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両親は、おそるおそる近づいてきました。
「まさか……リリアーヌなのだろう?」
と、お父様がわたしの顔をまじまじと見つめました。
「ち、違います」
(ブルー様との約束を違えてはいけない! わたしはリリアーヌの名前は捨てたのよ!)
首を振り、戸惑いながら目を伏せました。
すると、お母様がこの腕に手をからめ、
「嘘よ、ずいぶん格好は違うけど、リリアーヌでしょ……。ブルーメインは人見知りで、こんなに初対面の方に懐くことはないのですよ」
と、今度は頬に手を添えたのです。
(お母様の手……温かいなあ)
ずっと、冷たい牢獄の湿っぽくて、カビくさい部屋。ずっと閉じ込められていた記憶が一気に脳裏によみがえります。もう2度と会えないと思っていた両親を前に、とうとう涙腺が決壊して、どうしようもなくぽろぽろと雫が落ちてしまいます。
「ごめんなさい、嘘ついて。会いたかったわ。会いたかった!」
わたしはブルー様の約束をやぶり、ふたりの肩に抱きつき、濡れたほおをすり寄せました。
「よく無事でな……!」
お父様が頭をなでてくれました。
「リリアーヌ! リリアーヌ! ああ、リリアーヌ」
お母様は名前を連呼したまま、絶句して突っ伏してしまいます。
ベイリーさんはだまって、部屋の角の床に座り込んで見守っていました。
お父様は黒く染まった髪を撫でながら、
「どうしてこんな格好をしているのだ?」
と、尋ねましたが、
「ごめん。これ以上は言ってはだめなの。わたしはもうブリジッドで、イーデン伯爵の養女なの」
頑として首を横に振りました。すると、お父様は深く頷きました。
「分かった。おまえを困らせて悪かった。だが、どんな姿形でもわたしたちのリリアーヌに変わりないだろう?」
「もちろんよ」
ひしと両親に抱きすくめられ、幼い子どものように顔をうずめていました。
***
わたしは運転席のベイリーさんに並んで、荷馬車に揺られながら、帰路についていました。両親から譲り受けた、ブルーメインの入った鳥籠をのせて。
「綺麗な夕日ですねえ?」
ベイリーさんの顎でしゃくった方角にそびえる丘は、真っ赤な夕日に染まっています。
「今日はベイリーさんのおかげで、とてもよい日になりました。ありがとう」
「めっそうもねえことです。それでお嬢さんが元気になられたんでしたら」
そう言ったベイリーさんの横顔を見た瞬間、はっとしました。その鋭い眼差しは……。
「メガネをお外しくださいませんか?」
ベイリーさんは苦笑しながら、
「ちょっとお嬢さん。何言ってるんですかい? 外したら、前が見えなくなりますからね」
「お願いです。なら車をとめて見せてください。お願いします」
わたしがしきりに頼むので、ベイリーさんは根負けしたように、畑近くの水車小屋近くに停車させました。
「ほら、メガネを外しやした」
「前を失礼します」
わたしはベイリーさんに顔を向け、息を詰めて彼の瞳を見あげました。彼の蒼い目は確かにあの方のものです。
「やっぱりブルー様……、まぎれもないブルー様」
ベイリーさんは片側の口角をわずかに開けて、
「庭師をそんな名前で呼ぶな。なぜ分かった?」
と、白髪まじりのカツラを剥ぎ取りました。
わたしは、ブルー様の真っ直ぐで強い眼光に目を伏せました。
「わ……分かりません。ただ……感じたんです」
ブルー様の強くて優しい眼差しに見守ってもらっている感じ。隣にいて安心できる感触は、他の方とは明らかに違っていたのですから。
「見破られたのは、あなたが初めてだな」
ブルー様はわずかに口元に微笑を浮かべると、再びカツラをかぶりなおして、馬を走らせはじめます。
「両親に声をかけてくださったのね? どうしてそこまでわたしにしてくださる?」
質問に、ブルー様は前方を見据えたまま、こたえました。
「あなたには才能がある。あなたをここに連れ込んだ以上、幸せにさせる責任が、わたしにはある」
「幸せの責任? それは、どういう意味なのです?」
食い入るように彼の横顔をのぞいたのですが、表情からは何も読み取れません。
黙った手綱を引くブルー様に、わたしは大きく深呼吸をして、
「では、わたしの幸せをご存じで?」
と尋ねました。
すると、ブルー様は平然と、
「アベル侯爵子息殿とは? 付き合えばいい。彼はあなたを失って、ベアトリス嬢との婚約を破棄した」
と言ったのです。
急なアベル様との話題で意表を突かれ、困惑しました。確かにアベル様に好感を抱いてはいましたが、彼にはアドレス子爵の娘、ベアトリス嬢との婚約をしていました。父親であるアドレス子爵は自身の司法の権力でもって、わたしを排除して流刑にさえ……。それが、今はベアトリス嬢と婚約を破棄しているとは?
