【完結】嘘告だと知っていましたが、あなたが堕ちるまで演じて差し上げます

朝日みらい

文字の大きさ
10 / 20

第10章:異能の告白

しおりを挟む
 夜の雨が、柔らかくガラスを叩いていました。  
 春から夏に変わるころの雨は、少し甘い匂いがします。  
 リボンを結びながら鏡を見ると、昨日の自分と違うわたしがいました。

 頬がまだ熱っぽい――あの公然の“キス”のせいです。

『許されなくていい。俺は君を永遠に煩わせたい』

 思い出した瞬間、顔の温度が跳ね上がりました。  
 おそらく一生忘れられない屈辱、いえ……名誉の瞬間、でしょうか。  

 (本当に、あんな人です。人前であれだけ言い切って……!)

 でも、わたしがその言葉に救われたのも確かでした。  
 あの日以来、どれだけ傷ついても、やっぱりこの人を“嫌い”にはなれなかったから。

 * * * 

 その日の午後、王立学園の温室。  
 白い蒸気に包まれた中、花々の香りが満ちています。  
 そこには、いつものように彼が立っていました。

 「……来てくれたんだ」

 「学園中の女子が避ける時間帯に、あえて呼び出すなんて。計算高いですね」

 「だって、君と二人きりになれる確率が高いから」

 どや顔をして笑う顔が、まったく憎めません。  
 きっとこの人は、計算ではなく本能的に“恋の最適解”を選ぶ生き物なのです。

 「昨日のこと、怒ってる?」

 「怒ってません」

 嘘でした。  
 頬が妙に熱い。まっすぐに見つめられるだけで指先が震える。

 「じゃあ、何を考えてる?」

 「……あなたには似合わない質問ですね」

 「そっか。なら、俺から言うね」

 彼は少しだけ真顔になった。  
 いつもの完璧な社交の笑みが消え、静かな光だけが残る。

 「昨日のあれは、勢いじゃなかった。……君を、誰にも渡したくなかった」

 「……!」

 言葉が喉に引っかかる。  
 その一点の曇りもない瞳を見て、ふと魔法が解けるような感覚がありました。  

 この人に、本当の自分を見せてもいいのかもしれない――と。

 * * * 

 「ルシアン様。聞いてほしいことが、あります」

 香草の葉に指を沿えながら、わたしは静かに言いました。  
 彼の表情がわずかに強張る。普段どんな告白だって余裕で受け流す彼が、今は真剣に沈黙している。

 「実は、わたし……少し変わっているんです」

 小さく息を吸い、言葉を編む。  
 今まで誰にもきちんと説明したことのなかった能力を、正直に伝えるのだから当然です。

 「他人の感情が、“色”に見えるんです」

 音を失った温室。  
 エリオット様の瞳が驚きよりも深い静けさをたたえていました。

 「……色、か」

 「はい。喜びは金。怒りは赤。悲しみは青。  
 欲望や嘘は銀。――人の心の内側が、光の粒になって漂うように見えます」

 込み上げる緊張を隠せず、視線を落としました。  
 『気味が悪い』『怖い』――どんな反応が返ってきてもおかしくない。

 「それで、ずっと“嘘”が分かってたんだね」

 「……ええ。あなたの告白も、最初から“嘘”だと気づいていました」

 静かに言えば、彼は少しだけ眉を下げて笑った。

 「鍛えられてるはずだよ、俺の演技。でも君の目には敵わなかったんだね」

 「……ごめんなさい。あなたを試すようなことをして」

 「いいよ」

 その一言で、涙が出そうでした。本当の自分を受け入れてもらえるなんて思っていなかったのです。

 でも、次に落ちた言葉は、もっとずるかった。

 「だって君が“俺の嘘”を見抜いてくれたからこそ、俺は本物の俺を見つけられたんだ」

 「……そんな、芝居がかったことを」

 「本気だよ」

 いつの間にか距離が詰まっていました。  
 空気の中で彼の温もりがすぐ近くにある。

 「リディア。俺はこれまで……相手が泣くのも、笑うのも、全部“計算”で動かせると思ってた」

 耳元に落ちる低音。ささやかれただけで心が震える。  

 「でも君の前では、計算しても意味がない。  
 君は俺の“欲望”も、“焦り”も、“愛”も全部見透かすから」

 「……見てました。ええ、ずっと」

 「怖くなかった?」

 「少し、怖かったです。けれど、それ以上に――安心しました。  
 ……どんな色も、あなたのものだから」

 吐き出した瞬間、胸の奥が軽くなった。  
 気づけば肩の力が抜けていて、彼の腕の中に引き寄せられていました。

 強くも弱くもない、完璧な抱擁。  
 その温度の中で、長く硬かった心がやっと解けた気がしました。

 「……最初から、あなたの“色”は他の誰とも違いました。  
 本気になった瞬間、銀が切り替わって赤に変わったんです」

 「じゃあ、今は?」

 「……紅です。光のつやを持った、真紅の」

 エリオット様は喉の奥で小さく笑いました。  
 「そっか、安心した。君にしか見せられない色だね」

 「調子がいいですね」  
 そう返して顔を上げた瞬間、ひどくまっすぐな眼差しがぶつかりました。

 「リディア、ありがとう」

 その声だけで涙腺が危うくなる。  
 愛してる、と言葉にするよりも確かなぬくもりがそこにあった。

 額に落ちる、やさしいキス。  
 軽く触れただけなのに、胸が熱で満たされて溢れそう。

 「もう、嘘は要らないね」

 「――はい」

 その返事が、わたしの人生で初めての“本当の告白”になりました。

 雨が静かに止む音がした。  
 世界が透けるほど澄んで、彼の笑顔が永遠のように輝いて見えました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」 ※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

この別れは、きっと。

はるきりょう
恋愛
瑛士の背中を見ていられることが、どれほど幸せだったのか、きっと瑛士は知らないままだ。 ※小説家になろうサイト様にも掲載しています。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

私は恋をしている。

はるきりょう
恋愛
私は、旦那様に恋をしている。 あれから5年が経過して、彼が20歳を超したとき、私たちは結婚した。公爵家の令嬢である私は、15歳の時に婚約者を決めるにあたり父にお願いしたのだ。彼と婚約し、いずれは結婚したいと。私に甘い父はその話を彼の家に持って行ってくれた。そして彼は了承した。 私の家が公爵家で、彼の家が男爵家だからだ。

【完結】母になります。

たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。 この子、わたしの子供なの? 旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら? ふふっ、でも、可愛いわよね? わたしとお友達にならない? 事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。 ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ! だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。

【完結済み】私達はあなたを決して許しません

asami
恋愛
婚約破棄された令嬢たちがそれぞれに彼女らなりの復讐していくオムニバスストーリーです

処理中です...