12 / 20
第12章:完全に両想い
しおりを挟む
恋に落ちる瞬間というのは、案外、静かなものなのかもしれません。
雷が落ちるような衝撃も、劇的な運命の演出もなくて――
ただ、気づけば心の奥が温かさで満たされていて、もう引き返せなくなっている。
わたしの恋は、そんなふうに、いつの間にか始まっていたのだと思います。
* * *
夜明け前の静寂は、人の心をいちばん素直にする時間帯です。
昨日――いいえ、もうすでに「今日」と呼んでいい時間。
中庭で彼と交わしたあの言葉が頭の中で何度も蘇ります。
『君を“堕とす”んじゃなくて、君と一緒に“堕ちていきたい”』
あの時の声の震え、あの腕のぬくもり。
どちらも“演技”じゃなかったと、今ならはっきりわかります。
(信じてもいいんですよね。もう、疑わなくていいんですよね)
心の中でそっと繰り返しながら、窓の外にかかる薄い朝靄を見つめていました。
“恋”というものが、こんなにも静かで穏やかに始まる日が来るなんて。
きっと誰よりも現実的だったわたしが――いまは、夢を見ることを許されているのです。
* * *
授業を終えて学園の庭園を歩いていると、背後から柔らかな声が響きました。
「リディア」
振り向けば、陽射しの中に金糸の髪がきらめく。
その光景ひとつで、心が跳ねました。
「おはようございます、ルシアン様」
「“ルシアン様”はやめよう。……君は恋人なんだから」
「こ、恋人……!」
頬まで熱くなるのが自分でもわかりました。
彼は軽く笑いながら、歩幅を合わせて隣に並びます。
その仕種は堂々としているのに、どこか優しい。
「昨日の話、まだ夢みたいです」
「夢じゃないよ。現実がようやくきれいになっただけ」
ああ、もう、そうやってさらっと言うのは反則です。
返す言葉が見つからず、指先をいじるわたしを見て彼がふっと立ち止まり、何か企んだように目を細めました。
「……じゃあ、現実の証拠をあげようか」
「証拠って……えっ!?」
人通りの少ない並木道。
彼はわたしの肩に軽く手を添え、髪の端を指ですくい上げました。
その仕種があまりに自然で、心臓が跳ねる。
「ここ、朝日が当たってきれいだ。……まるで君みたいだね」
「……もうっ!」
「照れてるところも、かわいい」
まったく、この人は笑顔ひとつで世界を支配できます。
それでいてわたしには、ちゃんと“特別な意味”を持たせてくる。
ほんの一秒だけ、触れた指先が重なる。
それだけで、頬の色が変わってしまうから困ります。
「……リディア」
「はい」
「君をからかうのは、もうやめるよ。……本気で、愛してるから」
その言葉が落ちた瞬間、空気がふわりと震えました。
嘘の色なんて、どこにもない。
彼の感情は、真紅に近い“本物の赤”で溢れていました。
胸がきゅっと痛くて、でも、嬉しい。
平凡なわたしに向けられた――恋の色。
「……わたしも」
声が小さく震えました。
でもちゃんと届くように、精一杯の勇気を込めて言いました。
「わたしも、あなたが好きです。エリオット」
名前を呼ぶだけで、涙腺が熱を持ちました。
「ありがとう」
彼がそっと、手を取ります。
指と指の間が重なり合い、柔らかな体温が溶けていく。
「君が笑うと、世界がちゃんと回る気がする。
――これがたぶん、俺が“堕とされた”瞬間なんだろうな」
「……そんな言い方、ずるいです」
「ずるいって言われるの、今さらだよ」
笑い合って、息が触れ合う距離になりました。
その瞬間、風が止んだのを覚えています。
彼の手が頬に添えられて、視界いっぱいに優しい色が広がった。
まぶたの裏まで、全部が彼で満たされる――。
「……リディア」
「ん……」
細い呼吸の合間に、彼が小さく囁いて。
次の瞬間、唇が触れました。
柔らかくて、静かで。
でもすべてを刻みつけるみたいに確かなキスでした。
世界が、まるで溶けていくようでした。
(ああ……これが、“初めて”なんですね)
長かった焦らしも、恋の駆け引きも、全部必要だった気がします。
その分だけ、いまのぬくもりが尊い。
唇が離れたあと、彼はわたしの額に落ちる髪をそっと払いました。
指先が頬を撫でる。愛おしいという感情がまるごと伝わってくる。
「君の瞳の色、今どんなふうに見える?」
「……淡い金に、少し赤が混ざってます」
「なるほど。君の“愛されてる証拠”だね」
「……っ、もう、やっぱりあなたは生まれついての口説き魔ですね」
