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第九話 襲撃

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「じゃあ皆さん、娘をお願いします」
「はい。お二方も無理はなさらずに」
「有難う。じゃあソフィー、良い子で待っててね」
「うん! お仕事頑張ってね!」

 夜になる前にソフィアの両親とは別れ、シエラの南東にある森のシエラ側の入り口でグレイス達護衛隊と合流した。
 この森を抜ければミネスだ。
 護衛隊は、グレイス、トーマス、ジャクソン、ヘーゼル、オーロラの五人で、ここからは徒歩だ。
 私は一応全員と面識はあるしソフィアは先程のお見送りが限界だったようで、すでに舟を漕ぎ始めている。気まずくはならないだろう。

「聞いたぞリリー。お手柄だったらしいな」

 グレイスがにやりと笑いながらこちらを見てきた。

「噂になっていたぞ? 謎の天才少女が犯罪組織に奇襲を仕掛け、最後にはボスと渡り合い勝利。組織を一人で壊滅させた、と」
「この短時間でよくそんな尾ひれがつきますね……」

 アンソニー達を倒してまだ数時間だというのに、人間の拡散力と誇張力は異世界になっても変わらないようだ。

「で、実際のところはどうだったのよ?」

 ヘーゼルが身を乗り出して尋ねてくる。
 他の面々も興味津々だ。
 アニメのキャラのような事をして自慢をしたい一方、噂のインパクトに負けそうでなるべく話したくないが、仕方がない。

「そんな凄い話じゃありませんよ?」

 そう前置きをして、私は話し始めた。

「私とマテオさんが前、ソフィーとヴィクトリアさんが後ろで歩いていたんですけど、突然悲鳴が聞こえて。で、振り返ったら二人が連れ去られていました。私とマテオさんはすぐに連中を追いかけ、マテオさんが連中の元へ向かうのを見届け、私は塀を隔てた背後に回りました」
「ちょっと待て。何故背後に?」
「奇襲するためです。犯罪者相手に正々堂々戦う理由はありませんから」
「君は最初から組織を潰すつもりだったのか?」

 トーマスが信じられないといった表情で見てくる。

「だから組織じゃありませんって。それに、何が何でも潰そうとはしていませんでしたよ。穏便に済むのならそれで良かった。死角に入ったのはあくまで保険です」
「ああ、良かった。思ったより凶暴な子かと……それで?」

 ヒーローごっこ的な事がしたかったのは事実なので、凶暴と言った事は水に流してやろう。

「はい。こっそりと覗き見したところ、二人の首元に剣が突き付けられていました。その時点で介入しようかとも思ったんですが、相手は五人いましたし、どうやらその場でどうにかなるという話でもなかったので暫く様子を窺いました。それで、相手が一番油断するタイミングでマテオさんに合図をして気を引いてもらい、《霊壁》とか《聖域》で二人を守りながら《霊弾》をぶち込んで、あとはマテオさんの指示で都の軍の方々にお任せしました」

