【完結】二十五歳のドレスを脱ぐとき ~「私という色」を探しに出かけます~

朝日みらい

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【第十三章】春のドレス

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 春の王都は、どこか眩しく見えました。  
 港町から戻ってくる馬車の窓越しに見える街並み。  
 かつて息苦しく感じたはずの場所が、今は少し違って見えます。

「ここが……私の原点」

 柔らかな陽の光を浴びながら、私は小さく呟きました。  
 隣に座るアシェル様が、穏やかに微笑みます。

「君と再びこの都に戻れるとは思わなかった」

「私もです。でも、今は怖くありません」

 それは嘘ではありませんでした。  
 王城で開かれる春の晩餐会――。  
 あの夜、ピンクのドレスで立ち尽くした場所に、私はもう一度足を踏み入れようとしていました。



 宰相府の一角にある客間。  
 久しぶりに鏡の前に立ち、姿を整えます。

「奥さま、よくお似合いです……まるで春そのもののようです」

 ミーナが目を潤ませながら言いました。  
 彼女の手が少し震えているのを見て、私はそっと笑いました。

「ミーナ、ありがとう。あなたがいなければ、この日を迎えられなかったわ」

 淡いピンクに、細やかな緑の刺繍があしらわれたドレス。  
 あの夜の決別の色に、新しい命を重ねたような装いです。  
 “夫の色”でも、“誰かのための色”でもない――。  
 私が、私として選んだ春の色。

 胸元にはリンドウの小さなブローチを添えました。  
 旅の終わりと始まりを告げる花です。

「さあ、行ってらっしゃいませ。きっと、今日の奥さまは皆さまの憧れになりますよ」

「ええ。今度は笑顔で微笑んでこようと思います」



 王都の大広間は、金と花の光に包まれていました。  
 天井から垂れるクリスタルの灯が、春の夜空の星のように輝いています。  
 楽団の奏でる音が流れる中、私はゆっくりと扉をくぐりました。

 人々のざわめきが一瞬だけ止まりました。  
 それでも、怖くはありません。背を正して歩く。  
 その先、扉の向こうに――アシェル様が立っていました。

 黒に近い深緑の礼服。  
 真摯な視線がまっすぐこちらを向いています。

 そして、彼の隣に立った瞬間、会場が静まり、柔らかな拍手が広がりました。  
 “あの宰相夫妻が戻った”  
 そんな囁きが聞こえても、もう心は怯えませんでした。

「リリア、綺麗だ……」

 静かな一言。  
 その言葉は、あの夜に欲しかった言葉でもありました。

「ありがとうございます。今日の私は――春のドレスですの」

「春の、ドレス?」

「ええ。あなたの緑と、私の花を一緒に咲かせました」

 彼の口元が柔らかく緩み、握られた私の手が少し温かくなりました。

「……こんなに誇らしい夜は、初めてです」

「私も同じ気持ちですわ」

 音楽が、新しい曲へと変わります。  
 彼がそっと手を差し出しました。

「踊ってくれますか? 今度こそ、最初から最後まで」

「ええ、喜んで」

 二人で歩き出し、緩やかに踊りの輪の中央へと進みます。  
 足音が静かに響き、周囲の灯がゆっくりと滲んでいきました。



 ――あの夜。  
 私が孤独の中で脱ぎ捨てたピンクのドレス。  
 その記憶が、今ようやく「再生」へと変わっていくのが分かります。

 彼と過ごすリズムが、息を合わせるように心地よく続いていく。  
 かつては遠すぎた手の温もりが、今はすぐ傍にあります。

「君の選ぶ色が、世界で一番美しい」

 アシェル様が囁いた声が、優しく胸に落ちました。  
 私は微笑んで応えます。

「あなたがその色を、私に探させてくれたからです」

「リリア……ありがとう。  
 ――もう、君の笑顔を失わないようにします」

 光に包まれたまま、二人は踊り続けました。  
 時間も、空間も、まるで春そのもののようにやわらかく溶けていきます。



 やがて舞踏の輪が解け、拍手が湧き上がりました。  
 私は深く一礼し、静かに立ち上がります。  
 その瞬間、誰かがそっと花びらを散らしました。  
 ピンクと緑が混ざり合い、光の中で舞います。

(――花は散っても、色は消えない)

 心の中で静かに呟きました。  
 あの日、涙とともに手放した色が、今では未来を照らす光になっています。

 アシェル様の手を取り、少し笑いました。

「さあ、帰りましょう。私たちの新しい日々へ」

「ああ。君と共に、どこまでも」

 大扉の向こう、春の夜風が優しく吹き込みます。  
 セージの香りと共に、忘れな草がどこかで咲いていました。
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