「アベル様に今は未練など……。今、わたしは……」
(ブルー様をお慕いしています。他に恋い慕う方がいても)
生まれて初めて告白をしようとして、今まさに心臓は激しく波打ちます。けれど、ブルー様の言葉はその気持ちを打ち砕くような冷たいものでした。
「わたしには婚約になる女性がいる。あなたを流刑にしたアドレス子爵のご令嬢ベアトリスだ」
「まさか……リリアーヌなのだろう?」
と、お父様がわたしの顔をまじまじと見つめました。
「ち、違います」
(ブルー様との約束を違えてはいけない! わたしはリリアーヌの名前は捨てたのよ!)
首を振り、戸惑いながら目を伏せました。
すると、お母様がこの腕に手をからめ、
「嘘よ、ずいぶん格好は違うけど、リリアーヌでしょ……。ブルーメインは人見知りで、こんなに初対面の方に懐くことはないのですよ」
と、今度は頬に手を添えたのです。
(お母様の手……温かいなあ)
ずっと、冷たい牢獄の湿っぽくて、カビくさい部屋。ずっと閉じ込められていた記憶が一気に脳裏によみがえります。もう2度と会えないと思っていた両親を前に、とうとう涙腺が決壊して、どうしようもなくぽろぽろと雫が落ちてしまいます。
「ごめんなさい、嘘ついて。会いたかったわ。会いたかった!」
わたしはブルー様の約束をやぶり、ふたりの肩に抱きつき、濡れたほおをすり寄せました。
「よく無事でな……!」
お父様が頭をなでてくれました。
「リリアーヌ! リリアーヌ! ああ、リリアーヌ」
お母様は名前を連呼したまま、絶句して突っ伏してしまいます。
ベイリーさんはだまって、部屋の角の床に座り込んで見守っていました。
お父様は黒く染まった髪を撫でながら、
「どうしてこんな格好をしているのだ?」
と、尋ねましたが、
「ごめん。これ以上は言ってはだめなの。わたしはもうブリジッドで、イーデン伯爵の養女なの」
頑として首を横に振りました。すると、お父様は深く頷きました。
「分かった。おまえを困らせて悪かった。だが、どんな姿形でもわたしたちのリリアーヌに変わりないだろう?」
「もちろんよ」
ひしと両親に抱きすくめられ、幼い子どものように顔をうずめていました。
***
わたしは運転席のベイリーさんに並んで、荷馬車に揺られながら、帰路についていました。両親から譲り受けた、ブルーメインの入った鳥籠をのせて。
「綺麗な夕日ですねえ?」
ベイリーさんの顎でしゃくった方角にそびえる丘は、真っ赤な夕日に染まっています。
「今日はベイリーさんのおかげで、とてもよい日になりました。ありがとう」
「めっそうもねえことです。それでお嬢さんが元気になられたんでしたら」
そう言ったベイリーさんの横顔を見た瞬間、はっとしました。その鋭い眼差しは……。
「メガネをお外しくださいませんか?」
ベイリーさんは苦笑しながら、
「ちょっとお嬢さん。何言ってるんですかい? 外したら、前が見えなくなりますからね」
「お願いです。なら車をとめて見せてください。お願いします」
わたしがしきりに頼むので、ベイリーさんは根負けしたように、畑近くの水車小屋近くに停車させました。
「ほら、メガネを外しやした」
「前を失礼します」
わたしはベイリーさんに顔を向け、息を詰めて彼の瞳を見あげました。彼の蒼い目は確かにあの方のものです。
「やっぱりブルー様……、まぎれもないブルー様」
ベイリーさんは片側の口角をわずかに開けて、
「庭師をそんな名前で呼ぶな。なぜ分かった?」
と、白髪まじりのカツラを剥ぎ取りました。
わたしは、ブルー様の真っ直ぐで強い眼光に目を伏せました。
「わ……分かりません。ただ……感じたんです」
ブルー様の強くて優しい眼差しに見守ってもらっている感じ。隣にいて安心できる感触は、他の方とは明らかに違っていたのですから。
「見破られたのは、あなたが初めてだな」
ブルー様はわずかに口元に微笑を浮かべると、再びカツラをかぶりなおして、馬を走らせはじめます。
「両親に声をかけてくださったのね? どうしてそこまでわたしにしてくださる?」
質問に、ブルー様は前方を見据えたまま、こたえました。
「あなたには才能がある。あなたをここに連れ込んだ以上、幸せにさせる責任が、わたしにはある」
「幸せの責任? それは、どういう意味なのです?」
食い入るように彼の横顔をのぞいたのですが、表情からは何も読み取れません。
黙った手綱を引くブルー様に、わたしは大きく深呼吸をして、
「では、わたしの幸せをご存じで?」
と尋ねました。
すると、ブルー様は平然と、
「アベル侯爵子息殿とは? 付き合えばいい。彼はあなたを失って、ベアトリス嬢との婚約を破棄した」
と言ったのです。
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「アベル様に今は未練など……。今、わたしは……」
(ブルー様をお慕いしています。他に恋い慕う方がいても)
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