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輝かしい夏の日
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そしてとうとう訪れた夏休み、約束の日。
俺は意気揚々と約束の場所に向かった。
その場所は一年前とほとんど変わらず、去年のそのまま、その続きと言わんばかりだった。
ヨーコ姉ちゃんの姿はなかったので約束の岩の上で座っているとしばらくして、
「やっほー、待たせちゃったかな?・・・一年ぶりだね。」
その声に振り返るとそこには去年のままのヨーコ姉ちゃんがいた。
「うん、待ったよ一年。久しぶり。」
俺は少し照れながら、内心では飛び上がるほど嬉しかった。
「大きくなったね、大人っぽくなった。」
「そう?自分じゃあんまりわからないよ。」
「成長してるんだよ。男の子だもんね。それじゃあ今日は何して遊ぼっか?」
「遊ぶのもいいけどさ、俺、ヨーコ姉ちゃんに話したいことがたくさんあるんだ。」
俺は一年ぶりに会ったヨーコ姉ちゃんと色んな話をした。遊ぶのも楽しかったけど、今はヨーコ姉ちゃんとたくさん話をしたかった。俺は凄く楽しかったけど、時たまヨーコ姉ちゃんが少し寂しそうな顔をしているような気がした。
そうこうしている内にその日は帰らなければいけない時間になってしまった。
「ああ、もう時間か。ごめんね、俺ばっかりずっと話して。」
「ううん、いいよ。」
「また明日も会えるかな?」
「うん。」
なんだか元気がないように思えた。そしてヨーコ姉ちゃんは帰り際に小さな声で
「マコト君はもう、山で遊ぶような、子供じゃ、なくなっちゃったのかな・・・。」
「え?」
「ううん。なんでもない。・・・また明日ね。」
何かが引っ掛かりながらその日は別れた。
その日の帰り道、町で友達に会った。
「まこちゃん今日どこ行ってたの?」
「遊ぼうと思ったのに。」
「ああ、ちょっとね。夏休みの間はちょっとやることがあるんだ。だからしばらくは一緒に遊べないと思う。ごめん。」
「そっか、自由研究?」
「違うけど、まあ似たようなもんかな。」
「わかった。」
「じゃあね。」
「遊べるようになったら教えてね。」
友達が帰っていったその場所に一人、優紀子だけが残っていた。
「今日さ、山に、行ってたの?」
「・・・なんで?」
「去年そのことで喧嘩したって聞いたから。それからまこちゃん何か変わったし。何かあるのかなって。山に。」
鋭いなと思った。普段優紀子はこんなに気の付くやつだっただろうか。しかし詮索をされると困る。大人の耳に入ったら山に行けなくなるかも知れない。
「悪いけど、詳しくは言いたくない。」
「私には、・・・教えて、くれないの?」
「ごめん。」
「そっか、うん、そっか、そうだよね。私の方こそ、ごめん。」
心配をしてくれている優紀子を突き放すような真似をすることに多少の罪悪感を抱きつつも俺はその場を離れた。
その年の夏休みもずっとヨーコ姉ちゃんと山で遊んだ。
俺は去年より強くなったので、去年は登れなかった木に登ったり、川を普通に泳いだりした。
でも俺は去年と同じ遊びではなく、もっと違うこともしてみたくなった。そして提案してみた。
「ねえ、明日からさ、あの山登ってみない?」
そう言って俺が指さしたのは俺とヨーコ姉ちゃんが来るときに通る山ではない山。この川の流れてくる山。俺は去年も少し気になっていた。初めて会ったこの川は二人が来るときに通る山のちょうど谷の部分になるが、その山には川は流れておらず、別の山から流れてきているようだった。この川はどこから来てどこへ行くんだろう、と。それを調べたかった。
「あの山?あそこは、危ない気がする。」
「慎重に行けば大丈夫じゃないかな?」
「そういう事じゃなくて、何か・・・。それに行ったことないし、少し遠いよ?」
「とりあえず行ってみてさ、ヤバそうなら諦めればいいじゃん。」
そして次の日から未知の山に登ることになった。
大冒険になるかもしれないからとその日は朝の早い時間に待ち合わせをした。