 話し終わっても、すぐには誰も話さなかった。
 ほら、思ったより大した事ないから反応に困っているんだ……、
 と、いう訳ではなかった。

 恐る恐るその表情を窺えば、ある者は驚きを、ある者は感激を顔に浮かべていた。

「お前……凄いな」
「そ、そうですか?」

 グレイスが噛み締めるように褒めてくれた。
 悪くない。

「ああ。その状況で一人の怪我人すらも出さなかったのは凄いよ」
「ま、流石はうちらの秘密兵器ね!」

 トーマスとオーロラからも賛辞を頂く。ジャクソンとヘーゼルも頷いていた。
 悪くない。どころか良い。

 というか何だ。うちらの秘密兵器って。

 そんなこんなで話しているうちに、出口が見えてきた。

「これでやっとミネスに――」

 入りますね、と言おうとして、私は口を閉ざした。
 何か、良からぬ気配を感じる。
 私に寄り添うように寝ているソフィアを除いて皆がその気配に気付いたようだ。

「ソフィー」
「んー……」

 急いでソフィアを起こす。

「あっ、り――」
「静かに」

 その口に人差し指を当てれば、ソフィアは口を閉ざした。
 賢い子だから、この場の緊張感を察したのだろう。

 護衛隊と私でソフィアを囲むように陣形を組んだ。
 グレイスが私達の周囲に《聖域》を展開する。

 目を閉じて先程の気配を探る。
 ――いた。

「っ後ろ!」

 リリーが叫んだのと同時に、人影が木々の間から飛び出してきた。こちらに一直線に向かってくる。
 グレイスが《聖域》を展開する。

「何者だ!」

 《聖域》に弾かれたその人間にグレイスが問いかけるが、答えはなかった。

「……《憑依人間》か」
「みたいですね」

 グレイスの呟きにトーマスが頷いた。

 そこにいるのは男、のようなものだった。顔はよく分からない。
 男のようなもの、と言ったのは、普通の腕の他に、身体から数本の触手を生やしているからだ。
 先程私達を襲おうとしたのはそのうちの一本だ。
 間髪入れずに男が触手で攻撃をしてくる。
 戦闘開始だ。



 《憑依人間》は、霊術が使えないのに総じて戦闘力が高い。
 先程からグレイス以外の五人で《霊弾》や《霊刃スピリット・ブレード》――ブーメランのような形をした霊力の刃――で攻撃しているが、男のスピードはそれを上回っていた。
 そもそも命中しない。したとしても触手にかすり傷がつく程度だ。
 それどころかこちらに攻撃してくる余裕まである。
 攻撃は《聖域》を出て行うため、グレイスのフォローがなければ重傷を負っていたかもしれない。
 
「トーマス!」

 グレイスが叫んだ。

「はい!」
「私達で奴を引きつけるから、お前はここを離れて本部に報告しろ!」
「了解です!」

 トーマスは駆け出した。
 私達は一斉に男に攻撃をして注意を引きつけた、はずだった。
 私もグレイスも他の隊員も、男の右の手の平がトーマスに向けられるのを見ていた。触手ではない。普通の、人間の腕の手の平に霊力が集まり、《霊刃》が放たれた事を。

「トーマス!」

 脳が処理を終えグレイスが叫んだ時には、トーマスの身体は仰向けに倒れ、その首は足元に落ちていた。

「えっ……」

 その両の目が、ギョロリとこちらを見ていた。
 後ろでドサリ、という音がしたが、私はそんな事を気にしている余裕はなかった。
 頭が真っ白になる。

「嘘だ……《憑依人間》は霊術は使えないはずじゃ……」
「リリー!」

 グレイスに抱きかかえられて地面を転がる。

「リリー、しっかりしろ!」

 グレイスの叱責で意識が覚醒する。

「っすみません!」
「ああ。だが今は奴だ。皆!」

 グレイスの合図で全員が《聖域》内に集まる。リリーもそれに重ねるように《聖域》を展開した。
 これでグレイスの消耗も抑えられるはずだ。

「奴の正体とか《憑依人間》と霊術の関係については置いておく。今大事なのは、とてつもなく身体能力の高い相手が霊術も人並み以上で使ってくる、という事だ」

 皆の顔にあるのは焦りだ。
 グレイスを始めとしてここにいる全員がBかC級の霊能者だが、この男の強さはそれを明らかに上回っていた。
 恐らくA級だろう。
 このままではジリ貧である事は明らかだ。

 グレイスの判断は早かった。

「私が奴を引き付ける。そこに一斉に攻撃を打ち込め。最大火力を出せ。そこに全てを懸けるんだ」
「了解!」

 四人の声が重なった。
 前方の木々が揺れる。と同時に、男が飛び出した。一直線にこちらに向かってくる。

 グレイスはそれまでの《聖域》ではなく、波打つ結界を展開した。
 こちらに目線を向けてくるので、私は《聖域》を解除した。

 グレイスの結界は、《幻域インマテリアル・バリア》という高度な防御技だ。
 可変式で流動的なこの結界の真骨頂は、跳ね返しではなく受け流しだ。
 攻撃をされても変形するだけで崩れない。
 普通の人間ならここで攻撃をやめるだろうが、相手はそのまま触手で攻撃をしてきた。
 狙い通りだ。
 グレイスが触手も同じように受け流した。
 そのままの勢いで男が身体ごと《幻域》に突撃してくる。
 力が拮抗し、男の動きが止まった。

「今だ!」

 その一瞬の隙に全員が《幻域》から飛び出し、私とジャクソンが《霊撃破》を放ち、ヘーゼルとオーロラはそれぞれ《霊刃》と《霊弾》を嵐のように浴びせた。
 それらは男に命中し、土埃が上がる。

「やったか⁉」

 手応えはあった。男は確実に避けれていなかったし、あれだけの一斉射撃に耐えられるはずがない。
 ――そう、思っていた。

 どさっ。
 左から、何かが落ちる音がした。
 どさっ。
 今度は右からだ。
 その時、状況を正確に理解していたかは分からない。
 ただ、
 このままでは死ぬ。
 そんな思いから、私は咄嗟に自分の前に《霊壁》を展開した。
 右肩に突き刺すような痛み。

「がっ……!」

 右肩を見れば、触手が突き刺さっていた。
 どさっ。
 音がしたその先の地面にはオーロラの首が転がっていた。
 その先に結界が見える。グレイスだろうか。
 分からない。
 今はっきりしているのは、男はまだ生きている、という事だけだ。
 だとしたら、ソフィアも危ない。
 震える身体と込み上げてくる吐き気を必死に抑えて、私はありったけの霊力で《聖域》を展開した。
 案の定、すぐに触手が攻撃をしてくる。

 触手と霊術のダブルパンチは思った以上の重さだった。
 これは、長くは持たない。

「ソフィー! ソフィア・ホワイト!」

 先程のトーマスの死の際に気を失った六歳の少女に呼び掛ける。
 数度の呼びかけでソフィアは「ん……」と目を覚ました。ボーっとした顔でこちらを見る。その目の焦点が合った瞬間、ソフィアは目を見開いた。

「逃げろ!」

 叫んだのと同時に、《聖域》がぐらついた。
 ソフィアは目を見開いたまま硬直している。
 くそっ。
 霊力はまだあるのに、どうしても結界の強度が足りない。
 いっそ《幻域》を試すか?
 ——いや、それは駄目だ。
 補助媒体があっても成功するか分からない技を使う訳にはいかない。
 なら、一か八かだ。

 守れないなら、攻めるしかない。

「ソフィア、走れ!」

 私は前を向いたまま叫び、《聖域》を解除した。
 素早く複数個の《霊弾》を生成し、男に放つ。
 そのうちの一個が命中し、男の触手を破壊した。
 後先考えずに全力を込めれば、効果はあるようだ。

「リ、リリー……!」
「ソフィー、走って本部にこの事を知らせて!」
「でもっ!」
「私なら大丈夫よ」

 私は精一杯の笑みをソフィアに向けた。

「大丈夫。それくらいの時間は耐えれるわ。さあ、行って」
「……分かった!」

 ソフィアは少し躊躇って、覚悟を決めた顔で頷き、走り出した。
 それを追いかけようとする触手に向かって《霊刃》を何個も放ち、ソフィアを追撃しようとする《霊弾》を全て《霊弾》で相殺した。
 触手は全てバラバラになり、ソフィアの姿が闇に紛れる。
 男も諦めたのか見失ったのか、それ以上はソフィアを攻撃しようとはしなかった。

 しかし、その事に安堵している余裕はない。
 ソフィアに攻撃しなくなったという事は、その分こちらへの攻撃が増えるという事だ。
 触手が腕をかすめる。

「くっ……!」

 強度、速度共に最大級の《霊撃破》を放つ。
 男は吹っ飛んだが、死んではいない。

「うっ……」

 眩暈がした。
 先程から闇雲に霊力をつぎ込んでいる。明らかなオーバーペースだ。
 しかし、そうでもしなければあの男に攻撃は通用しない。

 ――死ぬのか?
 そんな思いが頭をよぎる。
 本部の救援は間に合わない。あれはソフィアを逃がすためのはったりだ。
 自力で何とかしなければ、確実に死ぬ。

 ――嫌だ。死にたくない!

