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第六章 嫉妬と誓い
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――ここしばらく、わたしの心は落ち着く暇をまったく与えられませんでした。
祈りに集中しようとしても、儀式で聖歌を唱えていても、ふとした瞬間に浮かぶのは敵であるはずの彼の姿。
黒髪に紅の瞳、戦場に立てば人々が震え上がる参謀ヴァルト様。
……けれど私が覚えている表情は、戦乱の中で向けられた優しい微笑と、夜の庭園で誓ってくれた言葉だけ。
(どうしてわたし……こんなに……)
胸に手を当てていると、控えていたはずの護衛騎士――リュシエル様が鋭い声を飛ばされました。
「エリシア様! 最近、貴女は明らかに様子がおかしい! あの男――ヴァルトのことを考えているに違いない!」
「ち、違いますっ! そ、そんなことは……っ」
慌てて否定したものの、上手く言葉が出てきません。顔に熱が宿ってしまうのを感じて、うつむいてしまいました。
「図星ではありませんか……!」
リュシエル様の低い声が痛く突き刺さり、わたしの心臓を鷲掴みにしました。
その時――まるで空気を読んだかのように、わたしの背後から聞き慣れた声が響き渡りました。
「彼女が俺を想うのは自然なことだろう」
「……っ!!」
振り返れば、漆黒の軍服を纏った影。月明かりに紅の瞳を煌めかせ、悠然と歩み寄るその姿。
ヴァルト様……。
「お前……!」リュシエル様は剣を抜きながら身構えます。「どうやってここに!?」
「愛に障害などない。それだけだ」
「どの口がそんな――!」
剣先が揺れ、火花が散りそうな緊張が走ります。
わたしは慌てて両手を広げて二人を遮りました。
「だ、だめですっ! 戦わないでください!」
わたしの声など気にも留めず、二人の視線が激しく衝突します。刃ではなく――"想い"で。
「エリシアを守れるのはこの私だ!」
リュシエル様が悔しげに叫び、押し殺した想いをようやくぶつけてこられました。
「子どもの頃からずっと、貴女を守ってきた! 祈りの時も、孤独に揺れる時も……私はずっと傍にいたではありませんか!」
正義感に満ちた青い瞳が、苦しげに揺れています。
その姿に、胸が締めつけられました。
「リュシエル様……」
ですが――ヴァルト様の声が、冷たくそれを覆いかぶせました。
「……だが結局、お前は“守っていたつもり”だ。彼女の孤独を埋められたか? 眠れぬ夜に、彼女の涙を拭ったことは?」
「な……」
「俺は知っている。彼女が祈りの後に膝を抱えて泣いていたことも。神にすら救われない孤独に震えていたことも」
ヴァルト様の低い声がわたしの胸を抉りました。
そして――同時に、心を揺らしてしまいます。彼だけが、あの弱さを知ってくれている。
「俺は彼女の涙を知っている。そして、もう二度と泣かせないと誓える」
そう言い切って、わたしの手を取ったのです。
――ぎゅっ。
強く、温もりを込めて。
その熱が、心臓の奥まで響きます。
「彼女を幸せにできるのは俺だ」
リュシエル様の剣が小さく震えました。
苦しげに顔を歪めるその姿が、痛くて痛くて……わたしは今にも泣きそうになりました。
沈黙を破るように、兵士たちのざわめきが響きました。
「……なんだこの痴話げんかは……」
「戦争じゃなかったのか……聖女争奪戦?」
「いや、どう見ても公開プロポーズだろ……」
敵兵も味方兵も、もう剣を持つ気すら削がれてしまったようです。
「……二人とも……やめてください」
必死に声を上げながらも、わたし自身の頬が紅潮するばかりで説得の言葉などありませんでした。
ヴァルト様が、そっとわたしの髪を撫で下ろしました。
「選ぶのは君だ。だが俺は決して譲らない。君が望む限り、命すら差し出す」
耳元へ落とされる囁き。甘くて、苦しくて、どうしようもなく涙が滲んでしまいます。
リュシエル様は剣を下ろし、顔を背けました。
その横顔には、諦めと苦渋の影が浮かんでいました。
――わたしはどうすればいいの。
二人の想いの間で、心は揺れ続けるばかり。
