【完結】平凡令嬢、実はざまぁ請負人~婚約破棄された令嬢たちの代理で復讐します~

朝日みらい

文字の大きさ
3 / 12

第3章 侯爵家の夜会へ潜入!

しおりを挟む
 「リリアーナお嬢様、このドレスで間違いございませんね?」

 エルザがわたしに差し出したのは、ごくごくシンプルな若草色のドレスでした。

装飾は控えめなレースのみ。華やかなドレスが並ぶわたしのクローゼットの中では、まるで場違いなほど地味な一着です。

 「ええ、完璧ですわ、エルザ。今日のわたしの役どころは『地味で控えめな、天然令嬢』ですから」

 わたしはにっこり微笑んで、ドレスを受け取りました。

エルザは少し複雑そうな顔をしています。

彼女はわたしの裏の顔を知っている唯一の存在。だからこそ、この作戦に内心、心配しているのかもしれません。

 「ですが、お嬢様は……いえ、なんでもございません。どうぞ、こちらへ」

 エルザはそれ以上何も言わずに、わたしの背中に回ってドレスのファスナーを上げてくれました。

彼女の指先はいつも通り、手際が良く、そして少しだけ震えていました。

 わたしは鏡の中に映る自分を見つめました。

いつもの化粧を少し薄くし、髪もシンプルにまとめただけの顔。地味なドレスが、その印象をさらに際立たせていました。

これで、あの傲慢な侯爵の警戒心を解く、完璧な『道具』の完成です。

 今日の夜会は、ダミアン侯爵家が主催するものでした。

社交界では、彼の新しい恋人、ベラ・モンロー嬢のお披露目も兼ねていると噂されています。つまり、今回の『ざまぁ』を仕掛ける、絶好の舞台なのです。

 (さて、セシリア様の無念を晴らすために、わたしという平凡な令嬢を演じきらなければなりませんね)

 内心では冷静に状況を分析し、計画を練りながらも、わたしは侯爵家へと向かう馬車の中で、少しだけ緊張している自分に気づきました。

 馬車が侯爵家の門をくぐり、広大な庭園に差し掛かると、窓の外はまばゆい光に包まれていました。

きらびやかな装飾が施された馬車が次々と到着し、ドレスを着飾った令嬢や、燕尾服に身を包んだ貴公子たちが降り立っていきます。

 馬車から降りたわたしは、その華やかな光景に一瞬だけ目を細めました。本当に、この世界はいつも、光と闇が隣り合わせです。

 「お嬢様、こちらへどうぞ」

 執事の案内で中へ入ると、さらにまばゆい光景が広がっていました。

天井からは巨大なシャンデリアが輝き、壁一面には高価な絵画が飾られています。まるで、宝石箱の中に入り込んだかのようです。

 わたしは、なるべく目立たないように、壁際を歩きました。

周りの令嬢たちは、互いのドレスを褒めあったり、談笑したりしています。中には、ちらりとわたしを見て、クスクスと笑う声も聞こえてきました。

 「あら、クローディア子爵家のお嬢様かしら? いつもあんなに地味なドレスで……」
  「きっと、刺繍ばかりしているから、流行に疎いのね」

 聞こえてきた陰口に、わたしは内心で毒づきました。

 (結構ですわ。その地味さが、あなたの愛するダミアン侯爵を、まんまと騙す武器になるのですから)

 そう心の中で呟きながら、わたしはターゲットであるダミアン侯爵を探しました。

 彼はすぐに分かりました。ベラ・モンロー嬢と、楽しそうに笑い合っている姿が、遠目にも目立っていたからです。

 ベラ嬢は、真っ赤なドレスに身を包み、宝石をこれでもかというほど身につけていました。

まるで、侯爵の隣に立つにふさわしい、派手で刺激的な女性を演じているかのようでした。

その彼女の横で、ダミアン侯爵は得意げに、周りの貴族たちと談笑しています。

 「まったく、傲慢で幼稚な方ですね」

 わたしは、グラスに注がれたレモネードを一口飲み、小さくため息をつきました。

セシリア様の心を傷つけた、そのくだらない理由を思い出し、胸がムカムカとします。

 (計画通り、彼に近づいて、彼が求める『退屈で平凡な女』を演じなければ)

