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第七章 聖女の涙と参謀の誓い
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大聖堂の夜は、昼間の光と人々の熱気とはまるで別世界のように静けさを湛えていました。
石造りの回廊に吊り下げられたランプの炎がゆらゆらと揺れ、影は長く伸びて、わたしを包むように覆いかぶさってきます。
――ひとり。
どうしようもなく、胸の奥が冷たく重く苦しかったのです。
「……っ」
祭壇の奥、巨大なステンドグラスに映る月明かりの下で、わたしは祈る姿勢を崩して両手で顔を覆いました。
聖女だから、奇跡を起こすから、人々を救えるから――。
ずっと、そう言われ続けてきました。
でも。
本当のわたしは、ただの女の子で。疲れて、泣きたくなって、誰かにすがりたくなる夜もあるのです。
「……もういや……」
堪えきれず、声が漏れてしまいました。
涙が頬をつたって落ちていきます。聖女としては決して許されない姿。弱音。だけど、もう抑えられなかった。
ふと――低い靴音がしました。
ガシャン……とわずかに窓の外から響く金属音。
「……っ、だれ……?」
身を起こして周囲を見渡すわたしの前に、影がひとつ。黒く、長身で――その佇まいを見間違えるはずもありません。
「…………」
「ヴァ、ルト……様……」
月光を背負い、漆黒の軍服が影のようになびきます。紅の双眸がじっとわたしを見つめていた。
「泣いているのか、エリシア」
低く、深く、心臓に触れる声。
「っ……! ち、違っ、これは……!」
慌てて涙を拭こうとするけど、指先が震えて、消えない。
彼はゆっくりと、わたしへ近づいてきました。
「……俺に隠すな。お前がどれほど泣いてもいい場所が、この世界にひとつもないというなら……せめて俺の前では泣け」
迷いも逡巡もなく、その腕がわたしの肩を抱き寄せました。
「……!」
冷たいはずの軍服が妙に温かく、その中で心臓の鼓動がはっきりと伝わってきます。
彼の胸に頬を押しつけられるなんて、許されない。なのに――その温もりが、わたしをあまりにも楽にしてしまって。
「ヴァルト様……わたし……聖女として……人を救え、祈れ、強くあれって……! でも、怖い……わたしなんて弱くて、本当は疲れて……」
絞り出すように吐き出した弱音。
彼の指が、わたしの銀髪をゆっくりと撫でました。背筋を伝うように撫で下ろして、耳元で熱い声が落ちます。
「……泣かせる世界を、俺がすべて壊してやる」
「え……」
「王国だろうと聖堂だろうと、神だろうと……君を苦しめるものは全て敵だ。君が泣かない世界を作る。それが、俺の誓いだ」
その言葉は、危うすぎて、甘すぎて――。
胸を破るように強く打ちました。
「だめです……」
涙を拭いながら首を傾けます。
「そんなこと……言っては、だめなのに……」
「だめかどうかなんて、知るものか」
彼の掌がわたしの頬を包み込みました。震える指に、滴る涙が濡れます。
「君の涙を拭えるのは俺だけだと思っている」
頬へ添えられた指があまりに優しくて。わたしはもう抵抗できませんでした。
「……ヴァ、ルトさま……」
彼を見上げれば、紅の瞳がわたしひとりだけを映し返しています。
戦の参謀でもなく、魔王軍の幹部でもなく。わたしを抱きしめるただの一人の男性として。
「俺は愛に生きる。君のために。それが俺だ」
額へそっと触れる唇。
甘い温かさに、もう両目から零れる涙を止められませんでした。
「……わたし……どうして……」
(どうして、こんなに安心してしまうの……?)
聖堂の奥で。
聖女と敵の幹部が、互いの弱さと想いを抱きしめ合うなど――誰も信じぬでしょう。
でも、その瞬間だけは確かに、神ではなく、ヴァルト様にすがりたかったのです。
石造りの回廊に吊り下げられたランプの炎がゆらゆらと揺れ、影は長く伸びて、わたしを包むように覆いかぶさってきます。
――ひとり。
どうしようもなく、胸の奥が冷たく重く苦しかったのです。
「……っ」
祭壇の奥、巨大なステンドグラスに映る月明かりの下で、わたしは祈る姿勢を崩して両手で顔を覆いました。
聖女だから、奇跡を起こすから、人々を救えるから――。
ずっと、そう言われ続けてきました。
でも。
本当のわたしは、ただの女の子で。疲れて、泣きたくなって、誰かにすがりたくなる夜もあるのです。
「……もういや……」
堪えきれず、声が漏れてしまいました。
涙が頬をつたって落ちていきます。聖女としては決して許されない姿。弱音。だけど、もう抑えられなかった。
ふと――低い靴音がしました。
ガシャン……とわずかに窓の外から響く金属音。
「……っ、だれ……?」
身を起こして周囲を見渡すわたしの前に、影がひとつ。黒く、長身で――その佇まいを見間違えるはずもありません。
「…………」
「ヴァ、ルト……様……」
月光を背負い、漆黒の軍服が影のようになびきます。紅の双眸がじっとわたしを見つめていた。
「泣いているのか、エリシア」
低く、深く、心臓に触れる声。
「っ……! ち、違っ、これは……!」
慌てて涙を拭こうとするけど、指先が震えて、消えない。
彼はゆっくりと、わたしへ近づいてきました。
「……俺に隠すな。お前がどれほど泣いてもいい場所が、この世界にひとつもないというなら……せめて俺の前では泣け」
迷いも逡巡もなく、その腕がわたしの肩を抱き寄せました。
「……!」
冷たいはずの軍服が妙に温かく、その中で心臓の鼓動がはっきりと伝わってきます。
彼の胸に頬を押しつけられるなんて、許されない。なのに――その温もりが、わたしをあまりにも楽にしてしまって。
「ヴァルト様……わたし……聖女として……人を救え、祈れ、強くあれって……! でも、怖い……わたしなんて弱くて、本当は疲れて……」
絞り出すように吐き出した弱音。
彼の指が、わたしの銀髪をゆっくりと撫でました。背筋を伝うように撫で下ろして、耳元で熱い声が落ちます。
「……泣かせる世界を、俺がすべて壊してやる」
「え……」
「王国だろうと聖堂だろうと、神だろうと……君を苦しめるものは全て敵だ。君が泣かない世界を作る。それが、俺の誓いだ」
その言葉は、危うすぎて、甘すぎて――。
胸を破るように強く打ちました。
「だめです……」
涙を拭いながら首を傾けます。
「そんなこと……言っては、だめなのに……」
「だめかどうかなんて、知るものか」
彼の掌がわたしの頬を包み込みました。震える指に、滴る涙が濡れます。
「君の涙を拭えるのは俺だけだと思っている」
頬へ添えられた指があまりに優しくて。わたしはもう抵抗できませんでした。
「……ヴァ、ルトさま……」
彼を見上げれば、紅の瞳がわたしひとりだけを映し返しています。
戦の参謀でもなく、魔王軍の幹部でもなく。わたしを抱きしめるただの一人の男性として。
「俺は愛に生きる。君のために。それが俺だ」
額へそっと触れる唇。
甘い温かさに、もう両目から零れる涙を止められませんでした。
「……わたし……どうして……」
(どうして、こんなに安心してしまうの……?)
聖堂の奥で。
聖女と敵の幹部が、互いの弱さと想いを抱きしめ合うなど――誰も信じぬでしょう。
でも、その瞬間だけは確かに、神ではなく、ヴァルト様にすがりたかったのです。
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