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【第十三章】春のドレス
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春の王都は、どこか眩しく見えました。
港町から戻ってくる馬車の窓越しに見える街並み。
かつて息苦しく感じたはずの場所が、今は少し違って見えます。
「ここが……私の原点」
柔らかな陽の光を浴びながら、私は小さく呟きました。
隣に座るアシェル様が、穏やかに微笑みます。
「君と再びこの都に戻れるとは思わなかった」
「私もです。でも、今は怖くありません」
それは嘘ではありませんでした。
王城で開かれる春の晩餐会――。
あの夜、ピンクのドレスで立ち尽くした場所に、私はもう一度足を踏み入れようとしていました。
*
宰相府の一角にある客間。
久しぶりに鏡の前に立ち、姿を整えます。
「奥さま、よくお似合いです……まるで春そのもののようです」
ミーナが目を潤ませながら言いました。
彼女の手が少し震えているのを見て、私はそっと笑いました。
「ミーナ、ありがとう。あなたがいなければ、この日を迎えられなかったわ」
淡いピンクに、細やかな緑の刺繍があしらわれたドレス。
あの夜の決別の色に、新しい命を重ねたような装いです。
“夫の色”でも、“誰かのための色”でもない――。
私が、私として選んだ春の色。
胸元にはリンドウの小さなブローチを添えました。
旅の終わりと始まりを告げる花です。
「さあ、行ってらっしゃいませ。きっと、今日の奥さまは皆さまの憧れになりますよ」
「ええ。今度は笑顔で微笑んでこようと思います」
*
王都の大広間は、金と花の光に包まれていました。
天井から垂れるクリスタルの灯が、春の夜空の星のように輝いています。
楽団の奏でる音が流れる中、私はゆっくりと扉をくぐりました。
人々のざわめきが一瞬だけ止まりました。
それでも、怖くはありません。背を正して歩く。
その先、扉の向こうに――アシェル様が立っていました。
黒に近い深緑の礼服。
真摯な視線がまっすぐこちらを向いています。
そして、彼の隣に立った瞬間、会場が静まり、柔らかな拍手が広がりました。
“あの宰相夫妻が戻った”
そんな囁きが聞こえても、もう心は怯えませんでした。
「リリア、綺麗だ……」
静かな一言。
その言葉は、あの夜に欲しかった言葉でもありました。
「ありがとうございます。今日の私は――春のドレスですの」
「春の、ドレス?」
「ええ。あなたの緑と、私の花を一緒に咲かせました」
彼の口元が柔らかく緩み、握られた私の手が少し温かくなりました。
「……こんなに誇らしい夜は、初めてです」
「私も同じ気持ちですわ」
音楽が、新しい曲へと変わります。
彼がそっと手を差し出しました。
「踊ってくれますか? 今度こそ、最初から最後まで」
「ええ、喜んで」
二人で歩き出し、緩やかに踊りの輪の中央へと進みます。
足音が静かに響き、周囲の灯がゆっくりと滲んでいきました。
*
――あの夜。
私が孤独の中で脱ぎ捨てたピンクのドレス。
その記憶が、今ようやく「再生」へと変わっていくのが分かります。
彼と過ごすリズムが、息を合わせるように心地よく続いていく。
かつては遠すぎた手の温もりが、今はすぐ傍にあります。
「君の選ぶ色が、世界で一番美しい」
アシェル様が囁いた声が、優しく胸に落ちました。
私は微笑んで応えます。
「あなたがその色を、私に探させてくれたからです」
「リリア……ありがとう。
――もう、君の笑顔を失わないようにします」
光に包まれたまま、二人は踊り続けました。
時間も、空間も、まるで春そのもののようにやわらかく溶けていきます。
*
やがて舞踏の輪が解け、拍手が湧き上がりました。
私は深く一礼し、静かに立ち上がります。
その瞬間、誰かがそっと花びらを散らしました。
ピンクと緑が混ざり合い、光の中で舞います。
(――花は散っても、色は消えない)
心の中で静かに呟きました。