いざ出発しようという時、ヨーコ姉ちゃんが
「やっぱりさ、止めない?」
と言った。
「なんで?」
「何か、いけないことのような気がするんだ。」
ヨーコ姉ちゃんのその言葉に俺は去年の友達を思い返した。
「うーん、じゃあ止める?」
無理して付き合わせちゃいけない。俺はヨーコ姉ちゃんが嫌なら別に行かなくてもいい。そう思っていたが
「・・・ううん。やっぱり何でもない。行こっか。」
そう言ってヨーコ姉ちゃんは歩き出した。そして
「マコト君と遊ぶの、楽しいから。大丈夫。けどもし何かあったら、ちゃんと助けてね。」
振り返りながらそう言った。もしかして俺が思ったことをヨーコ姉ちゃんも感じて、気を使ってくれたのかも知れないとも思ったが、そんなことは聞けなかった。
川をつたって山に向かって行くとその景色が一変した。今までは川の傍は石だらけで空が見えていたが、山に近づくにつれて空が見えなくなってきた。足場の石にもコケが生えてきた。
今までの山とは違うと、その時理解できた。
それでも山に入ってしばらくは川を辿ればいいので道に迷うことはなく意気揚々と進めていたが、川はどんどん細くなりついには湧き水になってしまった。
「これじゃもう辿るとこないね。」
「どうしようか。」
「川はどこからくるのかって目的は果たしたけど。」
「帰る?」
川の大本は湧き水なんて当たり前のことなんだろうけど、俺は肩透かしを食らったような気分だった。根拠もなく、もっと凄い何かがあるんじゃないかと思っていたからだ。
「もうちょっと登ってみようよ。何かあるかも知れないし。ここで終わりは嫌だ。」
「でも頂上までは行けないんじゃないかな?道標になるような物も、もうないし。」
「行くだけ行ってみようよ。ダメなら引き返せばいいし。」
ここから先はただ登るだけ。より高いところを目指すだけ。
登りながら思うのは、俺一人では絶対にここまで来れなかったということだ。
怖いというのもある。でもそれ以上にヨーコ姉ちゃんの判断は的確だと思う。
一度下らなければならない時や、足場が不安定な場所、そういった時にガムシャラな俺と違ってヨーコ姉ちゃんはしっかり考えている。
もし俺一人ではもっと時間がかかっていただろうし、どこかで足を滑らせて怪我をしていたかも知れない。
俺は一年で随分大人になったつもりだったけど、まだまだだったんだと思い知らされた。
遠目に見た時は相当高い山で、探検は数日がかりになると思っていたし、まさか頂上まで行けるとも思っていなかった。
でも初日に、まだ日が昇っている内に頂上に着くことができた。
そこは小さな丘のようになっていて、木の生えている数も少なく生えていても背が低かった。
そのため木に登らず地面にいても見通しが良く、簡単に四方を見渡すことができた。
「着いたね。」
「うん。」
「案外いけるもんだね。」
「そうだね。」
二人して意外という顔を見合わせた。
「俺さ、あっちに住んでるんだ。あの山の向こう。隠れちゃってて見えないけど。ヨーコ姉ちゃんは?」
「私?私はあっち。やっぱり見えないけどね。」
視界が開けていると言っても結局見えるのは山ばかり。
だけどこんな景色はテレビでも見たことがない。
どこを見ても人の気配のない山々。
吹き抜ける風。
それは今まで感じたことのない程の達成感と解放感、そしてなぜか少しの安心感があった。
「やっぱりマコト君は凄いね。」
囁くような小さな声でヨーコ姉ちゃんが言った。
その言葉の意味が俺にはよくわからなかった。
「俺なんか全然だよ。」
「そんなことない。・・・私ね、いつもの遊びに退屈して、・・・色々嫌になっちゃって。内緒であの場所に遊びに来てたの。でもマコト君にこの山に登ろうって言われたとき躊躇しちゃった。私、結局自分で狭めてたのかも知れない。マコト君はいつも私に新しい遊びをしようって言ってくれるから、マコト君のお陰で私、世界が広がったよ。楽しいっていうことが、わかった。ありがとう。」
ヨーコ姉ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見ていた。忘れもしない、初めて会ったあの時のように。
