんな言葉を聞けるなんて思わなかった。別の感動がある。

「私、これからも働かなくていい?」
「ああ」

 これほど幸せな言葉はない。

「家事もしないよ?」
「それは善処してほしい」

 幸せが目減りした。
 けど。

「うん。善処する」

 言葉はタダだ。言うだけですむなら、言っておく。

「善処するだけだろ?」

 言われた方も、正しく理解していた。

「ふふっ」
「お前の笑顔、久しぶりに見た気がする」
「そう?」
「初めて会った時、お前さ、女神と話してて俺に全く気づかなかったんだよ。その時の笑顔に……惚れた」
「面と向かって言われると照れる」
『私も照れる』

 ユーシスは構わず続ける。勢いに任せるつもりだろう。

「だから、な。俺とけ『リア充爆ぜろ!』

 台無し。
 けど、これ以上、ユーシスとの関係を先延ばしにしたくない。
 彼がここまで勇気を出してくれたんだ。素直になるべきだろう。
 だから、素直になろうと思ったが、その前に言っておかなければ。

「女神様は黙ってて」

 そう言って彼の首に手を回し目を閉じる。
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