寝坊した大聖女、1000年後の王子に溺愛される

朝日みらい

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第3章 涙の花が咲く場所で

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数日後、王城に朝から慌ただしい報告が届きました。

「南方のロヴェン村一帯が干ばつで深刻な被害を受けています」
「井戸水も枯れかけ、子どもたちが倒れているとのことです」

 王の命で、わたしとロードレック殿下は視察のために現地へ向かうことになりました。

「急ぎましょう、オーフィン。放ってはおけません」
「はい。あの……わたし、役に立てますかね?」

「もちろんです。あなたがいてくださるだけで、人々は希望を持てます」

 そう言われると、どうしても胸の奥がくすぐったくなるのです。
 まっすぐな瞳で言われると、格好つける暇もなく顔が熱くなります。

***

 数日後。
 わたし達は、ひび割れた大地の広がるロヴェン村に到着しました。

 空気は乾いていて、風が吹くたびに砂が舞います。
 作物は枯れ果て、井戸は底をつき、村人たちは疲弊していました。

「これが……」
「ひどい状況です。魔導士団も打つ手がなく……」

 ロードレックが嘆息する声が、風に消えていきます。
 わたしは村の広場に膝をつき、固くなった土に手を当てました。

「水は、生きてるはずです。少しだけ、眠ってるだけ。」

 千年前、わたしは何度も祈りを捧げました。  
 大地が泣き、風が痛むときは、ほんの少しの笑顔と祈りが奇跡を起こしたのです。

「みんな、笑ってくださいね。泣いちゃダメです。」

 それでも、ひとりの小さな子が嗚咽をこらえきれずに泣き出しました。
 やせた頬を涙がつたって、土の上にぽつりと落ちる。

 その瞬間──。

「あ……!」

 涙の落ちた場所に、小さな蕾が光りながら芽を出したのです。
 周囲がざわめきました。

 蕾はふわりと開き、薄青い花弁が陽の光を受けて輝きました。
 澄んだ香りが風に漂い、乾いた空気がほんの少し潤った気がしました。

「花……が……咲いた」
「奇跡だ……!」

 村人が次々とひざまずき、子どもが歓声をあげます。

「ねっ、笑えばきっと、なんとかなるって言ったでしょ?」
 そう言ってわたしが笑うと、みんなの表情にも少しずつ光が戻ってきました。

 その光景を遠くで見ていたロードレックが、息を呑んでいました。

「……あなたは、本当に伝説の聖女だったんだな」

「え?」
「力を誇らず、ただ人を笑わせる。そんな奇跡、人の心しか動かせません」

 彼の声はいつもより少し低くて、心に響きました。

「わたしは、ただ……泣いてる子を見ると放っておけないだけです」
「それで、世界を変えるんですか」

「え、え? 世界って……そんな大げさな!」

 照れて俯いたわたしの頭に、そっと大きな手が置かれました。

「あなたの優しさに救われた人が、今日また一人増えましたよ」

「……もう、本当に、そういうの反則です」

 手の温もりがあまりにやさしくて、心臓が静かに跳ねました。

***

 その夜、村人たちは小さな宴を開いてくれました。
 食べ物は粗末でも、そこにはたくさんの笑顔がありました。

「オーフィンさま、これ、うちの畑で採れた最後の果実なんです!」
「甘いですよ! お姉ちゃん、ありがとう!」

「えへへ……ありがとうございます!」

 果実を受け取って笑っていると、ふと彼と視線が合いました。
 ロードレックが焚き火の向こうで、静かにこちらを見つめていました。

 その視線がやさしくて、どうしていいかわからなくなりました。

 わたしはあわてて果実を両手に持ってごまかします。
「見てくださいロード! ちょっと甘酸っぱくて美味しいです!」
「そうですか。……僕も一口」

「へ? え、あのっ!?」
 気づけば、彼は自然にわたしの手元の果実を指で取って口に運んでいました。

「っ!」

 唇が触れた気がして、視界が一瞬真っ白になりました。

「甘いですね」
「い、今、それっ……!」

「ああ、果実のことですよ?」
「わ、わかってます! わかってますけど!!」

 取り乱すわたしを見て、ロードレックは笑みをこぼしました。
「やっぱり、あなたの顔が一番明るくなるのはこういう時ですね」

「も、もう……!」

***

 夜の風が静かに吹いていました。
 村の広場で、子どもたちはすやすやと眠り、花は月の光に淡く輝いています。

 わたしとロードレックは並んで腰を下ろし、沈黙のまま夜空を見上げていました。

「……リースなら、あなたを誇りに思ったでしょうね」
「……ロード?」

「いえ。昔話の英雄の話です」
「リースの名を知ってる人がいるなんて、変な気分です。あなたのご先祖なんですよね」

「そうです。彼の旅路と想いが、千年後にこうして形になるなんて不思議です。」

 彼の横顔を見ながら、わたしは心のどこかで思いました。
 ──この人の目は、あの人に似ている。

 でも違うのです。  
 この人の笑顔には、今を生きるあたたかさがある。

「オーフィン、冷えます。風除けにどうぞ。」

 ロードレックが外套を外して、わたしの肩にかけてくれました。
 その指先が頬にかすめて、ひやりと、それでも心地よくて。

「ありがとうございます。あの……」

「眠らないでくださいね。あなたが寝たら、また数百年経ってしまいそうですから」

「も、もう! そんな寝坊キャラじゃありません!」

 怒って言いながらも、わたしは笑っていました。
 笑って、泣いて、笑って。  
 この世界には、まだ守りたい人たちがたくさんいる。

 夜風が小さな花を揺らしました。  
 その香りとともに、胸の奥にそっと恋が芽生えたような気がしました。

「ロード……わたし、もう大丈夫な気がします」

「え?」

「千年前よりもずっといい夢を見られそうです」

 その言葉に、彼は静かに微笑みました。
 そして、ほんの一瞬だけ、そっとわたしの手を取ったのです。
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