【完結】消去法で選ばれた花嫁だけど、せめて笑顔で生きていきます。

朝日みらい

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第五章 「真夜中の庭で、永遠を誓う」

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 春も終わりに近づき、屋敷の庭が最も美しい季節を迎えました。  
 陽の光がやわらかく差し込み、風が緑の香りを運びます。  

 庭の片隅――あの日、わたしとエリオットさまが一緒に植えた苺の花も、白く可憐な花をつけはじめていました。  

 “君以外は考えられない”――湖畔で彼が言ったその言葉が、何度も胸の中でこだまします。  
 信じたい。けれど、夢のようで、まだどこか現実味がありませんでした。  

***

 その日の午後、ルーシーが嬉しそうに駆け込んできました。  

「ジゼルさま! 苺の花、満開になってます!」  
「え、本当に?」  
「それがですね、旦那さまがぜひ一緒にご覧になりたいと!」  

 ルーシーの言葉を聞いた瞬間、胸の奥がくすぐったくなって、顔が自然とほころびました。  

 けれどその夜、彼はなぜか屋敷にいませんでした。  
 急な来客で王都に向かわれたのだとか。  

「……残念」  
 せっかく一緒に花を見られると思っていたのに。  

 わたしはひとり、灯りの消えた廊下を歩き、静かな夜の庭へ足を運びました。  
 満月に照らされた花々が白く輝いています。  

***

 夜気は少し冷たく、でも不思議と心地よく感じました。  
 頬に触れる風が優しく、花びらの香りが甘く漂います。  

「きれい……」  
 思わずつぶやいたその声だけが、静寂の中に溶けていきました。  

 苺の花々が風に揺れ、ふと見るとその光の中に影がひとつ。  
 低く響く声が、背後から静かに届きました。  

「君なら、ここに来ると思った」  

 振り向くと、エリオットさまが立っていました。  
 月の光を受けて、彼の髪が銀に光り、まるで夢の中の姿のように見えました。  

「……王都へ行かれたのでは?」  
「行く必要はなくなった。どうしても、君の顔が見たくて戻ってきた」  

 その言葉に、鼓動が跳ねました。  

「今夜は満月です。苺の花も咲いて、まるで祝福してくれているみたい」  
「そうだな」  

 そう言って、彼は一輪の小さな花を摘み、そっとわたしの髪に飾りました。  

「似合っている」  
「……ありがとうございます」  
「この花、君が植えたんだろう?」  
「はい。ずっと、あの場所に何かを咲かせたくて」  

「君は、どんな場所にも春を連れてくる」  
 優しい声に、胸の奥がじんわり温かくなりました。  

***

 風がまたひと吹きして、花がふわりと宙に舞いました。  
 その中で、彼の手がわたしの頬に触れます。  

「ジゼル、わたしは不器用だ。最初から完璧な夫になれると思っていなかった」  
「でも、あなたは優しいです」  
「それは君がそうさせたんだ。……君が笑うたびに、何かを取り戻す気がする」  

 その声があまりにも静かで、胸が痛いほどに温かい。  

「本当に、最初は“消去法”だったんですか?」  
「……ああ。だが今は、逆だ。君以外の誰にも、わたしを選ばせたくない」  

 それは、まるで宣言のようでした。  
 彼の瞳に映るのは、まっすぐこちらを見る光。  

 気づいたら、わたしの両手は彼の手の中に包まれていました。  

「ジゼル」  
「……はい」  
「君を愛している」  

 その瞬間、時間が止まったようでした。  
 胸の奥が跳ね、視界がぼやけ、けれど涙ではありません。  

 まるで、心そのものが溶けていくような、そんな感覚でした。  

「わたしも……あなたが好きです」  
 声が震えました。でも、それは確かに本音でした。  

 エリオットさまが、微笑みました。  
 滅多に感情を見せない彼の笑顔――それがあまりに優しくて、息が詰まるほどでした。  

「そう言ってもらえるとは、思っていなかった」  
「そんな……わたし、何度もあなたに救われたんですよ?」  
「救われたのは、わたしの方だ」  

 そう言って、彼はそっとわたしを抱き寄せました。  
 胸の奥で鼓動が重なる音が聞こえます。  

「いつかこの手を離してしまう日が来るかもしれないと、ずっと怯えていた」  
「離れません」  
「約束か?」  
「ええ、約束です」  

 わたしがそう言うと、彼はそっと髪を撫で、頬を撫でました。  

「君が笑っていてくれたら、それだけでいい」  

 その言葉を聞いた瞬間、わたしは涙をこぼしました。  
 もう悲しみの涙ではなく、心からの安らぎの涙でした。  

***

 しばらくのあいだ、二人で無言で花を見つめていました。  
 苺の花が風に揺れ、夜露が白く輝いています。  

「この花、甘い実をつける日が楽しみですね」  
「実がなったら、君と一緒に食べよう」  
「約束ですよ」  

 そう言って笑いあったとき、遠くで鐘の音が響きました。  
 真夜中を告げる静かな音。  

「夜が明けたら、春ももう終わるな」  
「でも次の季節も、また咲かせましょう」  

「また?」  
「はい。苺も、わたしたちも」  

 彼が目を細めて、また微笑みました。  

 そして――。  

 満月を背景に、彼の唇がわたしの額に触れました。  
 その一瞬が、永遠のように感じられました。  

***

 夜が明けるころ、空が淡い紫に染まり始めました。  
 庭の花々はまだ眠ったまま。  
 けれど、わたしたちの間には静かな温もりが息づいていました。  

 “消去法”で始まった関係が、今は確かな愛に変わった。  
 あの日の涙も痛みも、もう全部、春の露に溶けていきました。  

 わたしはエリオットさまの胸に身を預け、そっと囁きました。  

「あなたと出会えて、本当によかったです」  
「わたしもだ。ジゼル――ありがとう」  

 その言葉を最後に、夜の静寂がやわらかく包みこんでいきました。  
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