【完結】王妃は今日も離婚を決意する ~悪役令嬢に転生したけど、息子も夫もクズでした~

朝日みらい

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第五章 バカップル王太子と聖女の狂宴

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 王都が騒がしい朝というのは、えてして嫌な予感しかしません。  

 通りには紅と白のリボンが張り巡らされ、聖女リリアンヌの肖像画が通りのいたるところに飾られていました。  
 “慈善祭”――名ばかりの、王太子と聖女の祭典がはじまったのです。  

「愛と祈りの祭典ですって? ネーミングセンス、もうちょっとなんとかならなかったのかしら」  
「王妃様、“ラブ&ブレスフェス”という名も考案されたとか」  
「……余計に怪しい宗教感増してません?」  

 マルタが小声で吹き出しながら、私のドレスの裾を整えます。  
 今日は王妃としての公務参加。とはいえただの観覧……いえ、“視察”です。  

 鏡の前で自分の姿を確認しました。  
 深紅のベルベットドレスに金の刺繍。  
 “聖女の清らかさ”とは真逆の、まさに“権力者の女”を象徴する装いです。  

(いいわ、こっちは悪女代表として参加しましょう)  

 王妃クラリス。笑顔ひとつで「また何か企んでる」と思われる便利な役割。  
 今日も存分に活かして差し上げます。  

---

 会場となる王立広場は、いつもよりずっと騒然としていました。  
 白ローブの信者たち、列を成す貴族と商人、そして噴水の台座の上には――  

「この国に神の加護を!」  

 光に包まれたかのような聖女リリアンヌ。  
 そしてその隣、恋心丸出しで見守る王太子フィリップ殿下。  

「殿下、もう少し王子っぽい威厳を……。その“惚れた瞳”で演説すると全部台無しよ……」  
 マルタが横で「王妃様、表情が怖いです」と焦ってましたが、たぶん本心が顔に出ていたんでしょう。  

 壇上ではリリアンヌが優雅に両手を掲げました。  

「この祭りで得た寄付金は、神殿を増やすために使われます♡」  

(うわぁ、経済的に一番ダメな使い方……)  

 周囲の人々が涙を流して感動している横で、私は冷静に計算していました。  
 寄付金がそのまま神殿建設費に流れる――つまり市場から流通する金が減るんです。  

(民の生活が圧迫されるわね……)  

 さらに、ステージ裏では豪奢な宝飾品やワインボトルが次々と運び込まれていました。  
 ちらりと目をやったマルタが耳打ちします。  

「王妃様、あれ……リリアンヌ様への“奉納品”だそうで」  
「しかも全部“寄付金”の中から、ね」  

 私は思わず小声で呟きました。  
「……ええ、確かに神罰は必要ね。脳に」  

---

 催しが進むにつれて、舞台裏の問題が露呈していきます。  

「殿下! 急ぎの伝言です! 用意していた宝石が足りません!」  
「リリアンヌ様のための花束が、あと五十束足りませんっ!」  
「料理人たちが追加の金貨を要求しております!」  

 私は頭を押さえました。  
 まるで無限浪費の地獄絵図。  

「……完全に、予算破綻フェスティバルね」  

 息子は聖女に笑顔を向けたまま、誰の言葉も聞いていません。  
 その姿に、私はかつての“恋しか見えなかった自分”を重ねてしまい、一瞬だけ胸が痛みました。  

(だけど違う。今度は見てるだけじゃ終わらせません)  

---

 やがて、祭の最後に“王族代表としての祝辞”の時間がやってきました。  
 司会役の貴族が高らかに叫びます。  

「それでは、我らが陛下の奥方――クラリス王妃陛下より、お言葉を賜ります!」  

 会場がざわめく。  
 リリアンヌはにこやかに微笑み、殿下は不安げに私を見る。  

 私はゆっくりと壇上に上がり、民衆を見渡しました。  

「皆さま。本日は“愛と祈り”の名のもとに、たくさんのご厚意を賜り、感謝いたします」  

 拍手。温かい空気。  
 でも、ここまでは予定調和。問題は、ここから。  

「ですが――」  

 会場が静まります。  

「祈りを捧げるその手で、隣にいる人の手を取ったことはありますか?」  

 ざわめき。  
 私は淡く微笑みながら続けました。  

「神に向ける優しさを、目の前の誰かに向けてください。  
 愛を語るのは素晴らしいこと。でも、誰かひとりだけを“特別”だと崇めた瞬間、  
 その愛は、誰かの悲しみに変わります」  

