盲目王子の専属侍女―― 一歩先を導く侍女と追放王子の逆転劇

チャーコ

文字の大きさ
2 / 5

2 闇魔法と、王太子の空席

しおりを挟む
 ――それより半月ほど前。王宮で開かれていた祝宴の夜。

 祝宴の大広間には、燭台の光が幾重にも連なり、音楽と談笑が途切れることなく満ち溢れていた。王国の中枢に名を連ねる者たちが集い、視線と評価が絶えず交錯する場だった。

 第一王子ルチアーノ・ディ・ヴァレンティーノは、十六歳にして、その中心に立っていた。

 淡い金髪は光を受けて柔らかく輝き、整った顔立ちと相まって、否応なく人目を惹く。澄んだ青い瞳は、海を思わせる深い色を帯び、感情を抑えたまま周囲へ視線を巡らせていた。

 王太子として優秀と評され、光属性と風属性の魔法の才能を持つ王子。
 この国において、彼の存在は象徴でもあり、期待そのものだった。

「殿下、次は北方領の使節が挨拶を」

 側近のニコラス・サルヴィが声をかけてくる。

「承知した」

 短く応じて数歩進んだ、その瞬間だった。

 床の感触が、わずかに変わった。

 反射的に足を止め、魔力を巡らせる。
 風魔法の感覚が、床下の空気の流れを捉えきれない。

(……おかしい)

 次の瞬間、大広間の中央、ルチアーノの足元に複雑な紋様が浮かび上がった。幾何学的な線が重なり合い、闇色の魔力が床からせり上がる。

「――魔法陣だ!」

 叫びが上がる。

 ルチアーノは即座に光属性の魔力を立ち上げ、防御を展開しようとした。
 だが、闇魔法はそれより早く、視覚へ直接絡みついた。

 視界が、一気に崩れた。

 暗闇ではないが、形が結ばれない。
 色と光が引き剥がされ、濃い灰色の膜が視界全体を覆った。圧迫されるような感覚が、目の奥に広がる。

「……っ」

 風を操り、距離を取ろうとする。
 しかし、闇魔法は魔力経路そのものに干渉し、動きを鈍らせた。

 床が遠のき、身体の軸がずれる。

「殿下!」

 ニコラスが腕を掴み、ルチアーノの転倒を防ぐ。
 その間に、魔法陣は跡形もなく消えていた。

 残ったのは、ざわめきと、向けられる無数の視線だった。

「闇魔法だ……」
「ここまで複雑な陣を、王宮で……」

 混乱が広がる中、よく通る声が場を制した。

「過剰に騒ぐ必要はありません」

 王妃イリナだった。

「魔法陣は消え、殿下も命に別状はない。今は状況を整理するべきでしょう」

(命に、別状はない)

 ルチアーノは、奥歯を噛みしめる。

 見えない。
 視界が、何ひとつ応えない。

 それだけで、今まで成立していた判断が、次々と崩れていく。

「殿下、こちらへ」

 ニコラスに導かれ、別室へ移動する。
 周囲の気配は感じ取れるが、距離も人数も掴めない。

 医師と魔術師による診断が始まった。

「……視神経に関わる魔力経路が、完全に遮断されています」
「治癒魔法では?」
「光属性でも反応しません。闇魔法が魔力経路に深く絡んでいます」

 短いやり取りの末、さらに報告が続く。

「術者は、すでに自害しています」
「……そうか」

 逆探知は不可能。
 解除術式も残されていない。

 つまり、同様の事態が再び起きないと、誰にも断言できなかった。

(計画的だ)

 この場、この位置、この瞬間。
 王太子という立場を正確に狙った攻撃だった。

「殿下」

 ニコラスの声が、わずかに低くなる。

「視力の回復については、現時点では断言できません。ただ、時間をかければ可能性は残ります」

 希望とも猶予とも取れる言葉だった。

 ――三日後。
 王宮内で、正式な協議が始まった。

「第一王子殿下は、当面療養を」
「国政への影響を考慮すべきです」
「再発の危険も否定できません」

 誰も「追放」とは言わない。
 だが、結論は自然に一つへ向かっていった。

「離宮での療養が適切でしょう」

 王宮の中心から外す。
 その判断に、ルチアーノの意思が問われることはなかった。

「……了承した」

 今は抗う段階ではない。
 そう判断したのは、自分自身だった。

 こうして、正式な廃嫡はされないまま、王太子の席だけが空白になる。
 王宮中央から外される形で、離宮へ向かうことが決まった。

 だが、その夜。

 応えない視界の奥で、ルチアーノは理解していた。

 これは事故ではない。
 失ったのではなく、奪われた。

 視力も、立場も、判断の場も。

(……ならば)

 取り戻す。

 闇魔法で断たれたのなら、光と風で覆す。
 この一手で終わると思われるほど、甘くはない。

 闇魔法と、王太子の空席。
 それは終わりではなく、逆転のために用意された盤面だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない

金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ! 小説家になろうにも書いてます。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした・完結

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

処理中です...