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第5章 消えた傷、戻る笑顔
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セオドール様が去った後、わたしの部屋には、淡い光を放つ小さな小瓶だけが残されました。
掌に乗るほどの小さな瓶。
中に入っているのは、まるで星屑を溶かし込んだかのような、きらきらと輝く液体です。
「……傷を癒すのは無理だが、隠すことならできる」
彼の無骨な言葉が、わたしの耳に蘇ります。
嘘みたいです。
まさか、こんな魔法のような薬があるなんて。
けれど、彼の真剣な眼差しは、嘘を言っているようには見えませんでした。
わたしは、震える手で小瓶の蓋を開けました。
ふわりと、甘く、けれどどこか薬草のような清涼感のある香りが、部屋いっぱいに広がります。
わたしは、恐る恐る、指先に液体を少しだけつけ、腕の包帯を解きました。
真新しい包帯の下に現れたのは、痛々しいほど赤く、深く刻まれた傷痕です。
まるで、わたしが受けた心の傷をそのまま形にしたかのようでした。
わたしは、思わず目を閉じ、深く息を吐きました。
怖いです。
本当に、この薬は効くのでしょうか。
もし、効かなかったら?
また、デリック様のように、わたしを嘲笑う人が現れたら?
わたしは臆病な心に負けそうになりましたが、セオドール様の顔が、わたしの脳裏に浮かびました。
「お前に涙は似合わない」
あの無愛想な魔術師の、不器用な優しさを思い出すと、不思議と勇気が湧いてきました。
わたしは、もう一度、深く息を吸い込み、意を決して液体を傷痕に塗りつけました。
ひんやりとした感覚が、腕全体に広がります。
そして、ほんの少しだけ、熱を帯びたような不思議な感覚がしました。
「……え……?」
わたしは、目を見開きました。
赤く、深く刻まれていた傷痕が、まるで幻のように、すっと薄れていくのが見えたからです。
まるで、魔法にかけられたかのように。
赤黒かった傷痕は、徐々に肌の色に馴染んでいき、数分もしないうちに、ほとんど見えなくなってしまったのです。
わたしは、驚きで震える手で、腕の傷痕に触れました。
痛みは、もうありませんでした。
ただ、ほんの少しだけ、皮膚が引きつったような感覚が残るだけです。
「……夢みたい……」
わたしは、声にならないほど小さく呟きました。
デリック様に「傷物」と宣告され、絶望の淵に突き落とされたわたし。
もう、二度と明るい未来は来ないのだと、そう思っていました。
ですが、セオドール様がくれたこの薬が、わたしにもう一度、希望をくれたのです。
わたしは、鏡台に映る自分の顔を、じっと見つめました。
泣き腫らした目は、まだ少し赤いままでしたが、その口元には、いつの間にか、小さな笑みが浮かんでいました。
「……よかった……」
わたしは、心の底からそう思いました。
その時、コンコン、と部屋の扉がノックされました。
「……リシェル様、セオドール様がお戻りになりました」
侍女の声が聞こえ、わたしは慌てて腕を隠しました。
セオドール様は、なぜ戻ってこられたのでしょう?
わたしは不思議に思いながら、扉を開けました。
そこに立っていたのは、やはり、無愛想な顔をしたセオドール様でした。
「……何か、忘れ物でも?」
わたしが尋ねると、彼はぶっきらぼうに首を横に振りました。
「いや。……薬の効果はどうだった?」
彼の言葉に、わたしは思わず、顔が赤くなるのを感じました。
「あの、はい……。とても、すごくて……」
わたしは腕を差し出し、彼に傷痕が消えたことを見せました。
セオドール様は、わたしの腕を見て、少し驚いたような顔をしました。
「……ふむ。予想以上だな」
彼はそう言うと、わたしの腕に触れました。
その指先は、ひんやりとして、とても冷たい。
まるで、彼の態度を表しているかのように。
ですが、その指先からは不思議と、温かいものが伝わってきました。
「……ありがとうございます。セオドール様。本当に……」
わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えました。
セオドール様は、わたしの言葉を聞くと、視線を逸らし、ぶっきらぼうに言いました。
「……効果は、一時的だ。せいぜい、三日と持たないだろうな」
彼の言葉に、わたしは少しだけ、悲しくなりました。
やはり、この幸福は長く続かないのでしょうか。
「……それでも、嬉しいです。辛くなる傷を見なくて済むだけでうれしいもの……」
わたしは俯いて、そう呟きました。
すると、セオドール様は私の言葉を聞き、少しだけ口元を緩めました。
「……お前の涙を止めるくらいには、役立つだろうな」
彼の言葉は、とても無骨でした。
ですが、その言葉には、わたしを心配してくれている、優しい気持ちが込められているように感じられました。
胸が熱くなり、わたしは、思わず、彼の袖を掴んでしまいました。
「セオドール様……!」
わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えたくて、そう呼びました。
すると、彼は、一瞬、驚いたような顔をして、わたしの手からそっと袖を抜きました。
「……ば、馬鹿なことを」
彼は、そう言うと、耳まで真っ赤に染めて、そっぽを向いてしまいました。
わたしは、彼の意外な一面を見て、思わず微笑んでしまいました。
この無愛想な魔術師は、案外、照れ屋なのかもしれません。
わたしは、彼の真っ赤な耳を見て、くすくす笑いました。
「……もう、笑えるようになったのか。お前は笑顔がよく似合う」
セオドール様は、ぶっきらぼうにそう言いましたが、その声は、どこか嬉しそうに聞こえました。
わたしは、彼に精一杯の笑顔を向けました。
「はい。セオドール様のおかげです」
わたしの笑顔に、彼は、もう一度、口元を緩めました。
掌に乗るほどの小さな瓶。
中に入っているのは、まるで星屑を溶かし込んだかのような、きらきらと輝く液体です。
「……傷を癒すのは無理だが、隠すことならできる」
彼の無骨な言葉が、わたしの耳に蘇ります。
嘘みたいです。
まさか、こんな魔法のような薬があるなんて。
けれど、彼の真剣な眼差しは、嘘を言っているようには見えませんでした。
わたしは、震える手で小瓶の蓋を開けました。
ふわりと、甘く、けれどどこか薬草のような清涼感のある香りが、部屋いっぱいに広がります。
わたしは、恐る恐る、指先に液体を少しだけつけ、腕の包帯を解きました。
真新しい包帯の下に現れたのは、痛々しいほど赤く、深く刻まれた傷痕です。
まるで、わたしが受けた心の傷をそのまま形にしたかのようでした。
わたしは、思わず目を閉じ、深く息を吐きました。
怖いです。
本当に、この薬は効くのでしょうか。
もし、効かなかったら?
