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~サージェスティン・フェイシア編~
【婚約関係】幸福の足音を聴きながら……。【1】~サージェスティン×幸希~
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※サージェスティン×幸希の、婚約してからの、ある日の物語になります。
――Side 幸希
「ん……」
ふふ、よく眠ってる。
さらさらと綺麗な青い髪。閉じられた瞼と、安らいだ表情。
私の膝に頭を乗せて心地良さそうに眠っている彼の、サージェスさんの頭をそっと撫でながら、口許を和ませる。毎日毎日、ガデルフォーン騎士団のお仕事で多忙なサージェスさん。
騎士団長として、誰もがこの人を頼りにしている事も勿論だけど、何よりも、サージェスさんは根っからの世話焼きさんだ。団員の人達が上手く仕事をやっていけるように、訓練だけでなく、精神的な面のフォローも抜かりがない。……だから、一日の仕事が終われば、ぐったりお疲れ、のはず、なのだけど。
出来る限りの範囲でやっていると言いながら、サージェスさんは私の事もそれはそれは深く大事にしてくれている。毎日ではないけれど、マメにウォルヴァンシアへ会いに来てくれるし、お休みの日には、必ずどこかに誘ってくれる。……ふぅ、全然出来る範囲の範疇を超えてますよ? 私の大切な婚約者さん。
「んんぅ……、むにゃ」
「ふふ、……いつもありがとうございます、サージェスさん」
今日もどこか他国にでも遊びに行こうと誘ってくれたサージェスさんに、私が提案したのは、彼のお屋敷でゆっくり過ごすという案だった。
当然、「俺に気なんて使わなくていいんだよ~」と、ちょっと拗ねたような表情で見抜かれてしまったけれど、別にサージェスさんの為だけじゃなかったから、私も強く主張する事が出来たのだ。
一年、二十四ヶ月という枠の、今は丁度、十五ヶ月目に当たる。
私とサージェスさんの結婚式は、この二十四ヶ月を無事に過ぎた後に待っている、新しい年に行われる予定だ。
地上における私の家族にも、天上で仲睦まじく過ごしている神の側の両親にも、無事に許可を得る事が出来た。
後は、挙式までに沢山の準備をこなしていくだけ……、なのだけど。
サージェスさんのお部屋でう~んと唸りながら、私は目の前にあるテーブルに目を向けた。
私が持ってきた結婚関係の雑誌もある。だけど、それよりも多いのは、サージェスさんが買い漁っていた大量の……、同じ関係の本や雑誌。
元々、私を盛大に甘やかしたがる人だとは思っていたけれど……、結婚式に関してもその熱意は健在のようで。
「はぁ……」
そりゃあ、私も女性ですから、華やかに着飾りたい……、とは思っている。
一生に一度の晴れ舞台。大好きな人と共に未来を約束する、大切な一日。
――だ・け・ど!!
「起きたら、絶対にさっきの事を話し合って、妥協してもらわないとっ」
サージェスさんを起こさないように小声でぐっと手のひらを握り締める私。
確かに私は、ウォルヴァンシア王家の王族で、結婚式は派手に盛大に! ……しないと駄目なのはわかる。
だけど、これまでに何度も話し合いを続けている結婚式の内容で、一点だけ、困った難題があるのだ。
『だーめ! お色直しは、絶対十回以上!! 全部オーダーメイドで、ユキちゃんの魅力を皆に見せつけちゃうんだからねっ』
多い!! 多い!! 十回以上も着替えをしまくるなんて、どんなに綺麗なドレスでも、精神的にきつい!!
大体、結婚式に来てくださる皆さんの心がどんなに広くて、純粋にお祝いをしてくださったとしても、そんな面倒極まりないファッションショーに延々と付き合う暇はありませんよ!!
と、至極まともな抵抗を続けている私だけど、未来の旦那様は全然譲ってくれません……。
まぁ、私が必死に抵抗するばかりで、喧嘩にはならない。
なにせ、相手はまだ竜煌族(りゅうこうぞく)としては若いとはいえ、百歳越えのニコニコお兄さん。
私は、まだ二十代前半の小娘。主張がぶつかりあっても、喧嘩にはならないのだ。喧嘩には……。
ただその代わり、サージェスさんの私に対する切々とした、甘く蕩けるような愛の語りタイムが始まってしまい、結局最後は絆される事に……、うぅっ、卑怯だと思うのっ。
「あ、そうだ。催眠術で話し合いを解決させるのはどうかな? サージェスさ~ん、お色直しは、適度な回数にしましょうね~。適度な回数ですよ~、適度な回数にしたくなりますよ~」
彼の耳元に唇を寄せて暗示をかけるように囁くと、「ふふっ」と、擽ったそうな声が聞こえてきた。
「俺にとっては、いつも言ってるのが適度な回数だよ? ユキちゃん」
「十回以上は、適度って言いません。もう……」
サージェスさんは騎士だ。だから、周囲の気配には敏感で、有事の際にはその行動も素早い。
だけど、今一緒にいるのは婚約者の私で、とても気持ち良さそうに眠っていたから、起きないと思っていたのに……。う~ん、まだまだ、彼の心をゆっくりと安らがせるには私の努力が足りないようだ。
「ちゃんと安らいでるよ?」
「え?」
「君といると、この世界のどんな場所、人よりも、俺の心は深い安らぎを覚える」
私の心を、というよりも、私の顔を見ればすぐに心境を当ててしまうサージェスさんは本当に凄い。
だけど、私がこの人に寄り添い、その傍で無防備に安らいでしまう時に比べれば、まだまだ……。
アイスブルーの双眸を露わにしたサージェスさんが、右手を持ち上げ、私の蒼く長い髪の一房を手に取る。
「本当だよ。ただ、俺は男で、騎士だから……、ぐーすか眠っている間に、もし、君に何かあったら絶対後悔しちゃうからね。まぁ、その心配がない場所でなら、ぐっすりになるだろうけど……、ほら、それとは別に、勿体ないでしょ?」
「勿体ない、ですか?」
「うん。目を閉じて夢の世界に行けば、時間はあっという間に経ってしまう。気が付いたら夕方になってて、ユキちゃんと、はい、さようなら、……なんて、最悪の休日だと思わない?」
「う~ん。私としては、サージェスさんがゆっくり休養出来たら嬉しいんですけど」
今日もお疲れみたいだったし、私と居てぐっすり眠って疲れを癒してくれるなら、その方が良い。
だけど、サージェスさんは小さな溜息を零すと、私の肩に手をかけ、ゆっくりと起き上がった。
「サージェスさん、まだ寝てても、――んっ!」
生まれながらの端正な美貌が真顔のまま迫ってくると、サージェスさんの唇が私の唇を少しだけ意地悪に啄み、
小鳥同士の可愛いじゃれあいみたいなキスが繰り返される。
「……子供とは違って、大人の男は色々欲張りさんだからね。好きな子との時間は、何よりも価値のあるものなんだよ」
悪戯めいた笑み。茶目っ気を演出していたアイスブルーの瞳が、徐々に甘い揺らぎを宿していく。
サージェスさんの指先に顎を捕らえられ、今度は深く、彼の熱を唇の奥まで受ける。
「ん、……っ、……ふ、……は、ぁ、……んんっ」
何度唇を重ねても、主導権はいつもサージェスさんにある。
彼以外と経験のない、恋愛初心者で、男女の、こ、こういう行為にも不慣れな私は、サージェスさんのキスに翻弄されながら、口内で淫らに舌を弄ばれてしまう。
乱暴でもなく、淡泊でもなく、私に舌の動きを教えてくれるかのように、彼はいつも優しいキスをしてくれる。
意地悪なのに、愛情と優しさを感じられるキス……。
まだ全然上手くはなれないけれど……、好きな人とのキスは、とても、気持ちがいい。
「可愛いね、ユキちゃん……。もっと欲しい、よね?」
「は、……ッ!!」
優しいけれど、主導権を握るのが上手い小悪魔なお兄さんの妖しい笑みに騙されるところだった!!
