2 / 19
【第2章】 運命の“顔面”との遭遇
しおりを挟む
王宮の庭園に、あれほど多くの若い殿方が集まる光景を、わたしは初めて目にしました。
その日は朝から、胸の奥がそわそわして落ち着きませんでした。
王陛下が「婿候補サロン」と称して、国中から“見目麗しい独身男性”を集めてくださるというのです。
わたしの望み――国一番の美男子を夫に、という無茶な願いを叶えるために。
(……本当に、こんなことをしていただいてよいのでしょうか)
そう思いながらも、わたしは庭園の隅に置かれた白い東屋に腰を下ろし、両手で双眼鏡を握りしめていました。
王陛下は隣で腕を組み、庭園の中央に集まる殿方たちを眺めておられます。
「アリアよ。そなたの好みの男は見つかりそうか?」
「ええと……皆さま、たいへん整ったお顔立ちで……」
双眼鏡を覗くたびに、視界に飛び込んでくるのは、彫刻のように整った横顔や、陽光に映える金髪、涼やかな瞳。
(……これは、目移りしますね)
わたしは思わず頬を押さえました。
魔物と戦うより、こちらのほうがよほど心臓に悪い気がします。
「そなた、顔がよければ身分は問わぬと言っていたな」
「はい。顔がよければ、すべて許せます」
「……そなたの価値観は、実に清々しいな」
王陛下は呆れたように笑われましたが、わたしは真剣です。
そんな時でした。
双眼鏡の先に、ふと、ひときわ目を引く影が映り込みました。
(……あれは)
庭園の右端。
他の殿方たちから少し離れ、木陰のベンチに腰掛けている青年がいました。
黒髪。
それも、ただの黒ではありません。
陽の光を受けて青みが差すような、深い夜の色。
長い睫毛の影が頬に落ち、伏せられた瞳はどこか物憂げで――。
(……きれい)
思わず、息を呑みました。
顔立ちは、まるで絵画の中から抜け出してきたように整っています。
高い鼻梁、形のよい唇、すらりとした首筋。
座っているだけなのに、どこか艶めいた雰囲気を纏っていました。
わたしは双眼鏡を握る手に力が入り、目の周りに丸い跡がつきそうになりました。
「陛下……あちらの方は、どなたでしょうか」
わたしが震える声で問うと、王陛下は視線を向け、すぐに渋い顔をされました。
「あれか……。バディア伯爵家の長男、ルシアン・クロードだ」
「ルシアン……さま」
名前を口にしただけで、胸がどくんと跳ねました。
「そなた、あやつが気に入ったのか?」
「はい。それはもう……」
わたしは正直に答えました。
だって、あの顔は――。
(老後まで絶対に崩れないタイプの顔です)
毛根も強そうですし、あの黒髪は年を重ねても美しいままでしょう。
あの目元の色気は、年齢を重ねるほど深みを増すに違いありません。
わたしが内心で涎を垂らしていると、王陛下は深いため息をつかれました。
「アリアよ。あやつは……問題児だぞ」
「問題児、ですか?」
「女をとっかえひっかえし、賭博にのめり込み、夜の街では“帝王”と呼ばれておる。家督は弟が継ぐ予定だ。あやつは私生児でな、素行も悪い」
「……なるほど」
「つまり、どクズだ」
「どクズ」
わたしは双眼鏡を下ろし、王陛下を見つめました。
「アリアよ。そなたの婿としては、あまりにも――」
「陛下」
わたしはそっと、胸に手を当てました。
「わたし、ルシアンさまと結婚したいです」
「……正気か!?」
「はい。あんなに顔がいいのですから」
王陛下は頭を抱えられましたが、わたしは確信していました。
(あの顔を毎日見られるなら、わたしは幸せです)
愛を求めているわけではありません。
経済力も必要ありません。
わたしは強いですし、魔術師としての収入もあります。
ただ――。
(あの美しい顔が、わたしの隣にあればいいのです)
それだけで、心が満たされるのです。
「アリアよ……あやつは、そなたを困らせるぞ」
「構いません。愛人が百人いても構いません。犯罪さえしなければ」
「それは構え」
王陛下は額を押さえながらも、やがて観念したように肩を落とされました。
「……わかった。バディア伯爵家に話を通してみよう」
「ありがとうございます、陛下!」
わたしは深く頭を下げました。
その瞬間、胸の奥がふわりと温かくなりました。
(……ついに、運命の人を見つけました)
わたしは再び双眼鏡を覗き込みました。
その日は朝から、胸の奥がそわそわして落ち着きませんでした。
王陛下が「婿候補サロン」と称して、国中から“見目麗しい独身男性”を集めてくださるというのです。
わたしの望み――国一番の美男子を夫に、という無茶な願いを叶えるために。
(……本当に、こんなことをしていただいてよいのでしょうか)
そう思いながらも、わたしは庭園の隅に置かれた白い東屋に腰を下ろし、両手で双眼鏡を握りしめていました。
王陛下は隣で腕を組み、庭園の中央に集まる殿方たちを眺めておられます。
「アリアよ。そなたの好みの男は見つかりそうか?」
「ええと……皆さま、たいへん整ったお顔立ちで……」
双眼鏡を覗くたびに、視界に飛び込んでくるのは、彫刻のように整った横顔や、陽光に映える金髪、涼やかな瞳。
(……これは、目移りしますね)
わたしは思わず頬を押さえました。
魔物と戦うより、こちらのほうがよほど心臓に悪い気がします。
「そなた、顔がよければ身分は問わぬと言っていたな」
「はい。顔がよければ、すべて許せます」
「……そなたの価値観は、実に清々しいな」
王陛下は呆れたように笑われましたが、わたしは真剣です。
そんな時でした。
双眼鏡の先に、ふと、ひときわ目を引く影が映り込みました。
(……あれは)
庭園の右端。
他の殿方たちから少し離れ、木陰のベンチに腰掛けている青年がいました。
黒髪。
それも、ただの黒ではありません。
陽の光を受けて青みが差すような、深い夜の色。
長い睫毛の影が頬に落ち、伏せられた瞳はどこか物憂げで――。
(……きれい)
思わず、息を呑みました。
顔立ちは、まるで絵画の中から抜け出してきたように整っています。
高い鼻梁、形のよい唇、すらりとした首筋。
座っているだけなのに、どこか艶めいた雰囲気を纏っていました。
わたしは双眼鏡を握る手に力が入り、目の周りに丸い跡がつきそうになりました。
「陛下……あちらの方は、どなたでしょうか」
わたしが震える声で問うと、王陛下は視線を向け、すぐに渋い顔をされました。
「あれか……。バディア伯爵家の長男、ルシアン・クロードだ」
「ルシアン……さま」
名前を口にしただけで、胸がどくんと跳ねました。
