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第四章
第92話 高まる批判
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早速、紅白戦が行われることになった。
フルコートを使った十一人対十一人形式だ。
監督の京極が選手をAチームとBチームに分けた。
巧はBチームだ。誠治やアイドルのような整ったルックスで女子から絶大な人気を誇る西宮真といったエース格の選手とは味方だったが、キャプテンの飛鳥とは別のチームだった。
どうやら、戦力差に大きな偏りが出ないように分けたようだ。
試合は三十分を三本行う。
最初の三十分を、巧はベンチで過ごした。
「二軍からも三軍からも言われていたからな! お前には観察する時間を与えたほうがより面白いものが見れると。楽しみにしているぞ、ハッハッハ!」
京極はそう言って豪快に笑った。
練習は本番のように、という言葉がある。
一軍の選手たちはまさにそれを体現していて、どんな練習でもまるで公式戦のような強度だが、それでもやはり試合形式でしか見えてこないクセというものがある。
巧が効果的なプレーをするためには、敵味方のそのクセを理解しておくことは不可欠。
一軍のプレースピードについていきつつ周囲の観察もするのはいささか大変だと思っていたが、最初に観察だけに集中できるのはありがたかった。
一本目はBチーム優勢で進んだ。
やはり、真と誠治は化け物揃いの一軍の中でも別格だった。
しかし、巧は真を見て「もったいないな」という感想を抱いた。
咲麗サッカーの中心である彼は、エゴの塊のような選手だった。
スター選手にはある種の自己中心さは必要だし、それが許されるだけの力を真は持っている。
しかし、いささか度が過ぎていた。
それは普段から切磋琢磨しているチームメイトが一番理解しているのだろう。
Aチームは真に対して、徹底的に個人技のみを警戒した包囲網を敷いていた。
初端から味方を頼る気のない選手を相手に、それは一番単純かつ効果的な戦略だった。
結局、どちらも決定打に欠けたまま、一本目はスコアレスドローで終えた。
二本目頭から、巧は真に代わってコートに入った。
「えー、もう真交代?」
「最悪なんだけど」
「あいつじゃん。うわ、負けそう~」
ヒソヒソと巧に対する悪口が聞こえてくる。
その多くは——というよりほとんどは——女子生徒のものだった。
純粋にハイレベルなサッカーを見にきている男子生徒とは対照的に、彼女らの多くは推し活のために一軍の練習場を訪れている。
推しの選手さえ活躍すれば、あとはどうでもいい——。
そんな考えを持っている彼女らの大半は、真のファンだ。
推しの出番を奪った巧に対して、何か言わずにはいられないのだろう。
「あいつら、ワンプレーも待てないのか……」
飛鳥が呆れたように笑った。
巧も苦笑いで返した。
やれやれとでもいうようにため息を吐いてから、飛鳥が笑みを引っ込めた。
「巧。接待プレーはしないぞ。味方もお前が使えないと判断すればパスは回さなくなるだろうし、俺らも穴だと思えばガンガン突いていく。自分の実力は自分で示せよ」
「わかっています」
いくら周囲との連携が不可欠といえど、自然に発揮できるものでなければ試合では使えない。
特別扱いはしないと言われ、巧は逆に燃えた。
チラッとベンチを見る。香奈と目があった。
——巧先輩、頑張って。
そう口を動かしてみせた後、彼女はグッと拳を握った。
「よしっ」
巧は俄然やる気になった。
しかし、やはり一軍のレベルは異次元だった。
(……無理だな)
巧は思い描いていたプレーを中断し、後ろの選手にボールを預けた。
先程からその繰り返しだった。
二軍まではズレていた相手の守備陣がズレない。空けたはずのパスコースもすぐに塞がれる。
それに加えて飛鳥の宣言通り、Aチームの攻撃は徹底的に巧を狙ってきた。
二軍では周囲とも噛み合ってきて弱点にならなくなっていたが、一軍ではこれが初めての試合形式。