燦々と室内に降り注いでくるお日様の気配と、今が真昼間だという事実に気付いた私は、大慌てで誘惑のキスを振り切った。
「ユキちゃーん……」
「さ、サージェスさんのお気持ちは、ば、バッチリ受け止めさせて頂きましたのでっ、は、話し合いをしましょう!! お、お色直しの件をっ」
「キス」
「ちゃ、ちゃんと話し合わないと、オーダーにもまわせませんし、ほらっ、十分に有意義な時間になるでしょう?」
「……ユキちゃぁーん」
大人の男性が、そんな寂しがり屋さん全開な声音でおねだりしないでください!!
私はサージェスさんを力いっぱいに押しのけ、ドスドスと向こう側のソファーに移る。
距離を空けておかないと、サージェスさんはすぐに甘い雰囲気を作って流そうとするんだからっ。
「というわけで、――お色直しは十回未満でお願いします!!」
「やーだ。ユキちゃんに着せたいドレスのイメージがいっぱいあるんだもん。それに、普段は絶対に着てくれないでしょ?」
「うっ……」
「俺がプレゼントしたいからって言っても受け取ってくれないし……。なら、結婚式とか盛大な場で叶えて貰うしかないよねー? 俺の可愛い花嫁さん」
青いソファーに座り直し、結婚関連の雑誌を手に取りながら流し目を送ってくる未来の旦那様の、なんとあざとい事か!! 確かに私は、貴方の要望やプレゼントに遠慮ばかりを押し付けてますよ!!
特別な日なら受け取らせて貰うけど、頻繁に、大量のプレゼントは……、ちょっと。
結婚式も特別な日だけど、許容範囲外過ぎて……、はぁ。
「サージェスさん、お気持ちは有難いんですけど、着替えるのが大変なので、どうか十回未満にっ」
「大丈夫大丈夫。百戦錬磨のアシスタントさん達がパパッとやってくれるそうだからね。ユキちゃんに負担はかからないよー」
「ぐぐっ!! お、お式に来て下さる皆さんの時間というものがっ」
「ウォルヴァンシアの王兄姫殿下の結婚式だよー? 食事は豪華だし、民も参加自由。美味しい食事もいっぱい。そういえば、ウォルヴァンシアの城下じゃ、ユキちゃんのお色直しが一体何十回あるのか楽しみだーって、皆、賭けをしてるみたいだよー?」
「うぐっ!!」
「そ・れ・に、王族の結婚式って、花嫁さんのお色直し回数も凄いし、俺の提案してる回数なんて序の口なんだけど?」
「うぐぐぐぐぐぐっ!!」
サージェスさんはガデルフォーン騎士団の団長さんとして、他国の祝宴やイベントに出席する事も多い。
だから、その話に嘘は……、多分、ないのだろうけれど。
そろそろ負けそう……、的な目でサージェスさんと視線を合わせていると、その顔が勝利を確信したものに変化していくのが見てとれた。
普段、私に遠慮ばかりされて、実は色々と溜まっていたのだろうか?
なんだかすっごく嬉しそう……、怖いほどに。
「わかりました……」
「ユキちゃん!!」
「サージェスさんが妥協してくれないのなら、――私、お式には出ませんから!!