あの日、涙とともに手放した色が、今では未来を照らす光になっています。
アシェル様の手を取り、少し笑いました。
「さあ、帰りましょう。私たちの新しい日々へ」
「ああ。君と共に、どこまでも」
大扉の向こう、春の夜風が優しく吹き込みます。
セージの香りと共に、忘れな草がどこかで咲いていました。
港町から戻ってくる馬車の窓越しに見える街並み。
かつて息苦しく感じたはずの場所が、今は少し違って見えます。
「ここが……私の原点」
柔らかな陽の光を浴びながら、私は小さく呟きました。
隣に座るアシェル様が、穏やかに微笑みます。
「君と再びこの都に戻れるとは思わなかった」
「私もです。でも、今は怖くありません」
それは嘘ではありませんでした。
王城で開かれる春の晩餐会――。
あの夜、ピンクのドレスで立ち尽くした場所に、私はもう一度足を踏み入れようとしていました。
*
宰相府の一角にある客間。
久しぶりに鏡の前に立ち、姿を整えます。
「奥さま、よくお似合いです……まるで春そのもののようです」
ミーナが目を潤ませながら言いました。
彼女の手が少し震えているのを見て、私はそっと笑いました。
「ミーナ、ありがとう。あなたがいなければ、この日を迎えられなかったわ」
淡いピンクに、細やかな緑の刺繍があしらわれたドレス。
あの夜の決別の色に、新しい命を重ねたような装いです。
“夫の色”でも、“誰かのための色”でもない――。
私が、私として選んだ春の色。
胸元にはリンドウの小さなブローチを添えました。
旅の終わりと始まりを告げる花です。
「さあ、行ってらっしゃいませ。きっと、今日の奥さまは皆さまの憧れになりますよ」
「ええ。今度は笑顔で微笑んでこようと思います」
*
王都の大広間は、金と花の光に包まれていました。
天井から垂れるクリスタルの灯が、春の夜空の星のように輝いています。
楽団の奏でる音が流れる中、私はゆっくりと扉をくぐりました。
人々のざわめきが一瞬だけ止まりました。
それでも、怖くはありません。背を正して歩く。
その先、扉の向こうに――アシェル様が立っていました。
黒に近い深緑の礼服。
真摯な視線がまっすぐこちらを向いています。
そして、彼の隣に立った瞬間、会場が静まり、柔らかな拍手が広がりました。
“あの宰相夫妻が戻った”
そんな囁きが聞こえても、もう心は怯えませんでした。
「リリア、綺麗だ……」
静かな一言。
その言葉は、あの夜に欲しかった言葉でもありました。
「ありがとうございます。今日の私は――春のドレスですの」
「春の、ドレス?」
「ええ。あなたの緑と、私の花を一緒に咲かせました」
彼の口元が柔らかく緩み、握られた私の手が少し温かくなりました。
「……こんなに誇らしい夜は、初めてです」
「私も同じ気持ちですわ」
音楽が、新しい曲へと変わります。
彼がそっと手を差し出しました。
「踊ってくれますか? 今度こそ、最初から最後まで」
「ええ、喜んで」
二人で歩き出し、緩やかに踊りの輪の中央へと進みます。
足音が静かに響き、周囲の灯がゆっくりと滲んでいきました。
*
――あの夜。
私が孤独の中で脱ぎ捨てたピンクのドレス。
その記憶が、今ようやく「再生」へと変わっていくのが分かります。
彼と過ごすリズムが、息を合わせるように心地よく続いていく。
かつては遠すぎた手の温もりが、今はすぐ傍にあります。
「君の選ぶ色が、世界で一番美しい」
アシェル様が囁いた声が、優しく胸に落ちました。
私は微笑んで応えます。
「あなたがその色を、私に探させてくれたからです」
「リリア……ありがとう。
――もう、君の笑顔を失わないようにします」
光に包まれたまま、二人は踊り続けました。
時間も、空間も、まるで春そのもののようにやわらかく溶けていきます。
*
やがて舞踏の輪が解け、拍手が湧き上がりました。
私は深く一礼し、静かに立ち上がります。
その瞬間、誰かがそっと花びらを散らしました。
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