「俺もさ、前にも言ったけど友達と上手くいってなかったんだ。でもヨーコ姉ちゃんのお陰で仲直りできたし、それに今日この山に登れたのも、登ろうと思ったのも、全部ヨーコ姉ちゃんがいたからだよ。俺一人じゃ絶対ここまで来れなかった。ヨーコ姉ちゃんと二人だからこの景色が見れたんだと思う。だから俺の方こそ、その、ありがと。」
思っていることを、心からの言葉だけど面と向かってお礼を言うのは照れてしまう。
それから俺とヨーコ姉ちゃんは二人、手をつないで景色を眺めていた。どれくらいの時間が経ったかはよくわからない。そんなに経っていないと思うけど自分では全く感覚がなくなっていた。
それどころじゃないくらい、俺は繋いだ手のことで胸がいっぱいで景色なんて見れてなかった。
他の女の子と手を繋いでもこんな気持ちになることなんてなかった。
その感覚を、気持ちを、俺はまだ頭で理解ができていなかった。
ただわかっていることは、この時間がきっと人生の中で最高の時なんだってことだけだった。
「太陽が、もう落ちてきちゃったね。」
ヨーコ姉ちゃんにそう言われて俺は意識が戻った。見上げるともう時間にゆとりがないことがわかる。
「帰ろっか。」
当たり前のこと。
頭ではわかっているのに。早く帰らないと日が落ちてしまうのに。
俺はずっとここにいたいと思っていた。
帰りたくないわけじゃない、ただ、今が終わるのが嫌だった。
「今すぐじゃなきゃ、ダメかな。」
「うん、早くしないと。」
「俺、もっとここにいたい。もう少しだけでいいから。」
自分でも我儘だと思っている。まるで理屈の通らない子供の我儘。でもそれを
「しょうがないなあ。少しだけだよ?」
と囁き、肩を寄せ俺にもたれかかるようにするヨーコ姉ちゃん。
その時、俺は高揚感と共に全能感すら感じていたと思う。
頭が真っ白になりながら、心臓の鼓動が早くなっていることを、息が荒くなっていることを、汗ばんでいることを、ヨーコ姉ちゃんに知られたら恥ずかしいと思いながらその距離を離すことはできなかった。
それから少しして、
「・・・もう、限界かな。・・・行こっか。」
ヨーコ姉ちゃんが俺から離れる。太陽はさっきより更に落ちていた。
夢の時間は、終わってしまった。
俺は意気揚々と約束の場所に向かった。
その場所は一年前とほとんど変わらず、去年のそのまま、その続きと言わんばかりだった。
ヨーコ姉ちゃんの姿はなかったので約束の岩の上で座っているとしばらくして、
「やっほー、待たせちゃったかな?・・・一年ぶりだね。」
その声に振り返るとそこには去年のままのヨーコ姉ちゃんがいた。
「うん、待ったよ一年。久しぶり。」
俺は少し照れながら、内心では飛び上がるほど嬉しかった。
「大きくなったね、大人っぽくなった。」
「そう?自分じゃあんまりわからないよ。」
「成長してるんだよ。男の子だもんね。それじゃあ今日は何して遊ぼっか?」
「遊ぶのもいいけどさ、俺、ヨーコ姉ちゃんに話したいことがたくさんあるんだ。」
俺は一年ぶりに会ったヨーコ姉ちゃんと色んな話をした。遊ぶのも楽しかったけど、今はヨーコ姉ちゃんとたくさん話をしたかった。俺は凄く楽しかったけど、時たまヨーコ姉ちゃんが少し寂しそうな顔をしているような気がした。
そうこうしている内にその日は帰らなければいけない時間になってしまった。
「ああ、もう時間か。ごめんね、俺ばっかりずっと話して。」
「ううん、いいよ。」
「また明日も会えるかな?」
「うん。」
なんだか元気がないように思えた。そしてヨーコ姉ちゃんは帰り際に小さな声で
「マコト君はもう、山で遊ぶような、子供じゃ、なくなっちゃったのかな・・・。」
「え?」
「ううん。なんでもない。・・・また明日ね。」
何かが引っ掛かりながらその日は別れた。
その日の帰り道、町で友達に会った。
「まこちゃん今日どこ行ってたの?」
「遊ぼうと思ったのに。」
「ああ、ちょっとね。夏休みの間はちょっとやることがあるんだ。だからしばらくは一緒に遊べないと思う。ごめん。」
「そっか、自由研究?」
「違うけど、まあ似たようなもんかな。」
