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アレダシア大公は、絵のフレームいっぱいに散りばめられた模様の中に、飛び出しそうな可愛らしいブルーの小鳥を食い入るように眺めていました。
「作者のリリアーヌ・ホールデンは? ぜひ会ってみたい」
大公が言うと、お父様は娘がこの絵で国家反逆の罪になり、移送中に溺死したことを話しました。
「このインコが国家の象徴のタカを愚弄したなどと、なんて愚かな司法の長だ……」
大公はため息まじりにつぶやき、両親のもとに歩み寄りました。
「このコンクールで、この絵は一等だ。わが国で買い取らせてもらい、一流の美術家に見せる。しっかり評価させて、おまえの娘の名誉を回復させたい」
「ありがとうございます、大公殿下……。出展を勧めてくださったベイリー様には感謝しなくては……」
お父様は頭を下げました。お母様は泣き出して、顔を手で覆っています。
(ベイリー様? あのベイリーさん?)
はっとしてふり向くと、当人はしわくちゃなズボンのポケットに片手を突っ込んで、他の絵を見て歩いています。
「ありがとうございました」
大公殿下がその場を離れる時、わたしは深く一礼しました。
大公殿下は立ち止まりました。
「はて? きみは、どこのご令嬢かな?」
「わたしはブリジッド……イーデン卿の娘、ブリジッドでごさいます」
「ほう、イーデン卿の養女か。息子のブルー・メイスから話は聞いている。絵心があるそうだな。近いうちに宮殿へ呼ぶから、その心づもりでいなさい」
「それは光栄でございます」
(またブルー様にお会いできる!)
大公殿下は、取り巻きと共にそのまま会場を出て行かれました。
***
両親は会場にもうけられた長椅子に腰かけていました。
(お父様、お母様……!)
この半年ほどで、ずいぶん白髪が増え、身体も小さくなった気がします。実の娘が逮捕されて、挙げ句の果てに無念の死を遂げたのですから、当然かもしれません。
わたしが目を離せずにいると、お父様はわたしに気づいたのか、立ち上がって向かってきました。
(お父様……!)
でも、違いました。お父様はわたしの横を通り過ぎて、後ろにいたベイリーさんに握手をしたのです。
「ベイリーさん、来てくださっていたのですね。あなたには感謝してもしきれません」
ベイリーさんは頭をかきながら、
「いやいや、お嬢さまの絵が素晴らしいから、ついつい、出すぎた真似、いたしやした」
お母様も遅れてやってきました。
「そんな謙遜されないでくださいませ……。リリアーヌが獄中の時、あなたはいつもわたしたちを励ましてくださいました。そして、今度はこのコンクールで名誉を晴らそうとまで……。絵画までここまで運んでくださったのも、手続きしてくださったのも、全てベイリー様のおかげです」
「おやめくだせいませ。ところで、今日はあのインコは元気ですかね?」
「もちろん。実はこのホテルの客室に連れてきているんだ。会いますか?」
お父様が上機嫌でこたえると、わたしは思わず、
「ブルーメイン……」
と小声でつぶやいていました。
「そこのご令嬢……いま、何と?」
お父様がはじめて私に気づいてくれました。でも、それは娘としてではなく、他人としての眼差しでした。
ベイリーさんは、「あちゃあ」とこめかみをいじりながら、
「コレは失礼しやした。こちらのお方はベイリー卿のお嬢さま、ブリジッド様でして。あっしの大切なお方でございますよ」
(大切な方……?)
わたしは、ベイリーさんの意外な交遊の深さや、わたしへの親切に戸惑いながら、実の親に対して、他人の挨拶をしました。
「もしよかったら、なんですけど、ブリジッド様もいっしょにインコを見てもよろしいですかね。なにしろ、ブリジッド様はインコ、大好きですからぁ……」
(えっ……?)