「へー、式には出な、――はぃいいいいいいいいい!?!?!?」
「サージェスさんお一人なら、何でも好きに出来ますよ。どうぞお幸せに。では」
「ちょっ、ゆ、ユキちゃーんっ!! 花嫁さんのいない結婚式なんてあり得ないよ!! ちょっ、まっ、帰るの駄目だってばー!!」
そうするしかない。サージェスさんが私の事を考えてくれず、着せ替え人形祭りをする気なら、結婚式は延期、もしくは中止だ。私もサージェスさんもお互い頑固な部分があるから、もうこうするしかない。
雑誌を持って帰る事も忘れ、出口である扉に辿り着くと、私がノブを回すより先に、ガチャリと音がした。
「失礼いたします。旦那様、そろそろお茶のお支度を」
「ロフェルトさん、すみません。私はもうこれでお暇(いとま)しますので……」
「おや、せっかくの休日ですのに、もうお帰りですか? ……旦那様、何をやったんですか」
「うぅ~……。だって、……だって、ユキちゃんが、お色直し十回未満がいいとか言うんだよー!? で、妥協しない俺も相当馬鹿だな、って思うんだけど、せっかくの機会だし? 好きな子にはいっぱいお色直しして貰いたいと思わない? ねぇっ、ロフェさんっ!!」
早足で追いかけて来ていたサージェスさんとロフェルトさんに挟まれる形で逃げ場を失った私は、あれだけ言ってもまだ諦めてくれないのかと重苦しい息を吐く。
すると、このお屋敷の家令であるロフェルトさんがやれやれと首をゆっくりと横に振り、真剣な顔でこう言った。
「旦那様……、いや、サージェス。――お前は惚れた女に、わんさかと害獣が群がってもいいのか?」
「はっ!!」
「…………」
美しい面(おもて)の家令さんは、使用人である前に、サージェスさんの友人でもある。
彼が凄みを利かせて放った言葉は、どうやらサージェスさんに効果覿面だったようで……。
「そ、そうだった……。ユキちゃんを沢山着飾る事ばっかり考えて浮かれていた俺は……、最悪だ、馬鹿だ、大馬鹿だっ!!」
「さ、サージェスさん……」
「あぁ、大馬鹿以上の特大級馬鹿だ、お前は。自分のものになった女を見せびらかしたかったんだろうが、魅力倍増しでそんな事をすれば、人妻でも構わんと言い寄る馬鹿共がわんさかと寄ってくるぞ」
「いえ、あの、私、そんな大層な女性じゃないので、そこまでの心配は……」
「ユキちゃん!! ウェディングドレスは仕方ないけど、お色直しは控えめにして、三回くらいにしよう!!」
「物凄く回数が減った!?」
あ、有難いお話だけど……、この人達は私を、世界一の美女か何かと勘違いしている気がする。
まだ少女期で、各国の美姫の皆さんには着飾っても到底及ばない、元庶民の私に……、一体どんなフィルターを。私が遠い目をしている頭上で、二人の大人男性は、まだよくわからない事を言い合っている。
「結婚式でなくとも、楽しみ方は幾らでもある。この、いや、こちらの王兄姫殿下は遠慮深いタイプだからな、貢がれるのが嫌だと言うのであれば、この屋敷にお前が買い込んだドレスをストックし、来る度に貸し衣装として着せてやればいい。そうすれば、断る理由もなくなるだろう?」
「あぁ、なるほど!! レンタルにしちゃえば、ユキちゃんも遠慮はしなくなるよねー。ふふ、流石はロフェさんだね。頼もしいよ」
何がどう頼もしいんでしょうねー……。
結婚式で大量のドレスを着ない代わりに、これからずっと、レンタルと称した苦行が始まる。
私はするりと二人の間を抜け出し、元の場所に戻っていく。
ぽふんと、青いソファーに腰を下ろし、自分の持ってきた雑誌を一冊一冊集めて積み重ねる。
と、手放しそうになっている意識を保たせる為にやっていたその作業の途中、雑誌の中から、手紙封筒が幾つか落ちた。……あ。
「いけない……っ」
数日前に城下町で押し付けられた、見知らぬ人からの手紙。
それは一人からではなく、複数の……、男性達からの、ちょっと困ったお手紙だった。
返事を返すべきか悩みつつ、雑誌に挟んだまま忘れていた。
絨毯に落ちたそれを急いで拾っていると、不意に背後から心臓に悪い声が!!
「ユーキちゃん、帰るのやめてくれたのかな?」
「さ、サージェス、さん……っ。え、えっと、……も、もう少し、お邪魔していようかな、と思いまして」
「ありがとう。それと、駄々を捏ねちゃってごめんね。俺の方がお兄さんなのに、君にとって一生に一度の大切な日を、滅茶苦茶にしちゃうところだったよ」
「い、いえっ、お、お気になさらずにっ。お色直しの回数は、……あ、あと、二回くらい増やしても大丈夫ですし、あの、……あのっ」
「ん? ユキちゃん、なんでこっち見てくれないのかなー? ユキちゃんの希望通りになったんだし、機嫌が直ってないわけじゃ……」
そこで途切れたサージェスさんの声。
彼のアイスブルーの視線が、私が手を伸ばしている先にスー……、と向かっていく。
さ、サージェスさんの無言が不気味すぎて、う、動けないっ。
「あっ」
手紙の一通が、突然巻き起こった小さな風に煽られ、私の手ではなく、背後から伸ばされた男らしい手に収まってしまう。
「随分と洒落たお手紙だね……。これは……、あぁ、男物の香水の匂いが染み込んでる。嫌な匂い……」
「さ、サージェスさんっ、こ、これは、それは、その……っ」
貰ったお手紙は、どれも貴族風というか、洒落っ気を盛り込んだデザインの物ばかりで、それぞれ香ってくる匂いも違っていた。中には……、私に対する、よくわからない文面がずらりと並んでいて、読まなきゃ良かったと後悔するものばかり。あぁ、あの時、雑誌に挟まなければ、いや、受け取らなければ……、あぁぁぁぁぁっ。
「ねぇ、ユキちゃん。これ、全部燃やしちゃってもいいかな?」
「へっ!? い、いやっ、あのっ、それは、ちょっと……」
一応、……心を込めて? 書いてくれたもののようだから、出来れば、お手紙をありがとうございます、とだけ書いて、礼儀としてはお返事を送りたいと思っている。
ウォルヴァンシアの王族として、捨てたり燃やしたりした後の面倒さを考えると、返事を出すのが妥当なところだと思っているから。
だけど、サージェスさんは絨毯と私の手の中からお手紙を全部回収すると、何か小さく呟き、外に繋がっているフレンチドアへと向かい、――手紙を鳥のように空へと放った。
「持ち主に返却完了。――二度と戻って来ちゃ駄目だよー」
「さ、サージェスさん、何を」
「ん? 返事に困ってそうだったから、代わりに、ね。ちゃんとメッセージも添えておいたから、安心していいよー」
あぁ、その手があった……。
手紙を貰った事自体、なかった事にする方法。
普通は駄目だけど、手紙をくれた人達はとんでもない事ばかり書いていたから、返却されても文句は言ってこないだろう。……これから花嫁になる、一国の王兄姫への浮気のお誘いなんて。
でも、サージェスさんが添えたメッセージってなんだろう……。
私の傍に戻って来たサージェスさんは隣に腰を下ろし、妖しさを含んだ低い声音でお説教を始める。
「駄目だよー? 見ず知らずの人から手紙や物を貰っちゃ……。変なものを仕込む人もいるし、無防備過ぎると痛い目を見るからね」
「わ、私がっていうより、別の誰かに痛い目を見せようって顔してますよ!!」
「えー? 俺、そんな暴力的な事しないよー? 暴力以外なら、……あるかも、だけど」
「サージェスさぁあああんっ!! 駄目ですよっ!! 絶対に駄目ですからねっ!! 物騒な真似禁止ですっ!!」
ガデルフォーンの女帝陛下であるディアーネスさんが持つ宝玉を狙い、日々、皇宮に押しかけてくる挑戦者の皆さん相手に、物騒な事をしまくっている人の言葉は信用出来ない!!
暴力以外の、ありとあらゆる事で私に手を出そうとした人達を潰す気満々の目!! 怖い!! 怖すぎる!!
