【完結】傷物令嬢は無愛想な宮廷魔術師に溺愛される ~元婚約者に捨てられた私ですが、彼の言葉が私を強くしてくれました~

朝日みらい

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第6章 ささやかな日々

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 あの日以来、セオドール様は薬を届けるという口実で、わたしの屋敷を頻繁に訪れるようになりました。

週に一度、あるいは二度に一度。

いつも決まって、午後の静かな時間です。

初めての訪問から数日後、わたしは彼が来るたびに内心でこっそりとドキドキしていました。

「リシェル様、セオドール様がいらっしゃいました」

侍女の声に、わたしは弾かれたように立ち上がります。

慌てて身だしなみを整え、鏡に映る自分の顔をチェックします。

「……別に、変じゃないわよね?」

鏡の中のわたしは、頬が少しだけ紅潮していて、どこか浮かれているようにも見えました。

そんな自分に、少しだけ戸惑います。

ほんの少し前まで、わたしはデリック様の裏切りに打ちひしがれ、部屋に閉じこもって泣いてばかりいたというのに。

まるで、違う人間になったみたいです。

応接室に向かう廊下で、わたしはそっと、腕に触れました。

あの、痛々しかった傷痕は、セオドール様の薬のおかげで、今はほとんど見えなくなっています。

もう、誰にも「傷物」だなんて言わせません。

わたしは、自信を取り戻すきっかけをくれた、セオドール様に感謝の気持ちを抱きながら、応接室の扉を開けました。

「セオドール様、いらっしゃいませ」

「……ああ」

彼は椅子に腰かけ、無愛想に頷きました。

彼の前には、わたしが用意した紅茶と、お菓子が並べられています。

「どうぞ、お掛けになってください。お紅茶をどうぞ」

「……いや、いい」

彼は、ぶっきらぼうにそう言うと、わたしの腕に視線を向けました。

「薬は塗ったか?」

「はい。おかげさまで、もうほとんど見えなくなりました」

わたしが答えると、彼は満足したように小さく頷きました。

「……そうか」

彼はそれ以上何も言わず、ただ、じっと紅茶を見つめていました。

「……よろしければ、お召し上がりになりませんか? うちの庭園で採れたハーブティーです」

わたしは彼が少しでもリラックスできるように、そう声をかけました。

ですが、彼はやはり首を横に振りました。

「……いらない」

わたしは、少しだけ、しょんぼりしました。

きっと、お茶を一緒に飲んでくれるなんて、ただの幻想だったのでしょう。

彼の無愛想な態度に少しだけ傷つきました。

ですが、彼は、わたしが俯いたことに気がついたのでしょうか。

「……いや、その……」

彼は、言葉を詰まらせました。

そして、不意にわたしの顔を見て、こう言いました。

「……紅茶は、嫌いじゃない。ただ、人前で飲むのが、少し苦手なだけだ」

彼の言葉に、わたしは驚いて顔を上げました。

彼は、人付き合いが苦手だと聞いていましたが、まさかそこまでとは。

わたしは、彼のぶっきらぼうな口調の裏に隠された、彼の心の優しさを知りました。

「……では、わたくしと一緒に、二人だけでお茶を飲みませんか?」

わたしがそう言うと、彼は、少しだけ戸惑ったような顔をしました。

そして、一瞬だけ、耳まで赤くなるのを見て、わたしは思わず笑ってしまいました。

「……なんだ。笑うな」

彼は、拗ねたようにそう言いましたが、その口元はわずかに緩んでいました。

結局、彼はわたしの隣に座り、二人で静かにお茶を飲みました。

「……セオドール様は、どうして薬学の研究を専門にされているのですか?」

わたしは、彼のことをもっと知りたくて、そう尋ねました。

彼は、少しだけ考え込むような顔をして、こう答えました。

「……俺は、人とのコミュニケーションが苦手だ。だが、薬は、言葉を必要としない。ただ、人に寄り添うことができる」

彼の言葉に、わたしは胸が熱くなりました。

わたしが、デリック様の裏切りに傷つき、言葉を失った時、彼は、言葉ではなく薬でわたしを救ってくれたのです。

「……わたしも、そうです。言葉よりも、行動で示してくれる人のほうが、ずっと信じられます」

わたしがそう言うと、彼は少しだけ目を丸くしました。

そして、ふっと優しい顔で微笑みました。

「……そうか」

その、たった一言が、わたしの心を温かく満たしてくれました。


それから、わたしたちの「ささやかな日々」が始まりました。

セオドール様は、薬を届けるという口実で、より頻繁にわたしの屋敷を訪れるようになります。

彼は、いつもぶっきらぼうで無口でしたが、わたしの話はいつも真剣に聞いてくれました。

わたしが、幼い頃に飼っていた猫の話をすると、彼は少しだけ口元を緩めて笑ってくれました。

庭園の花の話をすると、彼は静かに頷きながら、わたしの話に耳を傾けてくれました。

そして、わたしが、デリック様との出来事を話すと、彼は何も言わず、ただ、じっとわたしの手を取り優しく握ってくれました。

彼の温かい手に、わたしは何度も救われました。

彼の存在が、絶望の淵から救い出してくれたのです。

彼と過ごす時間が、何よりも大切になっていきました。

デリック様との結婚を夢見ていた頃よりも、ずっと心が満たされているように感じられました。


「今日は、笑っているな。薬の効き目か?」

ある日、セオドール様は、そう尋ねました。

わたしは、彼の言葉に少しだけ照れくさくなりました。

「違います。いつも……あなたが来てくれるから」

わたしは、精一杯の勇気を出して、そう言いました。

彼は、わたしの言葉を聞くと、一瞬、沈黙しました。

そして、耳まで真っ赤に染めて、「馬鹿なことを」と呟きました。

わたしは、そんな彼を見て、思わず、笑ってしまいました。

本当に、この人は、どうしてこんなにも不器用なのでしょう。

でも、そんな彼の不器用な優しさが、わたしは、とても好きでした。

ぎこちなくも優しい時間が、わたしの心を少しずつ癒していく。

わたしは、この時間が、ずっと続けばいいと、心から願っていました。

ですが、そのささやかな幸せの裏で、わたしの知らないところで、新たな動きが始まっていたことを、わたしはまだ、知りませんでした。

デリック様が、わたしを切り捨て、侍女のカリナを新たな花嫁として迎える準備を始めているという、恐ろしい噂が、社交界で囁かれ始めているということを……。
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