【完結】彼は皇帝なので、彼女は薬師として尽くすことにしました。

朝日みらい

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9. 小さな約束

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その日、穏やかな陽射しが庭を包んでいて、私は草花の手入れをしていた。ほんの少しだけ風が吹いて、頬を撫でていく。その風の中に、どこか懐かしい香りを感じた気がしたけれど、それは一瞬のことで消えてしまった。  

「エリナ、ちょっといいか?」  

振り向くと、アラクシウスが立っていた。陽射しを背にしているせいで、その表情が少し見えにくい。でも、なんとなく、いつもの鋭い目つきが少しだけ柔らかい気がした。  

「はい、なんでしょう?」  

彼が手招きするので、道具を片付けて近づいた。少し緊張している自分に気づいて、心の中で小さく苦笑した。いつもこんな調子だ。彼が近くにいると、どうしても落ち着かなくなる。  

「俺の故郷に来てくれ。」  

その言葉に驚いて、思わず彼を見上げた。  

「え、故郷…ですか?」  

「ああ。少しだけ休息を取ろうと思う。そこでお前と過ごせたらいいと思ってな。」  

彼の言葉はどこか軽い響きがあったけれど、その目は真剣だった。

私はどう答えればいいのかわからなくて、手のひらをぎゅっと握りしめた。  

「でも…私は、ここでやるべき仕事が…」  

「それは後で考えればいい。」  

彼は微笑んだ。

その笑顔が、どうしようもなくずるい。

優しさがにじみ出ていて、断る余地なんて残されていなかった。  

「それに、俺の家族の墓参りも兼ねている。お前に故郷を見てほしいんだ。」  

そんな風に言われたら、もう無理だ。断れない。

私が戸惑いながらうなずくと、彼は満足そうに頷いた。  

「そうか。それでいい。」  

彼の言葉に、心の中で小さな不安が芽生えた。

これはどういう意味だろう。

彼は私をどこか特別に思ってくれているのか、それともただの一時的な気まぐれなのか…。  

そんな私の迷いを見透かしたのか、アラクシウスはふっと笑って頭を撫でた。  

「そんな顔をするな。俺が無理やり連れて行くわけじゃないんだからな。」  

「…ええ、そうですね。」  

私は笑顔を作って答えたけれど、内心は嵐のようだった。  

---  

旅の準備を進める間、私はずっとそわそわしていた。

彼と一緒に過ごす時間が増えるのは嬉しい。

だけど、それが終わった後に来る寂しさの予感が、胸の奥でちらついていた。  

そして、出発の日が近づくと、彼が突然こう言い出した。  

「いや、やっぱりお前はここに残った方がいいかもしれない。」  

「えっ?」  

突然の変更に驚いて目を丸くする私に、彼は少しだけ困ったような顔を見せた。  

「俺が帰るのは帝国だ。故郷も含めて、少しばかり厳しい環境だ。お前をそんなところに連れて行くのは…。」  

「でも、アラクシウス様が誘ったんじゃ…!」  

思わず反論すると、彼は片眉を上げて少し笑った。  

「お前が行きたいなら連れて行くさ。だが、無理をしてほしくはない。」  

彼の言葉にはいつもの冷静さがあったけれど、その奥には明らかに私を気遣う気持ちがあった。  

「私は…アラクシウス様のそばにいたいんです。」  

その一言が、自分でも驚くほど素直に口をついて出た。

顔が一気に熱くなるのを感じたけれど、もう遅い。

彼の目が驚きに揺れたのが見えたからだ。  

「…そうか。」  

彼は静かにそう言って微笑んだ。  

その笑顔が、これまでに見たどの表情よりも優しくて、胸が締めつけられた。  

---  

結局、私は彼の故郷には行かないことになった。

それでも、彼は出発の前に、静かにこう言った。  

「また会おう、エリナ。」  

その言葉が、どれほど温かかったか、私は言葉にすることができなかった。

ただ、小さな約束が胸の中に残り、心をじんわりと温めていくのを感じた。 
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