眠れる獅子は生きるために剣を握る

文字の大きさ
35 / 36
第十章 巡り合い

(5)

しおりを挟む
 そうしてジェラルドを案内していたラスだが、途中ではぐれてしまう。

 気にはなったが彼には過保護な忠義者、マックスがついてるから大丈夫だろうと割り切って、久し振りの花街を彷徨く。

「少し離れてもこの街は変わらないな」

 やっぱりこの街の空気が肌に合う。

 故郷という意味では、やはりここがそうなのだろう。

 リカルドには言えないが。

 その辺をうろついていて、ラスは懐かしい顔を見つけた。

「よう! ユダ! 久し振りじゃねえか!」

 ラスがそう声をかけたとき、ユダははっきりと青ざめ強張った。

 そして呼んだのである意外な名でラスを。

「殿下」

 ラスの身分を知るものは、身内を除けば敵だけだ。

 彼がラスを殿下と呼んだ時点で、ラスにはすべてが掴めていた。

 苦々しい顔つきになり、剣に手をかける。

「最初から知ってたのか、ユダ」

「ご冗談を。キャサリン様にそっくりなお顔立ちから、もしかして? とは疑ってはおりましたが」

「なら何故報告しなかった? 黒幕に」

「あの方と私の考えは違いますから。私の望みは貴方の手にかかること」

「?」

「私の名はユダ。誰もが裏切り者と蔑んだ。そんな私に唯一期待をよせて下さったのが、キャサリン様なのです。そのキャサリン様を陥れるように命じられたとき、私がどれだけ辛かったことか」

「ユダ」

「せめて産まれるはずの御子と、キャサリン様のお命だけは助けたかった」

 意外な告白にラスはなにも言えずにいる。

「今更ですね。どんな言い訳を口にしたところで、私が先帝弑逆の真犯人であること。そのために皇帝御一家を長く苦しめたことは変わらない」

「そうだな。なにも変わらねえよ。ユダが贖罪のために、このまま黙って俺に殺されたとしてもな!」

 そんなのは楽な逃げ方だとラスは言う。

「ではどうしろと? このままでは私はまたキャサリン様を苦しめる! 貴方も殺すしかなくなるのに!」

「ここで殺される覚悟が本当にあるのなら、ここで投降しじいさん暗殺の真犯人として名乗りを上げろ」

「どちらにせよ、私は死ぬのですが?」

「その死を意味のあるものにするか、意味のないものにするかはユダ次第だろ?」

「殿下」

「ここで俺がお前を殺しても、証拠がない以上、それは犬死だ。お前が本気で後悔していて、俺や母さんに償いたいというのなら、母さんの汚名を晴らしてくれ。その生き証人になってくれ」

 そうでなければ母は罪人のままだと言われ、ユダも覚悟を決めた。

 小心者の自分のどこにこんな勇気が隠れていたのかと驚くほどだ。

 だが、自分が罪人の証明をすることで、あの方が救われるなら、この命にもそして死にも意味があったことにならないだろうか。

 そうだ。

 ただ殺されるだけでは犬死だ。

 それを思い知った。

 自分が被せた先帝弑逆の大罪人という汚名を晴らして罪を償わなければ、自分の死にはなんの意味もない。

 この皇太子殿下は、どこまで見通しているのだろうか。

「ご無事ですか、兄上!」

「大事ございませんか、殿下」

 そこへラスとはぐれたことに気付いたジェラルドとマックスが、慌てたように駆け込んできた。

 その場の様子を見てふたりとも息を呑む。

「マックス。ユダを連行しろ。先帝弑逆の真犯人だ」

 マックスは心で動揺しつつも、黙って行動に出た。

 私語は許されない場面だったので。

 しかし確かめずにはいられないのが、ジェラルドの立場である。

 縄で雁字搦めにされ、連行されていくユダに問いかけた。

「どうして? ユダ。きみがあの人を裏切るなんて」

「貴方と同じですよ、ジェラルド殿下。私はもうこれ以上誰も偽りたくなかった。キャサリン妃が無事に戻られたのなら、二度も彼の方を裏切りたくなかった!」

「ユダ」

 それにとユダはチラッとラスの横顔を盗み見る。

「あの人を敵にして生きていけるほど、この街は甘くはないですから」

 言われてみればとジェラルドも驚く。

 ラスの護衛のように屈強な男たちが、武器を手に取り囲んでいたからだ。

 彼を。

 ユダが無事だったのは、ラスと敵対する姿勢を見せてはいても、武器を手にしてはいなかったからである。

 もし僅かでもラスに危害を加える様子を見せていたら、今頃ユダは闇から闇へと消されている。

 花街の華とはそういう扱いを受ける色街の至宝なのだから。

 花街でラスに危害を加えることは、ほぼ不可能なのである。

「意外でしたか? 小心者の私が自首するなんて」

「あの人の恐ろしさを一番知っているのは、きみだと思っていたからね」

「私の行く道には死しかない。その死を意味のある死にするか、意味のない犬死とするか、決めるのは私だとルイ殿下に諭されて」

「兄上が?」

「人生の最後くらいあの人に逆らって、自分のために生きてみよう。そう思っただけですよ。この勇気がどこから来たのか。自分でも不思議なほどです」

「きみは最後に自分らしく生きる道を選んだんだね、ユダ。それに引き換え私は」

 逃げることしか考えていなかった自分が恥ずかしい。

 本来なら自分が祖父と対決する道を選ぶべきだったのに。

 ユダとラスが知り合いだったように、これもまた巡り合いというのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。

春雨
BL
前世を思い出した俺。 外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。 愛が重すぎて俺どうすればいい?? もう不良になっちゃおうか! 少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。 説明は初めの方に詰め込んでます。 えろは作者の気分…多分おいおい入ってきます。 初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫だと……思います(?) ※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。 もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。 なるべく全ての感想に返信させていただいてます。 感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます! 5/25 お久しぶりです。 書ける環境になりそうなので少しずつ更新していきます。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

偽物勇者は愛を乞う

きっせつ
BL
ある日。異世界から本物の勇者が召喚された。 六年間、左目を失いながらも勇者として戦い続けたニルは偽物の烙印を押され、勇者パーティから追い出されてしまう。 偽物勇者として逃げるように人里離れた森の奥の小屋で隠遁生活をし始めたニル。悲嘆に暮れる…事はなく、勇者の重圧から解放された彼は没落人生を楽しもうとして居た矢先、何故か勇者パーティとして今も戦っている筈の騎士が彼の前に現れて……。

処理中です...