【完結】彼は皇帝なので、彼女は薬師として尽くすことにしました。

朝日みらい

文字の大きさ
10 / 40

10. 距離を置いた日々 

しおりを挟む
アラクシウスが帝国へ帰った翌朝、目が覚めてから部屋が妙に広く感じた。

いや、広いわけじゃない。

彼がいなくなったから、ただ空気が違うだけだ。  

「ふう…こんなの変だわ。」  

ベッドに座ったまま自分に言い聞かせた。

彼がいる間、ずっと落ち着かない毎日だったのに、いざいなくなると寂しいなんてどういうこと? 

私は深くため息をついて、そそくさと身支度を整えた。  

その日も、いつものように薬草の調合を始めた。

村人が持ってきた症状を聞いて、適した薬を準備する作業は手慣れたものだ。

けれども、なんというか、手が止まるたびに彼の顔が頭に浮かぶ。  

「また会おう、か…。」  

彼の最後の言葉を思い出すと、胸がほんの少しだけ温かくなる。

だけど同時に、もどかしさも湧き上がる。どこか遠くの帝国で、彼は何をしているんだろう? 

もう、私のことなんて忘れてるのかもしれない。  

いやいや、そんなの馬鹿らしい。

薬草の調合に集中しよう。  

---  

午後、訪ねてきた村の老婦人に、湿布薬を渡した後、庭で採取した薬草を整理していると、ふとアラクシウスが使ったあの椅子が目に入った。  

「あれ、まだそのままだったんだ。」  

彼がいつも座って私を見守ってくれた椅子。

何度も「手際がいいな」と言われたっけ。思い出すだけで顔が笑ってしまう。  

「ほんと、どうしようもない人よね…。」  

そんなことを呟きながら、気づけばその椅子に腰かけていた。

座り心地がよくて、少しだけ彼の存在を感じられる気がした。  

---  

夜になると、ひとりの静けさが胸に響く。

夕食のあと、暖炉の前で本を開いても文字が頭に入らない。

ぼんやりと彼がいた頃のことを思い出す。  

「エリナ、そんな顔をするな。失敗したって大丈夫だ。」  

彼が笑いながら私を励ました場面が浮かぶ。

あのときは実はすごく嬉しかった。  

「何考えてるのよ、私…。」  

頭を振って考えを振り払う。

だけど、振り払っても次々に彼との思い出が押し寄せてくる。  

「もう!」  

耐えきれなくなって声を上げたら、外で飼っている犬が驚いて吠えた。  

---  

次の日もその次の日も、彼がいないことに慣れようとしてみたけれど、どうにもならなかった。

彼と過ごした時間がどれだけ特別だったのかを、嫌でも思い知らされる。  

ある日、薬を届けに行った帰り道、夕焼けに染まった空を見上げながら、ぽつりと呟いた。  

「また会いたいな…。いや、また会えるかな。」  

その瞬間、自分がどれだけ彼のことを想っているのか、自覚してしまった。

胸が苦しくなるくらいには、彼のことが好きになっている。  

けれども、彼の気持ちはどうなんだろう?

 私に「また会おう」と言った彼の言葉は、本当に心からのものだったのか、それともただの気遣いだったのか…。  

---  

それでも、私は毎日を過ごさなければならない。

薬草の仕事を通して、少しずつ村人たちの笑顔に元気をもらいながらも、心のどこかではいつも彼のことを考えている自分がいた。  

「エリナ、お前はどうしたいんだ?」  

アラクシウスの声が心の中で響くような気がして、私は思わず小さく微笑んだ。  

「どうしたいって…。もう、会いたいに決まってるじゃない。」  

私の答えは、すでに心の中で決まっているみたいだった。

だけど、それをどう彼に伝えるか、それが問題だった。  

暖炉の火が静かに揺れる部屋の中で、私は小さなため息をついた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

「地味な婚約者を捨てて令嬢と結婚します」と言った騎士様が、3ヶ月で離婚されて路頭に迷っている

歩人
ファンタジー
薬師のナターリアは婚約者の騎士ルドガーに「地味なお前より伯爵令嬢が ふさわしい」と捨てられた。泣きはしなかった。ただ、明日から届ける薬が 一人分減るな、と思っただけ。 ルドガーは華やかな伯爵令嬢イレーネと結婚し、騎士団で出世する——はずだった。 しかしイレーネの実家は見栄だけの火の車。持参金は消え、借金取りが押し寄せ、 イレーネ本人にも「稼ぎが少ない」と三行半を突きつけられた。 3ヶ月で全てを失ったルドガーが街角で見たのは、王宮薬師に抜擢された ナターリアが、騎士団長と笑い合う姿だった。 「なあ、ナターリア……俺が間違っていた」 「ええ、知ってます。でも、もう関係のない話ですね」

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました

斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。 白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。 その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。 それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。 やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり―― 白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。 身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

有賀冬馬
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...