ベイリーさんに、わたしがインコ好きなんて話したことなんてないのに。
***
ホテルの5階に両親は泊まっていました。ベランダからは港に停泊中の白い帆船が浮かんでいて、空には雲一つありません。
その窓辺に鳥籠があり、美しい真っ青の羽根を閉じて、小鳥が小さなブランコにとまっています。
わたしが近づくと、ばたつかせてブルーメインが待っていました。思わず小指をゲージに差し入れると、くちばしで爪をコツコツつついて挨拶をして、太い舌先で指腹をなめて甘えます。
「ピーピーピーピー!」
背後で、すすり泣く声が漏れ聞こえてきました。ふりむくと、両親が薄らと涙を瞼いっぱいに溜めてわたしを見ていました。
「作者のリリアーヌ・ホールデンは? ぜひ会ってみたい」
大公が言うと、お父様は娘がこの絵で国家反逆の罪になり、移送中に溺死したことを話しました。
「このインコが国家の象徴のタカを愚弄したなどと、なんて愚かな司法の長だ……」
大公はため息まじりにつぶやき、両親のもとに歩み寄りました。
「このコンクールで、この絵は一等だ。わが国で買い取らせてもらい、一流の美術家に見せる。しっかり評価させて、おまえの娘の名誉を回復させたい」
「ありがとうございます、大公殿下……。出展を勧めてくださったベイリー様には感謝しなくては……」
お父様は頭を下げました。お母様は泣き出して、顔を手で覆っています。
(ベイリー様? あのベイリーさん?)
はっとしてふり向くと、当人はしわくちゃなズボンのポケットに片手を突っ込んで、他の絵を見て歩いています。
「ありがとうございました」
大公殿下がその場を離れる時、わたしは深く一礼しました。
大公殿下は立ち止まりました。
「はて? きみは、どこのご令嬢かな?」
「わたしはブリジッド……イーデン卿の娘、ブリジッドでごさいます」
「ほう、イーデン卿の養女か。息子のブルー・メイスから話は聞いている。絵心があるそうだな。近いうちに宮殿へ呼ぶから、その心づもりでいなさい」
「それは光栄でございます」
(またブルー様にお会いできる!)
大公殿下は、取り巻きと共にそのまま会場を出て行かれました。
***
両親は会場にもうけられた長椅子に腰かけていました。
(お父様、お母様……!)
この半年ほどで、ずいぶん白髪が増え、身体も小さくなった気がします。実の娘が逮捕されて、挙げ句の果てに無念の死を遂げたのですから、当然かもしれません。
わたしが目を離せずにいると、お父様はわたしに気づいたのか、立ち上がって向かってきました。
(お父様……!)
でも、違いました。お父様はわたしの横を通り過ぎて、後ろにいたベイリーさんに握手をしたのです。
「ベイリーさん、来てくださっていたのですね。あなたには感謝してもしきれません」
ベイリーさんは頭をかきながら、
「いやいや、お嬢さまの絵が素晴らしいから、ついつい、出すぎた真似、いたしやした」
お母様も遅れてやってきました。
「そんな謙遜されないでくださいませ……。リリアーヌが獄中の時、あなたはいつもわたしたちを励ましてくださいました。そして、今度はこのコンクールで名誉を晴らそうとまで……。絵画までここまで運んでくださったのも、手続きしてくださったのも、全てベイリー様のおかげです」
「おやめくだせいませ。ところで、今日はあのインコは元気ですかね?」
「もちろん。実はこのホテルの客室に連れてきているんだ。会いますか?」
お父様が上機嫌でこたえると、わたしは思わず、
「ブルーメイン……」
と小声でつぶやいていました。
「そこのご令嬢……いま、何と?」
お父様がはじめて私に気づいてくれました。でも、それは娘としてではなく、他人としての眼差しでした。
ベイリーさんは、「あちゃあ」とこめかみをいじりながら、
「コレは失礼しやした。こちらのお方はベイリー卿のお嬢さま、ブリジッド様でして。あっしの大切なお方でございますよ」
(大切な方……?)
わたしは、ベイリーさんの意外な交遊の深さや、わたしへの親切に戸惑いながら、実の親に対して、他人の挨拶をしました。
「もしよかったら、なんですけど、ブリジッド様もいっしょにインコを見てもよろしいですかね。なにしろ、ブリジッド様はインコ、大好きですからぁ……」
(えっ……?)
ベイリーさんに、わたしがインコ好きなんて話したことなんてないのに。
***
ホテルの5階に両親は泊まっていました。ベランダからは港に停泊中の白い帆船が浮かんでいて、空には雲一つありません。
その窓辺に鳥籠があり、美しい真っ青の羽根を閉じて、小鳥が小さなブランコにとまっています。
わたしが近づくと、ばたつかせてブルーメインが待っていました。思わず小指をゲージに差し入れると、くちばしで爪をコツコツつついて挨拶をして、太い舌先で指腹をなめて甘えます。
「ピーピーピーピー!」
背後で、すすり泣く声が漏れ聞こえてきました。ふりむくと、両親が薄らと涙を瞼いっぱいに溜めてわたしを見ていました。
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