【完結】王妃は今日も離婚を決意する ~悪役令嬢に転生したけど、息子も夫もクズでした~

朝日みらい

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第10章 王妃、国家を救う

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 王都は、まるで嵐の後のように静まり返っていました。  
 神殿は閉鎖され、王太子と聖女は国外逃亡。  
 王は執務から身を引き、王政は形だけを残した空虚な器。  

 この国を“回す”者が、いなくなっていたのです。  

「……本当に、ひどい有様ですね」  
 書庫の窓から外を見下ろし、私はため息をつきました。  
 街は沈黙し、民は不安げに息をひそめています。  
 かつて祈りを捧げた神殿の塔には、もう鐘の音もありません。  

 けれど、その静けさの裏に――私は確かに感じました。  
 “考え始めた民の息吹”が、わずかに芽吹いていることを。

「王妃様、王国評議会からの呼び出しです」  
 マルタの報告に、私はゆっくり頷きました。  
「いいわ。陛下が動けないなら、私が出るしかありませんね」  

---

 王政中枢をまとめる評議会議室。  
 老貴族たちは顔をしかめ、書簡の山をたたきました。  

「王妃陛下、民が不安に騒ぎ立てております! もはや暴動も……」  
「軍を! 今すぐ鎮圧を!」  
「あら、余計に混乱しますわ」  

 私の一言に、全員がハッと息をのむ。  

「力で黙らせても、心は沈黙しません。  
 必要なのは武器ではなく、糧と言葉です。  
 ――この国に、食べるものと希望を。」  

 沈黙。  
 やがて、一人の若手議員が震える声で言いました。  

「……王妃陛下、指示を」  

「ええ。物資管理をギルドに一任します。  
 王国の予算は再計算して、軍資金を半減。  
 空いた財で、市場と学校に補助金を。  
 “民が学び働ける国”を、立て直しましょう。」  

 ざわめきが消え、やがて拍手が広がっていきました。  

---

 数日後、私とマルタ、それからレオン団長が中心となり、王都市場の復旧が始まりました。  

「商人たちの物流、税の税率を下げる案で合意です!」  
「王妃様、街の人々が“クラリス市政”と呼び始めて……」  
「ふふ、それ、少し響きが怖いのですけど?」  

 笑いながらも、胸の奥で熱が広がっていました。  
 広場ではパンを配る行列ができ、  
 母親たちが子どもを抱いて名前を呼んでくれます。

「王妃様、私たちに“働く”を教えてくださってありがとう!」  
 手を取られた瞬間、私は涙をこらえるように微笑みました。  

「いいえ。皆が学ぼうと決めたからこそ、ここまで来たんです」  

 光が差すように、人々の顔に笑みが戻っていく。  
 ――これこそ、私が望んでいた景色。  

---

 夜、報告書を書き終えたところで、レオン団長が紅茶を持ってきました。  

「王妃様、ついに国庫収支が黒字になりました」  
「嬉しい報告ね」  
「王妃様の改革が皆を動かしたんです」  

「いいえ、違うわ」  
 私はそっと窓辺に歩き、外の星空を見上げました。  

「私はただ、ほんの少し“冷静に見ただけ”。  
 理性を信じる人たちが増えれば、必ず国は回るのよ」  

 レオンが静かに微笑み、紅茶を差し出してくれる。  
 ふと、彼の指先が私の指に触れました。  
 その一瞬のぬくもりに、胸がざわめく。  

「……いつでも、あなたの横に立てる人間でありたい」  
「国を支えるために?」  
「あなたを守るためにです」  

 言われた瞬間、胸の奥が痛くて、甘くて。  
 でも私は笑いました。  

「優しいのね。でも今の私は、愛より責任のほうが少し重いの」  
「ええ、そんなあなたが好きです」  

 思わず、息を飲みました。  
 けれど、彼はそれ以上何も言わず、只々静かに頭を下げました。  

(ああ、ずるい人……)  

---

 数週間後。  
 国の安定が取り戻され、評議会の議決により、新政令が発動されました。  

『王妃クラリス・リヒト、王政監理官として国家再建の指揮を執る』  

「……王政監理官、ですって?」  
「ええ。つまり実質的に“陛下より上の指揮官”」  
「皮肉ね。結婚してなければ、楽なのに」  

 ふと笑いがこぼれ、マルタが「王妃様、それ本音ですよね」と囁きます。  
 たぶん、否定できませんでした。  

---

 新制度のもと、商人たちが市場に活況を取り戻し、  
 農地改良が進み、街は再び賑わいを取り戻していきました。  

 学校では、娘たちが計算問題を競い、  
 少年たちは「僕も王妃様みたいな人に仕えたい」と言い出す始末。  

 悪女と呼ばれた日々が、懐かしくなるなんて――。  

---

 そんな折、王がふらりと私の執務室を訪れました。  
 その顔は、かつての威厳はなく、ただ一人の“年老いた男”のもの。  

「クラリス……よくやったな」  
「お褒めにあずかり光栄ですわ」  
「余は……もはや、お前なしでは国を保てぬ」  

 その言葉に、私は微かに首を振りました。  

「いいえ、陛下。私がいなくても国は動きます。  
 民の理性を信じてあげてください。  
 ――それが、私の最後の王妃としての願いです」  

 王は俯き、そして静かに笑いました。  
「本当に……悪女だなお前は」  

「だからこそ、生きるんです。悪女はしぶとくて強いんですよ」  

---

 夜、私は執務室で最後の報告書に署名しました。  
“クラリス学院連邦制度草案”――王国の教育と経済を結ぶ最終計画。  

 書き上げたペン先が震え、胸にこみ上げるものを抑えられませんでした。  
 長い戦いだった。  
 けれど、そのすべてが、今ここにつながっている。  

 窓を開けると、秋風が吹き抜け、月が輝いていました。  

(これでようやく――私は“王妃”を降りられる)  

 そんな確信と共に、私は月明かりに小さく微笑みました。  

---

 翌朝。  
 玉座の広間に集まった人々の前で、私は深く一礼しました。  

「王国再建の任は、すべて完了しました。  
 これより私は、王妃としての職を退きます。」  

 その宣言に、ざわめきが走りました。  

 私は王の隣に歩み寄り、静かに言葉を添えます。  

「あなたが“婚約者を大事にする必要はない”と仰った。  
 ならば、私も“夫を大事にしない”ことにします。」  

 王の瞳に涙が光り、マルタが息をのむ音がしました。  

 振り返ったとき、民衆が立ち上がり、一斉に拍手が起こります。  
 誰も“悪女”ではなく、“救世主”の名で私を呼んでいました。  

 ――“クラリス女神”と。  

 私はただ、微笑みました。  

「神になどなるつもりはありません。私は人です。  
 ただ、人として、少しだけ誇り高く生きたいだけ。」  

 馬車に乗り、城門をくぐるとき、夜空に満月が浮かんでいました。  
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