聖女と魔王幹部は敵対している――はずなのに、今日も甘すぎる

朝日みらい

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第五章 戦場は恋の舞台

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 ――戦場の空気は、やっぱり血の匂いがしました。
 地面には剣戟の跡が散らばり、兵たちの怒号と悲鳴が入り乱れています。十字に切り結ぶ剣が火花を散らし、その中ほどに、わたしたち――聖女と魔王軍の幹部――が向かい合っていました。

「エリシア様! 下がってください!」

 護衛騎士のリュシエル様の声が響きます。けれど、わたしの視線はただひとりに奪われていました。

 漆黒の軍服をまとい、長い黒髪を風に揺らし、紅の瞳を煌かせる男――ヴァルト様。
 冷酷で恐れられる参謀は、今この瞬間だけは戦を忘れ、まるで恋人に会いに来た青年のように笑んでいました。

「……君に逢えて、よかった」

 戦場の最中、そんな台詞を言うなんて。
 胸がじんと熱くなるのに、顔はもう熱に溶けそうなほど赤くなってしまいます。

「な、なにを……言っているのですかっ!」

 わたしが慌てて声を荒らげれば、兵士たちが呆れたようにこちらを見ました。
 ……そうです。この状況、戦争のはずなのに。どうして二人だけ恋愛劇のようになってしまうのでしょう?

「うわああぁ……」

 誰か魔王軍の兵士が頭を抱えて倒れ込む声がしました。
「参謀殿っ! なんで敵の聖女に口説き文句をっ!? これ戦です! 戦ですからあぁぁぁ!」

 するとこちらの聖堂兵も負けじと叫びます。
「聖女様ぁぁぁぁ!! なんで敵幹部を見つめ返して赤らんでるんですか!? これ戦争です! ピンク色じゃありません、赤と黒です!」

 ……あぁ、いたたまれない。

 目の前で兵も騎士も敵兵も、全員そろってツッコミ役になってしまっています。

「君の笑顔は、戦場すら光に変える」
 ヴァルト様は愚直なまでに甘い言葉を囁きました。わたしは思わず胸を押さえます。

「……っ、や、やめてください! 今は戦いの場なのですよ!?」

「そうだな。……ではこう言おうか」
 彼は剣を振り上げました。瞬間、鋭い金属音が鳴り響きます。
 彼の剣先は、でも硬い鉄でも柔らかな布でもなく――ただわたしの方へ導かれるように揺れるだけ。

「君の涙を散らすために、俺は剣を振るう」

 ――その、真剣な眼差し。
 心臓がぎゅうっと掴まれたように痛みました。

◇ ◆ ◇

 その瞬間、護衛騎士のリュシエル様が堪らず飛び込んできました。

「ふざけるな……この戦場を舞台に、誰が恋愛の芝居をしろと言った!?」

 叫びながら彼は剣を構えます。しかし、刃はヴァルト様には届きませんでした。
 なぜなら、ヴァルト様は真っ直ぐわたしの前に立ち、まるで庇うようにしていたから。

「お前の剣が向かう先がもし彼女の涙ならば――その瞬間、俺は敵に回す」

「な……!」

 目の前で繰り広げられるやり取りに、わたしはもう真っ赤です。
 二人とも、わたしのために……? そんなこと、望んでさえいないはずなのに。

「そ、そこまでして……どうして……」

 絞り出した声は、戦の喧騒にかき消されそうでした。
 けれどヴァルト様は一歩近づいて、剣を構えたままわたしの手を取ります。

「エリシア。俺は、君を守ると誓った」

 ぎゅ、と温もりが重なる。
 戦場の冷たい空気の中で、その熱はとても強く、痛いくらいでした。

◇ ◆ ◇

 その光景に、敵兵も味方兵ももう戦意を失ったように見えます。

「……だめだ……勝てる気がしない……愛の前には」
「戦っているの参謀殿じゃなくて恋ですし……」

 あちこちで兵たちが呟き、ある者は剣を突き立てて天を仰ぎました。

 誰もが呆れ、誰もが振り回され――それでも、ヴァルト様の紅い瞳はひとりわたしに向けられています。

 ……この戦場はもう、戦いの場所なんかじゃない。
 わたしたちにとっては、互いの心を確かめ合う舞台なのです。

◇ ◆ ◇

 やがて剣を下ろしたヴァルト様が、わたしの頬にそっと触れました。
「……絶対に泣かせはしない」

 熱が走ります。
 頬へ添えられる掌が優しすぎて、わたしの心はとても儚げに揺れていました。

「……ヴァル、トさま……」
 小さな声がこぼれます。次の瞬間。

「聖女様ぁぁぁぁッ! 相手は敵ですよ! 敵なんですからぁぁぁ!」

 リュシエル様の絶叫が響き渡り、戦場はどっと笑いに包まれました。
 ……でもわたしの胸の奥では、もう笑えないほど真剣な何かが芽生えてしまっています。

(わたし……きっともう、止められない――)

 わたしの恋も、そして彼の想いも。
 戦場の只中で、甘く強く燃え上がってしまったのでした。
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