彼の肩を軽くこづくと、わたしの頬に唇がかすめました。
いたずらっぽい笑み。それでも――今度は怖くない。
胸の奥が、あたたかくて溶けるようで、息がうまくできない。
(こんなに幸せなのに、人って泣けるんですね)
目頭を拭おうとしたとき、遠くから足音がひびきました。
振り返ると、学園の執事服を着た青年がこちらへ向かってきます。
「……どうしました?」
「エリオット様、急ぎのお知らせがございます。
――王弟殿下から、“例の件”について直々にお呼び出しが」
冷たい風が吹き抜けた気がしました。
“王弟殿下”――その名前を聞いただけで、胸の奥が嫌な予感で冷たくなる。
「……そう。分かった。すぐに行く」
返したエリオット様の声は変わらず穏やかでした。
でも、彼の“色”がほんの一瞬、僅かに濁ったのをわたしは見てしまった。
(不安、焦り……そんな色)
彼はわたしの髪を指で軽く撫でてから、
「大丈夫。少しだけ話してくる」と囁きました。
「わたしも……一緒に行っていいですか?」
「いや、君はここで待ってて。――絶対に、何があっても俺を信じて」
まるで何かを予期しているような表情でした。
穏やかなのに、どこか決意を秘めた笑み。
去っていく背中を見送りながら、胸の奥に不安と祈りが混ざる。
でも――彼の言葉を信じよう。
“嘘じゃない彼”を知っているのだから。
雨上がりの風が、薔薇の香りを運んでいきました。
そして私はそっと目を閉じます。
“愛してる”という言葉を、初めて心の中で確かに唱えながら。
雷が落ちるような衝撃も、劇的な運命の演出もなくて――
ただ、気づけば心の奥が温かさで満たされていて、もう引き返せなくなっている。
わたしの恋は、そんなふうに、いつの間にか始まっていたのだと思います。
* * *
夜明け前の静寂は、人の心をいちばん素直にする時間帯です。
昨日――いいえ、もうすでに「今日」と呼んでいい時間。
中庭で彼と交わしたあの言葉が頭の中で何度も蘇ります。
『君を“堕とす”んじゃなくて、君と一緒に“堕ちていきたい”』
あの時の声の震え、あの腕のぬくもり。
どちらも“演技”じゃなかったと、今ならはっきりわかります。
(信じてもいいんですよね。もう、疑わなくていいんですよね)
心の中でそっと繰り返しながら、窓の外にかかる薄い朝靄を見つめていました。
“恋”というものが、こんなにも静かで穏やかに始まる日が来るなんて。
きっと誰よりも現実的だったわたしが――いまは、夢を見ることを許されているのです。
* * *
授業を終えて学園の庭園を歩いていると、背後から柔らかな声が響きました。
「リディア」
振り向けば、陽射しの中に金糸の髪がきらめく。
その光景ひとつで、心が跳ねました。
「おはようございます、ルシアン様」
「“ルシアン様”はやめよう。……君は恋人なんだから」
「こ、恋人……!」
頬まで熱くなるのが自分でもわかりました。
彼は軽く笑いながら、歩幅を合わせて隣に並びます。
その仕種は堂々としているのに、どこか優しい。
「昨日の話、まだ夢みたいです」
「夢じゃないよ。現実がようやくきれいになっただけ」
ああ、もう、そうやってさらっと言うのは反則です。
返す言葉が見つからず、指先をいじるわたしを見て彼がふっと立ち止まり、何か企んだように目を細めました。
「……じゃあ、現実の証拠をあげようか」
「証拠って……えっ!?」
人通りの少ない並木道。
彼はわたしの肩に軽く手を添え、髪の端を指ですくい上げました。
その仕種があまりに自然で、心臓が跳ねる。
「ここ、朝日が当たってきれいだ。……まるで君みたいだね」
「……もうっ!」
「照れてるところも、かわいい」
まったく、この人は笑顔ひとつで世界を支配できます。
それでいてわたしには、ちゃんと“特別な意味”を持たせてくる。
ほんの一秒だけ、触れた指先が重なる。
それだけで、頬の色が変わってしまうから困ります。
「……リディア」
「はい」
「君をからかうのは、もうやめるよ。……本気で、愛してるから」
その言葉が落ちた瞬間、空気がふわりと震えました。
嘘の色なんて、どこにもない。
彼の感情は、真紅に近い“本物の赤”で溢れていました。
胸がきゅっと痛くて、でも、嬉しい。
平凡なわたしに向けられた――恋の色。
「……わたしも」
声が小さく震えました。
でもちゃんと届くように、精一杯の勇気を込めて言いました。
「わたしも、あなたが好きです。エリオット」