また、デリック様のように、わたしを嘲笑う人が現れたら?
わたしは臆病な心に負けそうになりましたが、セオドール様の顔が、わたしの脳裏に浮かびました。
「お前に涙は似合わない」
あの無愛想な魔術師の、不器用な優しさを思い出すと、不思議と勇気が湧いてきました。
わたしは、もう一度、深く息を吸い込み、意を決して液体を傷痕に塗りつけました。
ひんやりとした感覚が、腕全体に広がります。
そして、ほんの少しだけ、熱を帯びたような不思議な感覚がしました。
「……え……?」
わたしは、目を見開きました。
赤く、深く刻まれていた傷痕が、まるで幻のように、すっと薄れていくのが見えたからです。
まるで、魔法にかけられたかのように。
赤黒かった傷痕は、徐々に肌の色に馴染んでいき、数分もしないうちに、ほとんど見えなくなってしまったのです。
わたしは、驚きで震える手で、腕の傷痕に触れました。
痛みは、もうありませんでした。
ただ、ほんの少しだけ、皮膚が引きつったような感覚が残るだけです。
「……夢みたい……」
わたしは、声にならないほど小さく呟きました。
デリック様に「傷物」と宣告され、絶望の淵に突き落とされたわたし。
もう、二度と明るい未来は来ないのだと、そう思っていました。
ですが、セオドール様がくれたこの薬が、わたしにもう一度、希望をくれたのです。
わたしは、鏡台に映る自分の顔を、じっと見つめました。
泣き腫らした目は、まだ少し赤いままでしたが、その口元には、いつの間にか、小さな笑みが浮かんでいました。
「……よかった……」
わたしは、心の底からそう思いました。
その時、コンコン、と部屋の扉がノックされました。
「……リシェル様、セオドール様がお戻りになりました」
侍女の声が聞こえ、わたしは慌てて腕を隠しました。
セオドール様は、なぜ戻ってこられたのでしょう?
わたしは不思議に思いながら、扉を開けました。
そこに立っていたのは、やはり、無愛想な顔をしたセオドール様でした。
「……何か、忘れ物でも?」
わたしが尋ねると、彼はぶっきらぼうに首を横に振りました。
「いや。……薬の効果はどうだった?」
彼の言葉に、わたしは思わず、顔が赤くなるのを感じました。
「あの、はい……。とても、すごくて……」
わたしは腕を差し出し、彼に傷痕が消えたことを見せました。
セオドール様は、わたしの腕を見て、少し驚いたような顔をしました。
「……ふむ。予想以上だな」
彼はそう言うと、わたしの腕に触れました。
その指先は、ひんやりとして、とても冷たい。
まるで、彼の態度を表しているかのように。
ですが、その指先からは不思議と、温かいものが伝わってきました。
「……ありがとうございます。セオドール様。本当に……」
わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えました。
セオドール様は、わたしの言葉を聞くと、視線を逸らし、ぶっきらぼうに言いました。
「……効果は、一時的だ。せいぜい、三日と持たないだろうな」
彼の言葉に、わたしは少しだけ、悲しくなりました。
やはり、この幸福は長く続かないのでしょうか。
「……それでも、嬉しいです。辛くなる傷を見なくて済むだけでうれしいもの……」
わたしは俯いて、そう呟きました。
すると、セオドール様は私の言葉を聞き、少しだけ口元を緩めました。
「……お前の涙を止めるくらいには、役立つだろうな」
彼の言葉は、とても無骨でした。
ですが、その言葉には、わたしを心配してくれている、優しい気持ちが込められているように感じられました。
胸が熱くなり、わたしは、思わず、彼の袖を掴んでしまいました。
「セオドール様……!」
わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えたくて、そう呼びました。
すると、彼は、一瞬、驚いたような顔をして、わたしの手からそっと袖を抜きました。
「……ば、馬鹿なことを」
彼は、そう言うと、耳まで真っ赤に染めて、そっぽを向いてしまいました。
わたしは、彼の意外な一面を見て、思わず微笑んでしまいました。
この無愛想な魔術師は、案外、照れ屋なのかもしれません。
わたしは、彼の真っ赤な耳を見て、くすくす笑いました。
「……もう、笑えるようになったのか。お前は笑顔がよく似合う」
セオドール様は、ぶっきらぼうにそう言いましたが、その声は、どこか嬉しそうに聞こえました。
わたしは、彼に精一杯の笑顔を向けました。
「はい。セオドール様のおかげです」
わたしの笑顔に、彼は、もう一度、口元を緩めました。
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