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第9章:秘密の肖像画と夢の中の花園
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それは、ある晴れた午後のことでした。
衣装係の作業を終えて部屋に戻ったわたしの元に、小さな箱が届けられました。
白いリボンがかけられた、贈り物のような丁寧な梱包。
宛名は……わたしの名前――“リリィ・エンフィールド”。
「え、誰から……?」
誰かがいたずらで間違えて置いたのかと思いながら、恐る恐る箱を開けると、中には一枚の絵が入っていました。
肖像画。
わたし……? 幼いわたし?
――えっ?
でも、わたしは絵を描いてもらったことなど記憶にありません。
侍女が肖像画を贈られるなんて、ありえないことですし、依頼した覚えもないのです。
描かれているのは、花園の中にいる幼い少女でした。
柔らかい光が降り注ぐ春の庭園。
ドレス姿のわたしが、誰かに抱き寄せられるように笑っていて、顔には穏やかな幸福が漂っていました。
でも、その“誰か”は、絵の中に描かれていません。
ただ、腕と手の一部だけが見えていて、その人物が誰かはわからないように描かれていたのです。
不思議な……懐かしいような、胸が苦しくなるような感覚。
「この絵……見覚えがある気がします……でも……」
目を伏せた瞬間、夢の記憶がふと蘇ってきました。
――そうだ。わたし、同じ風景を“夢”の中で見たことがある。
離宮の花園。ドレス姿。誰かの腕の中で微笑んでいた自分。
まさか、記憶の欠片が実際の形として絵になって届くなんて、そんなことあるわけ……
「これは、昔の君なの?」
突然、背後から声がしました。
びっくりして振り向くと、そこにはユリウス殿下が立っていました。窓から入ってきたのでしょうか、それとも――
「殿下!? いつからそこに!?」
「つい今さ。肖像画の件、離宮の倉庫に隠してあったそうだよ。驚いた?」
「驚くどころじゃないです……これは、頭に浮かんできた景色で……」
「それなら、きっと遠い記憶の中にある君だね?」
「……そうなのか、分からない……」
「君を守るよ。すべてから」
――遠い記憶……
わたしにそんなものが、実際にあったのですね。
毎日を無難に過ごし、誰にも注目されず、王女様の影として働くだけの日々。
なのに、殿下の言葉は、わたしの中に眠っていた何かを呼び覚ましたのでしょうか。
「君を守るよ。すべてから」
その言葉が、絵の中のわたしに重なって――胸が、また跳ねました。
ずっと本当の自分から逃げて来ました。
確かにわたしには“出生の秘密”があります。
幼い頃の記憶は曖昧で、家系もはっきりせず、王宮に侍女として迎えられた経緯にもどこか靄がかかっています。
“事故”のせいだと教えられてきましたが、本当にそうなのか――最近、疑問が募るばかりです。
もしこの秘密が明かされたとき、殿下はどうするのかな? 怖がられるかしら。
そう思うと、怖くて。
でも――でも、わたしは、この絵に描かれた“本当のわたし”を、ただの幻想として終わらせたくないと、心のどこかで思ってもいたんです。
夢の花園の中で笑っていたわたしも全部受け入れて、もっと自分を愛せるように。そうしたら殿下のことも周りの人も愛せるはず。
いつか幸せな現実にするために。
わたしの物語は、もう“影”では終わせたくないんです。
衣装係の作業を終えて部屋に戻ったわたしの元に、小さな箱が届けられました。
白いリボンがかけられた、贈り物のような丁寧な梱包。
宛名は……わたしの名前――“リリィ・エンフィールド”。
「え、誰から……?」
誰かがいたずらで間違えて置いたのかと思いながら、恐る恐る箱を開けると、中には一枚の絵が入っていました。
肖像画。
わたし……? 幼いわたし?
――えっ?
でも、わたしは絵を描いてもらったことなど記憶にありません。
侍女が肖像画を贈られるなんて、ありえないことですし、依頼した覚えもないのです。
描かれているのは、花園の中にいる幼い少女でした。
柔らかい光が降り注ぐ春の庭園。
ドレス姿のわたしが、誰かに抱き寄せられるように笑っていて、顔には穏やかな幸福が漂っていました。
でも、その“誰か”は、絵の中に描かれていません。
ただ、腕と手の一部だけが見えていて、その人物が誰かはわからないように描かれていたのです。
不思議な……懐かしいような、胸が苦しくなるような感覚。
「この絵……見覚えがある気がします……でも……」
目を伏せた瞬間、夢の記憶がふと蘇ってきました。
――そうだ。わたし、同じ風景を“夢”の中で見たことがある。
離宮の花園。ドレス姿。誰かの腕の中で微笑んでいた自分。
まさか、記憶の欠片が実際の形として絵になって届くなんて、そんなことあるわけ……
「これは、昔の君なの?」
突然、背後から声がしました。
びっくりして振り向くと、そこにはユリウス殿下が立っていました。窓から入ってきたのでしょうか、それとも――
「殿下!? いつからそこに!?」
「つい今さ。肖像画の件、離宮の倉庫に隠してあったそうだよ。驚いた?」
「驚くどころじゃないです……これは、頭に浮かんできた景色で……」
「それなら、きっと遠い記憶の中にある君だね?」
「……そうなのか、分からない……」
「君を守るよ。すべてから」
――遠い記憶……
わたしにそんなものが、実際にあったのですね。
毎日を無難に過ごし、誰にも注目されず、王女様の影として働くだけの日々。
なのに、殿下の言葉は、わたしの中に眠っていた何かを呼び覚ましたのでしょうか。
「君を守るよ。すべてから」
その言葉が、絵の中のわたしに重なって――胸が、また跳ねました。
ずっと本当の自分から逃げて来ました。
確かにわたしには“出生の秘密”があります。
幼い頃の記憶は曖昧で、家系もはっきりせず、王宮に侍女として迎えられた経緯にもどこか靄がかかっています。
“事故”のせいだと教えられてきましたが、本当にそうなのか――最近、疑問が募るばかりです。
もしこの秘密が明かされたとき、殿下はどうするのかな? 怖がられるかしら。
そう思うと、怖くて。
でも――でも、わたしは、この絵に描かれた“本当のわたし”を、ただの幻想として終わらせたくないと、心のどこかで思ってもいたんです。
夢の花園の中で笑っていたわたしも全部受け入れて、もっと自分を愛せるように。そうしたら殿下のことも周りの人も愛せるはず。
いつか幸せな現実にするために。
わたしの物語は、もう“影”では終わせたくないんです。
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