完璧な連携などできるはずもなく、巧は文字通り守備の穴になっていた。
そして、彼が抜かれたところから失点すると、野次馬はいよいよ騒ぎ始めた。
「やっぱりあいつのところから失点したよ」
「あんだけ大口叩いてたわりに、攻撃は無難なバックパスで守備はザルとか終わってんな」
「今からでも真に戻すべきだって!」
「まあまあ、どうせ今日で一軍最後なんだから、少しくらい大目に見てあげなよ」
「確かにっ」
男子生徒は苛立ったように、または呆れたようにため息を吐き、女子生徒はバカにするようにゲラゲラと笑った。
「——香奈、抑えなきゃダメよ」
「わかってますよ」
ベンチでは、射殺さんばかりの視線を野次馬に投げかけている香奈を、冬美が宥めていた。
「今からすごくお腹痛くなって、帰宅するころには満員電車でデブのおっさんに囲まれて、やっと解放されたと思ったら駅を出たところでカラスにうんこ落とされて、夕飯ではカレーうどんの汁が血飛沫の如く飛び散って、風呂ではナメクジが発生して、驚いてすってんころりんして股ガン開きで気絶しているところを家族に見られればいいと思いますけど、ここは私が何かを言う場面じゃないことはわかっていますから」
「……ならいいわ」
冬美が頬を引きつらせてうなずいた。
——実際には、香奈は口にした以上の災難が彼ら、特に彼女らに襲いかかればいいと思っていたが、自分でも言ったように彼女の出る幕ではない。
巧自身が実力を証明しなければ意味がないのだから。
事実、ここまでの彼のプレーは男子生徒たちからの批判は仕方ないと思えるものだ。
しかし、香奈は何も心配していなかった。
「大丈夫です。先輩ならあんなサッカーのさの字も知らないやつらには負けないし、絶対に何か魅せてくれますから」
「ずいぶん信頼しているのね」
「冬美先輩は信頼していないのですか?」
冬美は少し考えるそぶりを見せた。
「……わからないわ。私は最近の彼のプレーを見ていないもの」
「確かに。でも見てください、先輩の顔を。ニッコニコですよ」
「っ……!」
冬美が息を呑んだ。
彼女の視線の先では、巧が楽しそうに笑っていた。まるで、新しいおもちゃをもらった子供のように。
「多分あれ、野次馬の声なんて聞こえてないですよ」
「……そうね。さすがに聞こえていれば、あんな表情にはならないもの」
「はい。先輩は今、極限の集中状態にいるんだと思います。絶対何かやってくれるはずです」
(はぁ……可愛いのに格好いいとか反則ですか巧先輩……)
言葉通りに巧を信頼しきっている香奈は、今にも好きの気持ちが溢れ出そうになるのを必死に堪えていた。
——彼女たちの推察は正しかった。
巧にはもはや、周囲の雑音など耳に入っていなかった。
自分の積み重ねてきたものが通用しない。
本来なら絶望してもおかしくないはずの状況で、彼はこれまでにないほどの興奮と、ある種の快感を覚えていた。
巧はこれまで、周囲からは突拍子もない選択肢に思えても、彼の中では確実性のあるプレーを選択していた。
だからこそ二軍でも三軍でも多くのプレーが彼の想像通りの結果になったし、致命的なミスを犯すこともほとんどなかった。
しかし、一軍では通用しなかった。
ならばどうすればいいのか。
答えは簡単。彼の中でも不確実性の高い、ギャンブルじみたプレーをするしかない。
——誠治。
巧は心の中で親友に話しかけた。
あくまで心の中だ。実際に声は出していない。
それでも何かを感じ取ったのだろう。反対側を向いていたはずの彼は、パッと巧を振り向いた。
視線を合わせ、巧は笑った。
——いくよ、誠治。
——あぁ。
お互いが、正しく意思疎通できていることを確信していた。
巧が何かをやろうとしていることは、Aチームのセンターバックをやっていた飛鳥も気づいた。
「足元っ」
巧がボールを受けに行ったとき、本能的に危険を察知した飛鳥は、素早く距離を詰めて激しくプレッシャーをかけた。
——そのとき、すでにボールは飛鳥の背後の誠治に渡っていた。
