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第9章:独占宣言
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人は、理由の見えない沈黙に弱い生き物なのだと思います。
あの日から、エリオット様は私を避けるようになりました。
目が合っても軽く会釈するだけ。廊下ですれ違っても、何も言わない。
“距離を置こう”と言われたあの日を、夢だったと思いたかったのに。
本物の距離が広がっていく現実のほうがずっと痛いです。
(どうして、あんな顔で去っていけるんですか)
忘れられるわけがありません。
あのときの瞳には、確かに“赤”の色があったのに。
嘘じゃなく、本物の恋情の赤。
見えてしまったがゆえに、信じることをやめられません。
……でも、届かないのなら。
見えない方が良かったのかもしれません。
* * *
そんな沈黙が一週間続いた日。
学園の講堂では秋季パーティーの準備がはじまっていました。
「ノワール嬢、当日、エリオット様は司会だそうですよ」
「へぇ……そうですか」
平然を装って答える。
でも胸の奥は、ぐらぐら揺れていました。
告白するまでもなく、私の心はもう捕まっている。
会いたい。声が聞きたい。けれど自尊心が、足を動かさせてくれなくて。
「リディア」
唐突に名前を呼ばれて、思考が止まりました。
振り向いた先。人だかりの中に立つ金髪の青年――彼。
久しぶりに見る笑顔。それだけで世界が色彩を取り戻してしまう。
「久しいね。元気?」
「……はい。おかげさまで」
(元気じゃないです。あなたのせいで、睡眠不足です)
もちろん言えるわけもなく、思考の代わりに喉が固まりました。
「今日、リハーサルなんだ。よかったら見に来ない?」
「お断りします」
「そっか」
やさしい声。その瞬間、まるで自分が悪者にでもなった気がしました。
“君が依存し始めている”と言われた言葉が、また胸に蘇る。
(もう、怖いんです。これ以上好きになったら戻れなくなるから)
* * *
パーティー当日。
会場は煌びやかで、笑い声と音楽が溶け合い、香の匂いが満ちていました。
けれど、私の心はまったく踊っていません。
扇の陰で小声の令嬢たちの噂が聞こえます。
「ルシアン様、今日は珍しく誰のエスコートもしていないんですって」
「相手を選ばない人だけど、最近はどうやら公爵家の養女を……」
私の名前が出た瞬間、胸の鼓動が跳ねました。
視線を向けられるだけで、空気が重くなります。
(落ち着きましょう。関係ない。もう関係ない)
――そう思っていたのに。
「やあ、リディア」
振り返れば、彼が立っていました。
純白のフロックコート、贅沢な刺繍も彼の自然な笑みに霞むほど完璧です。
“光の象徴”という言葉が似合いすぎる人。
「……ルシアン様」
「パートナー、いないの?」
「いません」
「じゃあ、踊ってみない?」
「……冗談ですよね。みんな見ています」
「見せつけるために誘ってるんだよ」
さらりと言い切られて、息を呑む。
周囲のざわめきが一気に膨らむ。
“なんで? なにそれ?”と、令嬢たちの囁きが飛ぶ。
なのに彼は全く気にしていなかった。
あの完璧な微笑を浮かべたまま、迷いなくわたしの手を取ったのです。
「ちょっ……ルシアン様、離して――」
「嫌だ」
“嫌だ”。その言葉が、彼から出るなんて思わなかった。
冷たい手が、彼の掌に包まれて暖かく溶かされていく。
「みんなの前です……!」
「言ったろ? 君を“見せたい”って。……俺のだから」
「っ……!」
会場の空気が凍りました。
思考も止まりました。
“俺のだから”。
その一言で、世界がひっくり返った。
「ルシアン様、誤解されます!!」
「誤解じゃない。君は俺の恋人だよ、リディア」
甘く、やさしく、でも有無を言わせない声。
見上げたその瞳は、完全に“本物”の赤。
嘘の色なんてどこにもない。
「……遊びだったんじゃ」
「最初はね。でも、もう飽きた。“遊び”にするには君が特別すぎて」
言葉が届くたび、胸の奥で何かが崩れていく。
涙がこみ上げそうになるのを、必死で押し込めました。
(どうして、今になって)
「君が他の誰かと笑ってたら、それだけで気が狂いそうなんだ」
「そ、そんな……」
「だから、もう演じない。嘘の恋人はやめた。これから本当に、君だけを抱きしめる」
耳朶に低く落ちる声。
細い指が頬に触れる。震えるほど優しくて、でも逃げられない。
会場に視線が集まっているのに、世界がふたりだけになっていく。
「こんなの……許さないですから」
声が震えて出たのは、強がりとも泣き声ともつかない響きでした。
彼は、穏やかに笑った。
「許されなくていい。俺は君を永遠に煩わせたい」
そして、誰もが見ている前で、わたしの額に唇を落とした。
光のざわめき、悲鳴、拍手、全部が遠くなる。
その瞬間、彼の感情の色が一気に溢れました。
紅――純愛の紅が、空気を支配するように強く、熱く。
「君を誰にも渡さない。……もう二度と」
その囁きは、決意というより誓いでした。
嘘の色も迷いもどこにもなく、燃えるような真実だけがそこにあった。
* * *
その夜、寮の部屋でひとり。
まだ心臓が暴れていました。頬の熱が引きません。
あんな公然の場で、彼はあれほど真っ直ぐに“私だけ”を見ていた。
どんなに冷たい夜気に当たっても、胸の鼓動は落ち着かない。
「……あれで、どうやって冷静になれというんですか」