「わかった。」
「じゃあね。」
「遊べるようになったら教えてね。」
友達が帰っていったその場所に一人、優紀子だけが残っていた。
「今日さ、山に、行ってたの?」
「・・・なんで?」
「去年そのことで喧嘩したって聞いたから。それからまこちゃん何か変わったし。何かあるのかなって。山に。」
鋭いなと思った。普段優紀子はこんなに気の付くやつだっただろうか。しかし詮索をされると困る。大人の耳に入ったら山に行けなくなるかも知れない。
「悪いけど、詳しくは言いたくない。」
「私には、・・・教えて、くれないの?」
「ごめん。」
「そっか、うん、そっか、そうだよね。私の方こそ、ごめん。」
心配をしてくれている優紀子を突き放すような真似をすることに多少の罪悪感を抱きつつも俺はその場を離れた。
その年の夏休みもずっとヨーコ姉ちゃんと山で遊んだ。
俺は去年より強くなったので、去年は登れなかった木に登ったり、川を普通に泳いだりした。
でも俺は去年と同じ遊びではなく、もっと違うこともしてみたくなった。そして提案してみた。
「ねえ、明日からさ、あの山登ってみない?」
そう言って俺が指さしたのは俺とヨーコ姉ちゃんが来るときに通る山ではない山。この川の流れてくる山。俺は去年も少し気になっていた。初めて会ったこの川は二人が来るときに通る山のちょうど谷の部分になるが、その山には川は流れておらず、別の山から流れてきているようだった。この川はどこから来てどこへ行くんだろう、と。それを調べたかった。
「あの山?あそこは、危ない気がする。」
「慎重に行けば大丈夫じゃないかな?」
「そういう事じゃなくて、何か・・・。それに行ったことないし、少し遠いよ?」
「とりあえず行ってみてさ、ヤバそうなら諦めればいいじゃん。」
そして次の日から未知の山に登ることになった。
大冒険になるかもしれないからとその日は朝の早い時間に待ち合わせをした。
いざ出発しようという時、ヨーコ姉ちゃんが
「やっぱりさ、止めない?」
と言った。
「なんで?」
「何か、いけないことのような気がするんだ。」
ヨーコ姉ちゃんのその言葉に俺は去年の友達を思い返した。
「うーん、じゃあ止める?」
無理して付き合わせちゃいけない。俺はヨーコ姉ちゃんが嫌なら別に行かなくてもいい。そう思っていたが
「・・・ううん。やっぱり何でもない。行こっか。」
そう言ってヨーコ姉ちゃんは歩き出した。そして
「マコト君と遊ぶの、楽しいから。大丈夫。けどもし何かあったら、ちゃんと助けてね。」
振り返りながらそう言った。もしかして俺が思ったことをヨーコ姉ちゃんも感じて、気を使ってくれたのかも知れないとも思ったが、そんなことは聞けなかった。
川をつたって山に向かって行くとその景色が一変した。今までは川の傍は石だらけで空が見えていたが、山に近づくにつれて空が見えなくなってきた。足場の石にもコケが生えてきた。
今までの山とは違うと、その時理解できた。
それでも山に入ってしばらくは川を辿ればいいので道に迷うことはなく意気揚々と進めていたが、川はどんどん細くなりついには湧き水になってしまった。
「これじゃもう辿るとこないね。」
「どうしようか。」
「川はどこからくるのかって目的は果たしたけど。」
「帰る?」
川の大本は湧き水なんて当たり前のことなんだろうけど、俺は肩透かしを食らったような気分だった。根拠もなく、もっと凄い何かがあるんじゃないかと思っていたからだ。
「もうちょっと登ってみようよ。何かあるかも知れないし。ここで終わりは嫌だ。」
「でも頂上までは行けないんじゃないかな?道標になるような物も、もうないし。」
「行くだけ行ってみようよ。ダメなら引き返せばいいし。」
ここから先はただ登るだけ。より高いところを目指すだけ。
登りながら思うのは、俺一人では絶対にここまで来れなかったということだ。
怖いというのもある。でもそれ以上にヨーコ姉ちゃんの判断は的確だと思う。
一度下らなければならない時や、足場が不安定な場所、そういった時にガムシャラな俺と違ってヨーコ姉ちゃんはしっかり考えている。
