【完結】嘘告だと知っていましたが、あなたが堕ちるまで演じて差し上げます

朝日みらい

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第11章:本音

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 人は、真実を知るのが怖い生き物だと、どこかで読んだことがあります。

 嘘の方が優しいこともある。  
 本当のことを知ってしまえば、戻れなくなることもあるから――と。

 だったら、わたしはいま、戻れない場所に踏み込もうとしているのでしょう。

 窓の外では、夜風がカーテンを揺らしていました。  
 寮の門限後。静まり返った廊下に足音を忍ばせ、わたしは裏階段を降ります。

 「こんな時間に抜け出すなんて。悪い子ですね、わたし」

 小さく呟いて、自嘲めいた笑みを浮かべました。  
 でも、どうしても――彼の話を聞かなければならない気がしたのです。

 夕方、温室を出るときに言われた言葉。

 『今夜、中庭に来て。全部、話すから』

 全部。  
 その一言が、ずっと頭から離れません。

 * * * 

 王立学園の中庭は、月明かりだけが頼りでした。  
 噴水は水を止めていて、広場には誰の気配もありません。

 ただひとりを除いて。

 「……遅かったね、リディア」

 噴水の縁に腰掛けていた彼が立ち上がりました。  
 白いシャツに軽いコートだけの格好で、月光を浴びてどこまでも静かに見える。

 昼間の“光の象徴”ではない。  
 ただの、ひとりの青年――エリオット・ルシアン様。

 「見つかったら退学ですね」

 「君と駆け落ちするから大丈夫」

 「……軽く言わないでください」

 口ではそう返しながらも、胸が少しだけ温かくなりました。  
 ああ、本当にこの人は。  
 深刻さと冗談を絶妙なバランスで混ぜるのが上手すぎます。

 「……話って、なんですか」

 いちばん聞きたいことを、先に。
 そうしないと、また甘い言葉で流されてしまいそうでした。

 エリオット様は、ふっと息を吐いてから、わたしを見つめました。

 「最初に謝るよ」

 「謝る……?」

 「君にした“告白”のこと。……最初は、本当に罰ゲームだった」

 胸の奥が、ちくりと痛みました。  
 分かっていた事実。それでも、生身の言葉で聞くのはやっぱり少し辛い。

 「……はい。知ってました」

 「だよね。君の目は、最初から俺の嘘を見てた」

 彼は自嘲気味に笑い、空を仰ぎます。

 「友人たちとのくだらない賭けだった。“誰でもいいから、今すぐそこにいる令嬢に告白してみろ”って。  
 ……振られたら俺の負け。付き合えたら、俺の勝ち」

 「性格の悪い遊びですね」

 「本当にね。今思えば、殴ってでも止めるべきだった」

 小さく笑いあって、少しだけ緊張がほどけました。  
 でも、ここからが本題のはずです。

 「あの日、噴水の前で君を見かけた。  
 “目を閉じてるのかと思ったら、全部見てる目”をしてた」

 「……めんどくさい目ですね」

 「ううん、綺麗だった。世界を正しく見てる目だと思った」

 心臓がきゅっと縮みました。  
 誰かに“そんなふうに”見られたことなんて、一度もない。

 「だから、君を選んだ。……一番、落としづらそうな相手を」

 「…………」

 正直すぎて、笑えません。

 「俺は今まで、誰にでも同じことができた。  
 名前を覚えて、好きを拾って、弱いところをそっと撫でて、  
 “君だけ特別”だって刷り込む」

 「知ってます。あなた、恋愛ゲームの達人ですから」

 「でもね」

 そこで彼の声色が変わりました。  
 柔らかさの底に、かすかな震えが混じる。

 「君だけは、最初から“落としたい”と思えなかった」

 「……え?」

 意味が、すぐには飲み込めませんでした。  
 なんてわがままな台詞でしょう。それでいて、とても怖い。

 「落とす側でいたくなかった。……君の前でだけは」

 静かな告白。  
 胸の奥が静かに波打つ。

 「最初に君を見たとき、“あ、この人は俺の嘘に気づくだろうな”って思ったんだ。  
 だからこそ、試したくなった。俺の“技術”が、君に通じるのか」

 「ひどい話ですね」

 「本当に、その通りだよ。  
 でも――すぐに、分かった。  
 君は確かに俺のテクニックを見抜くのに、ぜんぶ受け入れてくれてた」

 「それは……観察対象として、興味があったからです」

 「うん。でも、だんだん違ってきた」