 リリアンヌの笑顔が微かに引きつりました。  

「……それでも、神は皆を愛しておられます」  
「ええ。だから、神は一度も寄付金を請求されたことがないでしょう?」  

 客席で小さな笑い声。  
 空気が変わったと感じました。  

「皆さま。愛する相手がいるなら、一緒に働いて、一緒に支え合ってください。  
 祈りだけでは、国は動きません。心を、そして行動を。  
 それこそが、真の“奉仕”だと私は思うのです」  

 演説を終えると、拍手が波のように沸き起こりました。  
 驚くほど自然に、人々が立ち上がり、互いに手を取り合い始めます。  

 殿下が呆然とリリアンヌを見ると、彼女は青ざめた顔で微笑を保つのがやっとでした。  

(悪女のスピーチ、効果抜群ね)  

---

 その日の夜。  
 王城の一室で、聖女リリアンヌが私を訪ねてきました。  
 白い外套の裾が怒りで震えています。  

「王妃様。今日、わざと私を侮辱なさいましたね」  
「侮辱? とんでもない。私はただ、良識を語っただけですわ」  
「わかっておりますの。あなた、民の心を操るのがお上手ね」  

 その声は甘さを保ちながらも、爪を立てるような鋭さを孕んでいました。  

「神が私を愛しておられるから、民は私に仕えるのです。  
 でもあなたは違う。人々を“現実”で囲い込もうとしている」  
「現実の中で愛を育てるのが、本当の強さですわ。  
 私は“奇跡”より、“努力”の方を信じます」  

 リリアンヌのまつ毛が微かに震え、表情が崩れました。  
「……この国の主役の座は、私のものです」  
「どうぞ。私は裏方で結構ですから」  

 静かに微笑んで、一歩引いた瞬間、彼女は何も言い返せず、  
 金色の髪を揺らして去っていきました。  

 扉が閉まると、マルタが息を殺して言います。  
「王妃様、今のお顔……まさに“戦う微笑”でございました」  
「だって悪女ですもの。笑顔で勝ってこそ一流よ」  

---

 その夜、机に向かってペンを走らせながら、  
 私は静かに異変を感じていました。  

 窓の外――人々が集まる広場で、“聖女グッズ”の屋台が急に消え始めているのです。  
 民が少しずつ現実に気づき始めている証。  

(うん、いい流れね。もう少しで潮目が変わる)  

 けれど、王と殿下は違いました。  
 彼らは「祭りは大成功だった」と笑い、聖女を称えている。  
 現場の混乱も、浪費の報告も、誰も見ようとしない。  

「話が通じない男たちって、どうしてこう……進化しないのかしら」  

 思わずこぼれる愚痴に、マルタが苦笑しました。  

---

 夜更け。ひとりで残った執務室に、再び誰かの足音。  
「また遅くまで仕事ですか、王妃様」  

 顔を上げると、そこに立っていたのは――レオン団長。  
 彼がワインを片手に微笑んでいます。  

「噂の“狂宴”は、無事にお済みのようで」  
「無事……と言えるかは微妙ね」  
「でも、王妃様の演説は見事でした。あれで多くの人が目を覚ましたでしょう」  
「それならいいけど。少なくとも、私はもう悪役で構わないわ」  

 グラスを受け取り、ワインを少し口に含みました。  
 静かな香りに、ほんの少しだけ疲労がとけていきます。  

「……王妃様は、本当に不思議な方です」  
「不思議?」  
「誰よりも冷静で、誰よりも優しい。  
 悪女を名乗っているのに、誰よりも国を救おうとしている」  

「褒めてるの? それとも口説いてるの?」  
「半分ずつ、です」  

 軽く笑ってしまいました。  
 胸の鼓動が、不意に跳ねます。  

 けれど私は、すぐに理性のスイッチを入れ直しました。  
「感情に流されるとロクなことがありません。今は改革が優先です」  
「はい。でも……あなたの笑顔くらいは、正しい革命の始まりだと思います」  

 優しい声が夜を包むように響きました。   
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