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第9章 婚約披露の夜、逆転の舞踏会
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ブルネール家で開かれる夜会は、このところの経済難を覆い隠すためでもありました。とはいえ準備に奔走したのは半分以上、わたし自身です。
妹セレーネはと言えば――。
「お姉さま? わたくし、今宵の主役なのですから、ちゃんと殿下の心を奪えるように背中を押してくださいな」
背中を押す前に、あなたに蹴飛ばされそうです……とは口が裂けても言えません。
「ええ、あなたが光の中心で注目されるわよ」
私は穏やかに微笑んで答えました。
実際、この煌びやかなホールに差し込む光はことごとく彼女の蜂蜜色の髪を照らし、煌く宝石のように見せていました。
けれど――。
そんな妹の影で、私は自分の手でこつこつと仕立て直したドレスに袖を通していました。
わたしなんて誰も目に留めない。そう半ば諦めながらも、ただ針と布に誠意を尽くした一着です。
会場に足を踏み入れると、ざわ……と大きなざわめきが広がりました。
「まあ、あの方は……?」
「誰? ブルネール家の娘……? でもあんなに……!」
なんと、その視線の矛先が私に向かっているのです。
(……えっ? ちょっと待ってくださいませ)
真珠のような薄青の布が光を反射し、金糸の刺繍がまるで流れ星のように散って見える――。
それはわたしが“リメイクした”一着で、決して贅沢な素材ではなかったのに。
「クラリッサ嬢……なんと美しい」
聞き慣れた声に振り向けば、そこにはアレクシオン殿下。
彼は穏やかに笑い、一歩踏み出されました。
「本日一番の花は、貴女です」
差し伸べられた殿下の手。
反射的に引いてしまいそうになりましたが、周りの視線に押され、恐る恐るその手を取ると、すっと導かれるように舞踏の輪の中央へ。
「こ、こんな大勢の前で……」
「大勢の前だからこそ。堂々とすればいい」
殿下の腕が背中を支え、軽い抱擁の形でわたしを舞わせます。
その瞳がまっすぐにわたしを捉えていて、とても逃げられるものではありません。
「湖面の瞳が、今宵は月明かりに照らされている」
――またそんな。どうしてこんなに人前で甘い言葉を!
「……っ……恥ずかしいですわ」
思わず小声で抗議すると、殿下の指がそっと私の頬に触れました。
「羞じらう顔もまた、愛らしい」
会場の空気が、一瞬凍った気がしました。
広間の隅で見ていたセレーネの顔が、まさに蒼白という言葉の通りに染まっていたのです。
「そんな……! 主役はわたくしのはず……!」
聞き取れぬほどの声で呟かれていましたが、その震えは唇が耐えられないほど露わにしていました。
焦りと嫉妬で彼女の肩が微細に震えるのを、わたしは遠目に見逃しませんでした。
曲が終わり、深く礼を交わした瞬間、人々の声がさざめきとなって広がりました。
「クラリッサ様が……あれほど美しいとは」
「幻の仕立て人の噂は本当かもしれぬ」
殿下の視線。ダリオ様の視線。すべてが重なって、心臓が破裂しそうでした。
そう、演目の最後に殿下が手を放した途端、ダリオがすかさず近づいてきたのです。
「クラリッサ……」
彼の琥珀色の目に映るのも、私。ただ真剣に。
妹の視線が、突き刺さるように鋭くなっていくのをひしひしと感じました。
「……随分と殿下と息が合っていたな」
「だ、ダリオさま……?」
彼の顔は平静を装っていましたが、その声は僅かに低く、嫉妬を抑えている響きがありました。
「すぐにでも君を抱き寄せたい気分だ」
唐突な言葉に顔が真っ赤になってしまい、慌てて周りを見ました。
「だめですここは……っ」
「ならば、終わったら必ず俺のところへ来てくれ。約束だ」
彼はそう告げ、そっと私の手を握り、髪を指先で撫でながら立ち去っていきました。
……心臓が全部持っていかれました。
夜会は続きます。
妹セレーネは必死に笑顔を張り付けていますが、誰もが姉の姿に目を奪われていると分かってしまった様子。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
ドレスの裾を握りしめるその小さな震え。
その姿は、次なる嵐の予兆に過ぎませんでした。
妹セレーネはと言えば――。
「お姉さま? わたくし、今宵の主役なのですから、ちゃんと殿下の心を奪えるように背中を押してくださいな」
背中を押す前に、あなたに蹴飛ばされそうです……とは口が裂けても言えません。
「ええ、あなたが光の中心で注目されるわよ」
私は穏やかに微笑んで答えました。
実際、この煌びやかなホールに差し込む光はことごとく彼女の蜂蜜色の髪を照らし、煌く宝石のように見せていました。
けれど――。
そんな妹の影で、私は自分の手でこつこつと仕立て直したドレスに袖を通していました。
わたしなんて誰も目に留めない。そう半ば諦めながらも、ただ針と布に誠意を尽くした一着です。
会場に足を踏み入れると、ざわ……と大きなざわめきが広がりました。
「まあ、あの方は……?」
「誰? ブルネール家の娘……? でもあんなに……!」
なんと、その視線の矛先が私に向かっているのです。
(……えっ? ちょっと待ってくださいませ)
真珠のような薄青の布が光を反射し、金糸の刺繍がまるで流れ星のように散って見える――。
それはわたしが“リメイクした”一着で、決して贅沢な素材ではなかったのに。
「クラリッサ嬢……なんと美しい」
聞き慣れた声に振り向けば、そこにはアレクシオン殿下。
彼は穏やかに笑い、一歩踏み出されました。
「本日一番の花は、貴女です」
差し伸べられた殿下の手。
反射的に引いてしまいそうになりましたが、周りの視線に押され、恐る恐るその手を取ると、すっと導かれるように舞踏の輪の中央へ。
「こ、こんな大勢の前で……」
「大勢の前だからこそ。堂々とすればいい」
殿下の腕が背中を支え、軽い抱擁の形でわたしを舞わせます。
その瞳がまっすぐにわたしを捉えていて、とても逃げられるものではありません。
「湖面の瞳が、今宵は月明かりに照らされている」
――またそんな。どうしてこんなに人前で甘い言葉を!
「……っ……恥ずかしいですわ」
思わず小声で抗議すると、殿下の指がそっと私の頬に触れました。
「羞じらう顔もまた、愛らしい」
会場の空気が、一瞬凍った気がしました。
広間の隅で見ていたセレーネの顔が、まさに蒼白という言葉の通りに染まっていたのです。
「そんな……! 主役はわたくしのはず……!」
聞き取れぬほどの声で呟かれていましたが、その震えは唇が耐えられないほど露わにしていました。
焦りと嫉妬で彼女の肩が微細に震えるのを、わたしは遠目に見逃しませんでした。
曲が終わり、深く礼を交わした瞬間、人々の声がさざめきとなって広がりました。
「クラリッサ様が……あれほど美しいとは」
「幻の仕立て人の噂は本当かもしれぬ」
殿下の視線。ダリオ様の視線。すべてが重なって、心臓が破裂しそうでした。
そう、演目の最後に殿下が手を放した途端、ダリオがすかさず近づいてきたのです。
「クラリッサ……」
彼の琥珀色の目に映るのも、私。ただ真剣に。
妹の視線が、突き刺さるように鋭くなっていくのをひしひしと感じました。
「……随分と殿下と息が合っていたな」
「だ、ダリオさま……?」
彼の顔は平静を装っていましたが、その声は僅かに低く、嫉妬を抑えている響きがありました。
「すぐにでも君を抱き寄せたい気分だ」
唐突な言葉に顔が真っ赤になってしまい、慌てて周りを見ました。
「だめですここは……っ」
「ならば、終わったら必ず俺のところへ来てくれ。約束だ」
彼はそう告げ、そっと私の手を握り、髪を指先で撫でながら立ち去っていきました。
……心臓が全部持っていかれました。
夜会は続きます。
妹セレーネは必死に笑顔を張り付けていますが、誰もが姉の姿に目を奪われていると分かってしまった様子。
「どうして……どうしてこんなことに……!」
ドレスの裾を握りしめるその小さな震え。
その姿は、次なる嵐の予兆に過ぎませんでした。
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