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第十章 巡り合い
(5)
そうしてジェラルドを案内していたラスだが、途中ではぐれてしまう。
気にはなったが彼には過保護な忠義者、マックスがついてるから大丈夫だろうと割り切って、久し振りの花街を彷徨く。
「少し離れてもこの街は変わらないな」
やっぱりこの街の空気が肌に合う。
故郷という意味では、やはりここがそうなのだろう。
リカルドには言えないが。
その辺をうろついていて、ラスは懐かしい顔を見つけた。
「よう! ユダ! 久し振りじゃねえか!」
ラスがそう声をかけたとき、ユダははっきりと青ざめ強張った。
そして呼んだのである意外な名でラスを。
「殿下」
ラスの身分を知るものは、身内を除けば敵だけだ。
彼がラスを殿下と呼んだ時点で、ラスにはすべてが掴めていた。
苦々しい顔つきになり、剣に手をかける。
「最初から知ってたのか、ユダ」
「ご冗談を。キャサリン様にそっくりなお顔立ちから、もしかして? とは疑ってはおりましたが」
「なら何故報告しなかった? 黒幕に」
「あの方と私の考えは違いますから。私の望みは貴方の手にかかること」
「?」
「私の名はユダ。誰もが裏切り者と蔑んだ。そんな私に唯一期待をよせて下さったのが、キャサリン様なのです。そのキャサリン様を陥れるように命じられたとき、私がどれだけ辛かったことか」
「ユダ」
「せめて産まれるはずの御子と、キャサリン様のお命だけは助けたかった」
意外な告白にラスはなにも言えずにいる。
「今更ですね。どんな言い訳を口にしたところで、私が先帝弑逆の真犯人であること。そのために皇帝御一家を長く苦しめたことは変わらない」
「そうだな。なにも変わらねえよ。ユダが贖罪のために、このまま黙って俺に殺されたとしてもな!」
そんなのは楽な逃げ方だとラスは言う。
「ではどうしろと? このままでは私はまたキャサリン様を苦しめる! 貴方も殺すしかなくなるのに!」
「ここで殺される覚悟が本当にあるのなら、ここで投降しじいさん暗殺の真犯人として名乗りを上げろ」
「どちらにせよ、私は死ぬのですが?」
「その死を意味のあるものにするか、意味のないものにするかはユダ次第だろ?」
「殿下」
「ここで俺がお前を殺しても、証拠がない以上、それは犬死だ。お前が本気で後悔していて、俺や母さんに償いたいというのなら、母さんの汚名を晴らしてくれ。その生き証人になってくれ」
そうでなければ母は罪人のままだと言われ、ユダも覚悟を決めた。
小心者の自分のどこにこんな勇気が隠れていたのかと驚くほどだ。
だが、自分が罪人の証明をすることで、あの方が救われるなら、この命にもそして死にも意味があったことにならないだろうか。
そうだ。
ただ殺されるだけでは犬死だ。
それを思い知った。
自分が被せた先帝弑逆の大罪人という汚名を晴らして罪を償わなければ、自分の死にはなんの意味もない。
この皇太子殿下は、どこまで見通しているのだろうか。
「ご無事ですか、兄上!」
「大事ございませんか、殿下」
そこへラスとはぐれたことに気付いたジェラルドとマックスが、慌てたように駆け込んできた。
その場の様子を見てふたりとも息を呑む。
「マックス。ユダを連行しろ。先帝弑逆の真犯人だ」
マックスは心で動揺しつつも、黙って行動に出た。
私語は許されない場面だったので。
しかし確かめずにはいられないのが、ジェラルドの立場である。
縄で雁字搦めにされ、連行されていくユダに問いかけた。
「どうして? ユダ。きみがあの人を裏切るなんて」
「貴方と同じですよ、ジェラルド殿下。私はもうこれ以上誰も偽りたくなかった。キャサリン妃が無事に戻られたのなら、二度も彼の方を裏切りたくなかった!」
「ユダ」
それにとユダはチラッとラスの横顔を盗み見る。
「あの人を敵にして生きていけるほど、この街は甘くはないですから」
言われてみればとジェラルドも驚く。
ラスの護衛のように屈強な男たちが、武器を手に取り囲んでいたからだ。
彼を。
ユダが無事だったのは、ラスと敵対する姿勢を見せてはいても、武器を手にしてはいなかったからである。
もし僅かでもラスに危害を加える様子を見せていたら、今頃ユダは闇から闇へと消されている。
花街の華とはそういう扱いを受ける色街の至宝なのだから。
花街でラスに危害を加えることは、ほぼ不可能なのである。
「意外でしたか? 小心者の私が自首するなんて」
「あの人の恐ろしさを一番知っているのは、きみだと思っていたからね」
「私の行く道には死しかない。その死を意味のある死にするか、意味のない犬死とするか、決めるのは私だとルイ殿下に諭されて」
「兄上が?」
「人生の最後くらいあの人に逆らって、自分のために生きてみよう。そう思っただけですよ。この勇気がどこから来たのか。自分でも不思議なほどです」
「きみは最後に自分らしく生きる道を選んだんだね、ユダ。それに引き換え私は」
逃げることしか考えていなかった自分が恥ずかしい。