「そなた、あやつが気に入ったのか?」
「はい。それはもう……」
わたしは正直に答えました。
だって、あの顔は――。
(老後まで絶対に崩れないタイプの顔です)
毛根も強そうですし、あの黒髪は年を重ねても美しいままでしょう。
あの目元の色気は、年齢を重ねるほど深みを増すに違いありません。
わたしが内心で涎を垂らしていると、王陛下は深いため息をつかれました。
「アリアよ。あやつは……問題児だぞ」
「問題児、ですか?」
「女をとっかえひっかえし、賭博にのめり込み、夜の街では“帝王”と呼ばれておる。家督は弟が継ぐ予定だ。あやつは私生児でな、素行も悪い」
「……なるほど」
「つまり、どクズだ」
「どクズ」
わたしは双眼鏡を下ろし、王陛下を見つめました。
「アリアよ。そなたの婿としては、あまりにも――」
「陛下」
わたしはそっと、胸に手を当てました。
「わたし、ルシアンさまと結婚したいです」
「……正気か!?」
「はい。あんなに顔がいいのですから」
王陛下は頭を抱えられましたが、わたしは確信していました。
(あの顔を毎日見られるなら、わたしは幸せです)
愛を求めているわけではありません。
経済力も必要ありません。
わたしは強いですし、魔術師としての収入もあります。
ただ――。
(あの美しい顔が、わたしの隣にあればいいのです)
それだけで、心が満たされるのです。
「アリアよ……あやつは、そなたを困らせるぞ」
「構いません。愛人が百人いても構いません。犯罪さえしなければ」
「それは構え」
王陛下は額を押さえながらも、やがて観念したように肩を落とされました。
「……わかった。バディア伯爵家に話を通してみよう」
「ありがとうございます、陛下!」
わたしは深く頭を下げました。
その瞬間、胸の奥がふわりと温かくなりました。
(……ついに、運命の人を見つけました)
わたしは再び双眼鏡を覗き込みました。
1
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
お前との婚約は、ここで破棄する!
ねむたん
恋愛
「公爵令嬢レティシア・フォン・エーデルシュタイン! お前との婚約は、ここで破棄する!」
華やかな舞踏会の中心で、第三王子アレクシス・ローゼンベルクがそう高らかに宣言した。
一瞬の静寂の後、会場がどよめく。
私は心の中でため息をついた。
侍女は婚約が内定している俺様属性の男と縁を切りたい。
彩柚月
恋愛
リリアは侯爵令嬢。オスカーとは、婚約予定。あくまでも予定で、まだ結んでいません。オスカーは何故かリリアにだけ、威圧的な態度を取るらしい。嫌で仕方がないので、オスカーの兄とプレ婚約期のやり直し。
今が幸せなので、あなたのことは助けてあげられません。
※ご都合主義満載
※細かい部分はサラッと流してください。
私の何がいけないんですか?
鈴宮(すずみや)
恋愛
王太子ヨナスの幼馴染兼女官であるエラは、結婚を焦り、夜会通いに明け暮れる十八歳。けれど、社交界デビューをして二年、ヨナス以外の誰も、エラをダンスへと誘ってくれない。
「私の何がいけないの?」
嘆く彼女に、ヨナスが「好きだ」と想いを告白。密かに彼を想っていたエラは舞い上がり、将来への期待に胸を膨らませる。
けれどその翌日、無情にもヨナスと公爵令嬢クラウディアの婚約が発表されてしまう。
傷心のエラ。そんな時、彼女は美しき青年ハンネスと出会う。ハンネスはエラをダンスへと誘い、優しく励ましてくれる。
(一体彼は何者なんだろう?)
素性も分からない、一度踊っただけの彼を想うエラ。そんなエラに、ヨナスが迫り――――?
※短期集中連載。10話程度、2~3万字で完結予定です。
婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております
鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。
彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う!
「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」
「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」
貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。
それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム!
そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。
ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。
婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。
そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!?
「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」
復讐も愛憎劇も不要!
ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!?
優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!
駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~
haru.
恋愛
五年前、結婚式当日に侍女と駆け落ちしたお兄様のせいで我が家は醜聞付きの貧乏伯爵家へと落ちぶれた。
他家へ嫁入り予定だった妹のジュリエッタは突然、跡継ぎに任命され婿候補とのお見合いや厳しい領主教育を受ける日々を送る事になった。
そしてお父様の死という悲しい出来事を乗り越えて、ジュリエッタは伯爵家を立て直した。
全ては此処からという時に、とうの昔に縁を切った筈の愚兄が何事もなかったかのように突然帰って来た。それも三歳になる甥を引き連れて……
本編23話 + 番外編2話完結済み。
毎日1話ずつ更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる