【完結】透明令嬢だったけれど、素敵な愛を知ることができました。

(9)小さな冒険

それから数日後の晴れた朝、アリシアとレオネルはふと思い立って近くの森へ出かけることにした。

特に目的があるわけでもなく、ただ二人で歩くというだけの気軽な冒険だった。  

「森に行くなんて久しぶりだな。」

レオネルは楽しそうに歩きながら言った。

「君もこういう自然の中を歩くのは好きか？」  

「ええ、好きです。」

アリシアは微笑みながら答えた。

「普段は屋敷の中にいるのが多いですから、たまにはこうして外に出るのも気持ちいいです。」  

「そうだな、空気もいいしね。」

レオネルは大きく息を吸い込んで伸びをした。

「でも、ひとつ気になることがあるんだ。」  

「気になること？」

アリシアは首をかしげた。  

「君、虫とか平気？」

レオネルは少し心配そうな顔で尋ねた。  

「虫？」

アリシアは目を丸くして答えた。

「私は全然平気ですけど…でも、あなたは？」  

「俺もまあ、平気だよ。」

レオネルは軽く肩をすくめた。

「ただ、君があまりにも虫を嫌がったらどうしようかと思って。」  

「そんな心配いりませんよ。」

アリシアはクスリと笑いながら答えた。

「たとえ虫が飛んできても、私はびっくりしないし、むしろ戦います！」  

「戦うって…？」

レオネルは驚いた顔をして立ち止まった。

「君が虫と戦う姿、ぜひ見てみたいな。」  

「そんなこと言わないでください！」

アリシアは顔を赤くして笑った。

「でも、本当に必要ならやってみせますよ。」  

「いいな、その意気込み。」

レオネルはニヤリと笑って言った。

「じゃあ、もし俺が虫に襲われたら、君が守ってくれるんだな？」  

「もちろんです！」

アリシアは胸を張って答えたが、すぐに少し恥ずかしそうに顔を背けた。

「でも、何かあったらあなたも助けてくださいね。」  

「それはもちろんだ。」

レオネルは力強く頷いた。

「でも、君と一緒なら、どんなことも楽しそうに思えてくるな。」  

その言葉に、アリシアの頬が一気に赤く染まった。

「そ、そんなこと…！」  

「照れてるのか？」

レオネルは嬉しそうに笑いながら、アリシアの肩を軽く叩いた。

「君が照れる顔、やっぱり可愛いな。」  

「もう！」

アリシアは足を止めて、口を尖らせた。

「本当にあなたはすぐにそうやってからかうんだから！」  

「からかってないさ。」

レオネルは真剣な顔になり、アリシアをじっと見つめた。

「ただ、本当に君のことを褒めたいだけなんだ。」  

その目の真っ直ぐな視線に、アリシアは心が少しざわつくのを感じた。

「そ、そういうのは、控えめにしてください。」  

「いや、控えめにはしないぞ。」

レオネルはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「これからもずっと、君を褒め続けるから、覚悟しておいてくれ。」  

「そんなの困ります！」

アリシアは手をぶんぶん振って否定したが、その仕草にレオネルはますます笑い出した。  

「困るなら逃げればいい。」

彼は肩をすくめて言った。

「でも、君が逃げても俺は追いかけるけどな。」  

「それこそ困ります！」

アリシアは笑いながら小走りで少し先に進んだ。

「それじゃあ、逃げられるか試してみますよ！」  

「おいおい、待てって！」

レオネルは追いかけるふりをしながら、彼女の後ろをついて歩き出した。  

二人の声が森の中に響き渡り、小鳥たちのさえずりとともに穏やかな時間が流れていった。

森の木々が静かに揺れる音の中で、アリシアとレオネルは何気ない会話を楽しみながら進んでいく。  

「アリシア、思ったんだけど。」

ふとレオネルが言った。

「君とこうして歩いてると、まるで子供の頃に戻ったみたいだな。」  

「子供の頃ですか？」

アリシアは振り返りながら笑った。「でも、あなたって子供の頃からこんな感じだったんじゃないですか？」  

「どういう意味だ？」レオネルは不満そうな顔をしてみせた。  

「いたずら好きで、ちょっと生意気で、でも…優しいところがある。」  

「優しいところがある、か。」

レオネルはその言葉を噛み締めるように繰り返した。

「じゃあ、今も変わってないってことだな。」  

「ええ、あまり変わってないと思います。」

アリシアは笑顔を浮かべた。

「でも、それでいいんじゃないですか？」  

その笑顔を見たレオネルは、しばらく何も言わずに彼女を見つめた。

そして、小さく「そうだな」と呟き、再び歩き出した。  

森の緑に包まれた静かな時間が、二人の距離をほんの少し近づけた気がした。