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第四章 月下の逢瀬
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鐘の音が響き、夜の大聖堂はしんと静まり返っていました。人々の祈りが終わり、灯された燭台の光だけが、かすかな温もりを残しています。
けれど、今夜のわたしはどうしても眠れませんでした。
(……あの方は、また来てしまうのでしょうか)
“敵”だと知っているのに。参謀として冷酷非情な男だと、幾度も耳にしてきたのに。
なのに、あの紅い瞳を思い出すたび、温かい想いが胸に広がってしまうのです。
わたしは人目のない庭園へと足を運びました。月明かりに照らされた白い石畳と咲き誇る薔薇。夜気に冷たさが混じるなか、凛とした香りが漂っています。
「……やはり、来ていたか」
その声に、びくりと肩が震えました。振り返れば、黒い軍服姿の影が月を背負って立っています。
ヴァルトでした。
まるで夜そのものを纏ったような、鋭く美しい人。
「ど、どうして……ここへ……」
「君がいるからだ」
あまりにも簡潔すぎる答えに、思わず言葉を失いました。
彼はためらうことなく歩み寄ってきます。わたしは後ずさってしまい――けれど、背に薔薇の茂みが当たり、それ以上は引けませんでした。
すっと差し出される手。
「怯えるな、エリシア。俺は君を傷つけに来たのではない」
温もりが欲しいわけではなかったはずなのに、その手があまりに真剣で……指先が、つい、彼の掌に触れてしまいました。途端に、胸が熱くなるのを感じます。
「……どうして……敵なのに、わたしに優しくするのですか」
「敵だからこそだ」
ヴァルトは小さく笑みを浮かべました。
「俺たちの世界は憎しみに満ちている。だが……君と出会ってしまった。君という存在が、一瞬で戦場を色褪せさせた。もう引き返せない」
その言葉と一緒に、彼はわたしの手を包み込むように握りました。
その熱に、涙が滲みそうになります。
「わ、わたし……聖女なのです。民を導く存在で……あなたのような人に惹かれてはいけないのに」
「なら俺が誓おう」
ヴァルトは一歩強く踏み込み、まるで抱き寄せるように距離を詰めてきました。
「君を守るために剣を振るう、と」
わたしは目を見開きました。戦乱を操ってきた冷酷な参謀が、今はただひとりの少女を守る誓いを立てるなんて――。
「……だめです。そんなこと、口にしては……」
制止しようとしたのに、彼はわたしの髪へとそっと触れました。ひと房を指に絡め、優しく撫で下ろす仕草。
その感触に、背筋が甘く痺れるように震えました。
「君の頬も赤いな」
わたしの顔の横に触れた指先が、そっと頬へ滑りました。わずかに冷たい指が、月明かりよりも鮮やかにわたしの心を揺らします。
「ち、ちが……っ。これは、その……夜風のせいで」
「ふ……可愛い」
ほんの一言で、さらに頬が熱く染まっていくのを隠せませんでした。
彼は深くため息をつくようにわたしを見つめ、真剣な瞳で低く告げました。
「俺は君に望む。戦のない世界を。君が笑うだけの世界を」
「……そんなもの……作れるはずが……」
「作るさ。たとえ国を敵に回しても」
その強い言葉と、夜を震わせる真剣な眼差しに息を呑みました。
どうして、敵なのに。どうして、出会ってしまったのか。
「……ヴァルト様……」
名前を呼んでしまった瞬間――彼はわたしの手を取り、自分の胸に押し当てました。
硬質な鼓動が伝わってきます。わたしと同じく、強く、早く脈打っていることに気づき……心臓がさらに痛くなりました。
「わかるか。この胸の音を。俺はいつも君を思っている」
頭が真っ白になります。わたしは何も答えられないまま、ただ涙の粒を零しました。
その涙を、ヴァルトは驚いたように指で拭い取ります。そして、苦く愛おしい表情のまま、額へとそっと口づけを落としました。
「……俺の天使。何も恐れるな」
震える身体を、彼の腕がそっと抱きしめます。月明かりの下で、心がわたしを裏切るようにときめいてしまいました。
けれど、今夜のわたしはどうしても眠れませんでした。
(……あの方は、また来てしまうのでしょうか)
“敵”だと知っているのに。参謀として冷酷非情な男だと、幾度も耳にしてきたのに。
なのに、あの紅い瞳を思い出すたび、温かい想いが胸に広がってしまうのです。
わたしは人目のない庭園へと足を運びました。月明かりに照らされた白い石畳と咲き誇る薔薇。夜気に冷たさが混じるなか、凛とした香りが漂っています。
「……やはり、来ていたか」
その声に、びくりと肩が震えました。振り返れば、黒い軍服姿の影が月を背負って立っています。
ヴァルトでした。
まるで夜そのものを纏ったような、鋭く美しい人。
「ど、どうして……ここへ……」
「君がいるからだ」
あまりにも簡潔すぎる答えに、思わず言葉を失いました。
彼はためらうことなく歩み寄ってきます。わたしは後ずさってしまい――けれど、背に薔薇の茂みが当たり、それ以上は引けませんでした。
すっと差し出される手。
「怯えるな、エリシア。俺は君を傷つけに来たのではない」
温もりが欲しいわけではなかったはずなのに、その手があまりに真剣で……指先が、つい、彼の掌に触れてしまいました。途端に、胸が熱くなるのを感じます。
「……どうして……敵なのに、わたしに優しくするのですか」
「敵だからこそだ」
ヴァルトは小さく笑みを浮かべました。
「俺たちの世界は憎しみに満ちている。だが……君と出会ってしまった。君という存在が、一瞬で戦場を色褪せさせた。もう引き返せない」
その言葉と一緒に、彼はわたしの手を包み込むように握りました。
その熱に、涙が滲みそうになります。
「わ、わたし……聖女なのです。民を導く存在で……あなたのような人に惹かれてはいけないのに」
「なら俺が誓おう」
ヴァルトは一歩強く踏み込み、まるで抱き寄せるように距離を詰めてきました。
「君を守るために剣を振るう、と」
わたしは目を見開きました。戦乱を操ってきた冷酷な参謀が、今はただひとりの少女を守る誓いを立てるなんて――。
「……だめです。そんなこと、口にしては……」
制止しようとしたのに、彼はわたしの髪へとそっと触れました。ひと房を指に絡め、優しく撫で下ろす仕草。
その感触に、背筋が甘く痺れるように震えました。
「君の頬も赤いな」
わたしの顔の横に触れた指先が、そっと頬へ滑りました。わずかに冷たい指が、月明かりよりも鮮やかにわたしの心を揺らします。
「ち、ちが……っ。これは、その……夜風のせいで」
「ふ……可愛い」
ほんの一言で、さらに頬が熱く染まっていくのを隠せませんでした。
彼は深くため息をつくようにわたしを見つめ、真剣な瞳で低く告げました。
「俺は君に望む。戦のない世界を。君が笑うだけの世界を」
「……そんなもの……作れるはずが……」
「作るさ。たとえ国を敵に回しても」
その強い言葉と、夜を震わせる真剣な眼差しに息を呑みました。
どうして、敵なのに。どうして、出会ってしまったのか。
「……ヴァルト様……」
名前を呼んでしまった瞬間――彼はわたしの手を取り、自分の胸に押し当てました。
硬質な鼓動が伝わってきます。わたしと同じく、強く、早く脈打っていることに気づき……心臓がさらに痛くなりました。
「わかるか。この胸の音を。俺はいつも君を思っている」
頭が真っ白になります。わたしは何も答えられないまま、ただ涙の粒を零しました。
その涙を、ヴァルトは驚いたように指で拭い取ります。そして、苦く愛おしい表情のまま、額へとそっと口づけを落としました。
「……俺の天使。何も恐れるな」
震える身体を、彼の腕がそっと抱きしめます。月明かりの下で、心がわたしを裏切るようにときめいてしまいました。
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