【完結】王妃は今日も離婚を決意する ~悪役令嬢に転生したけど、息子も夫もクズでした~

朝日みらい

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第六章 “婚約者逃亡計画”始動

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 あの日の“慈善祭”から、まだ一週間しか経っていません。  
 けれど王都の空気は、確かに変わり始めていました。

 街角の屋台では“聖女グッズ”が値崩れし、  
 代わりに“クラリス式勉強帳”なる怪しい冊子が売られているとか。  

「王妃様、すごいです! 庶民の娘たちが皆、計算問題を解きながら『恋より税率!』って叫んでます!」  
「……それを流行語にしないで戴ける?」  

 マルタの報告に肩の力が抜けました。  
 けれど笑いながらも胸の奥に灯る安堵は嘘じゃありません。  

 恋で傷ついた令嬢たちが、自分の頭で考え、自分で動き始めた。  
 それが、何よりもうれしかったのです。  

---

 その日の午後、執務室の扉がコンコンとノックされました。  

「どうぞ」  

 現れたのは、栗色の髪に涙目の令嬢――キアラ・ヴェイン伯爵令嬢。  
 王太子の婚約者のひとりでした。  

「お久しぶりです、王妃様……突然押しかけてしまって……」  
「いいのよ。あなたが来ると思っていたわ」  

 ソファを勧め、紅茶を注ぎながら微笑みました。  
 キアラの指先が小刻みに震えています。  

「殿下が……聖女様のために、私の誕生日を忘れたんです」  
「まあ、それは悲しいわね」  
「でも、我慢しないといけないと思って……」  

「我慢なんて、しなくていいのよ」  

 思わず言葉が出ました。  
 驚くキアラに、私はゆっくりと紅茶を差し出しました。  

「あなたの涙が報われる保証なんて、この王宮にはないわ。  
 だったら、泣く前に立ち上がって、彼らを置いていけばいい」  

「で、でも……」  
「あなたは“婚約者を捨てられた”のではなく、“婚約者を選ばなかった”の」  

 彼女の瞳が、わずかに揺らぎました。  

「……そんなふうに思っていいんですか?」  
「ええ、堂々と。  
 それに、男を追うより新しい道を追った方が、未来あるでしょう?」  

 ふっと、キアラの口元に微笑みが戻りました。  
 その顔を見て、私は次の案を確信しました。  

---

 その夜、私はマルタとレオン団長を呼び出し、密談を始めました。  

「“婚約者逃亡計画”を開始します」  
「はい?」  
「……なんですか、それは」とレオン団長。  

「簡単に言えば、賢い令嬢たちを集めて国外へ留学させるの。  
 学問でも経営でも、自由に学び、自立できるように」  

「そんなことをすれば、保守派が黙っていませんよ」  
「ええ、だから“逃亡”なの」  

 マルタが手を打ちました。  
「つまり、“女たちが自分の足で歩く自由な旅立ち”を、見せかけの“婚約者捨て逃避行”として成立させる……!」  
「その通り。もう聖女ブームで泣く時代は終わり。  
 次は“悪女ブーム”の時代です」  

 私の冗談めいたひと言に、レオンが少し笑いました。  

「“悪女”というより……救国の策略家ですよ、あなたは」  
「褒めすぎよ。でも、悪女で結構。結果だけが真実ですもの」  

---

 翌日から、王妃主催の“特別学院設立準備会”がひそかに動き始めました。  
 目的は、女性を含む若者たちへの奨学支援と留学制度の立案。  

 表向きは慈善教育活動――裏の目的は、  
 恋愛に依存しない、新しい社会人材の育成。  

「王妃様、理事長候補として、例のドルトン殿が協力を申し出ております」  
「信用できる商人ほど頼もしい存在はいないわね」  

 こうして、学問と実務を融合した“クラリス学院”の構想が形になり始めました。  

---

 その頃、王宮では不穏な噂が流れ始めます。  

「悪女王妃が、女たちを国外に逃がしている」  
「反乱の準備だ!」  
「聖女リリアンヌ様を妬んでいるのだ!」  

 当然、火のないところに煙を立てる側妃たちの陰口。  
 けれど、この時の私は落ち着いていました。  

「いいえ、放っておきなさい」  
「いいんですか、王妃様!」とマルタが声を上げます。  
「ええ。“悪女”は疑われてこそ本物ですから」  

---

 夜。書類を束ねる手を止めたとき、扉をノックする音。  
 現れたのは――王太子、フィリップ殿下。  

「母上……」  
 声が震えていました。  

「どうなさいました?」  
「キアラが……いなくなりました……!」  

「三ヶ月前に留学の申請をしていましたわ。  
 あなたの誕生日より大切な学びがあるそうよ」  

「……っ!」  

 王太子の瞳が揺れました。  
 それでも私の声は静かです。  

「愛を失ったと思うのなら、それを糧に学びなさい。  
 女を侮る男の末路を、あなた自身が学ぶ番です」  

 それきり、殿下は何も言えずに部屋を去っていきました。  

(……子どもね。でも、いずれ理解する日が来る)  

---

 私が机に向かい直そうとしたとき、ふと後ろから声がしました。  

「王妃様……本当に、悪女を突き通すおつもりですか?」  

 振り返れば、レオン団長。  
 お忍びの夜警の途中だったようで、甲冑の隙間から月灯りがのぞいています。  

「突き通すわよ。悪女は一貫性が命です」  
「でも、その強さがどれだけ孤独か、分かっておられるはずでしょう」  

 その言葉に、胸の奥がきゅっとしました。  

「……怖いわ。けれど、止まれないの」  
「なら、僕が一緒に歩きます」  

 レオンがそっと私の手を取ります。  
 あたたかく、まっすぐな体温。  
 ほんの一瞬、世界が静まり返ったような気がしました。  

「あなたは国を変えるために戦っている。でも、誰かに支えられてもいい」  

 彼の言葉が、心に柔らかく染みていきました。  
 私は子どものように小さく笑い、握られた手をそっと包み返しました。  

「ありがとう。でも、恋はまだお預けです。いまは革命が忙しいの」  
「ええ、それで充分です」  

---

 翌朝、クラリス学院設立の第一号学生名簿が完成しました。  
 キアラを筆頭に、留学を志願する若い女性たちの名前がずらりと並びます。  

 新しい時代の風が、確かに吹き始めていました。  

「“嘆く花嫁”ではなく、“戦う淑女”たちへ。  
 これからは私たちの時代ですわ」  

 窓の外、空が少しずつ明るんでいきます。  
 ペンを置いて深呼吸した私は、ふと思いました。  

(愛という痛みを知ったからこそ、  
 人は強くなれるのかもしれない)  

 紅茶の香りと共に、小さな笑みがこぼれました。  
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