【完結】王妃は今日も離婚を決意する ~悪役令嬢に転生したけど、息子も夫もクズでした~

朝日みらい

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第9章 崩れる聖女神話

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 “あっ”という間に、聖女神話は崩壊しました。  
 きっかけは一枚の文書――神殿内部から流出した、偽造された神託の原本でした。  

 そして、その筆跡は……聖女リリアンヌ本人のものでした。  

(うん、知ってた。)  

 朝刊の一面にその事実が踊るや否や、王都はまるで春の雪解けのような混乱に包まれました。  
 信者は泣き崩れ、商人は“聖女グッズ”を在庫処分、神殿関係者は雲隠れ。  

「王妃様っ、大変です! 聖女リリアンヌ様が金塊を積んでベリル侯爵の船で国外へ出航されたとか!」  
「え、逃亡早っ。神の翼でも生えてたの?」  
「ついでに、王太子殿下があとを追っておられるようで……!」  
「……追うの!? え、王子、それは最早恋愛じゃなく災害よ?」  

 マルタが絶望の声で「王妃様ぁぁ!」と叫び、私は額を押さえました。  

 ……まあ予想の範疇です。  
 バカップルルート最終イベント、“愛の逃避行”ですね。  
 ただし今回は神を騙した罪人+王位放棄という地獄コンボ付き。  

---

 数時間後、王城の玉座の間は修羅場でした。  

 国王は怒号を上げ、大臣たちは青ざめ、誰も責任を取りたがらない。  
 天井のステンドグラスから射す光だけが、妙に冷たく見えました。  

「クラリス王妃! 貴様の改革がこの混乱を招いたのだ!」  
 陛下が怒りに震えた手で指を突きつけます。  

「まあ。聖女様の偽造書類まで私のせいにされるとは、光栄です」  
「黙れぇ!」  

 玉座の奥から響く罵声を、私は静かに受け流しました。  
 誰がどう見ても、もはや王の威信は完全に地に落ちています。  

「陛下、国はもう“祈り”では回りません。  
 人々は働くこと、学ぶことを知りました。  
 ――次に必要なのは、“現実を直視する王”です」  

 その言葉に、王の眉がぴくりと動きました。  
 怒りか、自嘲か、判断のつかない沈黙。  

---

 翌日。  
 市場では、庶民たちが「王妃様、真の賢女なり!」と叫び、  
 逆に王の肖像画はパン屋で値引きシールの代わりに使われていました。  

 商人たちは私の改革案に全面協力を申し出、  
 物資の仕入れ網を立て直すチームが動き始めています。  

「王妃様、教科書印刷の件、第二版も完売だそうです!」  
「ええ、それで第三版には“儲けすぎると税金は増える”って注釈を追加してね」  
「さすがクラリス式経済学です!」  

 マルタが目を輝かせる隣で、私は淡々と紅茶をかき混ぜます。  

(バカップルが逃避行してくれて助かった。もはや改革を邪魔する者はいない)  

---

 とはいえ、王の沈黙が続くのは気にかかりました。  
 誰よりも“国王としての自負”が強い人。  
 裏切られた事実を受け止めきれず、ただ崩れていく。  

 夜、謁見の申し出がありました。  

「クラリス……」  

 暗い玉座の間。  
 そこに立つ陛下の姿は、以前の威厳を失い、どこか人間らしく見えました。  

「すべてを疑ってしまう。民も、神も、息子すらも。  
 ……どうすればよかったのだ?」  

「簡単なことですわ」  

「なに?」  

「最初から、女を侮らなければよかったのです」  

 言葉は静かに、けれど深く響きました。  
 陛下がはっと顔を上げる。  

「神も、聖女も、すべて結局“人の欲”が作り出した幻です。  
 でも“知識”や“努力”は裏切りません。  
 ――陛下。愛よりも信じられる“誠実な仕事”を、この国に戻しましょう」  

 沈黙のあと、かすれた声が返ってきました。  
「クラリス……お前は、冷たい女だと思っていた。だが……」  

「やっぱり冷たいでしょ?」  
「……いや。ようやく、暖かすぎる現実を、教えてくれた」  

 その言葉に、胸の奥がかすかに痛みました。  
 けれど答えは、もう決まっている。  

「陛下、今、国には“聡明な王”が必要です。  
 でも、あなたが戻りたいのは“愚かな夫婦生活”ではないでしょう?」  

 その冗談めかした言葉の裏で、泣きたくなるほどの自由がひらけていくのを感じました。  

---

 その後の王国公表によって、神殿は解体、政教分離が実施。  
 聖女信仰は終焉を迎え、女神像の代わりに“理性の象徴”として開かれた新広場の中央には、  
 ペンと秤の像が建てられました。  

 その傍らの石碑には、民の言葉が刻まれています。  

『祈るだけでは、パンは焼けぬ。学ぶ女こそ、神に近い。』  

「クラリス様の名を残すのはやめるつもりだったのに……」  
 新装式の日、私は苦笑しながら碑文を撫でました。  

「名前なんていいのよ。でも、意味が残るならそれで」  

---

 夜。  
 バルコニーに出ると、静かな風が流れていました。  
 王太子の逃亡から一月。王都の復興、街の明かり、そして――風に紛れて歌声が聞こえます。  

 “ラ・クラリス”――人々が私を称える歌らしい。  
 少し、くすぐったい。  

「王妃様、これからどうなさるんです?」  
 マルタが隣で問いかけます。  

「……考えているの。改革は終わったけど、もうこの城には私の居場所がないわ」  
「でも、みんな王妃様を慕っていますよ!」  
「ええ。だからこそ、王妃をやめる時が来たの」  

 マルタが息をのむのが分かりました。  

「愛は義務じゃない。王妃も同じですわ。  
 私は私を愛するために、生き直したいの」  

 満月が輝き、雲の切れ間から薄く光が差しこむ。  
 夜風が頬を撫で、髪をそっと揺らしました。  

 背後でレオン団長が歩み寄る気配。  
「王妃様……行く場所は、もう決めているんですね」  
「ええ。新しい学院を建てます。学び、立ち上がる女たちのための場所を」  

「……それなら、僕は護衛としてお供します」  
「護衛?」  
「前世のあなたが言ったでしょう――“恋は役職制限を超える”。」  

 私が思わず吹き出すと、彼も照れたように笑いました。  
 心の芯が、音を立ててほどけていく。  

「ありがとう。でも、護衛ではなく――同志として、ね」  
「了解しました、同志クラリス王妃」  

「“元”をつけてちょうだいな」  

 二人の笑い声が夜空に溶けていく。  
 遠くで民衆の歌声が高まり、鐘が鳴る。    
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