5 / 7
第五章 戦場は恋の舞台
しおりを挟む
――戦場の空気は、やっぱり血の匂いがしました。
地面には剣戟の跡が散らばり、兵たちの怒号と悲鳴が入り乱れています。十字に切り結ぶ剣が火花を散らし、その中ほどに、わたしたち――聖女と魔王軍の幹部――が向かい合っていました。
「エリシア様! 下がってください!」
護衛騎士のリュシエル様の声が響きます。けれど、わたしの視線はただひとりに奪われていました。
漆黒の軍服をまとい、長い黒髪を風に揺らし、紅の瞳を煌かせる男――ヴァルト様。
冷酷で恐れられる参謀は、今この瞬間だけは戦を忘れ、まるで恋人に会いに来た青年のように笑んでいました。
「……君に逢えて、よかった」
戦場の最中、そんな台詞を言うなんて。
胸がじんと熱くなるのに、顔はもう熱に溶けそうなほど赤くなってしまいます。
「な、なにを……言っているのですかっ!」
わたしが慌てて声を荒らげれば、兵士たちが呆れたようにこちらを見ました。
……そうです。この状況、戦争のはずなのに。どうして二人だけ恋愛劇のようになってしまうのでしょう?
「うわああぁ……」
誰か魔王軍の兵士が頭を抱えて倒れ込む声がしました。
「参謀殿っ! なんで敵の聖女に口説き文句をっ!? これ戦です! 戦ですからあぁぁぁ!」
するとこちらの聖堂兵も負けじと叫びます。
「聖女様ぁぁぁぁ!! なんで敵幹部を見つめ返して赤らんでるんですか!? これ戦争です! ピンク色じゃありません、赤と黒です!」
……あぁ、いたたまれない。
目の前で兵も騎士も敵兵も、全員そろってツッコミ役になってしまっています。
「君の笑顔は、戦場すら光に変える」
ヴァルト様は愚直なまでに甘い言葉を囁きました。わたしは思わず胸を押さえます。
「……っ、や、やめてください! 今は戦いの場なのですよ!?」
「そうだな。……ではこう言おうか」
彼は剣を振り上げました。瞬間、鋭い金属音が鳴り響きます。
彼の剣先は、でも硬い鉄でも柔らかな布でもなく――ただわたしの方へ導かれるように揺れるだけ。
「君の涙を散らすために、俺は剣を振るう」
――その、真剣な眼差し。
心臓がぎゅうっと掴まれたように痛みました。
◇ ◆ ◇
その瞬間、護衛騎士のリュシエル様が堪らず飛び込んできました。
「ふざけるな……この戦場を舞台に、誰が恋愛の芝居をしろと言った!?」
叫びながら彼は剣を構えます。しかし、刃はヴァルト様には届きませんでした。
なぜなら、ヴァルト様は真っ直ぐわたしの前に立ち、まるで庇うようにしていたから。
「お前の剣が向かう先がもし彼女の涙ならば――その瞬間、俺は敵に回す」
「な……!」
目の前で繰り広げられるやり取りに、わたしはもう真っ赤です。
二人とも、わたしのために……? そんなこと、望んでさえいないはずなのに。
「そ、そこまでして……どうして……」
絞り出した声は、戦の喧騒にかき消されそうでした。
けれどヴァルト様は一歩近づいて、剣を構えたままわたしの手を取ります。
「エリシア。俺は、君を守ると誓った」
ぎゅ、と温もりが重なる。
戦場の冷たい空気の中で、その熱はとても強く、痛いくらいでした。
◇ ◆ ◇
その光景に、敵兵も味方兵ももう戦意を失ったように見えます。
「……だめだ……勝てる気がしない……愛の前には」
「戦っているの参謀殿じゃなくて恋ですし……」
あちこちで兵たちが呟き、ある者は剣を突き立てて天を仰ぎました。
誰もが呆れ、誰もが振り回され――それでも、ヴァルト様の紅い瞳はひとりわたしに向けられています。
……この戦場はもう、戦いの場所なんかじゃない。
わたしたちにとっては、互いの心を確かめ合う舞台なのです。
◇ ◆ ◇
やがて剣を下ろしたヴァルト様が、わたしの頬にそっと触れました。
「……絶対に泣かせはしない」
熱が走ります。
頬へ添えられる掌が優しすぎて、わたしの心はとても儚げに揺れていました。
「……ヴァル、トさま……」
小さな声がこぼれます。次の瞬間。
「聖女様ぁぁぁぁッ! 相手は敵ですよ! 敵なんですからぁぁぁ!」
リュシエル様の絶叫が響き渡り、戦場はどっと笑いに包まれました。
……でもわたしの胸の奥では、もう笑えないほど真剣な何かが芽生えてしまっています。
(わたし……きっともう、止められない――)
わたしの恋も、そして彼の想いも。
戦場の只中で、甘く強く燃え上がってしまったのでした。
地面には剣戟の跡が散らばり、兵たちの怒号と悲鳴が入り乱れています。十字に切り結ぶ剣が火花を散らし、その中ほどに、わたしたち――聖女と魔王軍の幹部――が向かい合っていました。
「エリシア様! 下がってください!」
護衛騎士のリュシエル様の声が響きます。けれど、わたしの視線はただひとりに奪われていました。
漆黒の軍服をまとい、長い黒髪を風に揺らし、紅の瞳を煌かせる男――ヴァルト様。
冷酷で恐れられる参謀は、今この瞬間だけは戦を忘れ、まるで恋人に会いに来た青年のように笑んでいました。
「……君に逢えて、よかった」
戦場の最中、そんな台詞を言うなんて。
胸がじんと熱くなるのに、顔はもう熱に溶けそうなほど赤くなってしまいます。
「な、なにを……言っているのですかっ!」
わたしが慌てて声を荒らげれば、兵士たちが呆れたようにこちらを見ました。
……そうです。この状況、戦争のはずなのに。どうして二人だけ恋愛劇のようになってしまうのでしょう?
