先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件

桜 偉村

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第十章

第264話 メンバー発表前夜

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 前日の土曜日に続き、咲麗しょうれい高校は日曜日も練習試合を行なった。
 選手権本戦と同じ四十分ハーフでの試合だった。相手は本戦にも出場する他県の強豪校だったが、咲麗は終始攻め立てて五対〇で勝利した。

 試合はお昼頃に開催されたため、たくみ香奈かなも夕方には帰宅することができていた。二人は寄り添うように並んでソファーに座っていた。
 巧はすでに軽めのランニングを開始するほど回復していたが、香奈は相変わらず暇さえあればお世話をしてくれていた。

「いよいよ明日ですね、メンバー発表」
「そうだね。京極きょうごくさんも今ごろ、すごい頭を悩ませてるんじゃないかな」
「でしょうね。みんなすごく動きが良かったですから。姫野ひめの君も昨日とは見違えるようなプレーをしてましたし、巧せんぱ——監督の功績ですね」

 香奈が白い歯を見せてにしし、とイタズラっぽく笑った。
 巧は肩をすくめた。

「わざわざ言い直さなくていいし、僕はちょっと路線変更を手伝っただけだよ」
「それがすごいんですよ。巧先輩はもう少し、自分の指導力に自信を持つべきです」
「そんな指導しているつもりもないんだけどね」

 巧は苦笑しつつ、香奈のあごをくすぐった。

「ゴロゴロゴロ……わしゃ猫か」

 香奈がノリツッコミをしつつ、巧の手を掴んで頭に持っていった。

「先輩が触るべき場所はこっちです」
「くすぐればいいの?」
「もうっ、わかってるくせにぃ……撫でてください」
「仰せのままに」

 巧が手のひらで優しく髪の毛をなぞるように撫でると、香奈は目を細めた。
 口元も頬もすっかり緩み切って、幸せオーラを放っている。

 少し経った後、彼女はふと唇を引き結んだ。やや不安げな表情で、肩口から巧を見上げた。

「巧先輩、大丈夫ですか? 不安じゃないですか?」

 なんのことを聞いているのかは、巧にもすぐにわかった。
 メンバー発表のことだ。それが聞きたくて話題を始めたのだろう。

「大丈夫だよ。僕にできることはないし、やれることはやってきたからね」

 巧は頬を緩めて、香奈の頭をよしよしと撫でた。
 彼女の献身的なサポートのおかげか、怪我は当初の想定よりも早く回復していた。
 医師の見立てでは、少なくとも準々決勝からは出場できるだろうということだった。

 しかし、裏を返せばそれまでは出場できないということだ。
 咲麗高校は二回戦からの登場だ。もしも巧をメンバーに入れた場合、二回戦と三回戦は一枠無駄にした状態で戦う必要がある。

「ただまあ、確かに不安はあるよ。西宮にしみや先輩がアシスト役もできちゃうってなると、僕の重要性はどうしても下がるからね。ぶっちゃけ、選ばれる可能性は低いと思ってる。同じポジションには他にもまさるとかがいるし、それこそ香奈が言ったように蒼太そうたも今日はすごくいいプレーだったから」
「っ……」

 巧が冷静に分析をすると、香奈が膝の上でぎゅっと拳を握りしめた。
 唇を噛みしめ、瞳には涙を浮かべている。

 巧は苦笑を浮かべ、彼女の頭をポンポンと叩いた。

「そんな顔しないで。まだ選ばれないって決まったわけじゃないし、どんな結果になっても受け止める準備はできてるから」
「本当に……?」
「本当だよ。だって、こうして香奈がいてくれてるんだから」
「っ……!」

 香奈が目を見開いた。
 巧はそのもちもちとした頬に手を添えた。

「昨日も言ったけど、香奈が隣にいて支えてくれるなら、僕は大丈夫だよ。今もこうして落ち着けてるしね。もし一人だったら、不安でガクブル震えてたよ」
「それなら良かったですけど……今後はみんなの前でそういうことを言ったり、頭を撫でたりはしないでくださいね。恥ずかしかったんですから」

 香奈が赤く染まった頬をぷくっと膨らませた。巧は指先でつついた。

「恥ずかしがる香奈も可愛いんだけどな」
「巧先輩っ」
「わかってるよ、なるべく我慢はするから」
「本当ですか?」

 疑うようなじっとりとした目線を向けてくる香奈に、巧は大きくうなずいた。

「香奈に嫌われたくはないからね、でも、出ちゃったらごめん」
「頼りないなぁ」

 香奈が苦笑いを浮かべた。

「でもまあ、香奈も一応心の準備はしておいてね。西宮先輩があんなパスを出せちゃうならなおさら、十分にあり得ることだと思うから。僕とあの人のやりたいことって、ちょっと似てるしね」
「王道からちょっと外れたファンタジスタ的な、サッカー好きな人が好きなやつですよね」
「まさにそうだね。昨日の誠治せいじへの一点目のアシストとかはまさにそうだし」
「これまでずっとオナドリしてたくせに、あれをぶっつけ本番でできるってチートじゃないですか」

 香奈がむぅ、と唇を尖らせた。
 ちなみにオナドリとはオナニードリブル、要は自分が気持ちよくなるためだけの独りよがりなドリブルのことだ。

「紛れもなく才能のなせる技ではあるんだろうけど、普段からイメージはしてたんだろうね。ああいうプレーは時にドリブルで抜くよりも気持ちいいから」
「ああいうプレーは抜くよりも気持ちいい……? それって、男の潮⚪︎きってやつですかぁ?」

 香奈がニマニマと笑いながら、巧の頬をつついた。
 巧は大きくため息を吐いた。

「ドリブルでっていう枕詞聞こえなかった?」
「巧先輩、この状況で枕は——ごめんなさい調子乗りました」

 香奈がテヘッと舌を出し、後頭部を掻いた。

「相変わらずお調子者だなぁ」

 巧が額を小突くと、香奈はえへへ、と笑った。それだけで、巧の中には愛情しか残らなくなってしまう。
 わざとやっているあざとい行為だとわかっていてもほだされてしまうのは、惚れた弱みというものだろう。

「全くもう……」

 巧は香奈をそっと抱き寄せた。

「どうしたんですか?」

 ふふ、と笑う香奈の頭に手を置き、巧は微笑を浮かべた。

「心配してくれてありがとう、香奈」
「はいっ!」

 香奈が照れたようにはにかみながら、元気よく返事をした。

「可愛いなぁ」

 巧は破顔しながら、彼女の唇に自らのそれを押し当てた。
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