 彼は一歩、近づいてきました。  
 月明かりの帯の中へ。もう逃げることのできない距離。

 「君の色が変わったから」

 「わたしの……色?」

 「最初、君の周りは静かな“灰青色”だった。  
 あきらめと、達観と、少しの孤独。……俺と同じだって思ったよ」

 「あなたと、同じ……?」

 「俺も、人の感情を“表情”で読んで、  
 いつの間にか“操作する側”に立つようになっていたから」

 だから、分かるよ――と、彼は穏やかに微笑んだ。

 「君は、自分には“愛される価値がない”って決めつけてたんだろ?」

 喉に何かが詰まったみたいでした。  
 図星過ぎて、何も言えない。

 「最初の頃、君の色には“期待”がなかった。  
 俺に向いていたのは、好奇心だけ。危うくて、綺麗だった」

 「やめてください。わたしのことを、そんなに綺麗なんて」

 「でもね、少しずつ、変わっていったんだ」

 彼の指が、そっと私の頬をなぞりました。  
 いつか望んで、いつか怖れていた接触。

 「君が笑うたび、淡い橙が混ざるようになった。  
 俺の言葉に怒るときは、真っ赤になって。  
 それを見るたびに、“もっと色を見たい”って思ってしまった」

 「それ、研究対象を見る目ですよね」

 「そう思っていたかった。ずっと」

 息を飲む。  
 彼の表情が、今まで見たことのないくらい苦しそうだったから。

 「でも、君が傷ついた顔をしたとき――  
 俺の胸の奥が、押し潰されるくらい痛くなったんだ」

 図書室でのすれ違い。  
 “距離を置く”と言われた日の、あの瞬間。  

 あれはわたしだけの痛みじゃなかった。  
 彼も、同じ場所を抉られていたのだと、今なら分かります。

 「最初は遊びだった。でも……君だけは、“堕とす側”でいたくなかった」

 月光が揺れた気がしました。  
 言葉の意味を理解した瞬間、視界が滲む。

 「俺は、君と同じ場所に立ちたかった。  
 上から見下ろして操作するんじゃなくて、  
 隣で、同じ景色を見て、同じように泣きたかった」

 「……エリオット様」

 名前を呼ぶ声が震えて、自分のものじゃないように聞こえました。

 「だから、距離を取った。君に依存し始めてる自分が怖くなって」

 「それで、あんなふうに……突き放したんですね」

 「うん。最低だよね。  
 君は俺の嘘を見抜くのに、俺は自分の嘘すら見抜けなかった」

 くすくすと笑う声の奥に、深い後悔の色がにじんでいました。  
 紫と黒が混じった、自己嫌悪の色。

 「でも、気づいた。  
 君なしで平然としてる自分なんて、もうどこにもいないって」

 彼が両腕を伸ばして、そっとわたしを抱き寄せました。

 今までのどの“演技”とも違う。  
 計算のかけらもない、少しだけ震えた抱擁。

 「リディア。君が他の誰かのものになる未来なんて、耐えられない」

 「……わたしだって、嫌です」

 気づけば、胸の内が口をついて溢れていました。

 「あなたが、わたしに嘘をついて笑うのも、もう見たくありません。  
 わたしが知らない顔で、誰かを甘やかすのも……嫌です」

 「じゃあ、どうすればいい?」

 彼の声がすぐ近くで揺れます。

 「俺は、どんなルートを選べばいい?」

 そんなの、ひとつしかありません。

 「――わたしだけ、見てください」

 やっと、言えました。

 愛してる、なんて直接的な言葉はまだ怖い。  
 でも、これがきっと、わたしなりの告白。

 腕に力が込められました。  
 背中越しに伝わる鼓動が、早鐘のように重なる。

 「了解。……一生、君を最優先にする」

 「軽いですね」

 「重いよ。たぶん、君の想像よりずっと」

 くすりと笑って、彼はわたしの髪を撫でました。  
 指先が慈しむように何度も往復し、頭をぽんと軽く叩く。

 「最初は遊びだった。でも、いまは全部本気だ。  
 君を“堕とす”んじゃなくて、君と一緒に“堕ちていきたい”」

 「……一緒に堕ちるなんて、ろくな未来が見えません」

 「大丈夫。俺が責任取るから」

 そう言って、額にもう一度、今度は少しだけ長く唇を重ねました。

 “演技”ではないキス。  
 そこに乗っていたのは、計算ではなく決意の味。

 「ねえ、リディア」

 「はい」

 「俺を落としてくれて、ありがとう」

 そんな反則みたいなことを言わないでください。  
 胸の奥が苦しくて、でも幸せで、泣きそうになるから。
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