【完結】無自覚モブ令嬢、王宮ラブロマンスの主役にされるなんて ~破棄された平凡侍女ですが、王太子殿下に溺愛されてます~

朝日みらい

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第8章:嫉妬と微笑みと氷の剣

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 婚約者になった――それだけで、わたしの世界は一気に変わりました。



 侍女仲間の視線は、昨日までとまるで違っていて。

「どうせすぐ捨てられるわよ」

「地味なくせに、調子に乗って」

 笑顔の皮をかぶった言葉の刃が、日々のあいさつのように投げかけられます。



 ……でも、わたしは“侍女”です。

陰で支える役目だから、注目なんて、本来は避けるべきもの。

それなのにいまは、王宮の視線がわたしに集まって――

 本当なら、うれしいはずなのに。なのに、胸が痛いのです。



 そんな中で、ひとりだけ。

 変わらず、でも少しだけ違う眼差しを向けてくれる人がいました。


「君は君のままでいてくれればいい」

 グレイ様。

 氷の騎士と称されるほどに冷静沈着な方。

セラフィナ様に忠誠を誓い、決して感情を表に出さない騎士。

 そのはずだったのに、最近、わたしの前では……ほんの少しだけ、柔らかい表情を見せるようになったのです。



 例えば、中庭の薔薇に水をやっていた時。

「リリィ。王太子に近づくな」

 その言葉は、冷たくて厳しい――でも、どこか優しさが混じっていて。

「……わたしは侍女です。でも、殿下の婚約者でもあるから……」

 答えながら、自分でもよくわからなくなりました。

 侍女として仕えるべき?

 それとも、婚約者として守られるべきなの?


 グレイ様は少しだけ目を伏せて――そして、真っ直ぐわたしを見て言いました。

「君が誰の側に立とうと、君の選択だ。ただ、それが危ういなら、剣で遮る。アルバイン公爵からも頼まれている」

 ……危うい? アルバイン公爵様から?

 わたしが誰かの“駒”として使われるのを心配しているの?

そう言いたかったのでしょうか。

 その声は、まるで氷の剣。

鋭くて、でも痛みではなく、胸に冷たい水を注ぐような感覚でした。



 ユリウス殿下は、変わらず優しく接してくれます。

「焼きたてのアップルパイだよ。紅茶と合うと思って」

「君に似合う本を見つけたんだ。宮廷図書館で」

 ……そんなにたくさん優しくされたら、また心が揺れてしまうじゃないですか。

 殿下の微笑みは、とても柔らかくて。

 でもグレイ様は、冷たい風のように現れては、ぽつりと警告を残していく。

「君が苦しむのは、見たくない」

 その言葉に、わたしは気づいてしまいました。

 あの氷の騎士が、わたしのために、盾となろうとしているのだと――

 心は少しずつ、誰かに引き寄せられていく。

 でも、どちらに傾けばいいのかは、まだわからない。



 王太子の優しさ。

 騎士の静かな守り。

 わたしが誰を選ぶのか。誰と選ばれるのか。



 答えはまだ見えませんでした。

 ただ――心が揺れている。そのことだけは、確かでした。
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