窓の外の月を見上げて、ため息とも笑いともつかない息がこぼれました。
あの日から、エリオット様は私を避けるようになりました。
目が合っても軽く会釈するだけ。廊下ですれ違っても、何も言わない。
“距離を置こう”と言われたあの日を、夢だったと思いたかったのに。
本物の距離が広がっていく現実のほうがずっと痛いです。
(どうして、あんな顔で去っていけるんですか)
忘れられるわけがありません。
あのときの瞳には、確かに“赤”の色があったのに。
嘘じゃなく、本物の恋情の赤。
見えてしまったがゆえに、信じることをやめられません。
……でも、届かないのなら。
見えない方が良かったのかもしれません。
* * *
そんな沈黙が一週間続いた日。
学園の講堂では秋季パーティーの準備がはじまっていました。
「ノワール嬢、当日、エリオット様は司会だそうですよ」
「へぇ……そうですか」
平然を装って答える。
でも胸の奥は、ぐらぐら揺れていました。
告白するまでもなく、私の心はもう捕まっている。
会いたい。声が聞きたい。けれど自尊心が、足を動かさせてくれなくて。
「リディア」
唐突に名前を呼ばれて、思考が止まりました。
振り向いた先。人だかりの中に立つ金髪の青年――彼。
久しぶりに見る笑顔。それだけで世界が色彩を取り戻してしまう。
「久しいね。元気?」
「……はい。おかげさまで」
(元気じゃないです。あなたのせいで、睡眠不足です)
もちろん言えるわけもなく、思考の代わりに喉が固まりました。
「今日、リハーサルなんだ。よかったら見に来ない?」
「お断りします」
「そっか」
やさしい声。その瞬間、まるで自分が悪者にでもなった気がしました。
“君が依存し始めている”と言われた言葉が、また胸に蘇る。
(もう、怖いんです。これ以上好きになったら戻れなくなるから)
* * *
パーティー当日。
会場は煌びやかで、笑い声と音楽が溶け合い、香の匂いが満ちていました。
けれど、私の心はまったく踊っていません。
扇の陰で小声の令嬢たちの噂が聞こえます。
「ルシアン様、今日は珍しく誰のエスコートもしていないんですって」
「相手を選ばない人だけど、最近はどうやら公爵家の養女を……」
私の名前が出た瞬間、胸の鼓動が跳ねました。
視線を向けられるだけで、空気が重くなります。
(落ち着きましょう。関係ない。もう関係ない)
――そう思っていたのに。
「やあ、リディア」
振り返れば、彼が立っていました。
純白のフロックコート、贅沢な刺繍も彼の自然な笑みに霞むほど完璧です。
“光の象徴”という言葉が似合いすぎる人。
「……ルシアン様」
「パートナー、いないの?」
「いません」
「じゃあ、踊ってみない?」
「……冗談ですよね。みんな見ています」
「見せつけるために誘ってるんだよ」
さらりと言い切られて、息を呑む。
周囲のざわめきが一気に膨らむ。
“なんで? なにそれ?”と、令嬢たちの囁きが飛ぶ。
なのに彼は全く気にしていなかった。
あの完璧な微笑を浮かべたまま、迷いなくわたしの手を取ったのです。
「ちょっ……ルシアン様、離して――」
「嫌だ」
“嫌だ”。その言葉が、彼から出るなんて思わなかった。
冷たい手が、彼の掌に包まれて暖かく溶かされていく。
「みんなの前です……!」
「言ったろ? 君を“見せたい”って。……俺のだから」
「っ……!」
会場の空気が凍りました。
思考も止まりました。
“俺のだから”。
その一言で、世界がひっくり返った。
「ルシアン様、誤解されます!!」
「誤解じゃない。君は俺の恋人だよ、リディア」
甘く、やさしく、でも有無を言わせない声。
見上げたその瞳は、完全に“本物”の赤。
嘘の色なんてどこにもない。
「……遊びだったんじゃ」
「最初はね。でも、もう飽きた。“遊び”にするには君が特別すぎて」
言葉が届くたび、胸の奥で何かが崩れていく。
涙がこみ上げそうになるのを、必死で押し込めました。
(どうして、今になって)
「君が他の誰かと笑ってたら、それだけで気が狂いそうなんだ」
「そ、そんな……」
「だから、もう演じない。嘘の恋人はやめた。これから本当に、君だけを抱きしめる」
耳朶に低く落ちる声。
細い指が頬に触れる。震えるほど優しくて、でも逃げられない。
会場に視線が集まっているのに、世界がふたりだけになっていく。
「こんなの……許さないですから」
声が震えて出たのは、強がりとも泣き声ともつかない響きでした。
彼は、穏やかに笑った。
「許されなくていい。俺は君を永遠に煩わせたい」
そして、誰もが見ている前で、わたしの額に唇を落とした。
光のざわめき、悲鳴、拍手、全部が遠くなる。
その瞬間、彼の感情の色が一気に溢れました。
紅――純愛の紅が、空気を支配するように強く、熱く。
「君を誰にも渡さない。……もう二度と」
その囁きは、決意というより誓いでした。
嘘の色も迷いもどこにもなく、燃えるような真実だけがそこにあった。
* * *
その夜、寮の部屋でひとり。
まだ心臓が暴れていました。頬の熱が引きません。
あんな公然の場で、彼はあれほど真っ直ぐに“私だけ”を見ていた。
どんなに冷たい夜気に当たっても、胸の鼓動は落ち着かない。
「……あれで、どうやって冷静になれというんですか」
窓の外の月を見上げて、ため息とも笑いともつかない息がこぼれました。
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