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第10章:異能の告白
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夜の雨が、柔らかくガラスを叩いていました。
春から夏に変わるころの雨は、少し甘い匂いがします。
リボンを結びながら鏡を見ると、昨日の自分と違うわたしがいました。
頬がまだ熱っぽい――あの公然の“キス”のせいです。
『許されなくていい。俺は君を永遠に煩わせたい』
思い出した瞬間、顔の温度が跳ね上がりました。
おそらく一生忘れられない屈辱、いえ……名誉の瞬間、でしょうか。
(本当に、あんな人です。人前であれだけ言い切って……!)
でも、わたしがその言葉に救われたのも確かでした。
あの日以来、どれだけ傷ついても、やっぱりこの人を“嫌い”にはなれなかったから。
* * *
その日の午後、王立学園の温室。
白い蒸気に包まれた中、花々の香りが満ちています。
そこには、いつものように彼が立っていました。
「……来てくれたんだ」
「学園中の女子が避ける時間帯に、あえて呼び出すなんて。計算高いですね」
「だって、君と二人きりになれる確率が高いから」
どや顔をして笑う顔が、まったく憎めません。
きっとこの人は、計算ではなく本能的に“恋の最適解”を選ぶ生き物なのです。
「昨日のこと、怒ってる?」
「怒ってません」
嘘でした。
頬が妙に熱い。まっすぐに見つめられるだけで指先が震える。
「じゃあ、何を考えてる?」
「……あなたには似合わない質問ですね」
「そっか。なら、俺から言うね」
彼は少しだけ真顔になった。
いつもの完璧な社交の笑みが消え、静かな光だけが残る。
「昨日のあれは、勢いじゃなかった。……君を、誰にも渡したくなかった」
「……!」
言葉が喉に引っかかる。
その一点の曇りもない瞳を見て、ふと魔法が解けるような感覚がありました。
この人に、本当の自分を見せてもいいのかもしれない――と。
* * *
「ルシアン様。聞いてほしいことが、あります」
香草の葉に指を沿えながら、わたしは静かに言いました。
彼の表情がわずかに強張る。普段どんな告白だって余裕で受け流す彼が、今は真剣に沈黙している。
「実は、わたし……少し変わっているんです」
小さく息を吸い、言葉を編む。
今まで誰にもきちんと説明したことのなかった能力を、正直に伝えるのだから当然です。
「他人の感情が、“色”に見えるんです」
音を失った温室。
エリオット様の瞳が驚きよりも深い静けさをたたえていました。
「……色、か」
「はい。喜びは金。怒りは赤。悲しみは青。
欲望や嘘は銀。――人の心の内側が、光の粒になって漂うように見えます」
込み上げる緊張を隠せず、視線を落としました。
『気味が悪い』『怖い』――どんな反応が返ってきてもおかしくない。
「それで、ずっと“嘘”が分かってたんだね」
「……ええ。あなたの告白も、最初から“嘘”だと気づいていました」
静かに言えば、彼は少しだけ眉を下げて笑った。
「鍛えられてるはずだよ、俺の演技。でも君の目には敵わなかったんだね」
「……ごめんなさい。あなたを試すようなことをして」
「いいよ」
その一言で、涙が出そうでした。本当の自分を受け入れてもらえるなんて思っていなかったのです。
でも、次に落ちた言葉は、もっとずるかった。
「だって君が“俺の嘘”を見抜いてくれたからこそ、俺は本物の俺を見つけられたんだ」
「……そんな、芝居がかったことを」
「本気だよ」
いつの間にか距離が詰まっていました。
空気の中で彼の温もりがすぐ近くにある。
「リディア。俺はこれまで……相手が泣くのも、笑うのも、全部“計算”で動かせると思ってた」
耳元に落ちる低音。ささやかれただけで心が震える。
「でも君の前では、計算しても意味がない。
君は俺の“欲望”も、“焦り”も、“愛”も全部見透かすから」
「……見てました。ええ、ずっと」
「怖くなかった?」
「少し、怖かったです。けれど、それ以上に――安心しました。
……どんな色も、あなたのものだから」
吐き出した瞬間、胸の奥が軽くなった。
気づけば肩の力が抜けていて、彼の腕の中に引き寄せられていました。
強くも弱くもない、完璧な抱擁。
その温度の中で、長く硬かった心がやっと解けた気がしました。
「……最初から、あなたの“色”は他の誰とも違いました。
本気になった瞬間、銀が切り替わって赤に変わったんです」
「じゃあ、今は?」
「……紅です。光のつやを持った、真紅の」
エリオット様は喉の奥で小さく笑いました。
「そっか、安心した。君にしか見せられない色だね」
「調子がいいですね」
そう返して顔を上げた瞬間、ひどくまっすぐな眼差しがぶつかりました。
「リディア、ありがとう」
その声だけで涙腺が危うくなる。
愛してる、と言葉にするよりも確かなぬくもりがそこにあった。
額に落ちる、やさしいキス。
軽く触れただけなのに、胸が熱で満たされて溢れそう。
「もう、嘘は要らないね」
「――はい」
その返事が、わたしの人生で初めての“本当の告白”になりました。
雨が静かに止む音がした。
世界が透けるほど澄んで、彼の笑顔が永遠のように輝いて見えました。
春から夏に変わるころの雨は、少し甘い匂いがします。
リボンを結びながら鏡を見ると、昨日の自分と違うわたしがいました。
頬がまだ熱っぽい――あの公然の“キス”のせいです。
『許されなくていい。俺は君を永遠に煩わせたい』
思い出した瞬間、顔の温度が跳ね上がりました。
おそらく一生忘れられない屈辱、いえ……名誉の瞬間、でしょうか。
(本当に、あんな人です。人前であれだけ言い切って……!)
