【完結】傷物令嬢は無愛想な宮廷魔術師に溺愛される ~元婚約者に捨てられた私ですが、彼の言葉が私を強くしてくれました~

朝日みらい

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第4章 無愛想な魔術師

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 デリック様が去った後、わたしの世界は音を立てて崩壊しました。

部屋に差し込む光は、先ほどまで希望に満ちていたのに、今はただ、嘲笑っているようにしか見えません。

「……う、うう……」

涙が止まりません。

わたしは、布団に顔を埋め、声にならない嗚咽を漏らしました。

どうして。

わたしは、一体、何をしたというのでしょう。

ただ、デリック様との結婚を夢見ていただけなのに。

ただ、彼を愛していただけなのに。

「傷物……」

デリック様の冷たい声が、わたしの頭の中で、何度も何度も繰り返されます。

わたしは、恐る恐る、腕の包帯に触れました。

包帯の下には、深い傷が刻まれています。

この傷は、もう消えることはないでしょう。

そして、この傷がわたしが「傷物」である証なのです。

わたしは、もう、デリック様の花嫁になることはできない。

そう、デリック様が言いました。

わたしは、愛しい人から、あっさりと切り捨てられたのです。

わたしは、もう、誰からも必要とされない存在なのだ。

そう思うと、胸が苦しくて、息ができません。

このまま、この場所で、一人で消えてしまいたい。

わたしは、心の底からそう願いました。

その時、部屋の扉が静かに開きました。

「……どなたですか」

わたしは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を隠すように、布団に顔を埋めました。

「侯爵令嬢リシェル様で間違いないか?」

低い、けれど、落ち着いた声が聞こえてきました。

デリック様の甘い声とは違う、どこか無愛想な声でした。

「……はい、そうですけど……」

わたしは、震える声で答えました。

「入るぞ」

そう言って、勝手に部屋に入ってきたその人物に、わたしは思わず顔を上げました。

そこに立っていたのは、見慣れない青年でした。

黒い髪に、深い群青の瞳。

すらりと背が高く、細身の体つきです。

整った顔立ちですが、表情はまるで凍りついた氷のようで、何も感情を読み取ることができません。

彼は、誰よりも無愛想な雰囲気ですが、どこか、不思議な魅力があるように見えました。

わたしは、彼のことを知っていました。

王宮所属の宮廷魔術師、セオドール=ヴァレンティア様。

確か、治癒薬の研究を専門にされているとか。

でも、なぜ、彼がここに?

「セオドール様……? どうして、ここに……」

「事件が気になって、立ち寄っただけだ」

彼は、ぶっきらぼうにそう言うと、わたしのベッドサイドまで歩いてきました。

そして、わたしの顔を、じっと見つめました。

「泣きそうな顔だな」

彼の言葉に、わたしは、思わず息を呑みました。

デリック様は、わたしの顔を見て、こう言いました。

「君の顔は、まだ美しい」と。

そして、わたしを切り捨てました。

ですが、目の前にいるセオドール様は、わたしの顔を見て、「泣きそうな顔だな」と言ったのです。

それは、わたしが、今にも泣き出してしまいそうな、悲しい顔をしているということを、彼は理解しているということでしょうか。

「……わたくしは、大丈夫です」

わたしは、精一杯、強がってそう言いました。

ですが、わたしの声は、震えていました。

セオドール様は、何も言わず、ただじっと、わたしを見つめていました。

そして、懐から、小さなガラスの小瓶を取り出しました。

「これは……?」

小瓶の中には、淡い光が揺らめいています。

まるで、星屑を閉じ込めたかのように、きらきらと輝いていました。

「……傷を癒すのは無理だが、隠すことならできる」

セオドール様は、ぶっきらぼうにそう言って、その小瓶をわたしに差し出しました。

わたしは、怪訝に眉を寄せました。

「なぜ、私にそんなことを……?」

わたしは、彼とは初対面のはずです。

それなのに、なぜ、彼は、わたしにこんなにも親切にしてくれるのですか?

デリック様が、わたしを「傷物」と呼び、見捨てたというのに。

わたしは、彼を試すように、じっと見つめました。

「理由はないが」

セオドール様は、ぶっきらぼうにそう答えました。

「お前に涙は似合わない」

その言葉に、わたしは、胸が熱くなりました。

わたしが、泣きそうな顔をしていたから。

その、ただ、それだけの理由で、彼はわたしに優しくしてくれたのです。

デリック様は、わたしを「傷物」と呼び、見捨てたというのに。

わたしは、彼の言葉に、心の奥に、じんわりと温かいものが灯るのを感じました。

それは、まるで凍りついた大地に小さな花が咲いたかのような、そんな不思議な感覚でした。

わたしは、震える手で小瓶を受け取りました。

「あ、ありがとうございます……」

わたしは、絞り出すような声で、そう言いました。

セオドール様は、何も答えず、ただ、わたしを見つめていました。

その視線は、まるで、わたしを大切に思っているかのような、そんな温かい視線でした。

わたしは、彼の優しい視線に、顔が熱くなるのを感じました。

「あの……」

わたしが、何かを言おうとすると、彼は、静かに立ち上がりました。

「……俺は、もう行く」

そう言って、彼は踵を返し、部屋を出ていこうとしました。

「セオドール様!」

わたしは、思わず、彼の名前を呼びました。

彼は振り返ることなく、静かに部屋を出ていきました。

わたしは、彼の姿が見えなくなるまで、ずっと彼の背中を見つめていました。

部屋に残されたのは、わたしと、そして淡い光を放つ小さな小瓶だけでした。
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