「うわああぁ……」
誰か魔王軍の兵士が頭を抱えて倒れ込む声がしました。
「参謀殿っ! なんで敵の聖女に口説き文句をっ!? これ戦です! 戦ですからあぁぁぁ!」
するとこちらの聖堂兵も負けじと叫びます。
「聖女様ぁぁぁぁ!! なんで敵幹部を見つめ返して赤らんでるんですか!? これ戦争です! ピンク色じゃありません、赤と黒です!」
……あぁ、いたたまれない。
目の前で兵も騎士も敵兵も、全員そろってツッコミ役になってしまっています。
「君の笑顔は、戦場すら光に変える」
ヴァルト様は愚直なまでに甘い言葉を囁きました。わたしは思わず胸を押さえます。
「……っ、や、やめてください! 今は戦いの場なのですよ!?」
「そうだな。……ではこう言おうか」
彼は剣を振り上げました。瞬間、鋭い金属音が鳴り響きます。
彼の剣先は、でも硬い鉄でも柔らかな布でもなく――ただわたしの方へ導かれるように揺れるだけ。
「君の涙を散らすために、俺は剣を振るう」
――その、真剣な眼差し。
心臓がぎゅうっと掴まれたように痛みました。
◇ ◆ ◇
その瞬間、護衛騎士のリュシエル様が堪らず飛び込んできました。
「ふざけるな……この戦場を舞台に、誰が恋愛の芝居をしろと言った!?」
叫びながら彼は剣を構えます。しかし、刃はヴァルト様には届きませんでした。
なぜなら、ヴァルト様は真っ直ぐわたしの前に立ち、まるで庇うようにしていたから。
「お前の剣が向かう先がもし彼女の涙ならば――その瞬間、俺は敵に回す」
「な……!」
目の前で繰り広げられるやり取りに、わたしはもう真っ赤です。
二人とも、わたしのために……? そんなこと、望んでさえいないはずなのに。
「そ、そこまでして……どうして……」
絞り出した声は、戦の喧騒にかき消されそうでした。
けれどヴァルト様は一歩近づいて、剣を構えたままわたしの手を取ります。
「エリシア。俺は、君を守ると誓った」
ぎゅ、と温もりが重なる。
戦場の冷たい空気の中で、その熱はとても強く、痛いくらいでした。
◇ ◆ ◇
その光景に、敵兵も味方兵ももう戦意を失ったように見えます。
「……だめだ……勝てる気がしない……愛の前には」
「戦っているの参謀殿じゃなくて恋ですし……」
あちこちで兵たちが呟き、ある者は剣を突き立てて天を仰ぎました。
誰もが呆れ、誰もが振り回され――それでも、ヴァルト様の紅い瞳はひとりわたしに向けられています。
……この戦場はもう、戦いの場所なんかじゃない。
わたしたちにとっては、互いの心を確かめ合う舞台なのです。
◇ ◆ ◇
やがて剣を下ろしたヴァルト様が、わたしの頬にそっと触れました。
「……絶対に泣かせはしない」
熱が走ります。
頬へ添えられる掌が優しすぎて、わたしの心はとても儚げに揺れていました。
「……ヴァル、トさま……」
小さな声がこぼれます。次の瞬間。
「聖女様ぁぁぁぁッ! 相手は敵ですよ! 敵なんですからぁぁぁ!」
リュシエル様の絶叫が響き渡り、戦場はどっと笑いに包まれました。
……でもわたしの胸の奥では、もう笑えないほど真剣な何かが芽生えてしまっています。
(わたし……きっともう、止められない――)
わたしの恋も、そして彼の想いも。
戦場の只中で、甘く強く燃え上がってしまったのでした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約破棄したら食べられました(物理)
かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。
婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。
そんな日々が日常と化していたある日
リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる
グロは無し
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~
星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。
王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。
そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。
これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。
⚠️本作はAIとの共同製作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる