聖女と魔王幹部は敵対している――はずなのに、今日も甘すぎる

朝日みらい

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第三章 護衛騎士と参謀の火花

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 陽が傾きはじめた大聖堂の回廊を、わたし――エリシア・セレスティアは小走りで歩いていました。
 祈りを終えたばかりのはずなのに、胸は落ち着かず、唇までもわずかに震えてしまいます。

(あの方……ヴァルト様……)

 戦場で幾度も相まみえたはずなのです。人々にとっては恐ろしい「魔王軍幹部」。わたしにとっては敵……のはずなのに。あの紅の瞳でじっと見つめられると、心臓が跳ね上がってしまって……自分でも怖いくらいです。

「……エリシア?」

 不意に声をかけられ、はっと振り返りました。そこには、金の髪が夕陽を受けて煌めく、聖堂騎士――リュシエルが立っていました。

「そんなに慌てた顔をして……何があったんですか」

 正義感の強い声。けれどわたしにとっては優しい響きでもあります。幼い頃からずっと護ってくださった方ですから。

「あ、あの……少し、考えごとをしていただけで……」

「その“考えごと”が、敵の参謀のことではないならいいのですが」

 名前を出さずとも、すぐに思い知らされます。胸がずき、と痛みました。

「……」

 わたしが答えられずにいると、その場を裂くような低い声が飛び込んできました。

「“敵の参謀”とは俺のことか、聖堂騎士」

 振り返れば、夕闇の廊下の奥――黒い軍服を纏い、長い髪を風のように揺らしてこちらへ歩んでくるひとりの男。

 ヴァルト。

 彼が現れたこと自体、ありえないことです。ここは大聖堂の敷地、敵が歩いているなど――。

「……っ!」

リュシエルはすでに剣を抜いて構えていました。

「聖女を狙って、お前がどれほどの命を奪ったと思っている! 今ここで――」

「剣を向けるな」

ヴァルトは冷ややかに笑いました。

「俺が刃を向けるのは、彼女を泣かせたときだけだ」

「な……っ」

 その一言に、わたしの頬が熱に燃えました。
 なぜでしょう。敵のくせに、血の匂いを纏う人のはずなのに……その言葉が、あまりにも真っ直ぐで、胸の奥を震わせてしまったのです。

「ふざけるな……!」

リュシエルの声が上ずります。

「お前のような人間が、エリシアを口にする資格などない!」

 ギリ、と剣が軋む音がしました。対して、ヴァルトは余裕の笑みを浮かべたまま。

「資格? 面白い。なら問おう。お前は彼女に花を贈ったことはあるか? 夜、一人泣いているときにそばにいてやったことは?」

「っ……!」

 リュシエルの顔から血の気が引いていくのがわかりました。

 彼はきっと……わたしを心から想ってくださっているのです。でも、その想いを口にされたこともなく、触れられたことも、誰かに自慢されることもなかった。

「俺はある」

ヴァルトの低い声は、まるで勝利を確信しているかのよう。

「そして何度でもする。彼女が望む限り」

 ぽすり、と。彼の視線がわたしを射抜きました。
 紅の瞳に映し出されるのは、わたしひとり――。

「……ヴァルト様……」

 思わず、名前を口にしてしまいました。
 リュシエルの肩がわずかに震えます。彼を裏切ったようで、わたしの胸は強く痛みました。けれど。

「エリシア」

リュシエルは悲痛な瞳でこちらを振り返りました。

「騙されてはいけない。こいつは敵なんだ。君を利用しに来ているだけで……」

「俺は利用などしない」

ヴァルトは一歩、真っ直ぐに進み出ました。その歩みに、わたしの心臓も同じように跳ねます。

「欲望ならひとつ。君の笑顔だけだ」

「っっ!」

 目の前のふたりが、剣戟ではなく――愛の言葉で火花を散らしている。

 傍目からすれば滑稽かもしれません。けれど、この場に立つわたしにとっては、息が詰まるほど苦しくて、胸が張り裂けそうで……でも愛おしい。

「や、やめてください!」

わたしは思わず声を上げました。

「ふたりとも……! こんな場所で……」

 止めに入ろうとした瞬間、ヴァルトがふっと近づき、わたしの手を取って強く握りました。

「……エリシア。俺は誓う。君のためならこの国も敵も斬る」

 熱。その掌の熱が、まっすぐに伝わってきます。
 その温もりに震えながら、わたしは必死に首を横に振りました。

「だめ……そんなこと、言っては……」

「嘘など吐かん。俺は常に誠実だ。少なくとも、君に対しては」

 やわらかに、髪へと触れる指先。撫で下ろされるたびに、熱がこぼれ落ちていくようで――涙が溢れそうになりました。

「……どうして、敵なのに……」

「敵か味方かなど、どうでもいい。俺にとっての世界は君だ」

 ばくん、と心臓が大きな音を立てます。
 リュシエルが剣を握る手を震わせているのが見えました。でも彼はもう、止められない。ヴァルトの言葉が、わたしの心を確実に侵食していることに気づいてしまっているから。

「エリシア……!」

 泣き出しそうな顔のリュシエルと、真剣に頬に触れるヴァルト。
 わたしは、あまりにも板挟みでした。

(どうしたら……どうしたらいいのでしょう……?)

 触れる頬の熱に、指先の温もりに頬を染めながら――。

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