名前を呼ぶだけで、涙腺が熱を持ちました。
「ありがとう」
彼がそっと、手を取ります。
指と指の間が重なり合い、柔らかな体温が溶けていく。
「君が笑うと、世界がちゃんと回る気がする。
――これがたぶん、俺が“堕とされた”瞬間なんだろうな」
「……そんな言い方、ずるいです」
「ずるいって言われるの、今さらだよ」
笑い合って、息が触れ合う距離になりました。
その瞬間、風が止んだのを覚えています。
彼の手が頬に添えられて、視界いっぱいに優しい色が広がった。
まぶたの裏まで、全部が彼で満たされる――。
「……リディア」
「ん……」
細い呼吸の合間に、彼が小さく囁いて。
次の瞬間、唇が触れました。
柔らかくて、静かで。
でもすべてを刻みつけるみたいに確かなキスでした。
世界が、まるで溶けていくようでした。
(ああ……これが、“初めて”なんですね)
長かった焦らしも、恋の駆け引きも、全部必要だった気がします。
その分だけ、いまのぬくもりが尊い。
唇が離れたあと、彼はわたしの額に落ちる髪をそっと払いました。
指先が頬を撫でる。愛おしいという感情がまるごと伝わってくる。
「君の瞳の色、今どんなふうに見える?」
「……淡い金に、少し赤が混ざってます」
「なるほど。君の“愛されてる証拠”だね」
「……っ、もう、やっぱりあなたは生まれついての口説き魔ですね」
彼の肩を軽くこづくと、わたしの頬に唇がかすめました。
いたずらっぽい笑み。それでも――今度は怖くない。
胸の奥が、あたたかくて溶けるようで、息がうまくできない。
(こんなに幸せなのに、人って泣けるんですね)
目頭を拭おうとしたとき、遠くから足音がひびきました。
振り返ると、学園の執事服を着た青年がこちらへ向かってきます。
「……どうしました?」
「エリオット様、急ぎのお知らせがございます。
――王弟殿下から、“例の件”について直々にお呼び出しが」
冷たい風が吹き抜けた気がしました。
“王弟殿下”――その名前を聞いただけで、胸の奥が嫌な予感で冷たくなる。
「……そう。分かった。すぐに行く」
返したエリオット様の声は変わらず穏やかでした。
でも、彼の“色”がほんの一瞬、僅かに濁ったのをわたしは見てしまった。
(不安、焦り……そんな色)
彼はわたしの髪を指で軽く撫でてから、
「大丈夫。少しだけ話してくる」と囁きました。
「わたしも……一緒に行っていいですか?」
「いや、君はここで待ってて。――絶対に、何があっても俺を信じて」
まるで何かを予期しているような表情でした。
穏やかなのに、どこか決意を秘めた笑み。
去っていく背中を見送りながら、胸の奥に不安と祈りが混ざる。
でも――彼の言葉を信じよう。
“嘘じゃない彼”を知っているのだから。
雨上がりの風が、薔薇の香りを運んでいきました。
そして私はそっと目を閉じます。
“愛してる”という言葉を、初めて心の中で確かに唱えながら。
15
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。(貴族→庶民)それにより、内容も少し変更しておりますのであわせてお楽しみください。
白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
双子の姉に聴覚を奪われました。
浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』
双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。
さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。
三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。
私は恋をしている。
はるきりょう
恋愛
私は、旦那様に恋をしている。
あれから5年が経過して、彼が20歳を超したとき、私たちは結婚した。公爵家の令嬢である私は、15歳の時に婚約者を決めるにあたり父にお願いしたのだ。彼と婚約し、いずれは結婚したいと。私に甘い父はその話を彼の家に持って行ってくれた。そして彼は了承した。
私の家が公爵家で、彼の家が男爵家だからだ。
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる