【完結】透明令嬢だったけれど、素敵な愛を知ることができました。

(21)計画外の近づき

数日後、アリシアは再び父親からの呼び出しを受け、重い足取りで執務室に向かうことになった。

何度も繰り返された婚約の話をまた聞かなければならないと思うと、どうしても気が重くなる。

執務室の扉を開けると、父親、ヴァレンティア侯爵がいつものように机の前で書類に目を通していた。

アリシアは深いため息をつきながら、少しだけ視線を外した。

「また、婚約者の話ですか？」と、心の中で呟くように思いながら、足を踏み出す。

「アリシア、お前を呼んだのは他でもない。」

ヴァレンティア侯爵は、無駄にかしこまった様子で話し始めた。

その声の裏には、いつも通りのあまりにも重々しい雰囲気が漂っていた。

「お前の婚約についてだ。」

アリシアはその言葉に思わず肩をすくめた。

まったく予想通りの展開だ。

どうせまた、相手の家柄だの、財産だの、社会的地位のことばかりが並ぶのだろう。

「父様、またその話ですか。」

彼女は無駄に言葉を重ねた。

「もちろんだ。」

ヴァレンティア侯爵は、まるでその話がどれだけ重要かを一生懸命説明しようとしているかのように言った。

「お前の将来を考えると、やはりしっかりとした家柄の男性を選ばなければ、人生はうまくいかないからな。」

アリシアは心の中で吐き出すような思いを感じながらも、何とか冷静に言葉を返す。

「でも、私が本当に求めているのは、ただ名家やお金だけではないんです。」

ヴァレンティア侯爵は、まるで彼女の発言を気に留めることなく、軽く手を振った。

「お前はまだわかっていない。」

その言葉に、アリシアは思わずため息をついた。

「お前が幸せであるためには、社会的な地位や家の事情も重要なんだ。」

アリシアはその言葉に少しだけ腹が立ったが、同時にどこか冷静にならざるを得なかった。

父親の考えはいつもの通りだ。

それでも、どうしても納得できない部分が多すぎる。

心の中で、レオネルの顔がふと浮かんだ。

レオネルとの会話、あの日の庭でのやり取り、そして、何気ない時間を一緒に過ごしたことが、今も鮮明に思い出される。

あの時の彼の言葉が、今になって少しずつ響いてきた。

彼の自由で、どこか無邪気な姿勢。

彼と一緒にいる時、なぜか自然と笑顔がこぼれ、心が軽くなることに気づく。

「アリシア？」

突然、ヴァレンティア侯爵の声で我に返った。

彼が机から顔を上げて、少し驚いた表情でアリシアを見つめている。

「すみません、父様。」

アリシアは一瞬、言葉に詰まったが、すぐに顔を上げ、しっかりと父親を見つめ返した。

「でも、やっぱり私は、結婚相手に家柄や財産だけを求めているわけじゃないんです。」

「そうか。」

ヴァレンティア侯爵は眉をひそめ、少し考え込むような顔をした。

「でも、アリシア、お前が何を求めているのか、もっと具体的に考えてみたほうがいい。」

アリシアはしばらく黙って考えた。言葉を選びながら、何かしっくり来るものを探す。

やがて、静かに口を開いた。

「私が求めているのは、ただ一緒にいて、安心できるような存在です。お金や家柄じゃなくて…誰かと心を通わせることができることが、一番大切だと思うんです。」

ヴァレンティア侯爵はしばらく無言で彼女を見つめ、目を細めた。

「お前がそのように思うのはわかるが、それは理想に過ぎないんだ。」
と少し硬い口調で言った。

「現実的に考えると、お前が幸せになるためには、社会的な地位や家柄が確保された相手を選ぶことが最善だ。」

アリシアは、また深くため息をついた。

彼の言うことは、どれも一理ある。しかし、そのすべてが自分にはぴったりと合うわけではないことに気づいていた。

「でも、私にとっては、レオネルみたいな人といるほうが、もしかしたらもっと幸せになれるかもしれません。」と、思わず口に出してしまった。

ヴァレンティア侯爵は、驚いた顔をしてアリシアを見つめた。

「レオネル？」

アリシアは、すぐに顔が赤くなり、慌てて口を閉じた。

「あ、いえ、何でもないんです。ただ、少しだけ考えが変わっただけです。」と、つい焦って言ってしまった。

「ふむ。」

ヴァレンティア侯爵は、わずかに眉をひそめてから、冷静にアリシアを見つめた。

「それが本当にお前にとっての幸せだと思うなら、考えてみなさい。ただし、君の選択に責任を持つ覚悟が必要だ。」

アリシアは、しばらく黙って父親を見つめた。

彼女の心の中で何かが、少しずつ変わり始めているのを感じていた。