 そう決意を固めたわたしは、ゆっくりと彼らのグループへと近づいていきました。

ベラ嬢が身につけている派手なネックレスに興味があるフリをして、少し離れた場所で立ち止まります。

 しばらくすると、わたしに気づいたベラ嬢が、不機嫌そうな顔でダミアン侯爵に耳打ちしました。

 ダミアン侯爵は、つまらなそうにちらりとわたしを見ると、やがてその顔に、面白そうな笑みを浮かべました。

 「リリアーナ・クローディア嬢ではないか。こんな夜会で会うとは、珍しい」

 彼は、わたしの前へと歩み寄ってきました。

 「え、あの……はい。ダミアン侯爵様、この度は夜会にお招きいただき、ありがとうございます。この、ベラ様のネックレスがとても素敵で、つい見入ってしまいました」

 わたしは、わざと少しどもりながら、上目遣いで侯爵を見上げました。

この視線は、男性の自尊心をくすぐるための、秘密兵器です。

 「ははは! 君のような、素朴な娘には、このくらい華やかなものが珍しいのだろうな。どうだ、見飽きないか?」

 侯爵は、得意げに笑いました。

ベラ嬢は、不満そうな顔をしながらも、彼に寄り添っています。

 (チョロい男ですね、まったく……)

 内心で毒づきながら、わたしはさらに『天然』を装いました。

 「はい、本当に素敵です! 私はお菓子作りや刺繍ばかりしているので、このような華やかな場所は少し苦手で……。でも、侯爵様は、皆さんからとても人気がおありなのですね!」

 わたしは、ダミアン侯爵の虚栄心を刺激するような言葉を並べました。

彼は、その言葉に満足そうに頷き、ベラ嬢の腰を抱き寄せます。

 「君のような素朴な花も、悪くはない。だが、私の愛は、もっと刺激的なものを求めるのだよ」

 その言葉を聞いた瞬間、わたしはセシリア様の痛みを思い出し、内心で怒りを燃やしました。ですが、表情には決して出しません。

 「あら、そうなのですか! 侯爵様は、本当に情熱的なのですね! 素敵ですわ!」

 わたしは、精一杯の愛らしさを装い、彼の言葉を褒め称えました。

ダミアン侯爵は、ますます上機嫌になり、わたしの手を取ろうとしました。その瞬間───。

 「侯爵様、失礼いたします」

 わたしとダミアン侯爵の間に、背の高い人影が割って入ってきました。

 「なんだ、カイルではないか。今は、少し楽しませてもらっているんだ」

 ダミアン侯爵が、不機嫌そうな顔でその人物に声をかけました。

 カイル……?

 わたしは顔を上げました。

 そこに立っていたのは、王国騎士団の制服に身を包んだ、銀色の髪の青年でした。

顔立ちは端正で、無表情なのにどこか冷たい印象を与えます。

 彼の視線は、ダミアン侯爵ではなく、わたしをまっすぐに見つめていました。その眼差しは、鋭く、まるでわたしの心の中をすべて見透かしているかのようでした。

 「お初にお目にかかります。カイル・アーベントと申します。そちらのお嬢様は……?」

 彼は、わたしに微笑みかけました。

しかし、その目は全く笑っていませんでした。

 「リリアーナ・クローディアと申します。カイル様……?」

 わたしの声は、いつもの『天然』の声からは想像もつかないほど、震えていました。

 この男、一体何者なの?

 カイル様は、わたしの言葉に小さく頷くと、わたしの耳元に顔を近づけて、囁くように言いました。

 「お嬢さん、そんなに分かりやすい仮面を被っていて、疲れませんか?」

 その瞬間、わたしの背筋が凍りつきました。

わたしは、全身の血の気が引いていくのを感じました。

 この男は、わたしの裏の顔に気づいている……?

 「え……? あの……なんのことでしょう、カイル様?」

 わたしは、精一杯の笑顔で誤魔化そうとしましたが、きっと顔はひきつっていたでしょう。

 カイル様は、わたしの返答に満足そうに、いや、むしろ面白そうに口元を歪めました。

 「何も、とぼけなくても。ダミアン侯爵を、その手で転がしていらっしゃるご様子。その演技、なかなか見事です」

 彼は、そう囁いて、わたしの手首をそっと掴みました。

ひんやりとした彼の指先が、わたしの肌に触れた瞬間、心臓が跳ね上がりました。

 (まずい、まずいまずい! このままでは裏の顔がバレてしまう!)

 「カイル、クローディア嬢はただの素朴な娘だ。君の疑り深い目は、彼女に失礼だろう」

 ダミアン侯爵が、不機嫌そうな顔で口を挟みました。

彼は、わたしが自分に夢中だと信じて疑わないようです。

 「失礼いたしました。ですが、侯爵様。世の中、見かけによらないものも多くありますから」

 カイル様は、そう言って、わたしに意味深な視線を送ると、すっと手を離しました。

そして、ダミアン侯爵に深々と一礼すると、人混みの中へと消えていきました。

 (一体、何者なの……?)