だけど、ぷるぷると恐怖に震えている私の頬に優しいキスをすると、サージェスさんは物騒な気配を解いて、いつものように笑った。
「なーんてね。君を悲しませるような事はしないよ。流血沙汰もしないし、どん底に落とす事もしない」
「……本当に?」
「うん。だけど、ひとつ、確認なんだけど……、ユキちゃん、あの手紙の中身、読んだ?」
「え? は、はい。一応……」
「そっか……。大丈夫? すっごく気持ち悪かったでしょ? 吐いたりしなかった? 悪夢になって出てきたりしてない?」
何故、あの手紙の中身を知っているのか。それはきっと、手紙を魔術によって瞬時に読み取ったからだろう。
サージェスさんは私を自分の懐に抱き寄せ、よしよしと頭を撫でてくれる。
手紙の内容は、よくこんなものを書けたなぁ……と、ドン引きするようなものだったけど、サージェスさんが心配するほどのトラウマにはなっていない。心境的には、受けないギャグ満載の文面を見せられた心地というか……。
「逆に心配になったぐらいです」
「え?」
「あんな事ばかり書くような人達は、きっと本気の恋のお手紙でも失敗してしまって……、騎士団の皆さんに捕まらないかな、って」
「ふふ、そうだねー。本人達は本気で書いてるんだろうけど、あれは……、ちょっと、ねぇ」
「でしょう? ふふ」
そんなに過保護にならなくても大丈夫ですよ。
そう含めた私の笑みに、サージェスの優しい笑みが近づいてくる。
本当は、あの困ったお手紙の他にも、本気で想ってくれている人からのお手紙もあるのだけど、サージェスさんには言わない方がいいだろう。ちゃんとお断りのお返事を書いて、それを受け止めてくれる人柄が感じられる相手にまで、困った暴走が行ってしまうと大変だもの。
それに、サージェスさんは私に近づく男性に対して、時々、嫉妬の顔を見せる事があるけれど、お互い様だと思う。私も、サージェスさんに想いを寄せる女性にはとても敏感で、妬く事もある。
だけど、サージェスさんは自分が誰かから貰った恋のお手紙や誘いを口にする事はない。
恋人同士でも、お互いを気遣って、知らせなくていい事は陰で片づけておく。
そういう気遣いをしてくれる人だから、今回は本当に申し訳ないと思った。
まさか、あの手紙を挟んだ雑誌を持って来てしまうなんて……、大失敗だった。
「ユキちゃーん? 今度は何を悩んでるのかな?」
「んっ」
頬に落とされたキス。私の意識を自分に向けようと、サージェスさんが顔中に愛情の籠ったキスを降らせてくる。擽ったくて、あたたかくて、恥ずかしいけれど、嬉しい。愛する人からのキス。
面倒な物を持って来てしまってごめんなさい、と返すよりも、こっちの方が良いのかもしれない。
私もサージェスさんの頬にちゅっとキスを贈って、ニッコリと微笑む。
「私の未来の旦那様は、誰よりも素敵だな~と、そう思っていただけです」
「うーん……。可愛い未来の花嫁さんに誤魔化されてあげるべきか。それとも、そんな小悪魔な知恵をつけた子に、うんと甘いお仕置きをしてあげるべきか……。どっちがいいかな? ユキちゃん」
遥かに大人のお兄さんに、嘘は通じなかった!!
私の後頭部にまわされた手。ゆっくりとソファーに倒れ込んでいく、私とサージェスさん。
いやいやいやっ!! まだお昼ですよ!! ロフェルトさんも、ティーセットを持ってくるんじゃっ。
「お仕置きにしよっか?」
「さ、サージェスさんっ!! 悪ふざけは駄目、きゃっ!!」
勝手に日差しを遮っていく、カーテンの音。
ガチャリ……と、出口の方から聞こえた、鍵の閉まる音。
サージェスさんの器用な指先が私の胸元のリボンをしゅるりとほどき、薄暗くなった室内でギシリとソファーが軋む音が、いつもより大きく響く。
「競う相手でもないけど、……ごめんね? 自分の婚約者に変な気を起こされて、癪に障らないわけじゃないんだ」
「サージェス……、んっ、……やっ、だ、め……っ。ぁあっ」
「君が気にしなくても、俺がいない所で、君は他の男の欲を文字として受け取った……。俺の知らないところで、君を穢そうとしたんだよ、アイツ等は」
「んんぅっ……、や、ぁぁ、……ま、だ、……ふぅ、……ひゃぁっんっ」
首筋を這う濡れた舌の感触。
露わにされた胸の膨らみを優しく包み込まれ、ロングスカートの中に、熱を帯びた男性の手が忍び込んでくる。
抵抗は、淫らな愛撫の感覚によって期待へと変えられていく。
「んっ……、君を穢すのは、俺の欲だけだ。他の誰にも許さない……。この肌に触れる事も、愛らしい声を零す欲情に染まったその表情も……、全部、俺のものだよ。……ユキ」
「ひ、ぁ……っ、サー、……ジェ、ス、……んんっ、ァッ、……あぁ、やぁっ、だめぇっ」
いつもはもっと、時間帯や場所に気を使ってくれる人なのに、今は強引さを感じさせる獰猛な気配を感じる。
ただ、私を傷付けないように、どこかセーブして触れているようなところが、いつものサージェスさんらしくもあって……。私にも自分と同じようになってほしいと、そう懇願されているような気もする。
「ふふ、駄目だよ。……お仕置きだって、言ったからね。ねぇ、ユキちゃん。本当はまだ、あるんだよね? 俺の知らない誰かから貰った……、手紙」
「んっ!! そ、それ、はっ」
首筋に強く吸いつかれたかと思うと、今度は胸の先端をサージェスさんの指できゅっと抓まれてしまう。
ピリリとした痛みと、私が持っている隠し事を暴き出そうとするそのアイスブルーに垣間見えたのは、極限まで抑え込まれているのだろう、……激しい嫉妬の情。
「ごめん、な、さ……ぃっ。でも、あれは普通の」
「うん、わかってるよ。君は悪くない。俺が嫉妬しないように、気を使ってくれたんだよね? その気持ちは嬉しい。凄く、ね……。だけど、今はどんな理屈も呑み込めないんだ。――情けないほどに、妬いてるから」
自嘲と、抑えきれない嫉妬の情を声音に乗せて吐き出したサージェスさん……。
鎮まった、と、最初に感じた安堵は勘違いで、抑えに抑えていただけだったのだと、唇に喰らいつかれてから、ようやく気付いた。
――Side 幸希
「ん……」
ふふ、よく眠ってる。
さらさらと綺麗な青い髪。閉じられた瞼と、安らいだ表情。
私の膝に頭を乗せて心地良さそうに眠っている彼の、サージェスさんの頭をそっと撫でながら、口許を和ませる。毎日毎日、ガデルフォーン騎士団のお仕事で多忙なサージェスさん。
騎士団長として、誰もがこの人を頼りにしている事も勿論だけど、何よりも、サージェスさんは根っからの世話焼きさんだ。団員の人達が上手く仕事をやっていけるように、訓練だけでなく、精神的な面のフォローも抜かりがない。……だから、一日の仕事が終われば、ぐったりお疲れ、のはず、なのだけど。