けれど確かに胸の奥で芽生えた一つの花は、もはや無視できないほど大きくなってしまっている。
恋という名の芽が――。
祈りに集中しようとしても、儀式で聖歌を唱えていても、ふとした瞬間に浮かぶのは敵であるはずの彼の姿。
黒髪に紅の瞳、戦場に立てば人々が震え上がる参謀ヴァルト様。
……けれど私が覚えている表情は、戦乱の中で向けられた優しい微笑と、夜の庭園で誓ってくれた言葉だけ。
(どうしてわたし……こんなに……)
胸に手を当てていると、控えていたはずの護衛騎士――リュシエル様が鋭い声を飛ばされました。
「エリシア様! 最近、貴女は明らかに様子がおかしい! あの男――ヴァルトのことを考えているに違いない!」
「ち、違いますっ! そ、そんなことは……っ」
慌てて否定したものの、上手く言葉が出てきません。顔に熱が宿ってしまうのを感じて、うつむいてしまいました。
「図星ではありませんか……!」
リュシエル様の低い声が痛く突き刺さり、わたしの心臓を鷲掴みにしました。
その時――まるで空気を読んだかのように、わたしの背後から聞き慣れた声が響き渡りました。
「彼女が俺を想うのは自然なことだろう」
「……っ!!」
振り返れば、漆黒の軍服を纏った影。月明かりに紅の瞳を煌めかせ、悠然と歩み寄るその姿。
ヴァルト様……。
「お前……!」リュシエル様は剣を抜きながら身構えます。「どうやってここに!?」
「愛に障害などない。それだけだ」
「どの口がそんな――!」
剣先が揺れ、火花が散りそうな緊張が走ります。
わたしは慌てて両手を広げて二人を遮りました。
「だ、だめですっ! 戦わないでください!」
わたしの声など気にも留めず、二人の視線が激しく衝突します。刃ではなく――"想い"で。
「エリシアを守れるのはこの私だ!」
リュシエル様が悔しげに叫び、押し殺した想いをようやくぶつけてこられました。
「子どもの頃からずっと、貴女を守ってきた! 祈りの時も、孤独に揺れる時も……私はずっと傍にいたではありませんか!」
正義感に満ちた青い瞳が、苦しげに揺れています。
その姿に、胸が締めつけられました。
「リュシエル様……」
ですが――ヴァルト様の声が、冷たくそれを覆いかぶせました。
「……だが結局、お前は“守っていたつもり”だ。彼女の孤独を埋められたか? 眠れぬ夜に、彼女の涙を拭ったことは?」
「な……」
「俺は知っている。彼女が祈りの後に膝を抱えて泣いていたことも。神にすら救われない孤独に震えていたことも」
ヴァルト様の低い声がわたしの胸を抉りました。
そして――同時に、心を揺らしてしまいます。彼だけが、あの弱さを知ってくれている。
「俺は彼女の涙を知っている。そして、もう二度と泣かせないと誓える」
そう言い切って、わたしの手を取ったのです。
――ぎゅっ。
強く、温もりを込めて。
その熱が、心臓の奥まで響きます。
「彼女を幸せにできるのは俺だ」
リュシエル様の剣が小さく震えました。
苦しげに顔を歪めるその姿が、痛くて痛くて……わたしは今にも泣きそうになりました。
沈黙を破るように、兵士たちのざわめきが響きました。
「……なんだこの痴話げんかは……」
「戦争じゃなかったのか……聖女争奪戦?」
「いや、どう見ても公開プロポーズだろ……」
敵兵も味方兵も、もう剣を持つ気すら削がれてしまったようです。
「……二人とも……やめてください」
必死に声を上げながらも、わたし自身の頬が紅潮するばかりで説得の言葉などありませんでした。
ヴァルト様が、そっとわたしの髪を撫で下ろしました。
「選ぶのは君だ。だが俺は決して譲らない。君が望む限り、命すら差し出す」
耳元へ落とされる囁き。甘くて、苦しくて、どうしようもなく涙が滲んでしまいます。
リュシエル様は剣を下ろし、顔を背けました。
その横顔には、諦めと苦渋の影が浮かんでいました。
――わたしはどうすればいいの。
二人の想いの間で、心は揺れ続けるばかり。
けれど確かに胸の奥で芽生えた一つの花は、もはや無視できないほど大きくなってしまっている。
恋という名の芽が――。
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