もし俺一人ではもっと時間がかかっていただろうし、どこかで足を滑らせて怪我をしていたかも知れない。
俺は一年で随分大人になったつもりだったけど、まだまだだったんだと思い知らされた。
遠目に見た時は相当高い山で、探検は数日がかりになると思っていたし、まさか頂上まで行けるとも思っていなかった。
でも初日に、まだ日が昇っている内に頂上に着くことができた。
そこは小さな丘のようになっていて、木の生えている数も少なく生えていても背が低かった。
そのため木に登らず地面にいても見通しが良く、簡単に四方を見渡すことができた。
「着いたね。」
「うん。」
「案外いけるもんだね。」
「そうだね。」
二人して意外という顔を見合わせた。
「俺さ、あっちに住んでるんだ。あの山の向こう。隠れちゃってて見えないけど。ヨーコ姉ちゃんは?」
「私?私はあっち。やっぱり見えないけどね。」
視界が開けていると言っても結局見えるのは山ばかり。
だけどこんな景色はテレビでも見たことがない。
どこを見ても人の気配のない山々。
吹き抜ける風。
それは今まで感じたことのない程の達成感と解放感、そしてなぜか少しの安心感があった。
「やっぱりマコト君は凄いね。」
囁くような小さな声でヨーコ姉ちゃんが言った。
その言葉の意味が俺にはよくわからなかった。
「俺なんか全然だよ。」
「そんなことない。・・・私ね、いつもの遊びに退屈して、・・・色々嫌になっちゃって。内緒であの場所に遊びに来てたの。でもマコト君にこの山に登ろうって言われたとき躊躇しちゃった。私、結局自分で狭めてたのかも知れない。マコト君はいつも私に新しい遊びをしようって言ってくれるから、マコト君のお陰で私、世界が広がったよ。楽しいっていうことが、わかった。ありがとう。」
ヨーコ姉ちゃんは真っ直ぐ俺の目を見ていた。忘れもしない、初めて会ったあの時のように。
「俺もさ、前にも言ったけど友達と上手くいってなかったんだ。でもヨーコ姉ちゃんのお陰で仲直りできたし、それに今日この山に登れたのも、登ろうと思ったのも、全部ヨーコ姉ちゃんがいたからだよ。俺一人じゃ絶対ここまで来れなかった。ヨーコ姉ちゃんと二人だからこの景色が見れたんだと思う。だから俺の方こそ、その、ありがと。」
思っていることを、心からの言葉だけど面と向かってお礼を言うのは照れてしまう。
それから俺とヨーコ姉ちゃんは二人、手をつないで景色を眺めていた。どれくらいの時間が経ったかはよくわからない。そんなに経っていないと思うけど自分では全く感覚がなくなっていた。
それどころじゃないくらい、俺は繋いだ手のことで胸がいっぱいで景色なんて見れてなかった。
他の女の子と手を繋いでもこんな気持ちになることなんてなかった。
その感覚を、気持ちを、俺はまだ頭で理解ができていなかった。
ただわかっていることは、この時間がきっと人生の中で最高の時なんだってことだけだった。
「太陽が、もう落ちてきちゃったね。」
ヨーコ姉ちゃんにそう言われて俺は意識が戻った。見上げるともう時間にゆとりがないことがわかる。
「帰ろっか。」
当たり前のこと。
頭ではわかっているのに。早く帰らないと日が落ちてしまうのに。
俺はずっとここにいたいと思っていた。
帰りたくないわけじゃない、ただ、今が終わるのが嫌だった。
「今すぐじゃなきゃ、ダメかな。」
「うん、早くしないと。」
「俺、もっとここにいたい。もう少しだけでいいから。」
自分でも我儘だと思っている。まるで理屈の通らない子供の我儘。でもそれを
「しょうがないなあ。少しだけだよ?」
と囁き、肩を寄せ俺にもたれかかるようにするヨーコ姉ちゃん。
その時、俺は高揚感と共に全能感すら感じていたと思う。
頭が真っ白になりながら、心臓の鼓動が早くなっていることを、息が荒くなっていることを、汗ばんでいることを、ヨーコ姉ちゃんに知られたら恥ずかしいと思いながらその距離を離すことはできなかった。
それから少しして、
「・・・もう、限界かな。・・・行こっか。」
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