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第十一章 「結婚式の再誓約」
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正直に申し上げますと、わたしは一度「結婚式」なるものを経験していました。
ですがそれは、借金返済と引き換えに取り交わされた政略結婚のため、最低限の参列者と書類が揃った、冷たい式にすぎませんでした。花もなければ音楽もなく、夫となる人は形式的に指輪をはめただけ。その公爵様は、その夜すら愛人のもとへ行ってしまったのです。
(……あの時、わたしは幸せを望んではならないと。そう心に決めました)
けれど今。
数多の波乱を越えて、リアン様は「もう一度、式をやり直そう」と言ってくださったのです。
政略のためではなく、互いの意思で、夫婦として。
その日。王都の大聖堂は祭壇の薔薇で埋め尽くされ、見渡す限りの群衆が集っていました。黒薔薇の異名を持つ公爵の再婚式は、またとない話題だったのでしょう。
純白のドレスに身を包んだわたしは、鏡に映る自分に一瞬目を見張りました。
あの「芋娘」と嘲笑されていたわたしが、今日ばかりは堂々と胸を張って歩けそうな気がしたのです。
緊張に震えていると、控室にそっと戸が開きました。
入ってきたのは、漆黒の礼装を纏った彼――リアン様。
「……綺麗だ」
不器用な人が、普段は絶対に口にしないような言葉を。真顔のまま、わたしを見据えて囁きました。
恥ずかしさに顔が熱くなり、けれどどうしても目を逸らせませんでした。
式の開始を告げる鐘が鳴り、大聖堂の扉が開かれます。
光あふれる道を、彼とわたしは並んで歩きました。
誰かの囁きも笑いも、もう何も怖くありませんでした。
手を取られ、軽く抱き寄せられるたび、胸の奥が震えて強くなるばかり。
やがて祭壇の前。
神官が新たな誓いの言葉を促します。
「リアン=ヴァルデン公爵。あなたはこの者を生涯の妻とし、愛し、守り抜くことを誓いますか」
彼は迷いなど一片も見せず、漆黒の瞳でわたしを見つめて言いました。
「――誓う。命に代えても、彼女だけを」
胸が締め付けられて、涙で視界が揺れました。
神官の声がわたしにも注がれます。
「リディア=フェルナー。あなたはこの者を生涯の夫とし、愛し、寄り添うことを誓いますか」
「……はい。わたしは夫を信じ、どんな時も傍におります」
声が震えても、心には一点の迷いもありませんでした。
指輪の交換の時。
彼の指にそっとはめられたのは、政略結婚の時に交わされた無機質な銀の輪ではなく、新たに誂えた黒薔薇を刻んだ指輪。
そして彼は、わたしの手をとって指輪をはめると、そのまま手の甲へ柔らかな口づけを落としました。
会場から啜り泣きの声が上がります。
わたしはもう隠すことなく涙を流し、彼を見上げました。
「……本当に、不器用ですね」
「……誰にでも巧みにはできん。お前にだけで十分だ」
頬に触れられ、髪を撫でられる。
式の途中だというのに、彼の優しさに胸が張り裂けそうになりました。
再誓約の結婚式は、誰もが羨む盛大なものとなりました。
けれどわたしの胸に残ったのは、飾り立てられた社交界の視線でも、薔薇の香りでもなく――。
ただひとつ。
不器用で、誠実で、誰よりも孤独を抱えてきた夫が、いまは「わたしを誇りに抱いてくれる」という事実だけ。
ですがそれは、借金返済と引き換えに取り交わされた政略結婚のため、最低限の参列者と書類が揃った、冷たい式にすぎませんでした。花もなければ音楽もなく、夫となる人は形式的に指輪をはめただけ。その公爵様は、その夜すら愛人のもとへ行ってしまったのです。
(……あの時、わたしは幸せを望んではならないと。そう心に決めました)
けれど今。
数多の波乱を越えて、リアン様は「もう一度、式をやり直そう」と言ってくださったのです。
政略のためではなく、互いの意思で、夫婦として。
その日。王都の大聖堂は祭壇の薔薇で埋め尽くされ、見渡す限りの群衆が集っていました。黒薔薇の異名を持つ公爵の再婚式は、またとない話題だったのでしょう。
純白のドレスに身を包んだわたしは、鏡に映る自分に一瞬目を見張りました。
あの「芋娘」と嘲笑されていたわたしが、今日ばかりは堂々と胸を張って歩けそうな気がしたのです。
緊張に震えていると、控室にそっと戸が開きました。
入ってきたのは、漆黒の礼装を纏った彼――リアン様。
「……綺麗だ」
不器用な人が、普段は絶対に口にしないような言葉を。真顔のまま、わたしを見据えて囁きました。
恥ずかしさに顔が熱くなり、けれどどうしても目を逸らせませんでした。
式の開始を告げる鐘が鳴り、大聖堂の扉が開かれます。
光あふれる道を、彼とわたしは並んで歩きました。
誰かの囁きも笑いも、もう何も怖くありませんでした。
手を取られ、軽く抱き寄せられるたび、胸の奥が震えて強くなるばかり。
やがて祭壇の前。
神官が新たな誓いの言葉を促します。
「リアン=ヴァルデン公爵。あなたはこの者を生涯の妻とし、愛し、守り抜くことを誓いますか」
彼は迷いなど一片も見せず、漆黒の瞳でわたしを見つめて言いました。
「――誓う。命に代えても、彼女だけを」
胸が締め付けられて、涙で視界が揺れました。
神官の声がわたしにも注がれます。
「リディア=フェルナー。あなたはこの者を生涯の夫とし、愛し、寄り添うことを誓いますか」
「……はい。わたしは夫を信じ、どんな時も傍におります」
声が震えても、心には一点の迷いもありませんでした。
指輪の交換の時。
彼の指にそっとはめられたのは、政略結婚の時に交わされた無機質な銀の輪ではなく、新たに誂えた黒薔薇を刻んだ指輪。
そして彼は、わたしの手をとって指輪をはめると、そのまま手の甲へ柔らかな口づけを落としました。
会場から啜り泣きの声が上がります。
わたしはもう隠すことなく涙を流し、彼を見上げました。
「……本当に、不器用ですね」
「……誰にでも巧みにはできん。お前にだけで十分だ」
頬に触れられ、髪を撫でられる。
式の途中だというのに、彼の優しさに胸が張り裂けそうになりました。
再誓約の結婚式は、誰もが羨む盛大なものとなりました。
けれどわたしの胸に残ったのは、飾り立てられた社交界の視線でも、薔薇の香りでもなく――。
ただひとつ。
不器用で、誠実で、誰よりも孤独を抱えてきた夫が、いまは「わたしを誇りに抱いてくれる」という事実だけ。
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