出来る限りの範囲でやっていると言いながら、サージェスさんは私の事もそれはそれは深く大事にしてくれている。毎日ではないけれど、マメにウォルヴァンシアへ会いに来てくれるし、お休みの日には、必ずどこかに誘ってくれる。……ふぅ、全然出来る範囲の範疇を超えてますよ? 私の大切な婚約者さん。
「んんぅ……、むにゃ」
「ふふ、……いつもありがとうございます、サージェスさん」
今日もどこか他国にでも遊びに行こうと誘ってくれたサージェスさんに、私が提案したのは、彼のお屋敷でゆっくり過ごすという案だった。
当然、「俺に気なんて使わなくていいんだよ~」と、ちょっと拗ねたような表情で見抜かれてしまったけれど、別にサージェスさんの為だけじゃなかったから、私も強く主張する事が出来たのだ。
一年、二十四ヶ月という枠の、今は丁度、十五ヶ月目に当たる。
私とサージェスさんの結婚式は、この二十四ヶ月を無事に過ぎた後に待っている、新しい年に行われる予定だ。
地上における私の家族にも、天上で仲睦まじく過ごしている神の側の両親にも、無事に許可を得る事が出来た。
後は、挙式までに沢山の準備をこなしていくだけ……、なのだけど。
サージェスさんのお部屋でう~んと唸りながら、私は目の前にあるテーブルに目を向けた。
私が持ってきた結婚関係の雑誌もある。だけど、それよりも多いのは、サージェスさんが買い漁っていた大量の……、同じ関係の本や雑誌。
元々、私を盛大に甘やかしたがる人だとは思っていたけれど……、結婚式に関してもその熱意は健在のようで。
「はぁ……」
そりゃあ、私も女性ですから、華やかに着飾りたい……、とは思っている。
一生に一度の晴れ舞台。大好きな人と共に未来を約束する、大切な一日。
――だ・け・ど!!
「起きたら、絶対にさっきの事を話し合って、妥協してもらわないとっ」
サージェスさんを起こさないように小声でぐっと手のひらを握り締める私。
確かに私は、ウォルヴァンシア王家の王族で、結婚式は派手に盛大に! ……しないと駄目なのはわかる。
だけど、これまでに何度も話し合いを続けている結婚式の内容で、一点だけ、困った難題があるのだ。
『だーめ! お色直しは、絶対十回以上!! 全部オーダーメイドで、ユキちゃんの魅力を皆に見せつけちゃうんだからねっ』
多い!! 多い!! 十回以上も着替えをしまくるなんて、どんなに綺麗なドレスでも、精神的にきつい!!
大体、結婚式に来てくださる皆さんの心がどんなに広くて、純粋にお祝いをしてくださったとしても、そんな面倒極まりないファッションショーに延々と付き合う暇はありませんよ!!
と、至極まともな抵抗を続けている私だけど、未来の旦那様は全然譲ってくれません……。
まぁ、私が必死に抵抗するばかりで、喧嘩にはならない。
なにせ、相手はまだ竜煌族(りゅうこうぞく)としては若いとはいえ、百歳越えのニコニコお兄さん。
私は、まだ二十代前半の小娘。主張がぶつかりあっても、喧嘩にはならないのだ。喧嘩には……。
ただその代わり、サージェスさんの私に対する切々とした、甘く蕩けるような愛の語りタイムが始まってしまい、結局最後は絆される事に……、うぅっ、卑怯だと思うのっ。
「あ、そうだ。催眠術で話し合いを解決させるのはどうかな? サージェスさ~ん、お色直しは、適度な回数にしましょうね~。適度な回数ですよ~、適度な回数にしたくなりますよ~」
彼の耳元に唇を寄せて暗示をかけるように囁くと、「ふふっ」と、擽ったそうな声が聞こえてきた。
「俺にとっては、いつも言ってるのが適度な回数だよ? ユキちゃん」
「十回以上は、適度って言いません。もう……」
サージェスさんは騎士だ。だから、周囲の気配には敏感で、有事の際にはその行動も素早い。
だけど、今一緒にいるのは婚約者の私で、とても気持ち良さそうに眠っていたから、起きないと思っていたのに……。う~ん、まだまだ、彼の心をゆっくりと安らがせるには私の努力が足りないようだ。
「ちゃんと安らいでるよ?」
「え?」
「君といると、この世界のどんな場所、人よりも、俺の心は深い安らぎを覚える」
私の心を、というよりも、私の顔を見ればすぐに心境を当ててしまうサージェスさんは本当に凄い。
だけど、私がこの人に寄り添い、その傍で無防備に安らいでしまう時に比べれば、まだまだ……。
アイスブルーの双眸を露わにしたサージェスさんが、右手を持ち上げ、私の蒼く長い髪の一房を手に取る。
「本当だよ。ただ、俺は男で、騎士だから……、ぐーすか眠っている間に、もし、君に何かあったら絶対後悔しちゃうからね。まぁ、その心配がない場所でなら、ぐっすりになるだろうけど……、ほら、それとは別に、勿体ないでしょ?」
「勿体ない、ですか?」
「うん。目を閉じて夢の世界に行けば、時間はあっという間に経ってしまう。気が付いたら夕方になってて、ユキちゃんと、はい、さようなら、……なんて、最悪の休日だと思わない?」
「う~ん。私としては、サージェスさんがゆっくり休養出来たら嬉しいんですけど」
今日もお疲れみたいだったし、私と居てぐっすり眠って疲れを癒してくれるなら、その方が良い。
だけど、サージェスさんは小さな溜息を零すと、私の肩に手をかけ、ゆっくりと起き上がった。
「サージェスさん、まだ寝てても、――んっ!」
生まれながらの端正な美貌が真顔のまま迫ってくると、サージェスさんの唇が私の唇を少しだけ意地悪に啄み、
小鳥同士の可愛いじゃれあいみたいなキスが繰り返される。
「……子供とは違って、大人の男は色々欲張りさんだからね。好きな子との時間は、何よりも価値のあるものなんだよ」
悪戯めいた笑み。茶目っ気を演出していたアイスブルーの瞳が、徐々に甘い揺らぎを宿していく。
サージェスさんの指先に顎を捕らえられ、今度は深く、彼の熱を唇の奥まで受ける。
「ん、……っ、……ふ、……は、ぁ、……んんっ」
何度唇を重ねても、主導権はいつもサージェスさんにある。
彼以外と経験のない、恋愛初心者で、男女の、こ、こういう行為にも不慣れな私は、サージェスさんのキスに翻弄されながら、口内で淫らに舌を弄ばれてしまう。
乱暴でもなく、淡泊でもなく、私に舌の動きを教えてくれるかのように、彼はいつも優しいキスをしてくれる。
意地悪なのに、愛情と優しさを感じられるキス……。
まだ全然上手くはなれないけれど……、好きな人とのキスは、とても、気持ちがいい。
「可愛いね、ユキちゃん……。もっと欲しい、よね?」
「は、……ッ!!」
優しいけれど、主導権を握るのが上手い小悪魔なお兄さんの妖しい笑みに騙されるところだった!!
燦々と室内に降り注いでくるお日様の気配と、今が真昼間だという事実に気付いた私は、大慌てで誘惑のキスを振り切った。
「ユキちゃーん……」
「さ、サージェスさんのお気持ちは、ば、バッチリ受け止めさせて頂きましたのでっ、は、話し合いをしましょう!! お、お色直しの件をっ」
「キス」
「ちゃ、ちゃんと話し合わないと、オーダーにもまわせませんし、ほらっ、十分に有意義な時間になるでしょう?」
「……ユキちゃぁーん」
大人の男性が、そんな寂しがり屋さん全開な声音でおねだりしないでください!!
私はサージェスさんを力いっぱいに押しのけ、ドスドスと向こう側のソファーに移る。
距離を空けておかないと、サージェスさんはすぐに甘い雰囲気を作って流そうとするんだからっ。
「というわけで、――お色直しは十回未満でお願いします!!」
「やーだ。ユキちゃんに着せたいドレスのイメージがいっぱいあるんだもん。それに、普段は絶対に着てくれないでしょ?」
「うっ……」
「俺がプレゼントしたいからって言っても受け取ってくれないし……。なら、結婚式とか盛大な場で叶えて貰うしかないよねー? 俺の可愛い花嫁さん」
青いソファーに座り直し、結婚関連の雑誌を手に取りながら流し目を送ってくる未来の旦那様の、なんとあざとい事か!! 確かに私は、貴方の要望やプレゼントに遠慮ばかりを押し付けてますよ!!
特別な日なら受け取らせて貰うけど、頻繁に、大量のプレゼントは……、ちょっと。
結婚式も特別な日だけど、許容範囲外過ぎて……、はぁ。
「サージェスさん、お気持ちは有難いんですけど、着替えるのが大変なので、どうか十回未満にっ」
「大丈夫大丈夫。百戦錬磨のアシスタントさん達がパパッとやってくれるそうだからね。ユキちゃんに負担はかからないよー」
「ぐぐっ!! お、お式に来て下さる皆さんの時間というものがっ」
「ウォルヴァンシアの王兄姫殿下の結婚式だよー? 食事は豪華だし、民も参加自由。美味しい食事もいっぱい。そういえば、ウォルヴァンシアの城下じゃ、ユキちゃんのお色直しが一体何十回あるのか楽しみだーって、皆、賭けをしてるみたいだよー?」
「うぐっ!!」
「そ・れ・に、王族の結婚式って、花嫁さんのお色直し回数も凄いし、俺の提案してる回数なんて序の口なんだけど?」
「うぐぐぐぐぐぐっ!!」
サージェスさんはガデルフォーン騎士団の団長さんとして、他国の祝宴やイベントに出席する事も多い。
だから、その話に嘘は……、多分、ないのだろうけれど。
そろそろ負けそう……、的な目でサージェスさんと視線を合わせていると、その顔が勝利を確信したものに変化していくのが見てとれた。
普段、私に遠慮ばかりされて、実は色々と溜まっていたのだろうか?
なんだかすっごく嬉しそう……、怖いほどに。
「わかりました……」
「ユキちゃん!!」
「サージェスさんが妥協してくれないのなら、――私、お式には出ませんから!!
