聖女と魔王幹部は敵対している――はずなのに、今日も甘すぎる

朝日みらい

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第1章 聖女と参謀、最悪の出会い

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 ――鐘の音が鳴り響いていました。

 大聖堂に満ちる荘厳な響き。けれど、その調べを塗り潰すかのように、地の底から押し寄せるような轟音が襲います。

「聖女様! どうか、お早く避難を!」

 蒼ざめた顔の神官が叫ぶ声を、私は首を振って遮りました。

「いいえ。人々の祈りに応えるのが、聖女であるわたしの務めです。神のご加護を……」

 そう言って膝を折り、聖堂の大理石の床に手を組んで祈りを捧げる私。
 けれど、両目を閉じた瞬間にも分かるくらい、外は燃えさかり、震え揺れていました。
 魔王軍が……攻めてきたのです。

 恐怖はありました。胸は早鐘のように打って、震える足を押さえつけるのに必死だと言ってもよいほど。
 でも、私は聖女。人々の前では泣くことも怯えることも許されません。
 だから祈るのです。神よ、人々をどうかお救いください、と。

 その時でした。

 大聖堂の大扉が、轟音とともに打ち破られました。

 石片が飛び散り、放たれた炎が柱を舐める。神官や騎士たちの悲鳴が響き、光の差し込む聖堂が一気に戦場に変わりました。

 ……そして。

「……見つけた」

 静かな声でした。

 けれど、それは衝撃を持ってわたしの胸を貫きました。

 扉の崩れた隙間に、一人の男が立っていたのです。

 漆黒の軍服。長く艶めく黒髪。紅玉のような双眸には冷たい光が宿っていました。
 魔王軍の参謀――ヴァルト・ノア・ディアーネ。
 その名を私は知っています。どれほどの軍勢を巧みに操り、数多の人々を蹂躙してきたと恐れられる存在だと。

「きゃあっ、あれが……魔王軍の四天王……!」
「くそ……奴が出てきたら勝てるわけがない!」

 聖堂の騎士たちが剣を震わせるのを、私は祈りながら耳にしました。

 冷酷非情、無慈悲な策士――。
 けれど、彼が私を見つめるその眼差しは。

「……天使だ」

 耳を疑いました。

 敵軍の幹部が、聖堂を踏みにじる冷酷な参謀が、そんなことを……?

「……え?」

 思わず、目を瞬きました。
 けれど、彼はまるで世界が崩壊したことなどどうでもいいかのように。
 堂々とした姿で、ただひたすらに私を見つめていたのです。

 紅い瞳に凍りついた冷徹さは欠片もなく、そこにあるのは熱の宿った情だけ。
 その落差に、胸の奥がきゅっと掴まれるようでした。

「聖女エリシア・セレスティア……。――俺は今日、命を賭けるべきものを見つけた」

「は、はいっ!?」

 思わず声が裏返ります。
 わたしは祈りの姿勢のまま硬直してしまいました。
 司祭たちや護衛の騎士たちが混乱に叫び声をあげるのが、どこか遠くに聞こえるようでした。

「参謀閣下!? なにを……!?」
「敵はそこにいます! 命を取るのでは――」

「黙れ」

 ヴァルトは振り向きもせずに低く言い放ちました。
 その言葉には、部下すら従わせるだけの圧がありました。
 しかし……指し示す殺意は、わたしにはまるで向けられなかったのです。

 むしろ――。

 彼はゆっくりと歩を進め、私の前で膝をつきました。

 背筋が凍るような恐怖と同時に、胸が熱に浮かされるような高鳴りを覚えました。
 なぜ……なぜ敵に、こんなにも心が乱されるのですか。

「……あなたが……?」

「俺は、敵として来たんだ。だが……もう無理だ」

 そう告げる彼の声は、拭いようもなく真摯でした。

 その紅い瞳が、近づくたびに私を射抜き、心を焦がしていきます。

「君を泣かせる世界は、俺が壊す。君を傷つける剣はすべて折る。……聖女、俺の祈りはただ一つ。君を守らせてくれ」

「~~っ!」

 頬に熱が灯り、思わず両手で顔を覆ってしまいました。
 なにを言っているの、この人は! 敵なのに……敵のはずなのに!
 なのにどうして、わたしの胸はこんなにもざわめくのでしょうか。

「ヴァルト!」

 騎士リュシエルの声が鋭く響きました。
 聖堂の護衛として剣を抜き、私の前に立ちはだかります。

「聖女様に触れるな! 彼女はおまえのものではない!」

 怒声とともに剣が振り下ろされます。
 けれど、その一撃をヴァルトはひらりと躱しました。

「彼女を泣かせる者こそが、俺の敵だ」

「なにを……!」

 二人の間に火花が散ります。
 私は慌てて駆け寄り、崩れそうになった体勢で両者の間に立ちました。

「や、やめてください! ここは聖堂なのです! 血を流すなんて、そんな……!」

 必死で声をあげると、リュシエルは歯を食いしばり、剣を下ろしました。
 ヴァルトもまた静かに剣を収め、そのかわりに私へと伸ばされた指先が――そっと、私の頬に触れたのです。

「……っ」

 その手があまりにも優しく、温かくて。
 私は抗うこともできずに、ただ赤くなって俯いてしまいました。

「再び会おう。聖女」

 囁いた彼の声が、耳朶を灼くように熱を残しました。
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