「……はっ?」
飛鳥を含めたAチームの守備陣全員が、誠治が冷静にゴールを決めるところを呆然と眺めることしかできなかった。
フルコートを使った十一人対十一人形式だ。
監督の京極が選手をAチームとBチームに分けた。
巧はBチームだ。誠治やアイドルのような整ったルックスで女子から絶大な人気を誇る西宮真といったエース格の選手とは味方だったが、キャプテンの飛鳥とは別のチームだった。
どうやら、戦力差に大きな偏りが出ないように分けたようだ。
試合は三十分を三本行う。
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「二軍からも三軍からも言われていたからな! お前には観察する時間を与えたほうがより面白いものが見れると。楽しみにしているぞ、ハッハッハ!」
京極はそう言って豪快に笑った。
練習は本番のように、という言葉がある。
一軍の選手たちはまさにそれを体現していて、どんな練習でもまるで公式戦のような強度だが、それでもやはり試合形式でしか見えてこないクセというものがある。
巧が効果的なプレーをするためには、敵味方のそのクセを理解しておくことは不可欠。
一軍のプレースピードについていきつつ周囲の観察もするのはいささか大変だと思っていたが、最初に観察だけに集中できるのはありがたかった。
一本目はBチーム優勢で進んだ。
やはり、真と誠治は化け物揃いの一軍の中でも別格だった。
しかし、巧は真を見て「もったいないな」という感想を抱いた。
咲麗サッカーの中心である彼は、エゴの塊のような選手だった。
スター選手にはある種の自己中心さは必要だし、それが許されるだけの力を真は持っている。
しかし、いささか度が過ぎていた。
それは普段から切磋琢磨しているチームメイトが一番理解しているのだろう。
Aチームは真に対して、徹底的に個人技のみを警戒した包囲網を敷いていた。
初端から味方を頼る気のない選手を相手に、それは一番単純かつ効果的な戦略だった。
結局、どちらも決定打に欠けたまま、一本目はスコアレスドローで終えた。
二本目頭から、巧は真に代わってコートに入った。
「えー、もう真交代?」
「最悪なんだけど」
「あいつじゃん。うわ、負けそう~」
ヒソヒソと巧に対する悪口が聞こえてくる。
その多くは——というよりほとんどは——女子生徒のものだった。
純粋にハイレベルなサッカーを見にきている男子生徒とは対照的に、彼女らの多くは推し活のために一軍の練習場を訪れている。
推しの選手さえ活躍すれば、あとはどうでもいい——。
そんな考えを持っている彼女らの大半は、真のファンだ。
推しの出番を奪った巧に対して、何か言わずにはいられないのだろう。
「あいつら、ワンプレーも待てないのか……」
飛鳥が呆れたように笑った。
巧も苦笑いで返した。
やれやれとでもいうようにため息を吐いてから、飛鳥が笑みを引っ込めた。
「巧。接待プレーはしないぞ。味方もお前が使えないと判断すればパスは回さなくなるだろうし、俺らも穴だと思えばガンガン突いていく。自分の実力は自分で示せよ」
「わかっています」
いくら周囲との連携が不可欠といえど、自然に発揮できるものでなければ試合では使えない。
特別扱いはしないと言われ、巧は逆に燃えた。
チラッとベンチを見る。香奈と目があった。
——巧先輩、頑張って。
そう口を動かしてみせた後、彼女はグッと拳を握った。
「よしっ」
巧は俄然やる気になった。
しかし、やはり一軍のレベルは異次元だった。
(……無理だな)
巧は思い描いていたプレーを中断し、後ろの選手にボールを預けた。
先程からその繰り返しだった。
二軍まではズレていた相手の守備陣がズレない。空けたはずのパスコースもすぐに塞がれる。
それに加えて飛鳥の宣言通り、Aチームの攻撃は徹底的に巧を狙ってきた。
二軍では周囲とも噛み合ってきて弱点にならなくなっていたが、一軍ではこれが初めての試合形式。
完璧な連携などできるはずもなく、巧は文字通り守備の穴になっていた。