でも、わたしがその言葉に救われたのも確かでした。
あの日以来、どれだけ傷ついても、やっぱりこの人を“嫌い”にはなれなかったから。
* * *
その日の午後、王立学園の温室。
白い蒸気に包まれた中、花々の香りが満ちています。
そこには、いつものように彼が立っていました。
「……来てくれたんだ」
「学園中の女子が避ける時間帯に、あえて呼び出すなんて。計算高いですね」
「だって、君と二人きりになれる確率が高いから」
どや顔をして笑う顔が、まったく憎めません。
きっとこの人は、計算ではなく本能的に“恋の最適解”を選ぶ生き物なのです。
「昨日のこと、怒ってる?」
「怒ってません」
嘘でした。
頬が妙に熱い。まっすぐに見つめられるだけで指先が震える。
「じゃあ、何を考えてる?」
「……あなたには似合わない質問ですね」
「そっか。なら、俺から言うね」
彼は少しだけ真顔になった。
いつもの完璧な社交の笑みが消え、静かな光だけが残る。
「昨日のあれは、勢いじゃなかった。……君を、誰にも渡したくなかった」
「……!」
言葉が喉に引っかかる。
その一点の曇りもない瞳を見て、ふと魔法が解けるような感覚がありました。
この人に、本当の自分を見せてもいいのかもしれない――と。
* * *
「ルシアン様。聞いてほしいことが、あります」
香草の葉に指を沿えながら、わたしは静かに言いました。
彼の表情がわずかに強張る。普段どんな告白だって余裕で受け流す彼が、今は真剣に沈黙している。
「実は、わたし……少し変わっているんです」
小さく息を吸い、言葉を編む。
今まで誰にもきちんと説明したことのなかった能力を、正直に伝えるのだから当然です。
「他人の感情が、“色”に見えるんです」
音を失った温室。
エリオット様の瞳が驚きよりも深い静けさをたたえていました。
「……色、か」
「はい。喜びは金。怒りは赤。悲しみは青。
欲望や嘘は銀。――人の心の内側が、光の粒になって漂うように見えます」
込み上げる緊張を隠せず、視線を落としました。
『気味が悪い』『怖い』――どんな反応が返ってきてもおかしくない。
「それで、ずっと“嘘”が分かってたんだね」
「……ええ。あなたの告白も、最初から“嘘”だと気づいていました」
静かに言えば、彼は少しだけ眉を下げて笑った。
「鍛えられてるはずだよ、俺の演技。でも君の目には敵わなかったんだね」
「……ごめんなさい。あなたを試すようなことをして」
「いいよ」
その一言で、涙が出そうでした。本当の自分を受け入れてもらえるなんて思っていなかったのです。
でも、次に落ちた言葉は、もっとずるかった。
「だって君が“俺の嘘”を見抜いてくれたからこそ、俺は本物の俺を見つけられたんだ」
「……そんな、芝居がかったことを」
「本気だよ」
いつの間にか距離が詰まっていました。
空気の中で彼の温もりがすぐ近くにある。
「リディア。俺はこれまで……相手が泣くのも、笑うのも、全部“計算”で動かせると思ってた」
耳元に落ちる低音。ささやかれただけで心が震える。
「でも君の前では、計算しても意味がない。
君は俺の“欲望”も、“焦り”も、“愛”も全部見透かすから」
「……見てました。ええ、ずっと」
「怖くなかった?」
「少し、怖かったです。けれど、それ以上に――安心しました。
……どんな色も、あなたのものだから」
吐き出した瞬間、胸の奥が軽くなった。
気づけば肩の力が抜けていて、彼の腕の中に引き寄せられていました。
強くも弱くもない、完璧な抱擁。
その温度の中で、長く硬かった心がやっと解けた気がしました。
「……最初から、あなたの“色”は他の誰とも違いました。
本気になった瞬間、銀が切り替わって赤に変わったんです」
「じゃあ、今は?」
「……紅です。光のつやを持った、真紅の」
エリオット様は喉の奥で小さく笑いました。
「そっか、安心した。君にしか見せられない色だね」
「調子がいいですね」
そう返して顔を上げた瞬間、ひどくまっすぐな眼差しがぶつかりました。
「リディア、ありがとう」
その声だけで涙腺が危うくなる。
愛してる、と言葉にするよりも確かなぬくもりがそこにあった。
額に落ちる、やさしいキス。
軽く触れただけなのに、胸が熱で満たされて溢れそう。
「もう、嘘は要らないね」
「――はい」
その返事が、わたしの人生で初めての“本当の告白”になりました。
雨が静かに止む音がした。
世界が透けるほど澄んで、彼の笑顔が永遠のように輝いて見えました。
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