「へー、式には出な、――はぃいいいいいいいいい!?!?!?」
「サージェスさんお一人なら、何でも好きに出来ますよ。どうぞお幸せに。では」
「ちょっ、ゆ、ユキちゃーんっ!! 花嫁さんのいない結婚式なんてあり得ないよ!! ちょっ、まっ、帰るの駄目だってばー!!」
そうするしかない。サージェスさんが私の事を考えてくれず、着せ替え人形祭りをする気なら、結婚式は延期、もしくは中止だ。私もサージェスさんもお互い頑固な部分があるから、もうこうするしかない。
雑誌を持って帰る事も忘れ、出口である扉に辿り着くと、私がノブを回すより先に、ガチャリと音がした。
「失礼いたします。旦那様、そろそろお茶のお支度を」
「ロフェルトさん、すみません。私はもうこれでお暇(いとま)しますので……」
「おや、せっかくの休日ですのに、もうお帰りですか? ……旦那様、何をやったんですか」
「うぅ~……。だって、……だって、ユキちゃんが、お色直し十回未満がいいとか言うんだよー!? で、妥協しない俺も相当馬鹿だな、って思うんだけど、せっかくの機会だし? 好きな子にはいっぱいお色直しして貰いたいと思わない? ねぇっ、ロフェさんっ!!」
早足で追いかけて来ていたサージェスさんとロフェルトさんに挟まれる形で逃げ場を失った私は、あれだけ言ってもまだ諦めてくれないのかと重苦しい息を吐く。
すると、このお屋敷の家令であるロフェルトさんがやれやれと首をゆっくりと横に振り、真剣な顔でこう言った。
「旦那様……、いや、サージェス。――お前は惚れた女に、わんさかと害獣が群がってもいいのか?」
「はっ!!」
「…………」
美しい面(おもて)の家令さんは、使用人である前に、サージェスさんの友人でもある。
彼が凄みを利かせて放った言葉は、どうやらサージェスさんに効果覿面だったようで……。
「そ、そうだった……。ユキちゃんを沢山着飾る事ばっかり考えて浮かれていた俺は……、最悪だ、馬鹿だ、大馬鹿だっ!!」
「さ、サージェスさん……」
「あぁ、大馬鹿以上の特大級馬鹿だ、お前は。自分のものになった女を見せびらかしたかったんだろうが、魅力倍増しでそんな事をすれば、人妻でも構わんと言い寄る馬鹿共がわんさかと寄ってくるぞ」
「いえ、あの、私、そんな大層な女性じゃないので、そこまでの心配は……」
「ユキちゃん!! ウェディングドレスは仕方ないけど、お色直しは控えめにして、三回くらいにしよう!!」
「物凄く回数が減った!?」
あ、有難いお話だけど……、この人達は私を、世界一の美女か何かと勘違いしている気がする。
まだ少女期で、各国の美姫の皆さんには着飾っても到底及ばない、元庶民の私に……、一体どんなフィルターを。私が遠い目をしている頭上で、二人の大人男性は、まだよくわからない事を言い合っている。
「結婚式でなくとも、楽しみ方は幾らでもある。この、いや、こちらの王兄姫殿下は遠慮深いタイプだからな、貢がれるのが嫌だと言うのであれば、この屋敷にお前が買い込んだドレスをストックし、来る度に貸し衣装として着せてやればいい。そうすれば、断る理由もなくなるだろう?」
「あぁ、なるほど!! レンタルにしちゃえば、ユキちゃんも遠慮はしなくなるよねー。ふふ、流石はロフェさんだね。頼もしいよ」
何がどう頼もしいんでしょうねー……。
結婚式で大量のドレスを着ない代わりに、これからずっと、レンタルと称した苦行が始まる。
私はするりと二人の間を抜け出し、元の場所に戻っていく。
ぽふんと、青いソファーに腰を下ろし、自分の持ってきた雑誌を一冊一冊集めて積み重ねる。
と、手放しそうになっている意識を保たせる為にやっていたその作業の途中、雑誌の中から、手紙封筒が幾つか落ちた。……あ。
「いけない……っ」
数日前に城下町で押し付けられた、見知らぬ人からの手紙。
それは一人からではなく、複数の……、男性達からの、ちょっと困ったお手紙だった。
返事を返すべきか悩みつつ、雑誌に挟んだまま忘れていた。
絨毯に落ちたそれを急いで拾っていると、不意に背後から心臓に悪い声が!!
「ユーキちゃん、帰るのやめてくれたのかな?」
「さ、サージェス、さん……っ。え、えっと、……も、もう少し、お邪魔していようかな、と思いまして」
「ありがとう。それと、駄々を捏ねちゃってごめんね。俺の方がお兄さんなのに、君にとって一生に一度の大切な日を、滅茶苦茶にしちゃうところだったよ」
「い、いえっ、お、お気になさらずにっ。お色直しの回数は、……あ、あと、二回くらい増やしても大丈夫ですし、あの、……あのっ」
「ん? ユキちゃん、なんでこっち見てくれないのかなー? ユキちゃんの希望通りになったんだし、機嫌が直ってないわけじゃ……」
そこで途切れたサージェスさんの声。
彼のアイスブルーの視線が、私が手を伸ばしている先にスー……、と向かっていく。
さ、サージェスさんの無言が不気味すぎて、う、動けないっ。
「あっ」
手紙の一通が、突然巻き起こった小さな風に煽られ、私の手ではなく、背後から伸ばされた男らしい手に収まってしまう。
「随分と洒落たお手紙だね……。これは……、あぁ、男物の香水の匂いが染み込んでる。嫌な匂い……」
「さ、サージェスさんっ、こ、これは、それは、その……っ」
貰ったお手紙は、どれも貴族風というか、洒落っ気を盛り込んだデザインの物ばかりで、それぞれ香ってくる匂いも違っていた。中には……、私に対する、よくわからない文面がずらりと並んでいて、読まなきゃ良かったと後悔するものばかり。あぁ、あの時、雑誌に挟まなければ、いや、受け取らなければ……、あぁぁぁぁぁっ。
「ねぇ、ユキちゃん。これ、全部燃やしちゃってもいいかな?」
「へっ!? い、いやっ、あのっ、それは、ちょっと……」
一応、……心を込めて? 書いてくれたもののようだから、出来れば、お手紙をありがとうございます、とだけ書いて、礼儀としてはお返事を送りたいと思っている。
ウォルヴァンシアの王族として、捨てたり燃やしたりした後の面倒さを考えると、返事を出すのが妥当なところだと思っているから。
だけど、サージェスさんは絨毯と私の手の中からお手紙を全部回収すると、何か小さく呟き、外に繋がっているフレンチドアへと向かい、――手紙を鳥のように空へと放った。
「持ち主に返却完了。――二度と戻って来ちゃ駄目だよー」
「さ、サージェスさん、何を」
「ん? 返事に困ってそうだったから、代わりに、ね。ちゃんとメッセージも添えておいたから、安心していいよー」
あぁ、その手があった……。
手紙を貰った事自体、なかった事にする方法。
普通は駄目だけど、手紙をくれた人達はとんでもない事ばかり書いていたから、返却されても文句は言ってこないだろう。……これから花嫁になる、一国の王兄姫への浮気のお誘いなんて。
でも、サージェスさんが添えたメッセージってなんだろう……。
私の傍に戻って来たサージェスさんは隣に腰を下ろし、妖しさを含んだ低い声音でお説教を始める。
「駄目だよー? 見ず知らずの人から手紙や物を貰っちゃ……。変なものを仕込む人もいるし、無防備過ぎると痛い目を見るからね」
「わ、私がっていうより、別の誰かに痛い目を見せようって顔してますよ!!」
「えー? 俺、そんな暴力的な事しないよー? 暴力以外なら、……あるかも、だけど」
「サージェスさぁあああんっ!! 駄目ですよっ!! 絶対に駄目ですからねっ!! 物騒な真似禁止ですっ!!」
ガデルフォーンの女帝陛下であるディアーネスさんが持つ宝玉を狙い、日々、皇宮に押しかけてくる挑戦者の皆さん相手に、物騒な事をしまくっている人の言葉は信用出来ない!!
暴力以外の、ありとあらゆる事で私に手を出そうとした人達を潰す気満々の目!! 怖い!! 怖すぎる!!