そして、彼が抜かれたところから失点すると、野次馬はいよいよ騒ぎ始めた。
「やっぱりあいつのところから失点したよ」
「あんだけ大口叩いてたわりに、攻撃は無難なバックパスで守備はザルとか終わってんな」
「今からでも真に戻すべきだって!」
「まあまあ、どうせ今日で一軍最後なんだから、少しくらい大目に見てあげなよ」
「確かにっ」
男子生徒は苛立ったように、または呆れたようにため息を吐き、女子生徒はバカにするようにゲラゲラと笑った。
「——香奈、抑えなきゃダメよ」
「わかってますよ」
ベンチでは、射殺さんばかりの視線を野次馬に投げかけている香奈を、冬美が宥めていた。
「今からすごくお腹痛くなって、帰宅するころには満員電車でデブのおっさんに囲まれて、やっと解放されたと思ったら駅を出たところでカラスにうんこ落とされて、夕飯ではカレーうどんの汁が血飛沫の如く飛び散って、風呂ではナメクジが発生して、驚いてすってんころりんして股ガン開きで気絶しているところを家族に見られればいいと思いますけど、ここは私が何かを言う場面じゃないことはわかっていますから」
「……ならいいわ」
冬美が頬を引きつらせてうなずいた。
——実際には、香奈は口にした以上の災難が彼ら、特に彼女らに襲いかかればいいと思っていたが、自分でも言ったように彼女の出る幕ではない。
巧自身が実力を証明しなければ意味がないのだから。
事実、ここまでの彼のプレーは男子生徒たちからの批判は仕方ないと思えるものだ。
しかし、香奈は何も心配していなかった。
「大丈夫です。先輩ならあんなサッカーのさの字も知らないやつらには負けないし、絶対に何か魅せてくれますから」
「ずいぶん信頼しているのね」
「冬美先輩は信頼していないのですか?」
冬美は少し考えるそぶりを見せた。
「……わからないわ。私は最近の彼のプレーを見ていないもの」
「確かに。でも見てください、先輩の顔を。ニッコニコですよ」
「っ……!」
冬美が息を呑んだ。
彼女の視線の先では、巧が楽しそうに笑っていた。まるで、新しいおもちゃをもらった子供のように。
「多分あれ、野次馬の声なんて聞こえてないですよ」
「……そうね。さすがに聞こえていれば、あんな表情にはならないもの」
「はい。先輩は今、極限の集中状態にいるんだと思います。絶対何かやってくれるはずです」
(はぁ……可愛いのに格好いいとか反則ですか巧先輩……)
言葉通りに巧を信頼しきっている香奈は、今にも好きの気持ちが溢れ出そうになるのを必死に堪えていた。
——彼女たちの推察は正しかった。
巧にはもはや、周囲の雑音など耳に入っていなかった。
自分の積み重ねてきたものが通用しない。
本来なら絶望してもおかしくないはずの状況で、彼はこれまでにないほどの興奮と、ある種の快感を覚えていた。
巧はこれまで、周囲からは突拍子もない選択肢に思えても、彼の中では確実性のあるプレーを選択していた。
だからこそ二軍でも三軍でも多くのプレーが彼の想像通りの結果になったし、致命的なミスを犯すこともほとんどなかった。
しかし、一軍では通用しなかった。
ならばどうすればいいのか。
答えは簡単。彼の中でも不確実性の高い、ギャンブルじみたプレーをするしかない。
——誠治。
巧は心の中で親友に話しかけた。
あくまで心の中だ。実際に声は出していない。
それでも何かを感じ取ったのだろう。反対側を向いていたはずの彼は、パッと巧を振り向いた。
視線を合わせ、巧は笑った。
——いくよ、誠治。
——あぁ。
お互いが、正しく意思疎通できていることを確信していた。
巧が何かをやろうとしていることは、Aチームのセンターバックをやっていた飛鳥も気づいた。
「足元っ」
巧がボールを受けに行ったとき、本能的に危険を察知した飛鳥は、素早く距離を詰めて激しくプレッシャーをかけた。
——そのとき、すでにボールは飛鳥の背後の誠治に渡っていた。
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