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終章 陽だまりの魔法
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春が過ぎ、夏が訪れ、そしてまた季節がひとめぐりしました。
グランシア侯爵邸の庭は、今日も陽射しに包まれています。
少し前までは、どこか張り詰めていた空気があった屋敷も、今ではまるで別の場所のようでした。
花壇には季節の花が咲き、子どもたちが遊ぶ笑い声まで響いてくる。
苺の花はあの時の約束通りに甘い実をつけ、その香りを風に乗せています。
***
「ジゼルさま、収穫できました!」
ルーシーが籠を抱えて駆け寄ってきました。中には真っ赤な苺がぎっしり。
見ているだけで頬が緩みました。
「まあ、見事ですね」
「奥さまが心をこめて世話をされたおかげですよ。ねぇ、旦那さま?」
視線を向けると、木陰に腰かけて本を読んでいたエリオットさまが、微笑みながらページを閉じました。
「確かに。君は、この庭の誰よりも働いている」
「いいえ、花たちが勝手に育ってくれたんです。わたしがしたのは、毎日声をかけて見守ることくらいで」
「それが大事なんだ」
ゆっくりと歩み寄ってきた彼が、そっと手を差し出しました。
わたしの手を取って軽く触れる――まるで、一年前の“消去法の花嫁”の頃から、祈りを込めるように。
「ジゼル。君のおかげで、屋敷に陽だまりができた」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない。君が笑えば、皆が笑う。……それがこの家の魔法だ」
胸の奥がじんと熱くなって、言葉が出ませんでした。
***
ティーセットが運ばれて、わたしたちは庭のベンチで苺のタルトを楽しみました。
焼きたての香ばしい甘さと、苺の酸味がじゅわっと広がります。
「うん……おいしい」
「ジゼルさま、幸せそうなお顔です」
「ええ。本当に幸せです」
答えながら、ふと横を見ると、エリオットさまも柔らかく笑っていました。
その笑みは、いつか湖の夜に見た、あの微笑の続きなのだと気づいて胸が温かくなります。
***
午後になると、近隣の子どもたちや村の人々が庭に集まってきます。
かつて侯爵邸を恐れて足を踏み入れようともしなかった人々です。
「奥さま、また花のお世話の講習をお願いできますか?」
「もちろんです。次はこの白いハーブを植えてみましょう。香りが癒やされますよ」
花壇の周りに人々が集い、笑い合うその光景が、何よりも嬉しかった。
昔のわたしなら、こんなに多くの人に囲まれることなんて考えられなかったでしょう。
でも今は違います。
ここが、わたしの居場所なのだと胸を張って言えるのです。
***
夕方になり、屋敷の回廊にオレンジ色の光が差し込むころ。
エリオットさまがわたしを呼び止めました。
「ジゼル」
「はい?」
「この先も、君と歩いていきたい」
その言葉に、思わず笑ってしまいました。
「もう、そんなの当然じゃないですか」
「……改めて、言いたかったんだ」
「わたしも、ですよ」
彼が微かに頬をゆるめると、そのままそっと髪を撫でてくれました。
指先が通るたび、胸の奥がやわらかくほどけていく。
ああ、これが――わたしたちの“陽だまりの魔法”なのだと思いました。
***
夜。
静かな庭に、ランタンの灯りがちいさく揺れています。
月明かりの中、苺の葉がきらめいていました。
その横で、彼が少し照れたように笑いました。
「最初に出会った日のことを、君は覚えているか?」
「ええ。突然“妻に迎えたい”って言われて、家族そろって固まりました」
「……本当に、あれは不器用な始まりだったな」
「でも、あの出会いがあったから今があります」
お互いに顔を見合わせ、ふっと笑いました。
「君を選んで、よかった」
「わたしを選んでくれて、ありがとう」
風がそよぎ、花の香りがふたりの間を通り抜けていきました。
***
あの夜、わたしは思いました。
人生に、消去法なんて本当はないのかもしれません。
たとえ理由がどんなに些細でも、誰かと出会い、選ばれ、愛するようになる。
それはすべて、無数の偶然が紡いだ奇跡。
わたしはもう、“消去法の花嫁”ではない。
運命の人とともに歩く、“陽だまりの妻”としてここにいる。
苺の花が夜露に濡れ、月明かりに揺れながら、まるで微笑むように咲いていました。
――そしてそのすべてを包むように、彼の声が透き通る夜気のなかで囁きます。
「ジゼル。君が笑っていれば、それでいい」
その言葉を聞いてまた笑いました。
この笑顔こそ、たぶん、わたしが彼に贈れる一番の魔法だから。