だけど、ぷるぷると恐怖に震えている私の頬に優しいキスをすると、サージェスさんは物騒な気配を解いて、いつものように笑った。
「なーんてね。君を悲しませるような事はしないよ。流血沙汰もしないし、どん底に落とす事もしない」
「……本当に?」
「うん。だけど、ひとつ、確認なんだけど……、ユキちゃん、あの手紙の中身、読んだ?」
「え? は、はい。一応……」
「そっか……。大丈夫? すっごく気持ち悪かったでしょ? 吐いたりしなかった? 悪夢になって出てきたりしてない?」
何故、あの手紙の中身を知っているのか。それはきっと、手紙を魔術によって瞬時に読み取ったからだろう。
サージェスさんは私を自分の懐に抱き寄せ、よしよしと頭を撫でてくれる。
手紙の内容は、よくこんなものを書けたなぁ……と、ドン引きするようなものだったけど、サージェスさんが心配するほどのトラウマにはなっていない。心境的には、受けないギャグ満載の文面を見せられた心地というか……。
「逆に心配になったぐらいです」
「え?」
「あんな事ばかり書くような人達は、きっと本気の恋のお手紙でも失敗してしまって……、騎士団の皆さんに捕まらないかな、って」
「ふふ、そうだねー。本人達は本気で書いてるんだろうけど、あれは……、ちょっと、ねぇ」
「でしょう? ふふ」
そんなに過保護にならなくても大丈夫ですよ。
そう含めた私の笑みに、サージェスの優しい笑みが近づいてくる。
本当は、あの困ったお手紙の他にも、本気で想ってくれている人からのお手紙もあるのだけど、サージェスさんには言わない方がいいだろう。ちゃんとお断りのお返事を書いて、それを受け止めてくれる人柄が感じられる相手にまで、困った暴走が行ってしまうと大変だもの。
それに、サージェスさんは私に近づく男性に対して、時々、嫉妬の顔を見せる事があるけれど、お互い様だと思う。私も、サージェスさんに想いを寄せる女性にはとても敏感で、妬く事もある。
だけど、サージェスさんは自分が誰かから貰った恋のお手紙や誘いを口にする事はない。
恋人同士でも、お互いを気遣って、知らせなくていい事は陰で片づけておく。
そういう気遣いをしてくれる人だから、今回は本当に申し訳ないと思った。
まさか、あの手紙を挟んだ雑誌を持って来てしまうなんて……、大失敗だった。
「ユキちゃーん? 今度は何を悩んでるのかな?」
「んっ」
頬に落とされたキス。私の意識を自分に向けようと、サージェスさんが顔中に愛情の籠ったキスを降らせてくる。擽ったくて、あたたかくて、恥ずかしいけれど、嬉しい。愛する人からのキス。
面倒な物を持って来てしまってごめんなさい、と返すよりも、こっちの方が良いのかもしれない。
私もサージェスさんの頬にちゅっとキスを贈って、ニッコリと微笑む。
「私の未来の旦那様は、誰よりも素敵だな~と、そう思っていただけです」
「うーん……。可愛い未来の花嫁さんに誤魔化されてあげるべきか。それとも、そんな小悪魔な知恵をつけた子に、うんと甘いお仕置きをしてあげるべきか……。どっちがいいかな? ユキちゃん」
遥かに大人のお兄さんに、嘘は通じなかった!!
私の後頭部にまわされた手。ゆっくりとソファーに倒れ込んでいく、私とサージェスさん。
いやいやいやっ!! まだお昼ですよ!! ロフェルトさんも、ティーセットを持ってくるんじゃっ。
「お仕置きにしよっか?」
「さ、サージェスさんっ!! 悪ふざけは駄目、きゃっ!!」
勝手に日差しを遮っていく、カーテンの音。
ガチャリ……と、出口の方から聞こえた、鍵の閉まる音。
サージェスさんの器用な指先が私の胸元のリボンをしゅるりとほどき、薄暗くなった室内でギシリとソファーが軋む音が、いつもより大きく響く。
「競う相手でもないけど、……ごめんね? 自分の婚約者に変な気を起こされて、癪に障らないわけじゃないんだ」
「サージェス……、んっ、……やっ、だ、め……っ。ぁあっ」
「君が気にしなくても、俺がいない所で、君は他の男の欲を文字として受け取った……。俺の知らないところで、君を穢そうとしたんだよ、アイツ等は」
「んんぅっ……、や、ぁぁ、……ま、だ、……ふぅ、……ひゃぁっんっ」
首筋を這う濡れた舌の感触。
露わにされた胸の膨らみを優しく包み込まれ、ロングスカートの中に、熱を帯びた男性の手が忍び込んでくる。
抵抗は、淫らな愛撫の感覚によって期待へと変えられていく。
「んっ……、君を穢すのは、俺の欲だけだ。他の誰にも許さない……。この肌に触れる事も、愛らしい声を零す欲情に染まったその表情も……、全部、俺のものだよ。……ユキ」
「ひ、ぁ……っ、サー、……ジェ、ス、……んんっ、ァッ、……あぁ、やぁっ、だめぇっ」
いつもはもっと、時間帯や場所に気を使ってくれる人なのに、今は強引さを感じさせる獰猛な気配を感じる。
ただ、私を傷付けないように、どこかセーブして触れているようなところが、いつものサージェスさんらしくもあって……。私にも自分と同じようになってほしいと、そう懇願されているような気もする。
「ふふ、駄目だよ。……お仕置きだって、言ったからね。ねぇ、ユキちゃん。本当はまだ、あるんだよね? 俺の知らない誰かから貰った……、手紙」
「んっ!! そ、それ、はっ」
首筋に強く吸いつかれたかと思うと、今度は胸の先端をサージェスさんの指できゅっと抓まれてしまう。
ピリリとした痛みと、私が持っている隠し事を暴き出そうとするそのアイスブルーに垣間見えたのは、極限まで抑え込まれているのだろう、……激しい嫉妬の情。
「ごめん、な、さ……ぃっ。でも、あれは普通の」
「うん、わかってるよ。君は悪くない。俺が嫉妬しないように、気を使ってくれたんだよね? その気持ちは嬉しい。凄く、ね……。だけど、今はどんな理屈も呑み込めないんだ。――情けないほどに、妬いてるから」
自嘲と、抑えきれない嫉妬の情を声音に乗せて吐き出したサージェスさん……。
鎮まった、と、最初に感じた安堵は勘違いで、抑えに抑えていただけだったのだと、唇に喰らいつかれてから、ようやく気付いた。
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