寝坊した大聖女、1000年後の王子に溺愛される

朝日みらい

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第2章 伝説の聖女、500年遅刻です!

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 わたし、オーフィン。千年寝坊して起きたら、すでに英雄の子孫が王子さまになっていました。

 ……あらためて言葉にしてみると、なんていうか、突っ込みどころが満載です。

 初めて見る王都はまぶしくて、きらびやかで、まるで宝石箱をひっくり返したみたいでした。
 でも、五百年どころか千年も世の中から取り残されていたわたしにとっては、もう何もかもが未知との遭遇です。

「ロード、これ、なんですか?」
「それは自動馬車ですよ」
「ぜんぜん馬がいませんけど!?」
「動力は魔導結晶です」
「便利すぎて怖いです!」

 朝から魔導技術に驚かされっぱなしです。  
 しかも杖のほうも、すっかりおしゃべりが板についてしまっていました。

『気をつけなさいオーフィン、ここの道は滑りやすいぞ』
「……あなた、前はそんなに親切でした?」
『千年寝ている間にアップデートされたのだ』
「そんな未来的な進化いらないです!」

 王立魔術院の入口でロードレックが肩を震わせて笑っていました。  
 その笑顔が妙に眩しくて、なんだかドギマギしてしまいます。

「オーフィン、立ち止まると人の流れを妨げますよ」
「あ、す、すみません! えっと、これ、魔術院の入り口なんですよね?」
「そうです。あなたの記した古文書や儀式の記録が保管されています」
「え、わたしのノートですか? 恥ずかしい!」

 思わず両頬を押さえてしまいました。まさか自分の走り書きメモが千年間保存されてるなんて。
 この世の黒歴史が文化遺産になってるみたいな気分です。

***

 その日の午後。  
 王都の広場は、伝説の聖女が“生きてた”というニュースで大騒ぎでした。

『偉大なる聖女、再臨!』
『世界を救った奇跡の人、千年の眠りから今ここに!』

「うわぁぁぁああ! ちょ、ちょっと、やめてください! そんな見出しで呼ばないでくださいー!」

 わたしの抗議もむなしく、行く先々で誰かが「拝ませてください!」とひれ伏すのです。  
 いやいやいや! 寝坊しただけなんです! 偉くもなんともないんです!

 そんな大混乱の最中でも、ロードレック殿下は涼しい顔でした。  
 わたしが人だかりに押されて転びそうになるたび、さっと手を差し出して助けてくれるのです。

「もう……ありがとうございます、ロード。何度もすみません」
「いえ。あなたはこの国の宝ですから」
「そんなこと言われたら、余計に恥ずかしいですっ!」

 顔が熱くて、視線を合わせられません。王子の手は温かくて、そして思いがけずしっかりしていました。

***

 夜、王城の応接室。  
 王妃様主催のお茶会に招かれたのですが……はい、油断してました。

「まぁ、あなたが聖女オーフィン様? 思っていたより庶民的ですのねぇ」
「千年前の人間って、やっぱり田舎くさいわ」
「お召し物もずいぶん簡素ね……でもまぁ、“魔法”で何とかできるのでしょう?」

 ……きました。  
 貴族令嬢による囲み攻撃です。

 にこやかにお茶をすするしかないわたし。  
 でも、こういう場は、昔の修行で慣れています。

「ありがとうございます。千年前に比べたら、とても文明的で感激しています。貴族の方々が皆さん口がたくさん回るようになっていて。」

「く、口が?」
「ええ、時代の進歩ですよね。昔は“悪口”ももっと原始的だったんです」

 わたしがにっこり笑うと、令嬢たちの表情が一瞬固まりました。ロードレック殿下がそっと紅茶を飲みながら「……鮮やかですね」と小声でつぶやいていたのを、わたしは聞き逃しませんでした。

***

 その帰り道、お庭を歩いていたら、夜風が髪を揺らしました。
 ふいに誰かの視線を感じて振り返ると、ロードレック殿下が月光の下でこちらを見ていました。

「怒ってますか?」
「いいえ、ちょっと……肩がこりました。でも、あの人たちのほうがよほど驚いていたみたいですし」
「あなたの笑顔には、なぜか誰も勝てませんから」

 そんなこと、さらっと言わないでくださいってば……。

 心臓が跳ねて、わたしはあわてて目をそらしました。  
 でも、殿下はふと歩み寄ってきて、そっとわたしの肩にかかっていた髪を払ってくれました。

「風が強い。髪が乱れていましたよ」

「……ロードって、こういうの慣れてるんですか?」
「いえ。あなたの髪が綺麗だったので、つい。」

「つ、ついって……!」

 顔が一気に熱くなって、頭から湯気が出そうでした。  
 わたしは咳払いをして誤魔化します。

「わ、わたし、あしたも庶民街を見て回ってみたいです。千年分のカルチャーショックを!」

「よろしければ、僕が案内しますよ」
「いいんですか?」
「もちろんです。あなたのことを、もっとよく知りたいから。」

 不意に見せたロードレックの笑顔が、今日いちばんずるかったです。

***

 翌日。  
 わたしたちはこっそり変装して、王都の市場へ出かけました。

 美味しそうなパンの香り、子どもたちの笑い声、魔導楽器の音。  
 世界は変わっても、人の暮らしの温かさは変わらないのですね。

「ロード、ほら、このパン! 焼き立てでふわふわです!」
「そんなに食べてばかりいて、晩餐はどうするんです?」
「だって、千年分ですよ!?」
「その理屈は破壊力がありますね」

 殿下が小さく笑った瞬間、通りすがりの子どもが泣き出しました。  
 転んで膝をすりむいたようです。

「大丈夫、大丈夫ですよ」  
 わたしはしゃがみこんで、少年の傷にそっと手をかざしました。  
 あたたかい光がやわらかく広がり、傷のあとが消えていきます。

「ほら、泣かないで。笑えば痛くないよ。」

 少年が涙を拭いながら笑うのを見て、ロードレックが息を飲む気配がしました。

「……あなたが伝説の聖女と呼ばれる理由、少し分かった気がします。」

「え? わたしはただ……泣いてる子が嫌いなだけです。」

 胸の奥にほんのり熱いものが灯りました。  
 少年が笑ってくれたら、それだけで満たされるんです。

***

 その帰り道。  
 馬車の中で、ロードレックがぼそりと呟きました。

「……本当に、不思議な方ですね。」
「え?」
「誰かのために笑える人なんて、そう多くありません。」

「でも、あなたも笑ってくれたじゃないですか。昨日より、少し柔らかい表情です。」

「そう言われたのは初めてですよ。」

 彼は少し俯いて照れたように笑いました。  
 その横顔があまりに穏やかで、見ていると胸の奥がきゅっと痛くなります。

「ロード……」

「はい?」
「なんでもないですっ!」

 心臓の音がうるさくて、もう何も言えませんでした。  
 馬車の窓から差し込む夕陽が、彼とわたしの影を同じ方向に伸ばしていました。

 ──きっと、これが運命のはじまりなんですよね。

 そう思いながら、わたしはそっと笑いました。

 泣いたら笑えばいい。  
 そして、笑ったら──たぶん、誰かがそばにいてくれるんです。
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