聖女と魔王幹部は敵対している――はずなのに、今日も甘すぎる

朝日みらい

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第二章 花束を贈る悪の参謀

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 朝の光が、彩り豊かに大聖堂のステンドグラスから差し込んでいました。
 荘厳で清らかなはずの神殿の空気。ですが――なぜでしょう。今朝の私は、まるで心臓をぎゅっと握られているみたいに、息苦しかったのです。

(……昨日のことを、夢に見たからでしょうか)

 あの戦場で。
 命を奪われても不思議ではなかった私を前に、彼は――。

「……天使だ」

 そう呟いたのです。

(ば、ばか……っ! 敵なのに……!)

 思い出すたびに頬が熱を帯びてしまう私は、自分でも嫌になるほど単純です。
 しかも今朝、その羞恥と動揺に拍車をかける出来事が起こってしまいました。

 ――花束です。

 聖堂の玄関に置かれていた、大輪の薔薇の花束。
 上品な白と、血のように艶やかな深紅。二色の薔薇がひとつに束ねられ、純白のリボンで結ばれていました。

「せ、聖女様! こ、これは……罠ですぞ!!」

 真っ青になった神官長様が声を張り上げました。

「な……なにを考えているのですか、魔王軍の参謀が!」
「毒でも仕込まれているに違いない!」
「燃やしてしまえ!」

 一気に大騒ぎになる聖堂内。

「ま、待ってください! た、ただのお花かもしれません!」

 慌てて止めに入った私でしたが――正直、それは自分を誤魔化す言葉でした。
 だって、この薔薇は。

「……薔薇の花言葉は、“愛”と“献身”……」

 小さく囁いた声を、私は思わずごまかすように口を押えました。
 気づいたら胸がきゅうっとなり、触れる指先が震えてしまったのです。

(ち、違います……そういう意味じゃ……! これは敵国からの挑発で……)

 必死に否定しました。けれど。

「送り主は、誰なのですか……?」

 恐る恐る問えば、神官補佐の一人が青ざめた顔で小さな封書を差し出しました。

「そ、その……花束に添えられていた手紙でございます」

 私はごくりと喉を鳴らして、その封を開きました。

 中には短い言葉が、たったひとつだけ。

――「君の笑顔を咲かせたい。」

 その瞬間。

「~~っ!!!」

 顔中に熱が噴き出し、思わずその場に膝をつきそうになりました。
 周りの皆が心配そうに近づいてきます。

「せ、聖女様!? やはり毒の効果が……!」
「違いますからぁああああっ!」

 情けないくらい、ひきつった声を上げてしまいました。

 その日の午後。

 ――薔薇の送り主は、やはり彼でした。

 遠くの廊下から、不敵な笑みを浮かべた彼の姿を垣間見たのです。
 黒衣を翻しながら、しかしその紅の瞳は優しさを帯びて、私だけを見つめて……。

「エリシア」

「っ!」

 名前を呼ばれただけで心臓が鷲掴みにされるようでした。
 彼は敵です。恐るべき参謀で、討つべき相手で――。

「花、受け取ってくれたな」

「ど、どうしてそんなことを……!」

 必死に声を張り上げようとしたのに、気づけば小さなささやきになっていました。
 すると、彼はゆるりと歩み寄り、私の手を軽く取りました。

「君に似合うと思ったからだ。……白は君の清らかさ。赤は俺の想いだ」

「~~~~っ」

 すべてが恥ずかしすぎて、とても直視できません。
 けれど手を包む彼の熱に、私は逃れることもできませんでした。

「……そんな言葉を……信じるとでも思っているのですか」

「信じなくていい。ただ、俺はこうしていると幸せなんだ」

 囁かれ、頬に触れられた瞬間、心臓が破裂しそうになりました。

「お、お前……! なにを勝手に触れているのだ!」

「リュシエル!」

 駆けつけた護衛の騎士、リュシエルが剣を構えて睨みつけます。

「聖女様に近づくな! その薔薇一本も、我らにとっては毒同然だ!」

「俺にとっては彼女の微笑みの象徴だ」

「どの口が……っ!」

 二人の間にまたもや火花が散ります。
 私は必死に間に立ち、汗だくになって手を広げました。

「ふ、二人ともやめてくださいーっ!」

 思わず情けない声が響いて、廊下にまでこだましました。

 その夜。

 自室に戻っても、私は眠れませんでした。
 窓辺に置かれた白と赤の薔薇が、月明かりに照らされて妖しく揺れています。

(……敵のものなのに。なのに、こんなにも……胸があたたかいのはどうしてでしょう)

 花弁に手を伸ばし、指先でそっと撫でてみる。
 思わずその柔らかさに微笑んでしまった自分に、また驚きました。

「わたし……どうして……」

 分かりません。ただひとつだけ、確かなのは。

 あの冷酷な参謀――ヴァルトの言葉を思い出すたび、心臓が止まらないほど速くなるということ。
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