「はあああ!」

 私は本気で《霊撃破》を放った。
 それは、間違いなく私の中で最大火力の攻撃だった。
 先程放った《霊撃破》よりもさらに強く、枯渇するまで霊力を注入し続けた。

「げほっ!」

 血を吐きながら地面に倒れ込む。
 本当にどこにも力が入らない。すっからかんだ。

 それでも、男は死んでいなかった。
 土煙の中から影が浮かび上がる。
 少し動きは遅くなったようだが、それでも変化はその程度だ。

「……ははっ」

 思わず笑いが洩れる。

 ……何が世界を救うだ。何が刺激に欠けるだ。
 思えば、これまで死というものを身近に感じた事はなかったし、身近なものだと考えた事もなかった。
 除霊で人が死ぬのはそう珍しくないとは聞いていたし、実際に死んだ人も見てきた。それでも、自分は関係ないとどこかで思っていた。
 私は馬鹿だ。何にも分かっていなかった。
 アニメの主人公気取りで自分で何でも出来る気になって。
 冷静になっていたつもりでも、自分はどこか特別だと信じていたのだ。

 触手が猛スピードでこちらに向かってくる。
 それに向かって手を突き出してみるが、霊力のれの字も出ない。

 終わりだ。
 目を閉じる。
 閉じ着る直前に視界に水色が映った。恐怖による幻覚だろうか。

 ――カキン!

「えっ……?」

 予想していた痛みは来ず、代わりに金属音のような音が響いた。

「えっ?」

 目を開ければ、そこには信じられない光景が広がっていた。
 水色の髪の毛を持った少年が、男の触手を青い剣で受け止めていたのだ。

「下がっていてください」

 幼い声で指示をされる。

「う、うん」

 私は何とか後ろに後退した。
 同時に、少年も男を弾き飛ばした。

「なっ⁉」

 グレイスが《聖域》や《幻域》でやっと耐えていたあの重い攻撃を、跳ね返したのだ。
 間髪入れずに男の触手が伸びてくる。
 少年が両手を広げた。その両の手の平に霊力が集まり、二つの《霊弾》が生成される。
 少年はそれを掌を合わせるようにぶつけさせた。
 強大な霊力同士がぶつかり合い、衝撃波が生まれる。

「これは……《衝壁クラッシュ・ウォール》⁉」

 広がった衝撃波が壁となり、男の動きを停止させる。その隙に少年は《霊撃破》を放った。
 男が後方に吹っ飛ぶ。
 が、死んではいないようだ。煙の中で動いているのが見える。

 最初の段階で思った事だが、この瞬間に私は確信した。
 この少年は、今まで私が出会ってきた霊能者の中でも一番強い。

「あれで死なないんですか……」
「おそらく……《霊撃破》では倒せません」
「なるほど」

 少年が頷いた。

「じゃあ他のものを試してみましょう」

 少年が両手を前に突き出した。
 次の瞬間、驚くべき事が起きた。男の周囲に大量の《霊弾》が生成されたのだ。
 あれだけの量の《霊弾》を一気に生成するなど、見た事がない。
 それはまるで、《霊弾》の檻だった。

 男が霊術や触手で《霊弾》を切り裂く。
 それを尻目に、少年は両手を天に掲げた。
 すると、男の上空に巨大な霊力の塊が生成された。

「あれは……!」

 それは、私がいつか使えるようになるのを夢見ていた技だった。

「《雷撃砲》!」

 少年が腕を振り下ろす。
 今にも《霊弾》の囲いを突破しようとしている男に向けて、無数の霊力の塊が雷のように降り注いだ。

「ギャアアアアー!」

 獣のような叫び声を上げながら、男の身体は無数に引き裂かれ、気体のようにそれら全てが蒸発した。
 同時に少年が地面に降り立ち、こちらに向かってきた。

「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……本当に、君一人で奴を倒したのか?」
「ええ。だからもう大丈夫ですよ」

 自分よりも幼いくらいの少年の言葉には、凄く安心感があった。

「そっか……」

 緊張の糸が切れた途端、私は気が遠くなるのを感じた。

「リリー!」

 気を失う寸前、ソフィアの声が聞こえた気がした。
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