本来なら自分が祖父と対決する道を選ぶべきだったのに。
ユダとラスが知り合いだったように、これもまた巡り合いというのだろうか。
気にはなったが彼には過保護な忠義者、マックスがついてるから大丈夫だろうと割り切って、久し振りの花街を彷徨く。
「少し離れてもこの街は変わらないな」
やっぱりこの街の空気が肌に合う。
故郷という意味では、やはりここがそうなのだろう。
リカルドには言えないが。
その辺をうろついていて、ラスは懐かしい顔を見つけた。
「よう! ユダ! 久し振りじゃねえか!」
ラスがそう声をかけたとき、ユダははっきりと青ざめ強張った。
そして呼んだのである意外な名でラスを。
「殿下」
ラスの身分を知るものは、身内を除けば敵だけだ。
彼がラスを殿下と呼んだ時点で、ラスにはすべてが掴めていた。
苦々しい顔つきになり、剣に手をかける。
「最初から知ってたのか、ユダ」
「ご冗談を。キャサリン様にそっくりなお顔立ちから、もしかして? とは疑ってはおりましたが」
「なら何故報告しなかった? 黒幕に」
「あの方と私の考えは違いますから。私の望みは貴方の手にかかること」
「?」
「私の名はユダ。誰もが裏切り者と蔑んだ。そんな私に唯一期待をよせて下さったのが、キャサリン様なのです。そのキャサリン様を陥れるように命じられたとき、私がどれだけ辛かったことか」
「ユダ」
「せめて産まれるはずの御子と、キャサリン様のお命だけは助けたかった」
意外な告白にラスはなにも言えずにいる。
「今更ですね。どんな言い訳を口にしたところで、私が先帝弑逆の真犯人であること。そのために皇帝御一家を長く苦しめたことは変わらない」
「そうだな。なにも変わらねえよ。ユダが贖罪のために、このまま黙って俺に殺されたとしてもな!」
そんなのは楽な逃げ方だとラスは言う。
「ではどうしろと? このままでは私はまたキャサリン様を苦しめる! 貴方も殺すしかなくなるのに!」
「ここで殺される覚悟が本当にあるのなら、ここで投降しじいさん暗殺の真犯人として名乗りを上げろ」
「どちらにせよ、私は死ぬのですが?」
「その死を意味のあるものにするか、意味のないものにするかはユダ次第だろ?」
「殿下」
「ここで俺がお前を殺しても、証拠がない以上、それは犬死だ。お前が本気で後悔していて、俺や母さんに償いたいというのなら、母さんの汚名を晴らしてくれ。その生き証人になってくれ」
そうでなければ母は罪人のままだと言われ、ユダも覚悟を決めた。
小心者の自分のどこにこんな勇気が隠れていたのかと驚くほどだ。
だが、自分が罪人の証明をすることで、あの方が救われるなら、この命にもそして死にも意味があったことにならないだろうか。
そうだ。
ただ殺されるだけでは犬死だ。
それを思い知った。
自分が被せた先帝弑逆の大罪人という汚名を晴らして罪を償わなければ、自分の死にはなんの意味もない。
この皇太子殿下は、どこまで見通しているのだろうか。
「ご無事ですか、兄上!」
「大事ございませんか、殿下」
そこへラスとはぐれたことに気付いたジェラルドとマックスが、慌てたように駆け込んできた。
その場の様子を見てふたりとも息を呑む。
「マックス。ユダを連行しろ。先帝弑逆の真犯人だ」
マックスは心で動揺しつつも、黙って行動に出た。
私語は許されない場面だったので。
しかし確かめずにはいられないのが、ジェラルドの立場である。
縄で雁字搦めにされ、連行されていくユダに問いかけた。
「どうして? ユダ。きみがあの人を裏切るなんて」
「貴方と同じですよ、ジェラルド殿下。私はもうこれ以上誰も偽りたくなかった。キャサリン妃が無事に戻られたのなら、二度も彼の方を裏切りたくなかった!」
「ユダ」
それにとユダはチラッとラスの横顔を盗み見る。
「あの人を敵にして生きていけるほど、この街は甘くはないですから」
言われてみればとジェラルドも驚く。
ラスの護衛のように屈強な男たちが、武器を手に取り囲んでいたからだ。
彼を。
ユダが無事だったのは、ラスと敵対する姿勢を見せてはいても、武器を手にしてはいなかったからである。
もし僅かでもラスに危害を加える様子を見せていたら、今頃ユダは闇から闇へと消されている。
花街の華とはそういう扱いを受ける色街の至宝なのだから。
花街でラスに危害を加えることは、ほぼ不可能なのである。
「意外でしたか? 小心者の私が自首するなんて」
「あの人の恐ろしさを一番知っているのは、きみだと思っていたからね」
「私の行く道には死しかない。その死を意味のある死にするか、意味のない犬死とするか、決めるのは私だとルイ殿下に諭されて」
「兄上が?」
「人生の最後くらいあの人に逆らって、自分のために生きてみよう。そう思っただけですよ。この勇気がどこから来たのか。自分でも不思議なほどです」
「きみは最後に自分らしく生きる道を選んだんだね、ユダ。それに引き換え私は」
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