夜風がやさしく頬を撫で、苺の花が月光の下でそっと光りました。
今夜もこの庭は、幸福の香りで満ちています。
【完】
グランシア侯爵邸の庭は、今日も陽射しに包まれています。
少し前までは、どこか張り詰めていた空気があった屋敷も、今ではまるで別の場所のようでした。
花壇には季節の花が咲き、子どもたちが遊ぶ笑い声まで響いてくる。
苺の花はあの時の約束通りに甘い実をつけ、その香りを風に乗せています。
***
「ジゼルさま、収穫できました!」
ルーシーが籠を抱えて駆け寄ってきました。中には真っ赤な苺がぎっしり。
見ているだけで頬が緩みました。
「まあ、見事ですね」
「奥さまが心をこめて世話をされたおかげですよ。ねぇ、旦那さま?」
視線を向けると、木陰に腰かけて本を読んでいたエリオットさまが、微笑みながらページを閉じました。
「確かに。君は、この庭の誰よりも働いている」
「いいえ、花たちが勝手に育ってくれたんです。わたしがしたのは、毎日声をかけて見守ることくらいで」
「それが大事なんだ」
ゆっくりと歩み寄ってきた彼が、そっと手を差し出しました。
わたしの手を取って軽く触れる――まるで、一年前の“消去法の花嫁”の頃から、祈りを込めるように。
「ジゼル。君のおかげで、屋敷に陽だまりができた」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃない。君が笑えば、皆が笑う。……それがこの家の魔法だ」
胸の奥がじんと熱くなって、言葉が出ませんでした。
***
ティーセットが運ばれて、わたしたちは庭のベンチで苺のタルトを楽しみました。
焼きたての香ばしい甘さと、苺の酸味がじゅわっと広がります。
「うん……おいしい」
「ジゼルさま、幸せそうなお顔です」
「ええ。本当に幸せです」
答えながら、ふと横を見ると、エリオットさまも柔らかく笑っていました。
その笑みは、いつか湖の夜に見た、あの微笑の続きなのだと気づいて胸が温かくなります。
***
午後になると、近隣の子どもたちや村の人々が庭に集まってきます。
かつて侯爵邸を恐れて足を踏み入れようともしなかった人々です。
「奥さま、また花のお世話の講習をお願いできますか?」
「もちろんです。次はこの白いハーブを植えてみましょう。香りが癒やされますよ」
花壇の周りに人々が集い、笑い合うその光景が、何よりも嬉しかった。
昔のわたしなら、こんなに多くの人に囲まれることなんて考えられなかったでしょう。
でも今は違います。
ここが、わたしの居場所なのだと胸を張って言えるのです。
***
夕方になり、屋敷の回廊にオレンジ色の光が差し込むころ。
エリオットさまがわたしを呼び止めました。
「ジゼル」
「はい?」
「この先も、君と歩いていきたい」
その言葉に、思わず笑ってしまいました。
「もう、そんなの当然じゃないですか」
「……改めて、言いたかったんだ」
「わたしも、ですよ」
彼が微かに頬をゆるめると、そのままそっと髪を撫でてくれました。
指先が通るたび、胸の奥がやわらかくほどけていく。
ああ、これが――わたしたちの“陽だまりの魔法”なのだと思いました。
***
夜。
静かな庭に、ランタンの灯りがちいさく揺れています。
月明かりの中、苺の葉がきらめいていました。
その横で、彼が少し照れたように笑いました。
「最初に出会った日のことを、君は覚えているか?」
「ええ。突然“妻に迎えたい”って言われて、家族そろって固まりました」
「……本当に、あれは不器用な始まりだったな」
「でも、あの出会いがあったから今があります」
お互いに顔を見合わせ、ふっと笑いました。
「君を選んで、よかった」
「わたしを選んでくれて、ありがとう」
風がそよぎ、花の香りがふたりの間を通り抜けていきました。
***
あの夜、わたしは思いました。
人生に、消去法なんて本当はないのかもしれません。
たとえ理由がどんなに些細でも、誰かと出会い、選ばれ、愛するようになる。
それはすべて、無数の偶然が紡いだ奇跡。
わたしはもう、“消去法の花嫁”ではない。
運命の人とともに歩く、“陽だまりの妻”としてここにいる。
苺の花が夜露に濡れ、月明かりに揺れながら、まるで微笑むように咲いていました。
――そしてそのすべてを包むように、彼の声が透き通る夜気のなかで囁きます。
「ジゼル。君が笑っていれば、それでいい」
その言葉を聞いてまた笑いました。
この笑顔こそ、たぶん、わたしが彼に贈れる一番の魔法だから。
夜風がやさしく頬を撫で、苺の花が月光の下でそっと光りました。
今夜もこの庭は、幸福の香りで満ちています。
【完】
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