 わたしは、まだジンジンと熱が残る手首をそっと押さえました。

男嫌いのわたしが、知らない男性に手を握られ、動揺している。そんな自分の姿に、ひどく混乱しました。

 「まったく、カイルめ。わざわざ君をからかいにきたのだろう。君のような純粋な娘は、彼のようないやらしい男には近づかない方がいい」

 ダミアン侯爵は、わたしの隣で、自分の正しさを誇示するように言いました。

 (いやらしい男は、あなたのことですけれど?)

 わたしは、心の中で毒づきながら、再び『天然令嬢』の仮面を完璧に被り直しました。

 「はい、そうですね! 侯爵様、お話を伺っていて、とても楽しかったですわ! 私、そろそろ失礼させていただきますね」

 わたしは、計画通り、彼の興味を引いたところで、その場を離れることにしました。

 「そうか。だが、また会う機会はあるだろう。君のような素朴で可愛らしい娘は、私の好みだ」

 ダミアン侯爵は、わたしの言葉に満足そうに微笑みました。

彼は、わたしのことが気に入ったようです。これで、いつでも彼に近づくことができます。

 計画の第一歩は成功です。

 だが、わたしの心は、勝利の喜びに満たされてはいませんでした。

脳裏に焼き付いているのは、あの銀髪の騎士、カイル様の鋭い、そしてどこか優しさを帯びた瞳です。

 (わたしは、あの人に……見抜かれてしまったのかしら?)

 もし、わたしの裏の顔が彼に知られてしまったら、どうなるのでしょう。

彼は、わたしのことをどう思っているのでしょうか?

 不安と、そしてそれ以上の、得体の知れない感情が、わたしの胸を締め付けます。

 (……なんだか、この後の計画が、一筋縄ではいかなくなりそうですわね)

 わたしは、夜会の喧騒の中を、一人静かに歩きながら、そう呟きました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された地味なメイドは和菓子職人の記憶に目覚める 〜王子たちの胃袋を『あんこ』で掴んだら、王宮で極甘に溺愛されています〜

あとりえむ
恋愛
「起きなさい、この穀潰し!」 冷たい紅茶を浴びせられ、無実の罪で男爵家を追放された地味なメイド、ミア。 泥濘の中で力尽きようとしたその時、彼女の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。 それは、炊きたての小豆の香りと、丁寧にあんこを練り上げる職人としての誇り…… 行き倒れたミアを救ったのは、冷徹と恐れられる第一王子ミハエルだった。 バターと生クリームの重いお菓子に胃を痛めていた王族たちの前に、ミアは前世の知恵を絞った未知のスイーツ『おはぎ』を差し出す。 「なんだ、この食感は……深く、そして優しい。ミア、お前は私の最高のパートナーだ」 小豆の魔法に魅了されたミハエルだけでなく、武闘派の第二王子やわがままな王女まで、気づけばミアを取り合う溺愛合戦が勃発! 一方で、有能なミアを失い、裏金のカラクリを解ける者がいなくなった男爵家は、自業自得の崩壊へと突き進んでいく。 泣いて謝っても、もう遅い。 彼らを待っていたのは、処刑よりも皮肉な「全土小豆畑の刑」だった…… これは、一粒の小豆から始まる、甘くて爽快な逆転シンデレラストーリー。 あなたの心も、あんこのように「まあるく」癒やしてみせます。

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

家族の靴を磨いていた私が、実は【神の加護を磨き上げた聖女】だった件。隣国の冷徹皇帝に「君の献身は世界を救う」と誘拐、24 執着されています

唯崎りいち
恋愛
「お前は一生、靴でも磨いていろ」 家族に虐げられ、靴を磨き続けた私。 実はその靴、磨くたびに『神の加護』が宿る聖具になっていました。 噂を聞きつけた隣国の冷徹皇帝に、出会い頭にさらわれて―― 「君は俺のものだ。24時間、指一本触れさせない」 靴を履かせてもらえず、移動は常に皇帝の腕の中!? 磨き上げた加護のせいで、皇帝の執着が神レベルに育ってしまう溺愛物語。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

「愛想がなく可愛くない」と捨てられた私、最強の竜騎士に拾われる。「その美しさに僕だけが狂わされたい」と、愛の重さでベッドから下ろしてくれない

唯崎りいち
恋愛
夜会の最中、王子に「愛想がなくて可愛くない」と婚約破棄された無表情令嬢。 だが彼女の美しさに一目惚れした隣国最強の竜騎士に連れ去られ、 「君はもう僕のものだ」 と毎晩愛の重さでベッドから下ろしてくれない生活が始まる——。

処理中です...